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思い出の終わり
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夕暮れ時の横浜みなとみらい赤レンガ倉庫。平日の今日は大した混雑は見られない。
それでも相変わらず男女が二人で歩く姿をよく目にした。
今の俺たちもその中の一つに映るのだろうか。
ちらりと横を歩く碧生に目をやる。
碧生とはみなとみらい線の馬車道駅で待ち合わせをして合流した。とりあえず付いてきてというと俺の横を黙って歩き、終始会話がないまま、ここまで歩いて来てしまっている。
機嫌も悪いのだろう。今日誘う時だって、断られ続けてやっとの思いで連れ出せた。
次で最後だから、という言葉になんとか妥協してくれたような形だった。
海辺の赤レンガパークへ差し掛かると、そこにもう一人先に来てもらっていた人物の姿が見えた。こちらも同様に誘い出すのが苦労したが、なんとか待ち合わせ場所にきてくれたようだ。
緊張が奔る。
俺は先に来ていた人物に声を掛けた。
「夏花」
名前を呼ぶと、海を見ていた夏花がこちらを振り返る。
「あれが……ナツカ……?」
振り返った夏花をみて碧生が小さく呟いた。
二人にはそれぞれ話がある、とは伝えているが一緒にということは言っていない。言ってしまえば会ってもらうことすら難しいと思っていたからだ。
碧生は久しぶりの夏花を目の前にして、意外にも落ち着いている様子だった。
「……コータ。これはどういうこと?」
苦笑いを浮かべながら夏花が言う。
「……騙すような真似をしてごめん。でも、今日はどうしても二人一緒に話を聞いてもらいたかった」
夏花は不安そうに横目で碧生を見る。そして碧生は、真っすぐ俺だけを見ていた。
「それは、こーちゃんの話?」
「ああ、そうだ」
「分かった。話してよ」
まずはどうやって碧生にこの状況を納得させるかが問題だと思っていたが、素直に話を聞いてくれるようで安心した。しかし夏花はまだ戸惑っている様子だった。
俺は小さく深呼吸をして話し始めた。
「二人とも、ずっと気付いていたみたいだけど俺には忘れていた思い出がある。でも俺は自分が何かを忘れていることすら気付いていなかったんだ。忘れたまま、思い出さないようにしていた。そしてそのために、夏花と碧生。二人の思い出を強く上書きしていた」
二人は俺の言葉に小さく頷く。
「そうだよな。俺は二人からの告白を都合のいいように改変していた。そりゃあおかしいと思うはずだよな。そう、俺はあの告白の返事をしていないものだと思っていた。そしてそれを未練たらしくずっと心の中に残していたんだ」
「だから俺の中には夏花と碧生しかなかった。幼い時から仲の良かった幼馴染。そんな二人が、こんなにも近くにいるのに絶縁状態にあるということが信じられなかった。耐えられなかった。でも、きっと本当はそんな理由じゃなかったんだ」
二人はきゅっと口元を締める。
「昔の二人のままでいて欲しかった。俺の思い出のままでいて欲しかった。俺の思い出を壊さないで欲しかった。それが壊れてしまうと、俺は忘れていたものと向き合わなくてはいけなくなってしまう。だから俺は二人の関係に余計な首を突っ込んでしまった。
まずはそれを謝らせて欲しい。本当に、ごめんさない」
俺は深く頭を下げる。
それに対し、二人は沈黙を保ったままだった。
「いや、これで許してもらおうと思ってるわけじゃないんだ。ただ、俺のけじめとして謝りたかっただけ……。俺の勝手な都合で二人を振り回して、そして傷つけてしまった。
だからもう――俺は今後、二人とは関わらない方がいいと思っている……」
頭を下げたまま弁明をする。
俺には二人の関係をどうこうできる立場にない。我ながら呆れるような逃げるための言い訳だった。
「私が聞きたいのはね、そういう話じゃないんだよ」
近づいてきて言ったのは碧生だった。
「私たちに対してなんてどうでもいいの。だってこーちゃんは自分を守るためには仕方がなかったんでしょ? それでどうしてしまったかなんて責める気はないし、謝ってもらう必要もない」
「じゃあ、俺はいったいどうすれば……?」
