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プレゼント
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「ここ……?」
「ええ、ここです」
場違い感が半端ないのだけれど。
私は、これから何を買わされるのだろう。
貯金は、どれくらいあったかな。
死ぬまで一人で生きていく為に最低限の暮らしをしていたから、預金残高は結構あったはず。
もし、払えなかったらローンを組んでもいい。
「どれがいいですか?愛さん」
「はぃ、えっと、ですね…とりあえず出来れば安めでお願いします…」
ここは、某有名な高級ジュエリー店。
女優さんとか、モデルさんとかが、輝かしい未来に胸を踊らせてカメラの前でポーズをとる類のジュエリー店。
そういう人種の訪れる煌めく場所。
私とは住む世界が違う人種の集まる聖域。
「んー…愛さんの気に入るもの無いですか?」
「はは、いや、どうぞ篠山さんの好きな物を選んで下さい……」
例え住む世界が違うとしても篠山さんの為なら、貯金全額注ぎ込んでも構わない。
それくらい、今日一日で幸せを貰えたのだから、私のことは財布と思って選んで欲しい。
ふーん、と篠山さんが腕を組んで何やら考え始めた。
腕組みして考える姿まで、なんて格好良いんだろう。
美人な店員さんまで見惚れてる。
「それは、僕の好みに合わせてくれるってことですか?それとも……愛さんを僕好みにして良いってこと?」
「はい?えぇ、はい」
何だか良く分からないけど、とりあえず曖昧に笑って頷いておく。
高級感溢れる店内は恐い人とかは出て来なそうで、少しほっとする。
このまま、篠山さんに貢ぐだけで良いなら、それも含めて良い思い出だ。
「じゃあ、これはどうですか?あの、すみません」
「こちらですね。とても人気の指輪となっております。婚約指輪として購入される方が多いですね」
篠山さんに見惚れていた店員さんに声を掛ければ、すぐに笑顔で近くに来てくれた。
うわー、美人さん!
そんな美人を前に私なんかが、篠山さんにエスコートされて、ふかふかのソファに座る。
こういう店って、こんなソファとかあるの?知らなかったよ。
明らかに場違いな私が座れば隣に篠山さんがピッタリとくっ付いて座る。目の前には美人な店員さん。
うん?なんだろ、これ……まさかグルなのか。
この美人店員もグルなのか?
囲まれてサインする的な?
「さあ、手を出して」
篠山さんが私の手を優しく取り、ゆっくりと繊細で美しい指輪が嵌められていく。
左手の薬指に。
「??!!!!???!!」
驚愕で声が出ない。
これが結婚詐欺?!やばい、こればヤバいってば!
「うん、似合う。どうです?愛さん、別な物も試してみましょうか」
「いっ、いえっ!これで!」
せっかく篠山さんが嵌めてくれた指輪を外すのが嫌で、私は金額も見ないで叫んでいた。だって、生れて初めて男性に指輪を嵌めてもらったのだ!!人生初記念!!
くすり、と篠山さんが微笑んだ。
途端に私の顔もとろける。
「良かった、気に入ってくれたんですね。愛さんに気に入って貰えて嬉しいな。あ、この指輪のペアありますか?」
「勿論ございます。こちらになります」
私は、ぼんやりと自分の指には似合わないだろう高級過ぎる金の指輪を見詰めていた。
生涯、薬指の指輪とは無縁のはずだった私の荒れた指に、こんなに素敵な物が嵌まっているなんて。
これだけで、内臓売られても耐えられる。
「……さん?愛さん?」
「はっ!はいっ!!」
篠山さんの声で我に返る。
恥ずかしい。すっかり自分の世界に浸っていたらしい。
「変わらないなぁ、愛さん。ね、これどうです?僕に似合うかな」
「ひぇ?!はっ、はい!篠山さんなら、何でも似合うと思います!!」
あはは、と声に出して篠山さんが笑う。
誰もが見惚れる笑顔。当然私も見惚れまくってる。
「愛さんとペアになってるんですけど?」
私の手の横に篠山さんの細くて綺麗な指が並べられる。あまりの美しさに見惚れながら、その薬指に嵌まっている指輪と自分の指輪とを見比べる。
確かに、デザインが全く同じだ。
「わ、ほんとだ」
「ね?お揃いです」
あー、これ……胸のドキドキが過ぎてヤバい。涙が勝手に出て来ようとしてます!
