【ひとまず完結】異世界の偏屈爺、かく語りき

ゆきむらちひろ

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11:世界の中心は自分、という麻疹

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筆者:石臼翁


 春先になると、この王都には決まって同じような顔つきの若者が増える。故郷の田舎町から、大きな夢と、それに見合わぬわずかばかりの荷物を背負ってやってきた、冒険者志望の青年たちだ。

 彼らの瞳は一様に、期待と野心でギラギラと輝いている。その顔には「俺は何かを成し遂げるためにこの都へ来たのだ」という、根拠のない自信がありありと浮かんでいることが多い。私はそんな若者たちを、店の薄暗い奥から眺めるたびに、毎年決まって同じ溜息をつくのだ。また今年も、麻疹にかかった雛鳥たちがやってきたな、と。

 この王都には、そうしたお上りさんを専門に狙う、質の悪い露天商の一団がいる。彼らは大通りから少し外れた、人の往来が激しい路地裏に店を構える。そして、一見すると年代物に見える、錆を浮かせた剣や、使い古された革鎧などを並べ、「伝説の職人が打った一本」だの「竜の鱗をも弾いた名鎧」だのといった、ありもしない触れ込みで売りつけるのだ。もちろん、それらはすべてどこかの廃坑から拾ってきた鉄屑や、使い物にならなくなった古防具にそれらしい化粧を施しただけの代物である。

 都に来たばかりの若者は、右も左もわからぬ。金銭的な余裕もない。だから、彼らはギルドが紹介するような信頼できる武具屋には目もくれず、安い掘り出し物を求めてそうした怪しげな露天を巡り歩く。そんな者たちをカモにするのが、件の露天商たちだ。

 王都に来たばかりな若者の多くは、目利きの腕があるわけでも、百戦錬磨の商人と渡り合えるだけの交渉術があるわけでもない。結果は火を見るより明らかだ。彼らは、商人の立て板に水の口八丁にすっかり乗せられ、なけなしの金子をはたく。そして、ただのガラクタをありがたく買い求めていく。そんな若者の背中を見掛けるたびに、私はいつも思う。まあ、これもひとつの学びだろう、と。

 人生で一度や二度の失敗は、誰にでもある。むしろ若いうちの失敗は、金で買える薬のようなものだ。痛い思いをして、己の無知と世の中の厳しさを知る。金を失ったのは授業料だと思えば、次は同じ轍を踏むまいと慎重になるだろう。一度騙された経験は、次に本物を見抜くための、確かな糧となるはずだ。そうやって人は、少しずつ賢くなっていくものだ。

 だが、どうにも解せないのは、ここからだ。一度ならず、二度、三度と、同じような手合いに、同じように騙され続ける若者が少なからずいるのである。一度目に買った剣が、ゴブリンの一撃でぽっきりと折れた。二度目に買った盾が、スライムの酸で無残に溶けた。普通に考えれば、己の見る目のなさを呪い、次こそは信頼できる店で、多少値が張っても確かな品を買おうと決意するはずだ。
 しかし、彼らはそうしない。またしても、別の露天商の甘言に耳を貸し、「今度こそは本物の掘り出し物に違いない」と、三度目のガラクタを掴まされるのである。

 いったいこれはどういうことなのか。彼ら彼女らは、学習という能力をどこかに置き忘れてきたのだろうか。私は長年その不可解な現象について考えてきたが、最近になってようやく、ひとつの仮説に行き着いた。

 おそらく彼らは心の底で、こう信じているのだ。
 「自分が失敗するはずがない」と。

 彼らは自分自身を、物語の主人公だと固く信じ込んでいる。出身の田舎町では、あるいは一番の腕利きだったのかもしれない。少しばかりの成功体験が、彼らの自意識を肥大化させた。そして、自分は「選ばれた存在」であり、幸運の女神は常に自分に微笑んでくれるはずだと、何の疑いもなく思い込んでいる。だから、一度目の失敗は、単なる「運が悪かっただけ」のこととして処理される。二度目の失敗は、「あの商人が特別に悪辣だっただけ」のことになる。決して、己の判断が間違っていたとは認めない。なぜなら、物語の主人公である自分が、そんな初歩的な過ちを犯すはずがないからだ。

 この「世界の中心は自分である」という思い込みは、若者特有の麻疹のようなものだ。大抵の者は、現実という厳しい壁に何度か頭をぶつけるうちに、熱が冷め、己が世界の中心などではなく、数多いる人間の中の、ごく平凡なひとりに過ぎないという事実に気づかされる。そして、そこから本当の成長が始まる。

 だが問題なのは、この麻疹をこじらせ、いつまでも熱に浮かされたままの者たちだ。彼らは、失敗から学ぶことができない。なぜなら、彼らにとっての失敗とは、自分以外の何かのせいだからだ。仲間が足を引っ張ったせいだ、ギルドの依頼が悪かったせいだ、ダンジョンの構造が意地悪だったせいだ……。常に責任を外部に転嫁し、己の未熟さと向き合うことをしない。その結果、彼らはいつまで経っても同じ場所をぐるぐると回り続けることになる。

 そして、この病の最も恐ろしい点は、その危うさに本人だけが気づいていないことだ。自分は常に正しいと信じているから、他人の忠告に耳を貸さない。己の判断力に絶対の自信を持っているから、より危険な賭けにも平気で手を出す。その先に待っているのが、取り返しのつかない破滅であることにも気づかずに。粗悪な剣を掴まされるくらいなら、まだ笑い話ですむ。だがその根拠のない自信が、いつかダンジョンの奥深くで、彼自身と、そして彼の仲間たちの命を危険に晒すことになるだろう。

 先日も、そんな麻疹をこじらせた若者が、私の店にやってきた。三度目のガラクタである曲がった槍を手に、「これは古代ドワーフの秘宝で云々」と、目を輝かせて力説する。私はただ黙って彼の話を聞いていた。そして彼が帰った後、いつものように深い溜息をついた。

 若さとは本来、失敗を恐れず挑戦できる、何物にも代えがたい特権であるはずだ。だがそれは失敗から謙虚に学ぶ姿勢があって初めて意味を持つ。己を世界の中心だと信じるその傲慢さが、いつかその若者の未来そのものを食い尽くしてしまわないか。

 年寄りの考えすぎと一笑に付したいところだ。しかし、あながち笑い話では済まないのが、頭の痛いところである。


 -了-
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