不本意恋愛

にじいろ♪

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ご両親

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「はぁ?早乙女ちゃんが、結婚詐欺?」

職場の休憩室で、同僚達が大口を開けてポカンとしてから、一斉に笑い出した。

「あははは!!!なにそれ!!結婚詐欺て!!」

「そんなの、ほんとにあんのー?!」

「さすが早乙女ちゃん、やっぱツイてるわー」

散々笑い転げて、噂はあっという間に職場を席巻した。

「うっうっ、いいんですよ。私は結婚詐欺を一生の思い出にして生きて行くんですから」

これで、更に同僚からは爆笑をかっさらった。良いのだ。笑いたければ笑え。
だが聞かれるがままに詳しく状況を説明すると、笑っていた皆が神妙に頷いて、私の肩が順に叩かれた。
肩を叩くとご利益がある地蔵か?
わしゃ、肩地蔵か?

「……それで早乙女ちゃんが良いなら何も言わないよ」

「うん…思い出だと思えばね。でも、借金はダメよ」

「ヤクザとか出てきたら連絡ちょうだい。弁護士の友達呼ぶから。一人で背負ったら怒るから」

同僚は、皆、本当に良い人。
散々笑われたけど。
私のことを心配しながらも、全部分かった上で私の意思を尊重してくれた。

「あんた、ご両親いないんだから、困ったら、うちらを頼りなさいね」

慈愛に満ちた同僚達の表情に思わず涙が溢れそうになって上を向く。
古びた天井から蜘蛛の巣が垂れている。
ちょっと掃除しよっかな。

「うぐっ、ありがとう、ございまず……」

もう、何も誰も言わず、笑顔でお菓子を掌に握らされた。
それは小袋のラムネ。
シュワシュワするラムネを口に放り込めば、なんだか心も落ち着いて前向きに歩ける気がした。
午後の業務が始まる。
うん、私、大丈夫。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「はっ、はじめましてっ!早乙女愛ともうびばひゅっ!!」

週末の偽のご両親への挨拶という大イベント。
私は早朝から準備をして、彼が私の為に用意したという素敵なワンピースに身を包み新品の靴を履いて膝をガクガクさせて玄関に立っている。

「……こちらこそ、よろしくお願いします」

「……いらっしゃいませ。どうぞ、お上がり下さい」

うん。塩対応。
いや、塩というか暗い?
やっぱり、私みたいのが来て良い気分はしないのか。
でも、金づるなのだから、もう少し温かく笑顔で迎えて貰えるのかと思っていた。
緊張で思い切り噛んだ舌が痛い。

「ふふっ、愛さん大丈夫?舌噛んじゃった?」

「らいろふれふ」

口を開けて見せると、笑顔の彼が私の舌を観察して、そっと撫でてきた。
ん?舌を撫でる?

「赤くなっちゃってるよ。可哀想に。母さん、舌に滲みる物は出さないでね?」

「……わかったわ」

え、なんでこんなに雰囲気暗いの?
葬式レベルなんですけど。
やるならちゃんと演技しよーよ!!
彼を見習って?
こんなアラフォーのベロまで触ってるよ?
案内されたリビングは、ごく普通のお家の、ごく普通のリビング。
床に敷かれた絨毯、大きなテレビ。
大きなテーブル。冬になればコタツなんて点けるんだろうな。
憧れる。

「そーいえば……」

「なに?愛さん。何か気になる?」

一番気になるのは、ご両親役の顔色の悪さですが、そこは何も言えません。
一言も喋らないし。

「篠山さんて、下の名前、何ていうんですか?篠山さんだと、ご両親と被っちゃうから」

私は、ちゃんとカモネギ役を全うします。
彼が、ふわっと優しく笑って抱き締められた。

「夢みたいだ。愛さんが僕を下の名前で呼んでくれるなんて……涼だよ。涼しいと書いて涼」

「えっと、涼…さん?」

頬に柔らかい感触がした。
温かい皮膚と彼の息遣い。

きっ、きっ?!