トキメキって、過ぎると涙出るんですね。
この歳まで知りませんでした。
何これ、こんなサービスもして貰えるんですか、最近の詐欺は。
ありがとう、結婚詐欺。ビバ、結婚詐欺。
「う、うれしい、です」
「うん、僕も嬉しいです。幸せになろうね」
「はい……♡」
美人店員さんの温かい目に気付く。
いや、分かってるよ!あなたの思ってること!
こんな超イケメンと私じゃあ明らかに釣り合って無いもの。
どっからどう見たって結婚詐欺じゃんね!!お願いだから通報しないで!!
「お二人とも、とってもお似合いですよ。素敵です」
「ありがとうございます。僕たち、初めてのペアリングなんです。これから準備とか忙しくなるね、愛さん」
「ふぇ?はいっ!喜んで!」
何のこっちゃ分からんが、とにかく居酒屋風に返事しておく。
店員さんも綺麗に笑ってらっしゃる。
キラキラ光輝く高級な店内と美しい店員さん。
隣には宝石よりも輝く篠山さんの笑顔。
もう、これは天国だろう。
あれ?私死んだのかな。
「大丈夫?疲れてない?」
ぼーっとしていたら、いつの間にかお店から出ていた。
歩道を歩く自分にハタと気付く。
「???あの、え?」
あれ?払ってないよね?お金。
確かにサインはした?でも、カードも現金も何も出して無い。
こういうのは後払いなのだろうか?
「私、カードで払いましたっけ?後払いですか?」
「うん?カードって?後払い?なんのこと?」
お互い頭にハテナを浮かべて立ち尽くす。
私の右手は笑顔の彼にしっかり握られている。
「えと、さっきの指輪代って、どうやって支払ったのか……」
「彼女へのプレゼントを愛さんに支払わせる訳無いでしょ」
途端に足元がガランガランと崩れた音がした。
頭から血の気が引いていく。
彼女へのプレゼント!!
さっきのは、私じゃなくて篠山さんの彼女へのプレゼント!!
なんて勘違い!!
「ご、ごめんなさい!彼女さんへのプレゼントだったのに、私なんかが指に嵌めてしまって!!」
半泣きになりながら、篠山さんから逃げようとする。
恥ずかしい。私ったら勘違いも甚だしい!!そりゃそうだ、私なんかが彼から指輪を選んで貰えるなんて、あるはず無い。
泣きながら穴に入りたい、いや早く逃げたいのに右手がガッチリ彼に掴まれているから、どうやっても抜けない。
辛い、悲しい、苦しい。私を見ないで!!
「何言ってるの?僕の彼女は愛さんでしょ」
「………え?」
私の手を優しく引き寄せる彼の大きな暖かい手の温もり。
あれ、涙が引っ込んだ。女の涙って出入り自由?
彼の腕に優しく抱き締められて彼を見上げる。
「さっきのは婚約指輪。出来上がったら、ちゃんとロマンチックな場所で改めて渡すから安心して?僕も初めてだから慣れないし、ちゃんと二人で選びたかったんだ」
「……こん、やく?」
コンニャクじゃなくて?
コンニャク、今夜食う的な。
「両親への挨拶は、いつがいい?僕は今週末空いてるよ。もしかして愛さんも休みかな?偶然だね」
「は、はい…えっと、今週末は休みだったと思います……」
ぼんやりと仕事の予定を頭で思い描く。
確かに今週末は休みである。
両親への挨拶……?
