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ep2 違和感
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一年遅れで入学するはずだった学院は、意外と成績が良かった事で特例的に同年代である二十歳の二学年に編入という方式で認められた。
それでもやる事は基本的に変わらない。
学問と、体術・剣術などの運動訓練。
後者をやるのはまっぴらごめんだった。
昔から汗水垂らして運動するのは苦手で――要は、単純に運動が嫌いだった。
何かあれば魔法をぶっ放せばいい、と思っているのは俺に限らず、魔法特化型の癖だろう。
だから、木陰で休みながら、ただひたすらグラウンドを走らされている同級生達をぼんやり見つめる。
研究成果の一つを譲るからどうにか運動に出なくてもいいようにしてくれ、と頼んだ俺に二つ返事で了承したのは魔道具研究部の顧問キースだ。あの男はおそらく倫理観が破綻している。同時に都合が良くて非常に助かる存在でもあったが。
俺しか部員がいないのも頷ける――いや、最近ラウェルも入部したのだったか。
「毎回見学する割に出席はするんだよなあ、お前は。」
諦めたような調子で“身体鍛錬”担当教師のグランが声を出す。
「ああ――まあ、ご存知の通り身体が弱いだけで嫌な訳ではないんですよ。」
適当に言葉を作った。
本音は面倒なだけだ。研究室に篭ってもいいが、正直なところ篭ったままでは脳の回転が鈍る。
たまにこういった時間も必要で、ちょうど“身体鍛錬”時間に当てると程よかった。
「身体が弱い、ね。なるほど。」
屈強な身体を持ったグランの視線が、やけにゆっくり上下した。
「人間、向き不向きはありますよ。先生なら、俺の事情も知ってるでしょう。
俺が身体能力まで高かったら完璧すぎて、人間としてのバランスが崩れますよ。
そうなったら、責任、とってくれます――?」
口の端を上げて言うと、グランの顔がう、と言うように横を向いた。
教師には全員、入学時に顔を見せている。祖国でのことも添えて。
きっとディナーのように美味しいソース添えにはならなかったに違いないが。
「取っても構わないが……」
「取るなよ。」
即座に突っ込む。
――おい、正気かこの教師。軽口を言ったつもりだったのに。
いやそもそもそんな軽口を言えると油断したのが悪いのだけど。
やっぱり顔を見せたのが悪かったのだろうか。
一瞬で思考が頭をめぐって、喉が詰まった。
「……カーマイン侯は俺の親戚でな。前からお前の事を知っていて――」
そろりと伸ばされた手に視線が絡み、そこに久しく感じていなかった“欲”を見て、後ろに引いた。
カーマイン侯は最も執着を感じた一人だった。
咄嗟に口を抑える。
あ。
ちょっと、気持ち悪い。
そう思ったと同時に、この場に居ないはずの声が届いた。
「先輩。何してるんですか?」
ラウェルだ。
「ちょうど生徒会の仕事でグラウンドの下見をしておりまして――あれ、先輩、具合が悪いですか?」
逞しい腕にひょいと抱き上げられて、胸の奥がほどける心地がした。
こいつは、まだ俺の顔を知らない。それでも傍にいる。
その事実だけで、呼吸が少し深くなった。
「グラン先生、失礼しますね。」
「あ、ああ……。」
呆けたような顔をしたグランの顔が見えて、目を閉じた。
人間は、欲の塊だ。
それを程よく扱えばいいのに――最近は、うまくいかない。
顔を隠しているせいなのか、でも、顔を晒せばまた――。
「先輩。今は何も考えなくて大丈夫ですよ。……ほら、息を吸って。ゆっくり。」
促されるまま、深く息を吸った。
混乱しかけた思考が少しクリアになってくる。
「……しばらく、グラン先生の授業は控えましょう。外に出たいなら、僕と散歩すればいいんです。」