俺はゆっくり頭を起こす。
「私も……多分、ナツカも気になってるのはそこじゃない。
こーちゃんは――あの頃とは向き合うことが出来たの?」
ああ、そうか。二人とも俺の忘れていた思い出を知っていて、それでもそこには触れないようにしてくれていたんだ。そして余計なことは言わずに、俺自身が向き合えるようになるまで――――。
だったら、ちゃんと報告をしなければいけない。
「俺の働いている病院に一人の看護師さんがいるんだ。二人は知ってるみたいだけど、白石菘さん。俺が忘れていた思い出の妹だ。先日、その子のお陰で忘れていたものを全部思い出すことが出来た。だからこうして、二人の前に立ってる。
きっと二人にも心配をかけたんだよな。
ありがとう。俺を見守ってくれて。
全部思い出して、受け入れて、そして前を向けるようになった。
だからもう、大丈夫だよ」
自然と優しい口調になる。自分の中で、引っかかっていたわだかまりがどこかへ霧散していくような気分だった。
俺が本当に二人にすべきことは謝罪ではなくお礼だったんだろう。
これで自分なりのけじめはつけられたようにも思う。
ただ、二人の関係を修復できなかったことはやはり少し悔しかった。
「良かったあ。本当に、本当に大丈夫なんだね」
嬉しそうに碧生が言った。それは再会して以来、一番柔らかい表情だった。
「実は私、こーちゃんに甘えてた。こーちゃんが過去に向き合っていないんだったら、私も向き合わなくてもいいんじゃないかって。一度そう思ってしまったら、修正するのはちょっと難しかった。だから、私はこーちゃんには前を向けるようになって欲しかったんだよ」
「だからあの時、あんなことを言ったのか?」
俺は喫茶店で言われたことを思い返す。
「んー? どっちかっていうと、アレはすずなちゃんを動かすために、って感じかなあ? あの子も私やこーちゃんと一緒だったから」
そして碧生は俺に背を向け、夏花の方を向く。
「次は私の番だね。ちゃんと約束は守らくちゃ」
そして碧生は歩を進め、夏花の前に立つ。
「ア、 アオイ……?」
夏花は不思議そうに碧生を見つめる。
すると次の瞬間――パチーーン!! と碧生が思いっきり夏花の頬を張った。
「私が受けた痛みはこんなもんじゃない!!」
碧生が夏花に向かって叫ぶ。
「でも……でもね……」
そう言って、ふわりと碧生の腕が夏花を包んだ。
「親友を失った苦しみはもっと辛かった!! ナツカを恨んでることを後悔してた!! 本当は……ずっとナツカと仲直りしたかったんだよ……今までごめん……ごめんね!!」
嗚咽交じりで碧生は夏花を抱きしめる。
「なんで……? なんでアオイが謝るの? 本当に謝らなきゃいけないのは……私の方なのに」
夏花も腕の力を込めて、碧生をギュっと抱きしめた。
「最初からナツカのことは信じてた! でも自分を守るためにはナツカを恨むしかできなかった! そんな形の逃げ道しかなくてごめん! 私が弱かったから、ずっとナツカを待たせてしまった!!」
「もういい、もういいよ。私は今、この瞬間が本当に嬉しい」
泣きじゃくりながら抱きしめ合う二人。そんな様子を俺はあっけにとられながら見ていた。
「私ね……温泉が好きなんだ。だから今度、どこか一緒に行こ」
「うん、うん。私はお酒が好きなんだけど、今度飲むの付き合ってくれる?」
「当たり前じゃん。いっぱい飲もう。今まで出来なかった分、取り返そう」
いつの間にか意気投合する二人。それはずっと、俺が望んでいた光景だった。
やがて碧生は夏花から離れる。
「そういえばさ、この前喫茶店でアオイがコータに言ってたことって全部演技だったの? 私を許さないってやつとか」
「この前の喫茶店って……え!!?? ナツカあの時見てたの!!??」
「あー……まあ、見てたっちゃ見てたかなあ……」
「まあ、こーちゃんが私たちのこと知ってたからナツカとはグルだとは思ってたけど……」
碧生はそう言いながらジト目でこちらを見る。
「い、いや、あの時は夏花も碧生の本心を知りたいって言ってたから仕方なくというか……もうそこらへんは深く追求しなくてもいいだろ……?」
せっかくいい感じに仲直りが出来た矢先に夏花はなんて爆弾を投げてくるんだ!?