今は亡き両親の顔が浮かぶ。
ごめんね、愛は結婚詐欺にどっぷりです。
天国で泣いてて下さい。
「愛さんのご両親に挨拶出来なくて残念だよ。でも、ご両親の分まで僕が愛さんを幸せにするから」
「はぁ……」
どんなストーリー展開なんだ、この結婚詐欺は。
私は週末には彼の用意した偽物のご両親に挨拶までするのか。
思ったより壮大だな。
そこまでしなくとも、もう全財産でも内臓でも差し上げるのに。
「とりあえず、そこのカフェでも入って詳しく話そうか」
「はいぃ………」
これから、彼の困ってる話しとかを聞いて、私がお金の融通をするのかな。
それとも、病気の妹の為のお金?
もしくは、借金で困ってる?起業とか?
「……でね、この式場が良いと思うんだけど、どうかな」
「はぁ……素敵ですねぇ…」
彼に連れられて入ったお洒落なカフェで、彼は分厚い結婚情報誌を私に見せて、延々と結婚式場の説明をしている。
これは、どういう目的の時間なのだろう。
あれか、結婚は本物と信じ込ませる時間か。
「愛さんは、神前式がいい?それとも教会?人前式っていうのも良いよね。僕は特に拘り無いから、愛さんが好きな方で良いんだ。愛さんの為の結婚式だから」
「えーっと、あのー……」
太陽のような笑顔で、私を包み込む篠山さん。
癒やされる。ここはパワースポットだ。
うん、もう考えるのは止めだ。
考えるな、感じろ!!
フィール ソー グッド!!
「ウ、ウエディングドレス!あの…着てみたいです!!」
詐欺なことなんて分かってる。
こうなったら、全力で彼に乗っかって楽しむことにした。
住む家まで失っても構わない。
残りの余生は路上生活バッチコイだ。
「いいね!僕も愛さんのドレス姿見たい!じゃあ、この教会なんてどうかな」
二人で笑顔で結婚情報誌を見て微笑み合う私達は、カップルに見えるんだろうか。
こんなに釣り合わない二人がカップル?
いやいや、結婚詐欺だって子供にも分かる。
でも、それで良い。
「ここの教会、素敵!試食会あるんですね?!行ってみたい!」
「じゃあ、今週末にうちの両親に挨拶したら、そのまま試食会に行こうか」
「はいっ!行きたいです!!楽しみ~♡」
実現することのない架空の結婚話に盛り上がる私達。
うん、それで良いの。
全部夢だって分かってる。
でも、騙されても良いし、むしろ騙されたままでいたい。
生まれて初めて、こんなに幸せなんだもの。
「それでね、これだけは愛さんに伝えておきたいんだけど」
キタ。
これから、私から金を引き出すのだ。
もう決めてる。笑顔で全財産渡そう。
「うちの両親、変わってるんだ。悪い人達では無いけど…もし愛さんが嫌なら僕も距離を置いてもいい。愛さんが嫌がることは一つもしたくないから」
「………はぁ?ご両親?へぇ、そうなんですか…」
引き締めた顔や全身の筋肉が緩む。
なんじゃそりゃ。
いや、あれか、その両親が私から金を引き出す役割か?
新しい手口ってやつか。
「僕は両親よりも愛さんの方が大事だから。何があっても僕から離れようなんて考えないでね?お願い……」
キラキラ美形が、子犬のようにウルウル見詰めて来ます。
これあれだ。イケメンの最終形態だ。
戦闘能力が高すぎてスカウター壊れるやつ。
フリー○ーぁぁ!!!