研究室の仮眠室のベッドに横たえられて、後ろから抱きしめられた。
「……お前、何であそこにいたの。」
一番気になった事を聞いた。静かに笑った声の息が、首にかかる。
「なんででしょう……先輩の、ストーカーだからじゃないですか。」
「ストーカーって、助けてくれたりするんだっけ。」
「少なくとも、僕は助けますよ。ルシエル先輩が困ってるなら、どこにでも行きます。」
少しだけ、涙が滲んだ。
この顔も、目尻に浮かんだ涙も、後ろの男には見られたくない。
「なんで、こんな、」
小さく呟いた声は、言葉が続かなかった。
――俺は、面倒臭い事は嫌いだ。顔が便利なら、便利に使ってやる。そう、思っていたのに。
「いまは、寝ましょう。ほら、力を抜いて。」
ただ優しく静かなラウェルの声に安堵するのは何故なのだろう。
ラウェルは、無理強いしない。暴かない。尊重してくれる。
たった、それだけのこと。
それでも。この男でも。
素顔を見せたら、変わるのだろうか。
どこへ行っても、この顔はついてくる。
***
翌日、呆れたようなラウェルの目がこちらを向いた。
「は?……“特別制度”?」
「そうですよ。おかしいと思ったので一応調べました。先輩は“特別制度”の対象です。試験さえ通れば、授業に出る義務はありません。」
「……好きな時に研究していいって言われた事しか覚えてない。」
「ちゃんと話を聞いてなかったんですね……。それが“特別制度”なんです。授業に出ずに研究なんて、普通、許されるはずないでしょう。」
おかしそうにラウェルが言って、頭を撫でてくる。
「本当に、先輩は肝心なところが抜けてますね。」
「いやちょっと待て。」
衝動ままにラウェルの手をがしっと掴んで「あ゛ー!」と声が出た。
「手を握られるのは嬉しいですけど。色気がありませんね。」
不満そうなラウェルの顔はどうでもいい。それより。
「運動しなくていいように計らってくれるからって、キース先生に一個研究結果渡した……!」
「あー……。あの顧問なら、分かっていても受け取りそうですね。」
「くそ……!あいつ、絶対もう信用しないからな……!」
思わず頭を掻きむしると、柔らかく手を掴まれた。
「ほら、髪がぼさぼさになりますから、もうやめて。」
手櫛で整えられて、少し視界が開けそうになって俯いた。
「……ありがとな。」
「ん?」
「……昨日。」
「……ああ。あの運動教師ですね。グランとか言いましたか。」
少し冷たい表情にぞっとして半歩引く。
「先輩。大丈夫ですよ。何もしてません。ただ二度と授業には出席させないと言っただけです。」
「いや、何かしてんじゃねえか。」
こういうのは、覚えがある。自分が知らない間に相手が痛い目をみているやつだ。
じっと見つめて、困ったような顔にため息を吐いた。
正直責める気は微塵もない。
多分、ラウェルなりに考えて動いてくれたのだろう。
「……正直顔を合わせたくないから助かった。」
何もせず欠席でいいならそれが一番いい。
「はい。なので、今後運動の時間は僕と散歩しましょうね。」
「は?」
「先輩と会ってから、僕も“特別制度”に申し込んでみまして――ついこの間、許可が下りたんですよ。」
「うん?」
「これでいつでも一緒に居られますね。」
にこにこと笑う顔に少しの疑問を持って考える。
「……それって、何か変わんの?」
「え?」
「だって、今までお前って、いつも勝手に居たから。」
首を傾げると、ラウェルは感動したように抱きついてきた。
「ちょ、くるし……」
「そんなに僕を受け入れてくれていたんですね……!」
「え。」
――そんなことは。
思いながら、頭をひねる。いや、割と受け入れてるな。
別に不快じゃなかったから、考えた事もなかった。
「ラウェルは俺の嫌がる事しないだろ。」
「しません、しませんとも……!」
必死に言ってくる姿が可愛い。
これが美貌のクールな王子様だって?
