パン屋の裏稼業?そんなものやってません!

にじいろ♪

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第一章

天然

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我らが魔術庁の長官は、まだ23歳と若い。
そして、限りなく天然だ。
その魔力は桁違いで、誰も追いつけない領域だが、その天才ぶりを全て塗りつぶす程の天然記念生物だ。

廊下を歩きながら、笑いが止まらない。
口の周りにパン屑をたくさん付けて、慌てて椅子にふんぞり返って座っていた。
すっかり慌てたのだろう、ローブを足で踏んづけているのにも、全く気が付いていないし、元々、靴は左右反対だ。

机に直接、焼き立てパンを山積みしたせいで、バターでベトベトになった机はクリーン魔法でさり気なく拭いておいたけれど、長官は、あのベタベタの指で書類をめくるだろう。
書類は全て後からクリーン魔法をかけなければならないな。
いつものことだが。

落ち着いたら、飲み物と手拭きを持って行くか。
あと、さり気なく鏡も。

これは、戻ったら同僚の皆に話して聞かせよう。
更に長官のファンが増えること受け合いだ。


長官は、見た目も、とんでもない美形だ。
黒髪黒目で、彫りが深く整った顔立ち。
背も高く、筋肉もついて引き締まった体は、男から見ても美しい。
神秘的でさえあるその見た目で、当然多くの女性も寄ってくるが、何せあの天然ぶりだ。

数分でバレる。

この前は、ファンなんです、と寄ってきた女性に対して開口一番。

「ところで、女は、体のどこが濡れるんだ?」

あんぐりと顎を外した彼女の顔で、半年は笑えた。

その前は、飲み物をこぼして床を拭いた雑巾で、声を掛けてきた女性の口を拭ったっけ。

「何か付いてるぞ?なんだ、この赤くてテカテカしたやつ。何食ったら、こんなになるんだ」

流行の口紅を雑巾で拭われた女性の怒りは、当然半端なかったし、我々も笑いを堪えるのに腹筋が崩壊した。

その前は、たしか、流行の付け毛をむしり取って犬の尻毛と言い放ったか…
まあ、とにかく女性を怒らせたら長官の右に出る者はいない。

おかげで、この男ばかりの魔術課において。
長官は、美形なのに全くモテない天然記念生物として、絶大な人気を誇っている。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


これで、サルシンさん宛にパンを届け始めて1週間だ。
衛兵さんは、ちゃんと長官に届けてるって言ってくれてるから、大丈夫だよね?
そりゃあ不安はあるけれど、僕に出来ることは、これくらいしかないから。

父さんと母さんも、すごく応援してくれてる。
今日のパンも、最高に美味しく焼けてるから、サルシンさんが気に入ってくれるといいな。

「こんにちは」

衛兵さんとも、顔なじみになってきた。
僕を見ると、少し顔を赤くして挨拶してくれる。
赤面症かな?
僕も赤くなりやすいから気持ちが分かるなー。

「長官から、今夜、再度来るようにと言伝がありました」

え?

「長官って、サルシンさん?」

「ハッ!そうであります」

どうしよう、迷惑だったかな?それとも専売契約?いや、そんな都合良く進まないよね?

「えっと、あの、怒ってました?」

「は?いや、全く。楽しみにしていると仰っておりました」

嬉しい。
もしかしなくても、専売契約が取れるってことだ!

「やったーーーっ!!!」

思わず衛兵さんに抱き着く。
固まった衛兵さんに、我に返って慌てて離れる。

「ごめんなさい!お仕事の邪魔してしまって」

衛兵さんの顔は真っ赤だ。
僕も真っ赤になる。
恥ずかしい。
僕は距離感がおかしいってよく言われるから注意してたのに。

「ぃぇ、自分は、その…」

衛兵さんがもにょもにょ言ってるけど、すっかりお仕事の邪魔になっちゃってるから、さっさと退散しよう。

大きなパンの入った袋を、ぼーっとしてる衛兵さんの手に預けてお願いし、僕は今夜に向けて心が弾んでいた。

帰り道は、道端の花にキスしながら、スキップして帰った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


今夜、アルジがここへ来る。
衛兵の話では、言伝に喜んでいたらしい。
衛兵から聞くアルジの特徴は、まさに俺が集めた情報と合致していた。

飛んで火に入る夏の虫とは、お前のことよ、アルジ。
この俺の力を思い知るがいい。
貴様など、恐るるに足らんわ!
ハーッハッハッハッハッ!!!