当の夏花もやっちまったみたいな顔をしていた。
「い、いやあ……演技だとしたらなかなか迫真に迫ってて、アオイもしかして私よりも演技力高い!? とか思っちゃったんだよね……」
戸惑いながら弁明する俺たちの様子を見て、碧生は口元を緩める。
「本当はね、あの時安心してたんだ。やっぱりナツカを信じて良かったんだって。だから今更責める気はないかな。むしろお礼を言いたいくらいだよ。ありがとうね。二人とも」
碧生は笑いながらそう言った。
「まあ、でも私の演技力もなかなか? みたいだし、これは近いうちにナツカの演技力もどれほどのものか見せてもらわなきゃいけないよね」
「観に来て……くれるの?」
「全部見せてよ。ナツカが今、一生懸命にやってるもの」
「うぅ~……アオイー!!」
夏花は再び碧生を抱きしめる。
「ちょ……ナツカ! 苦しいよ!」
「だって~~~~!!!」
そんな二人の様子を見て、自然と目頭が熱くなる。
良かった。これで大丈夫だ。
やはり俺は間違ってはいなかった。
二人の友情だけは、どんなことがあろうとも揺るぎないものだったのだから。
無理やり夏花を引っぺがして碧生はこちらを向く。
「それで、こーちゃん。すずなちゃんの方は大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫だ」
「なら、良かった」
碧生も、そして夏花も安堵の表情を浮かべる。
すずなちゃんはあれから二日ほど、仕事を休むくらい精神的に落ち込んでいた。
でも今は少しずつ回復し、以前のような明るさを戻しつつある。
最初は俺がなんとかしてあげなくてはと思っていたが、結局俺が彼女にしてあげられることは何もなかった。すずなちゃんは少しずつなずな先輩の死に向き合っている。
それは彼女自身のもつ、意思の強さであると感じていた。
「ねえ、アオイ。私、実はね、あの頃から忘れきれない気持ちがあったんだ。本当は諦めていたはずなんだけど、コータにあんなことがあって、そしてアオイにも……。だからどこか、振り払いきれない想いが残っていた。それがコータと再会して、また自分の中で膨れ上がってきているのが分かったんだ。アオイは……どうなの?」
碧生は夏花の言葉に一度目を伏せる。
「そう……だね。私は最初からそのつもりだった。今の仕事を選んだのだって、こーちゃんと再会するつもりだったからだし、今の私に触れられる男性はこーちゃんしかいない。だから私には、こーちゃんしかいない」
「そっか。やっぱりそうだよね。でも、私たちもこのままじゃいられない」
「うん。だからナツカ、もう一度アレ、やらない?」
二人は顔を見合わせ静かに頷き、俺の方へ向き直った。
これが――――既視感というやつだろうか。
俺には、あの中学の時の光景が浮かびあがっていた。
「私、ずっとコータのことが好きだった」
「私もこーちゃんのことがずっと好きなの」
「「だから付き合って欲しい」」
あの時と全く同じセリフを二人は言う。
そんな二人に、返す言葉は考えるまでもなく決まっていた。
「……二人ともごめん。その気持ちは嬉しいんだけどさ。俺……他に好きな人がいるんだ」
俺の返した言葉に、二人は笑顔で笑い合う。
「良かったねコータ。本当の思い出が見つかって」
「それでいいんだよ。こーちゃん」
気付けば大人になっていた。
あの頃の思い出を思い出のままにしておけなかった俺たちは、今まで無駄な時間を過ごしてきたのだろうか?