「愛さん、好きだよ」

私、ご両親役の前で彼にほっぺにチュウされました!!

「あっ、ありがとう、ございますっ!!」

これは、間違い無く役得。
ここまでする予定では無かったのか、ご両親が呆然としている。
お義母さん役は、注いでいたお茶をそのまま零している。
お義父さん役は、完全に固まっている。

「御礼なんて言ったら、僕、調子に乗っちゃうよ?愛さんと恋人になれて有頂天なんだから。愛さんの全部が欲しくて堪らないんだからね」

そんなことを耳元で囁かれたら、私の純白HPはゼロである。
あ、HPはホスピタルではなく、残りの命ね。
私は顔を茹で蛸のようにしながら、ふしゅ~っと脱力した。

「ああ、かわいい。早く結婚したいね。あ、父さん母さん、分かってると思うけど彼女と結婚するから。式場はチャペルがあるところで、結婚式当日に入籍もする。そのまま二人でハネムーンの行き先も決めないと」

「ま、待って、涼」

お義母さん役が、ようやく話した。
顔色は益々悪い。

「そのお嬢さんのご両親は?本当に納得されてるの?」

「そうだ。人攫いみたいに連れて来たんじゃないだろうな。犯罪だぞ」

ご両親役、めちゃくちゃ恐い顔で涼さんを問い詰め始めた。
なんていうか、不思議な役回りだな。
一体、どうやって私から金を引き出す戦法なのか皆目検討が付かない。

「愛さんのご両親は、3年前に不幸な事故で亡くなってるんだよ。それに、僕達はどこから見ても相思相愛でしょ?ね?愛さん♡」

「いや、さっき初めて下の名前教えたんじゃないのか!」

「そうよ!そんなにお互いのこと知らないなんておかしいわよ!それで急に結婚だなんて!!」

顔を真っ青にして訴えるご両親。
お義母さん役は涙まで滲ませている。

「お願い!バカなことはしないで!犯罪だけは止めて!こんな純粋そうなお嬢さんを…」

ダアン!!と大きな音がした。
どこから?
隣から。え、なに。

「いい加減にしろよ。僕のこと何だと思ってんの?あんたらの息子だろ?そんなに信用ねぇのかよ!もういい。こっちから縁切るから。二度と来ないし結婚式にも呼ばねぇ。孫産まれて後悔しろよ」

頭真っ白。
平和なリビングの象徴たる大きなテーブルにヒビが入っております。
例えでは無く、物理的なヒビ。
ご両親役は、更に真っ青になってガタガタ震えております。

なにこれ……あ、私が逆らえば、このテーブルが私になる的な?

「ごめんね、愛さん。帰ろう」

寂し気な笑顔で私を優しく立ち上がらせてくれる彼の手を取るのを一瞬ためらうと、すかさず握り込まれた。

「愛さんは僕から逃げないもんね?」

また真顔で瞳孔開いてる。
ちょっと、いやだいぶ恐い。
でも、逃げないって決めた。
私は、赤べこのように首をカクカク振って頷く。

「は、はいっ、逃げませんっ」

なんか、後ろから号泣する声が聞こえるんですけど。
これ、どういう芝居設定?
もはや混乱の極みが過ぎる。

「じゃ、式場の試食会行こうか」

「はいいっ!!喜んで!!……あの」

いつもの居酒屋風の返事をしてから、そっと後ろを振り返る。

「……涼さんのことは本当に好きです。だから、その…心配しないで下さい。私、幸せです」

あまりに鬼気迫る号泣を見せるお義母さん役に、思わず言ってしまった。
彼女は詐欺が合わないのかもしれない。
被害者の私を心から案じてくれているのが伝わったから。
それも演技かもしれないけど、言わずには居られなかった。