「だっ大丈夫です!絶対、篠山さんから離れたりしません!……自分からは」
篠山さんは、きっと、いつの間にか私の前から消えるんだろうけど。
私は自分からは消えたりしない。
篠山さんとの思い出だけを胸に惨めな余生を生きるんだから。
「ふふ、僕も愛さんを絶対に離さないよ。ようやく、ここまで来たんだ。二人で幸せになろう」
あ、ネギ背負ったカモですもんね。
逃げませんとも。煮て焼いて食って下さい。
自分で腹でも何でも捌きます。
「大丈夫です。私は逃げたりしませんから」
彼が私に、更にずいっと近付いて真顔で見詰めてくる。
「僕から逃げない?絶対に?」
その瞳の瞳孔が開いているように見えるのは気の所為だろうか。
あれだな、美形って真顔だと少し恐いのな。
「……ええ、もちろんですよ」
もう覚悟は決まってるんだから。
私の覚悟が伝わったのか、彼は嬉しそうに頬を染めて笑った。
「…良かった」
そのあまりの可愛さに、胸が散弾銃で撃ち抜かれた。
凄腕スナイパー健在。
「ええ、ここです」
場違い感が半端ないのだけれど。
私は、これから何を買わされるのだろう。
貯金は、どれくらいあったかな。
死ぬまで一人で生きていく為に最低限の暮らしをしていたから、預金残高は結構あったはず。
もし、払えなかったらローンを組んでもいい。
「どれがいいですか?愛さん」
「はぃ、えっと、ですね…とりあえず出来れば安めでお願いします…」
ここは、某有名な高級ジュエリー店。
女優さんとか、モデルさんとかが、輝かしい未来に胸を踊らせてカメラの前でポーズをとる類のジュエリー店。
そういう人種の訪れる煌めく場所。
私とは住む世界が違う人種の集まる聖域。
「んー…愛さんの気に入るもの無いですか?」
「はは、いや、どうぞ篠山さんの好きな物を選んで下さい……」
例え住む世界が違うとしても篠山さんの為なら、貯金全額注ぎ込んでも構わない。
それくらい、今日一日で幸せを貰えたのだから、私のことは財布と思って選んで欲しい。
ふーん、と篠山さんが腕を組んで何やら考え始めた。
腕組みして考える姿まで、なんて格好良いんだろう。
美人な店員さんまで見惚れてる。
「それは、僕の好みに合わせてくれるってことですか?それとも……愛さんを僕好みにして良いってこと?」
「はい?えぇ、はい」
何だか良く分からないけど、とりあえず曖昧に笑って頷いておく。
高級感溢れる店内は恐い人とかは出て来なそうで、少しほっとする。
このまま、篠山さんに貢ぐだけで良いなら、それも含めて良い思い出だ。
「じゃあ、これはどうですか?あの、すみません」
「こちらですね。とても人気の指輪となっております。婚約指輪として購入される方が多いですね」
篠山さんに見惚れていた店員さんに声を掛ければ、すぐに笑顔で近くに来てくれた。
うわー、美人さん!
そんな美人を前に私なんかが、篠山さんにエスコートされて、ふかふかのソファに座る。
こういう店って、こんなソファとかあるの?知らなかったよ。
明らかに場違いな私が座れば隣に篠山さんがピッタリとくっ付いて座る。目の前には美人な店員さん。
うん?なんだろ、これ……まさかグルなのか。
この美人店員もグルなのか?
囲まれてサインする的な?
「さあ、手を出して」
篠山さんが私の手を優しく取り、ゆっくりと繊細で美しい指輪が嵌められていく。
左手の薬指に。
「??!!!!???!!」
驚愕で声が出ない。
これが結婚詐欺?!やばい、こればヤバいってば!
「うん、似合う。どうです?愛さん、別な物も試してみましょうか」
「いっ、いえっ!これで!」
せっかく篠山さんが嵌めてくれた指輪を外すのが嫌で、私は金額も見ないで叫んでいた。だって、生れて初めて男性に指輪を嵌めてもらったのだ!!人生初記念!!