でも俺は、そんな道のりを無駄だとは思いたくない。
遠回りにはなってしまったけど、この道のりでしか見つけられなかったものがあったから。
あの頃の思い出は、いつまでも呪いのようにはならない。
だって今、俺たちの思い出は、ちゃんと終わりを迎えられたのだから。
それでも相変わらず男女が二人で歩く姿をよく目にした。
今の俺たちもその中の一つに映るのだろうか。
ちらりと横を歩く碧生に目をやる。
碧生とはみなとみらい線の馬車道駅で待ち合わせをして合流した。とりあえず付いてきてというと俺の横を黙って歩き、終始会話がないまま、ここまで歩いて来てしまっている。
機嫌も悪いのだろう。今日誘う時だって、断られ続けてやっとの思いで連れ出せた。
次で最後だから、という言葉になんとか妥協してくれたような形だった。
海辺の赤レンガパークへ差し掛かると、そこにもう一人先に来てもらっていた人物の姿が見えた。こちらも同様に誘い出すのが苦労したが、なんとか待ち合わせ場所にきてくれたようだ。
緊張が奔る。
俺は先に来ていた人物に声を掛けた。
「夏花」
名前を呼ぶと、海を見ていた夏花がこちらを振り返る。
「あれが……ナツカ……?」
振り返った夏花をみて碧生が小さく呟いた。
二人にはそれぞれ話がある、とは伝えているが一緒にということは言っていない。言ってしまえば会ってもらうことすら難しいと思っていたからだ。
碧生は久しぶりの夏花を目の前にして、意外にも落ち着いている様子だった。
「……コータ。これはどういうこと?」
苦笑いを浮かべながら夏花が言う。
「……騙すような真似をしてごめん。でも、今日はどうしても二人一緒に話を聞いてもらいたかった」
夏花は不安そうに横目で碧生を見る。そして碧生は、真っすぐ俺だけを見ていた。
「それは、こーちゃんの話?」
「ああ、そうだ」
「分かった。話してよ」
まずはどうやって碧生にこの状況を納得させるかが問題だと思っていたが、素直に話を聞いてくれるようで安心した。しかし夏花はまだ戸惑っている様子だった。
俺は小さく深呼吸をして話し始めた。
「二人とも、ずっと気付いていたみたいだけど俺には忘れていた思い出がある。でも俺は自分が何かを忘れていることすら気付いていなかったんだ。忘れたまま、思い出さないようにしていた。そしてそのために、夏花と碧生。二人の思い出を強く上書きしていた」
二人は俺の言葉に小さく頷く。
「そうだよな。俺は二人からの告白を都合のいいように改変していた。そりゃあおかしいと思うはずだよな。そう、俺はあの告白の返事をしていないものだと思っていた。そしてそれを未練たらしくずっと心の中に残していたんだ」
「だから俺の中には夏花と碧生しかなかった。幼い時から仲の良かった幼馴染。そんな二人が、こんなにも近くにいるのに絶縁状態にあるということが信じられなかった。耐えられなかった。でも、きっと本当はそんな理由じゃなかったんだ」
二人はきゅっと口元を締める。
「昔の二人のままでいて欲しかった。俺の思い出のままでいて欲しかった。俺の思い出を壊さないで欲しかった。それが壊れてしまうと、俺は忘れていたものと向き合わなくてはいけなくなってしまう。だから俺は二人の関係に余計な首を突っ込んでしまった。
まずはそれを謝らせて欲しい。本当に、ごめんさない」
俺は深く頭を下げる。
それに対し、二人は沈黙を保ったままだった。
「いや、これで許してもらおうと思ってるわけじゃないんだ。ただ、俺のけじめとして謝りたかっただけ……。俺の勝手な都合で二人を振り回して、そして傷つけてしまった。
だからもう――俺は今後、二人とは関わらない方がいいと思っている……」
頭を下げたまま弁明をする。
俺には二人の関係をどうこうできる立場にない。我ながら呆れるような逃げるための言い訳だった。
「私が聞きたいのはね、そういう話じゃないんだよ」
近づいてきて言ったのは碧生だった。
「私たちに対してなんてどうでもいいの。だってこーちゃんは自分を守るためには仕方がなかったんでしょ? それでどうしてしまったかなんて責める気はないし、謝ってもらう必要もない」
「じゃあ、俺はいったいどうすれば……?」
俺はゆっくり頭を起こす。