校内で何度か見かけたから、一人で居る時の表情筋が死んでいるのは知っている。
だから、ここまで懐かれると少しばかり絆される気持ちはある。
「お前、意外と可愛いな。」
「……っ!いくらでも、可愛くなります。」
ぎゅうぎゅうと抱きしめてくるラウェルに笑った。
「はいはい、かわいー、かわいー。」
ふはは、と笑いながら言うと、拗ねたような顔を向けられた。
「……僕は真剣なのに。」
――これは、本当に可愛いかもしれない。
そう思っても止まらない笑いに、余計に拗ねたような顔をするラウェルの頭を撫でた。
なんだか、当たり前の人間の日常のように温かかった。
それでもやる事は基本的に変わらない。
学問と、体術・剣術などの運動訓練。
後者をやるのはまっぴらごめんだった。
昔から汗水垂らして運動するのは苦手で――要は、単純に運動が嫌いだった。
何かあれば魔法をぶっ放せばいい、と思っているのは俺に限らず、魔法特化型の癖だろう。
だから、木陰で休みながら、ただひたすらグラウンドを走らされている同級生達をぼんやり見つめる。
研究成果の一つを譲るからどうにか運動に出なくてもいいようにしてくれ、と頼んだ俺に二つ返事で了承したのは魔道具研究部の顧問キースだ。あの男はおそらく倫理観が破綻している。同時に都合が良くて非常に助かる存在でもあったが。
俺しか部員がいないのも頷ける――いや、最近ラウェルも入部したのだったか。
「毎回見学する割に出席はするんだよなあ、お前は。」
諦めたような調子で“身体鍛錬”担当教師のグランが声を出す。
「ああ――まあ、ご存知の通り身体が弱いだけで嫌な訳ではないんですよ。」
適当に言葉を作った。
本音は面倒なだけだ。研究室に篭ってもいいが、正直なところ篭ったままでは脳の回転が鈍る。
たまにこういった時間も必要で、ちょうど“身体鍛錬”時間に当てると程よかった。
「身体が弱い、ね。なるほど。」
屈強な身体を持ったグランの視線が、やけにゆっくり上下した。
「人間、向き不向きはありますよ。先生なら、俺の事情も知ってるでしょう。
俺が身体能力まで高かったら完璧すぎて、人間としてのバランスが崩れますよ。
そうなったら、責任、とってくれます――?」
口の端を上げて言うと、グランの顔がう、と言うように横を向いた。
教師には全員、入学時に顔を見せている。祖国でのことも添えて。
きっとディナーのように美味しいソース添えにはならなかったに違いないが。
「取っても構わないが……」
「取るなよ。」
即座に突っ込む。
――おい、正気かこの教師。軽口を言ったつもりだったのに。
いやそもそもそんな軽口を言えると油断したのが悪いのだけど。
やっぱり顔を見せたのが悪かったのだろうか。
一瞬で思考が頭をめぐって、喉が詰まった。
「……カーマイン侯は俺の親戚でな。前からお前の事を知っていて――」
そろりと伸ばされた手に視線が絡み、そこに久しく感じていなかった“欲”を見て、後ろに引いた。
カーマイン侯は最も執着を感じた一人だった。
咄嗟に口を抑える。
あ。
ちょっと、気持ち悪い。
そう思ったと同時に、この場に居ないはずの声が届いた。
「先輩。何してるんですか?」
ラウェルだ。
「ちょうど生徒会の仕事でグラウンドの下見をしておりまして――あれ、先輩、具合が悪いですか?」
逞しい腕にひょいと抱き上げられて、胸の奥がほどける心地がした。
こいつは、まだ俺の顔を知らない。それでも傍にいる。
その事実だけで、呼吸が少し深くなった。
「グラン先生、失礼しますね。」
「あ、ああ……。」
呆けたような顔をしたグランの顔が見えて、目を閉じた。
人間は、欲の塊だ。
それを程よく扱えばいいのに――最近は、うまくいかない。
顔を隠しているせいなのか、でも、顔を晒せばまた――。
「先輩。今は何も考えなくて大丈夫ですよ。……ほら、息を吸って。ゆっくり。」
促されるまま、深く息を吸った。
混乱しかけた思考が少しクリアになってくる。
「……しばらく、グラン先生の授業は控えましょう。外に出たいなら、僕と散歩すればいいんです。」
研究室の仮眠室のベッドに横たえられて、後ろから抱きしめられた。
「……お前、何であそこにいたの。」
一番気になった事を聞いた。静かに笑った声の息が、首にかかる。
「なんででしょう……先輩の、ストーカーだからじゃないですか。」