「結婚式にも、ぜひ来て欲しいです。私には両親がもう居ないので、仲良くして下さい」

ペコリと頭を下げると、お義母さんが泣き崩れて何か言っていた。
お義父さん役も、泣きながら何か喋っている。
聞き取れないのは、言葉が不明瞭だからじゃない。
彼が私の耳を両手で抑えたから。
仰ぎ見ると笑顔の彼。
耳から伝わる彼の温もりと、自分の心臓の音。
そのまま、彼の家を出た。
耳を抑えられたまま。
なんじゃそりゃ。

「ごめんね?見苦しくて。変わってるでしょ、あの人たち」

「えーっと、でも心配してくれてる…のは分かりました!きっと涼さんのこと本当に考えてくれてるんだと思います!」

家を出たら、耳は自由を取り戻した。
今の涼さんは元の優しい笑顔の好青年。

何となくだけど、もしかしたら実のご両親なんじゃないかと今更ながらに思った。
顔は似て無かったけど、涼さんはあの家で育った感じがした。
それに、あまりに鬼気迫っていて、とても詐欺グループレベルの演技力とは思えなかった。
詐欺グループの演技力知らんけど。
本当に涼さんと私を心配してくれているって信じられた。

「愛さんは、優しいね。優し過ぎて悪い奴に捕まらないか心配になるよ。僕から離れちゃダメだよ?僕が君を生涯守るから」

既に悪い奴に捕まっている気がしないでもない。
が、勿論言わない。
私も笑顔で答える。

「うん…涼さんが守ってくれるから大丈夫」

途端に抱き締められた。
道端で、ギュウギュウ抱き締められた。
甘い抱擁じゃなくて、これはプロレス技とかじゃないのか?何固めとか言うヤツ。

「く、くるし…」

3回タップすると彼が開放してくれた。
肺が膨らんで新鮮な酸素を取り込む。
はー、酸素最高。
地球に生まれて、良かったー!!

「ごめんね、つい気持ちが止められなくて。痛いところ無い?」

「無い…です。けど、あの……」

思わずゴニョゴニョと口籠る。
彼が私の顎を掬い上げて視線がバチっと合う。
やば、これ何?恥ずか死ぬ!!

「けど、なに?何でも言って?愛さんの言葉は全部僕が聞きたいから」

「えー…ご実家のテーブル…割るのは、流石にダメじゃないかと…その、ご両親泣いてましたし…」

しどろもどろだけど、彼の目を見て言う。
良かった、瞳孔開いて無い。

「私は、仲良くしたいです……」

また、何固めかをされた。
ギュウギュウ肺が押し潰される。

「ぐえっ、く、くるし……」

「僕の天使だ。神だ。こんなに身も心も美しい人が僕のものになるなんて、最高過ぎる」

割と大きめの声で言うから、周りの目が気になる小心者の日本人。
それが私。

「ちょ、まってっ」

キム○クでは無い。
新しい韓国グルメでも無い。

死にそうなのだ。
金は払うから殺さないでくれーー!!

「ごめんっ、愛さん、大丈夫?僕、あまりに好き過ぎて力加減間違えちゃって…ごめんね?」

開放され、やっと呼吸する私の背中を彼が撫でてくれる。
生きてる……

「だい、じょぶ…試食会、行きましょ…」

「まだ苦しい?あ、車までは僕が運ぶから」

ぐいーんっとお姫様抱っこされた。
普通の住宅街の道端で。
犬の散歩中のおじいちゃんが、ガン見してますー!!

「あ、いや、あのっ自分で歩け…」

「はぁ、幸せだなぁ。こんなに堂々と愛さんを抱き締めても許されるんだもの。婚約者って最高」

溶けるような笑顔と声で言われれば、私に抵抗することなど出来ない。

「…あざーっす」

小さく体育会系に御礼を言って彼の首に腕を回す。
筋肉質な彼の首に、首ったけである。


そのまま振り返れば彼の実家。
詐欺の現実も詳しい事情も知らない私にはご両親のことも何も分からないけれど。
何となく心は晴れないままだった。
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