「私も……多分、ナツカも気になってるのはそこじゃない。
こーちゃんは――あの頃とは向き合うことが出来たの?」
ああ、そうか。二人とも俺の忘れていた思い出を知っていて、それでもそこには触れないようにしてくれていたんだ。そして余計なことは言わずに、俺自身が向き合えるようになるまで――――。
だったら、ちゃんと報告をしなければいけない。
「俺の働いている病院に一人の看護師さんがいるんだ。二人は知ってるみたいだけど、白石菘さん。俺が忘れていた思い出の妹だ。先日、その子のお陰で忘れていたものを全部思い出すことが出来た。だからこうして、二人の前に立ってる。
きっと二人にも心配をかけたんだよな。
ありがとう。俺を見守ってくれて。
全部思い出して、受け入れて、そして前を向けるようになった。
だからもう、大丈夫だよ」
自然と優しい口調になる。自分の中で、引っかかっていたわだかまりがどこかへ霧散していくような気分だった。
俺が本当に二人にすべきことは謝罪ではなくお礼だったんだろう。
これで自分なりのけじめはつけられたようにも思う。
ただ、二人の関係を修復できなかったことはやはり少し悔しかった。
「良かったあ。本当に、本当に大丈夫なんだね」
嬉しそうに碧生が言った。それは再会して以来、一番柔らかい表情だった。
「実は私、こーちゃんに甘えてた。こーちゃんが過去に向き合っていないんだったら、私も向き合わなくてもいいんじゃないかって。一度そう思ってしまったら、修正するのはちょっと難しかった。だから、私はこーちゃんには前を向けるようになって欲しかったんだよ」
「だからあの時、あんなことを言ったのか?」
俺は喫茶店で言われたことを思い返す。
「んー? どっちかっていうと、アレはすずなちゃんを動かすために、って感じかなあ? あの子も私やこーちゃんと一緒だったから」
そして碧生は俺に背を向け、夏花の方を向く。
「次は私の番だね。ちゃんと約束は守らくちゃ」
そして碧生は歩を進め、夏花の前に立つ。
「ア、 アオイ……?」
夏花は不思議そうに碧生を見つめる。
すると次の瞬間――パチーーン!! と碧生が思いっきり夏花の頬を張った。
「私が受けた痛みはこんなもんじゃない!!」
碧生が夏花に向かって叫ぶ。
「でも……でもね……」
そう言って、ふわりと碧生の腕が夏花を包んだ。
「親友を失った苦しみはもっと辛かった!! ナツカを恨んでることを後悔してた!! 本当は……ずっとナツカと仲直りしたかったんだよ……今までごめん……ごめんね!!」
嗚咽交じりで碧生は夏花を抱きしめる。
「なんで……? なんでアオイが謝るの? 本当に謝らなきゃいけないのは……私の方なのに」
夏花も腕の力を込めて、碧生をギュっと抱きしめた。
「最初からナツカのことは信じてた! でも自分を守るためにはナツカを恨むしかできなかった! そんな形の逃げ道しかなくてごめん! 私が弱かったから、ずっとナツカを待たせてしまった!!」
「もういい、もういいよ。私は今、この瞬間が本当に嬉しい」
泣きじゃくりながら抱きしめ合う二人。そんな様子を俺はあっけにとられながら見ていた。
「私ね……温泉が好きなんだ。だから今度、どこか一緒に行こ」
「うん、うん。私はお酒が好きなんだけど、今度飲むの付き合ってくれる?」
「当たり前じゃん。いっぱい飲もう。今まで出来なかった分、取り返そう」
いつの間にか意気投合する二人。それはずっと、俺が望んでいた光景だった。
やがて碧生は夏花から離れる。
「そういえばさ、この前喫茶店でアオイがコータに言ってたことって全部演技だったの? 私を許さないってやつとか」
「この前の喫茶店って……え!!?? ナツカあの時見てたの!!??」
「あー……まあ、見てたっちゃ見てたかなあ……」
「まあ、こーちゃんが私たちのこと知ってたからナツカとはグルだとは思ってたけど……」
碧生はそう言いながらジト目でこちらを見る。
「い、いや、あの時は夏花も碧生の本心を知りたいって言ってたから仕方なくというか……もうそこらへんは深く追求しなくてもいいだろ……?」
せっかくいい感じに仲直りが出来た矢先に夏花はなんて爆弾を投げてくるんだ!?