くすり、と篠山さんが微笑んだ。
途端に私の顔もとろける。
「良かった、気に入ってくれたんですね。愛さんに気に入って貰えて嬉しいな。あ、この指輪のペアありますか?」
「勿論ございます。こちらになります」
私は、ぼんやりと自分の指には似合わないだろう高級過ぎる金の指輪を見詰めていた。
生涯、薬指の指輪とは無縁のはずだった私の荒れた指に、こんなに素敵な物が嵌まっているなんて。
これだけで、内臓売られても耐えられる。
「……さん?愛さん?」
「はっ!はいっ!!」
篠山さんの声で我に返る。
恥ずかしい。すっかり自分の世界に浸っていたらしい。
「変わらないなぁ、愛さん。ね、これどうです?僕に似合うかな」
「ひぇ?!はっ、はい!篠山さんなら、何でも似合うと思います!!」
あはは、と声に出して篠山さんが笑う。
誰もが見惚れる笑顔。当然私も見惚れまくってる。
「愛さんとペアになってるんですけど?」
私の手の横に篠山さんの細くて綺麗な指が並べられる。あまりの美しさに見惚れながら、その薬指に嵌まっている指輪と自分の指輪とを見比べる。
確かに、デザインが全く同じだ。
「わ、ほんとだ」
「ね?お揃いです」
あー、これ……胸のドキドキが過ぎてヤバい。涙が勝手に出て来ようとしてます!
トキメキって、過ぎると涙出るんですね。
この歳まで知りませんでした。
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ありがとう、結婚詐欺。ビバ、結婚詐欺。
「う、うれしい、です」
「うん、僕も嬉しいです。幸せになろうね」
「はい……♡」
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いや、分かってるよ!あなたの思ってること!
こんな超イケメンと私じゃあ明らかに釣り合って無いもの。
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「ありがとうございます。僕たち、初めてのペアリングなんです。これから準備とか忙しくなるね、愛さん」
「ふぇ?はいっ!喜んで!」
何のこっちゃ分からんが、とにかく居酒屋風に返事しておく。
店員さんも綺麗に笑ってらっしゃる。
キラキラ光輝く高級な店内と美しい店員さん。
隣には宝石よりも輝く篠山さんの笑顔。
もう、これは天国だろう。
あれ?私死んだのかな。
「大丈夫?疲れてない?」
ぼーっとしていたら、いつの間にかお店から出ていた。
歩道を歩く自分にハタと気付く。
「???あの、え?」
あれ?払ってないよね?お金。
確かにサインはした?でも、カードも現金も何も出して無い。
こういうのは後払いなのだろうか?
「私、カードで払いましたっけ?後払いですか?」
「うん?カードって?後払い?なんのこと?」
お互い頭にハテナを浮かべて立ち尽くす。
私の右手は笑顔の彼にしっかり握られている。
「えと、さっきの指輪代って、どうやって支払ったのか……」
「彼女へのプレゼントを愛さんに支払わせる訳無いでしょ」
途端に足元がガランガランと崩れた音がした。
頭から血の気が引いていく。
彼女へのプレゼント!!
さっきのは、私じゃなくて篠山さんの彼女へのプレゼント!!
なんて勘違い!!
「ご、ごめんなさい!彼女さんへのプレゼントだったのに、私なんかが指に嵌めてしまって!!」
半泣きになりながら、篠山さんから逃げようとする。
恥ずかしい。私ったら勘違いも甚だしい!!そりゃそうだ、私なんかが彼から指輪を選んで貰えるなんて、あるはず無い。
泣きながら穴に入りたい、いや早く逃げたいのに右手がガッチリ彼に掴まれているから、どうやっても抜けない。
辛い、悲しい、苦しい。私を見ないで!!
「何言ってるの?僕の彼女は愛さんでしょ」
「………え?」
私の手を優しく引き寄せる彼の大きな暖かい手の温もり。
あれ、涙が引っ込んだ。女の涙って出入り自由?
彼の腕に優しく抱き締められて彼を見上げる。
「さっきのは婚約指輪。出来上がったら、ちゃんとロマンチックな場所で改めて渡すから安心して?僕も初めてだから慣れないし、ちゃんと二人で選びたかったんだ」
「……こん、やく?」
コンニャクじゃなくて?
コンニャク、今夜食う的な。
「両親への挨拶は、いつがいい?僕は今週末空いてるよ。もしかして愛さんも休みかな?偶然だね」
「は、はい…えっと、今週末は休みだったと思います……」
ぼんやりと仕事の予定を頭で思い描く。
確かに今週末は休みである。
両親への挨拶……?