「…………………??」

「こっこんばんはっ!は、初めましてっリアーノパン屋ですっ!」

なんだ、このエロかわいい生き物は。
なんでこんな良い匂いさせてるんだ。
人を失脚させるのに、こんなかわいい必要あるのか?
ハッ?!…まさかの色仕掛け?

「ふっ、き、貴様の狙いは分かっている…」

「えっ!あのっそのっ僕っ」

なんだその真っ赤な頬と耳たぶと涙目は。
ウルウルした上目遣いは。
滑らかな鎖骨、細くなだらかな腰。
白くて柔らかそうな胸元。
うなじって、そんな白くて細いか?
こいつ、俺と同じ男だろ?

思わずゴクリと唾を飲む。

「僕の作ったパン、美味しくなかったですか?」

「は?いや!そんなことはない。美味かった!」

思わず、普通に返してしまった。
バカバカ、俺のバカ!
相手はアルジだぞ?!
失脚請負人だぞ?!

「良かった~!ずっと不安だったんです。今をときめく長官さんに、街のパンなんて口に合わないんじゃないかと思って」

わ、笑った。
それは、まるで夜露を浴びた大輪のバラが太陽の光を浴びて月夜に花開くように…
なんだ、昼なのか夜なのか、太陽なのか月なのか。

ふ、と視線が絡み合った。

俺の胸に、鈍器で殴られたような衝撃が走った。

「ーーーっぐはぁっ!」

俺は、あまりの衝撃に耐えきれず胸を抑えて床へうずくまる。
最強だと自負してきた俺に、こんな致命的ダメージを与えるとは!!
これが、失脚請負人アルジの攻撃か!

くそっこれは俺も知らない魔法か?
いや、この部屋は、今、俺以外の魔法は無効化してあるはずだ。
どんな技を使ったんだ?!
考えろ、考えろ…

「大丈夫ですか?」

アルジが、心配そうに俺の顔を覗き込む。
その薄ピンクの濡れそぼった唇に視線が吸い寄せられる。

「うっ、はっ、はあっはあっはぁっ、や、やめ」

ダメだ、息が苦しい。
頭と下半身に熱が集まって、頭が回らない。

「や、やめろ、はぁ、はあっ」

ダメだ、勝てない。
一旦、逃げなくては…そう思うのに、目が離せない。

心配そうに前かがみになったアルジの服の隙間から、薄ピンクの胸の頂きが見えた。
もう、そこしか目に入らない。
なんだ、これは。
急速に体温も上がって来ているに違いない。
まさか…アルジは流行り病を使うのか?
頭も、どんどんとぼんやりとして息も苦しくて、動悸が激し過ぎて心臓が止まって今にも死にそうだ。
まさか、失脚だけでなく、俺の命も狙われていたのか…

「近寄、るな…」

全身が沸騰しているようで、もうこの攻撃には耐えられない。
こうなったら、俺の全力の魔法で応戦するしかない。

「え?」

アルジが、ふいに悲しそうな表情になった。

その顔を見た途端に、掌の魔法は消し去っていた。
俺はアルジをきつく抱き締めていた。
そして…口付けをしていた。

甘い、甘い、包み込むような芳しい香りも堪らない。
思う存分、口の中を味わう。

ーーーって!!!何してる、俺!!

「ーーっすまない!つい」

我に返って慌てて体を離して謝るが、大きく見開かれたアルジの瞳から、天使の雫のような一筋の涙が零れた。

気がついたら、その涙まで舐め取っていた。
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