当の夏花もやっちまったみたいな顔をしていた。
「い、いやあ……演技だとしたらなかなか迫真に迫ってて、アオイもしかして私よりも演技力高い!? とか思っちゃったんだよね……」
戸惑いながら弁明する俺たちの様子を見て、碧生は口元を緩める。
「本当はね、あの時安心してたんだ。やっぱりナツカを信じて良かったんだって。だから今更責める気はないかな。むしろお礼を言いたいくらいだよ。ありがとうね。二人とも」
碧生は笑いながらそう言った。
「まあ、でも私の演技力もなかなか? みたいだし、これは近いうちにナツカの演技力もどれほどのものか見せてもらわなきゃいけないよね」
「観に来て……くれるの?」
「全部見せてよ。ナツカが今、一生懸命にやってるもの」
「うぅ~……アオイー!!」
夏花は再び碧生を抱きしめる。
「ちょ……ナツカ! 苦しいよ!」
「だって~~~~!!!」
そんな二人の様子を見て、自然と目頭が熱くなる。
良かった。これで大丈夫だ。
やはり俺は間違ってはいなかった。
二人の友情だけは、どんなことがあろうとも揺るぎないものだったのだから。
無理やり夏花を引っぺがして碧生はこちらを向く。
「それで、こーちゃん。すずなちゃんの方は大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫だ」
「なら、良かった」
碧生も、そして夏花も安堵の表情を浮かべる。
すずなちゃんはあれから二日ほど、仕事を休むくらい精神的に落ち込んでいた。
でも今は少しずつ回復し、以前のような明るさを戻しつつある。
最初は俺がなんとかしてあげなくてはと思っていたが、結局俺が彼女にしてあげられることは何もなかった。すずなちゃんは少しずつなずな先輩の死に向き合っている。
それは彼女自身のもつ、意思の強さであると感じていた。
「ねえ、アオイ。私、実はね、あの頃から忘れきれない気持ちがあったんだ。本当は諦めていたはずなんだけど、コータにあんなことがあって、そしてアオイにも……。だからどこか、振り払いきれない想いが残っていた。それがコータと再会して、また自分の中で膨れ上がってきているのが分かったんだ。アオイは……どうなの?」
碧生は夏花の言葉に一度目を伏せる。
「そう……だね。私は最初からそのつもりだった。今の仕事を選んだのだって、こーちゃんと再会するつもりだったからだし、今の私に触れられる男性はこーちゃんしかいない。だから私には、こーちゃんしかいない」
「そっか。やっぱりそうだよね。でも、私たちもこのままじゃいられない」
「うん。だからナツカ、もう一度アレ、やらない?」
二人は顔を見合わせ静かに頷き、俺の方へ向き直った。
これが――――既視感というやつだろうか。
俺には、あの中学の時の光景が浮かびあがっていた。
「私、ずっとコータのことが好きだった」
「私もこーちゃんのことがずっと好きなの」
「「だから付き合って欲しい」」
あの時と全く同じセリフを二人は言う。
そんな二人に、返す言葉は考えるまでもなく決まっていた。
「……二人ともごめん。その気持ちは嬉しいんだけどさ。俺……他に好きな人がいるんだ」
俺の返した言葉に、二人は笑顔で笑い合う。
「良かったねコータ。本当の思い出が見つかって」
「それでいいんだよ。こーちゃん」
気付けば大人になっていた。
あの頃の思い出を思い出のままにしておけなかった俺たちは、今まで無駄な時間を過ごしてきたのだろうか?
でも俺は、そんな道のりを無駄だとは思いたくない。
遠回りにはなってしまったけど、この道のりでしか見つけられなかったものがあったから。
あの頃の思い出は、いつまでも呪いのようにはならない。
だって今、俺たちの思い出は、ちゃんと終わりを迎えられたのだから。
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