今は亡き両親の顔が浮かぶ。
ごめんね、愛は結婚詐欺にどっぷりです。
天国で泣いてて下さい。
「愛さんのご両親に挨拶出来なくて残念だよ。でも、ご両親の分まで僕が愛さんを幸せにするから」
「はぁ……」
どんなストーリー展開なんだ、この結婚詐欺は。
私は週末には彼の用意した偽物のご両親に挨拶までするのか。
思ったより壮大だな。
そこまでしなくとも、もう全財産でも内臓でも差し上げるのに。
「とりあえず、そこのカフェでも入って詳しく話そうか」
「はいぃ………」
これから、彼の困ってる話しとかを聞いて、私がお金の融通をするのかな。
それとも、病気の妹の為のお金?
もしくは、借金で困ってる?起業とか?
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「はぁ……素敵ですねぇ…」
彼に連れられて入ったお洒落なカフェで、彼は分厚い結婚情報誌を私に見せて、延々と結婚式場の説明をしている。
これは、どういう目的の時間なのだろう。
あれか、結婚は本物と信じ込ませる時間か。
「愛さんは、神前式がいい?それとも教会?人前式っていうのも良いよね。僕は特に拘り無いから、愛さんが好きな方で良いんだ。愛さんの為の結婚式だから」
「えーっと、あのー……」
太陽のような笑顔で、私を包み込む篠山さん。
癒やされる。ここはパワースポットだ。
うん、もう考えるのは止めだ。
考えるな、感じろ!!
フィール ソー グッド!!
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詐欺なことなんて分かってる。
こうなったら、全力で彼に乗っかって楽しむことにした。
住む家まで失っても構わない。
残りの余生は路上生活バッチコイだ。
「いいね!僕も愛さんのドレス姿見たい!じゃあ、この教会なんてどうかな」
二人で笑顔で結婚情報誌を見て微笑み合う私達は、カップルに見えるんだろうか。
こんなに釣り合わない二人がカップル?
いやいや、結婚詐欺だって子供にも分かる。
でも、それで良い。
「ここの教会、素敵!試食会あるんですね?!行ってみたい!」
「じゃあ、今週末にうちの両親に挨拶したら、そのまま試食会に行こうか」
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うん、それで良いの。
全部夢だって分かってる。
でも、騙されても良いし、むしろ騙されたままでいたい。
生まれて初めて、こんなに幸せなんだもの。
「それでね、これだけは愛さんに伝えておきたいんだけど」
キタ。
これから、私から金を引き出すのだ。
もう決めてる。笑顔で全財産渡そう。
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「………はぁ?ご両親?へぇ、そうなんですか…」
引き締めた顔や全身の筋肉が緩む。
なんじゃそりゃ。
いや、あれか、その両親が私から金を引き出す役割か?
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キラキラ美形が、子犬のようにウルウル見詰めて来ます。
これあれだ。イケメンの最終形態だ。
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フリー○ーぁぁ!!!
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篠山さんは、きっと、いつの間にか私の前から消えるんだろうけど。
私は自分からは消えたりしない。
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「ふふ、僕も愛さんを絶対に離さないよ。ようやく、ここまで来たんだ。二人で幸せになろう」
あ、ネギ背負ったカモですもんね。
逃げませんとも。煮て焼いて食って下さい。
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「大丈夫です。私は逃げたりしませんから」
彼が私に、更にずいっと近付いて真顔で見詰めてくる。
「僕から逃げない?絶対に?」
その瞳の瞳孔が開いているように見えるのは気の所為だろうか。
あれだな、美形って真顔だと少し恐いのな。
「……ええ、もちろんですよ」
もう覚悟は決まってるんだから。
私の覚悟が伝わったのか、彼は嬉しそうに頬を染めて笑った。
「…良かった」
そのあまりの可愛さに、胸が散弾銃で撃ち抜かれた。
凄腕スナイパー健在。
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