「ストーカーって、助けてくれたりするんだっけ。」
「少なくとも、僕は助けますよ。ルシエル先輩が困ってるなら、どこにでも行きます。」
少しだけ、涙が滲んだ。
この顔も、目尻に浮かんだ涙も、後ろの男には見られたくない。
「なんで、こんな、」
小さく呟いた声は、言葉が続かなかった。
――俺は、面倒臭い事は嫌いだ。顔が便利なら、便利に使ってやる。そう、思っていたのに。
「いまは、寝ましょう。ほら、力を抜いて。」
ただ優しく静かなラウェルの声に安堵するのは何故なのだろう。
ラウェルは、無理強いしない。暴かない。尊重してくれる。
たった、それだけのこと。
それでも。この男でも。
素顔を見せたら、変わるのだろうか。
どこへ行っても、この顔はついてくる。
***
翌日、呆れたようなラウェルの目がこちらを向いた。
「は?……“特別制度”?」
「そうですよ。おかしいと思ったので一応調べました。先輩は“特別制度”の対象です。試験さえ通れば、授業に出る義務はありません。」
「……好きな時に研究していいって言われた事しか覚えてない。」
「ちゃんと話を聞いてなかったんですね……。それが“特別制度”なんです。授業に出ずに研究なんて、普通、許されるはずないでしょう。」
おかしそうにラウェルが言って、頭を撫でてくる。
「本当に、先輩は肝心なところが抜けてますね。」
「いやちょっと待て。」
衝動ままにラウェルの手をがしっと掴んで「あ゛ー!」と声が出た。
「手を握られるのは嬉しいですけど。色気がありませんね。」
不満そうなラウェルの顔はどうでもいい。それより。
「運動しなくていいように計らってくれるからって、キース先生に一個研究結果渡した……!」
「あー……。あの顧問なら、分かっていても受け取りそうですね。」
「くそ……!あいつ、絶対もう信用しないからな……!」
思わず頭を掻きむしると、柔らかく手を掴まれた。
「ほら、髪がぼさぼさになりますから、もうやめて。」
手櫛で整えられて、少し視界が開けそうになって俯いた。
「……ありがとな。」
「ん?」
「……昨日。」
「……ああ。あの運動教師ですね。グランとか言いましたか。」
少し冷たい表情にぞっとして半歩引く。
「先輩。大丈夫ですよ。何もしてません。ただ二度と授業には出席させないと言っただけです。」
「いや、何かしてんじゃねえか。」
こういうのは、覚えがある。自分が知らない間に相手が痛い目をみているやつだ。
じっと見つめて、困ったような顔にため息を吐いた。
正直責める気は微塵もない。
多分、ラウェルなりに考えて動いてくれたのだろう。
「……正直顔を合わせたくないから助かった。」
何もせず欠席でいいならそれが一番いい。
「はい。なので、今後運動の時間は僕と散歩しましょうね。」
「は?」
「先輩と会ってから、僕も“特別制度”に申し込んでみまして――ついこの間、許可が下りたんですよ。」
「うん?」
「これでいつでも一緒に居られますね。」
にこにこと笑う顔に少しの疑問を持って考える。
「……それって、何か変わんの?」
「え?」
「だって、今までお前って、いつも勝手に居たから。」
首を傾げると、ラウェルは感動したように抱きついてきた。
「ちょ、くるし……」
「そんなに僕を受け入れてくれていたんですね……!」
「え。」
――そんなことは。
思いながら、頭をひねる。いや、割と受け入れてるな。
別に不快じゃなかったから、考えた事もなかった。
「ラウェルは俺の嫌がる事しないだろ。」
「しません、しませんとも……!」
必死に言ってくる姿が可愛い。
これが美貌のクールな王子様だって?
校内で何度か見かけたから、一人で居る時の表情筋が死んでいるのは知っている。
だから、ここまで懐かれると少しばかり絆される気持ちはある。
「お前、意外と可愛いな。」
「……っ!いくらでも、可愛くなります。」
ぎゅうぎゅうと抱きしめてくるラウェルに笑った。
「はいはい、かわいー、かわいー。」
ふはは、と笑いながら言うと、拗ねたような顔を向けられた。
「……僕は真剣なのに。」
――これは、本当に可愛いかもしれない。
そう思っても止まらない笑いに、余計に拗ねたような顔をするラウェルの頭を撫でた。
なんだか、当たり前の人間の日常のように温かかった。
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