【完結】俺の顔が良いのが悪い

香澄京耶

文字の大きさ
2 / 10

ep2 違和感

しおりを挟む
 一年遅れで入学するはずだった学院は、意外と成績が良かった事で特例的に同年代である二十歳の二学年に編入という方式で認められた。
 それでもやる事は基本的に変わらない。
 学問と、体術・剣術などの運動訓練。

 後者をやるのはまっぴらごめんだった。
 昔から汗水垂らして運動するのは苦手で――要は、単純に運動が嫌いだった。
 何かあれば魔法をぶっ放せばいい、と思っているのは俺に限らず、魔法特化型の癖だろう。

 だから、木陰で休みながら、ただひたすらグラウンドを走らされている同級生達をぼんやり見つめる。
 研究成果の一つを譲るからどうにか運動に出なくてもいいようにしてくれ、と頼んだ俺に二つ返事で了承したのは魔道具研究部の顧問キースだ。あの男はおそらく倫理観が破綻している。同時に都合が良くて非常に助かる存在でもあったが。
 俺しか部員がいないのも頷ける――いや、最近ラウェルも入部したのだったか。

「毎回見学する割に出席はするんだよなあ、お前は。」
 諦めたような調子で“身体鍛錬”担当教師のグランが声を出す。
 
「ああ――まあ、ご存知の通り身体が弱いだけで嫌な訳ではないんですよ。」
 
 適当に言葉を作った。
 本音は面倒なだけだ。研究室に篭ってもいいが、正直なところ篭ったままでは脳の回転が鈍る。
 たまにこういった時間も必要で、ちょうど“身体鍛錬”時間に当てると程よかった。

「身体が弱い、ね。なるほど。」

 屈強な身体を持ったグランの視線が、やけにゆっくり上下した。
 
「人間、向き不向きはありますよ。先生なら、俺の事情も知ってるでしょう。
 俺が身体能力まで高かったら完璧すぎて、人間としてのバランスが崩れますよ。
 そうなったら、責任、とってくれます――?」

 口の端を上げて言うと、グランの顔がう、と言うように横を向いた。
 教師には全員、入学時に顔を見せている。祖国でのことも添えて。
 きっとディナーのように美味しいソース添えにはならなかったに違いないが。

「取っても構わないが……」

「取るなよ。」

 即座に突っ込む。
 ――おい、正気かこの教師。軽口を言ったつもりだったのに。

 いやそもそもそんな軽口を言えると油断したのが悪いのだけど。
 やっぱり顔を見せたのが悪かったのだろうか。
 一瞬で思考が頭をめぐって、喉が詰まった。

「……カーマイン侯は俺の親戚でな。前からお前の事を知っていて――」
 
 そろりと伸ばされた手に視線が絡み、そこに久しく感じていなかった“欲”を見て、後ろに引いた。
 カーマイン侯は最も執着を感じた一人だった。
 咄嗟に口を抑える。
 
 あ。
 ちょっと、気持ち悪い。

 そう思ったと同時に、この場に居ないはずの声が届いた。

「先輩。何してるんですか?」

 ラウェルだ。
 
「ちょうど生徒会の仕事でグラウンドの下見をしておりまして――あれ、先輩、具合が悪いですか?」
 
 逞しい腕にひょいと抱き上げられて、胸の奥がほどける心地がした。
 こいつは、まだ俺の顔を知らない。それでも傍にいる。
 その事実だけで、呼吸が少し深くなった。
 
「グラン先生、失礼しますね。」
「あ、ああ……。」

 呆けたような顔をしたグランの顔が見えて、目を閉じた。
 
 人間は、欲の塊だ。
 それを程よく扱えばいいのに――最近は、うまくいかない。

 顔を隠しているせいなのか、でも、顔を晒せばまた――。

「先輩。今は何も考えなくて大丈夫ですよ。……ほら、息を吸って。ゆっくり。」
 促されるまま、深く息を吸った。
 混乱しかけた思考が少しクリアになってくる。

「……しばらく、グラン先生の授業は控えましょう。外に出たいなら、僕と散歩すればいいんです。」

 研究室の仮眠室のベッドに横たえられて、後ろから抱きしめられた。

「……お前、何であそこにいたの。」
 一番気になった事を聞いた。静かに笑った声の息が、首にかかる。

「なんででしょう……先輩の、ストーカーだからじゃないですか。」
 
「ストーカーって、助けてくれたりするんだっけ。」
 
「少なくとも、僕は助けますよ。ルシエル先輩が困ってるなら、どこにでも行きます。」

 少しだけ、涙が滲んだ。
 この顔も、目尻に浮かんだ涙も、後ろの男には見られたくない。

「なんで、こんな、」

 小さく呟いた声は、言葉が続かなかった。
 ――俺は、面倒臭い事は嫌いだ。顔が便利なら、便利に使ってやる。そう、思っていたのに。
 
「いまは、寝ましょう。ほら、力を抜いて。」

 ただ優しく静かなラウェルの声に安堵するのは何故なのだろう。
 
 ラウェルは、無理強いしない。暴かない。尊重してくれる。

 たった、それだけのこと。

 それでも。この男でも。
 素顔を見せたら、変わるのだろうか。
 どこへ行っても、この顔はついてくる。


 ***

 
 翌日、呆れたようなラウェルの目がこちらを向いた。
 
「は?……“特別制度”?」
「そうですよ。おかしいと思ったので一応調べました。先輩は“特別制度”の対象です。試験さえ通れば、授業に出る義務はありません。」

「……好きな時に研究していいって言われた事しか覚えてない。」
「ちゃんと話を聞いてなかったんですね……。それが“特別制度”なんです。授業に出ずに研究なんて、普通、許されるはずないでしょう。」
 
 おかしそうにラウェルが言って、頭を撫でてくる。

「本当に、先輩は肝心なところが抜けてますね。」
「いやちょっと待て。」
 衝動ままにラウェルの手をがしっと掴んで「あ゛ー!」と声が出た。
 
「手を握られるのは嬉しいですけど。色気がありませんね。」
 不満そうなラウェルの顔はどうでもいい。それより。
 
「運動しなくていいように計らってくれるからって、キース先生に一個研究結果渡した……!」
「あー……。あの顧問なら、分かっていても受け取りそうですね。」
 
「くそ……!あいつ、絶対もう信用しないからな……!」
 思わず頭を掻きむしると、柔らかく手を掴まれた。

「ほら、髪がぼさぼさになりますから、もうやめて。」
 手櫛で整えられて、少し視界が開けそうになって俯いた。

「……ありがとな。」
「ん?」
「……昨日。」

「……ああ。あの運動教師ですね。グランとか言いましたか。」
 少し冷たい表情にぞっとして半歩引く。
 
「先輩。大丈夫ですよ。何もしてません。ただ二度と授業には出席させないと言っただけです。」
 
「いや、何かしてんじゃねえか。」
 
 こういうのは、覚えがある。自分が知らない間に相手が痛い目をみているやつだ。
 じっと見つめて、困ったような顔にため息を吐いた。
 
 正直責める気は微塵もない。
 多分、ラウェルなりに考えて動いてくれたのだろう。
 
「……正直顔を合わせたくないから助かった。」
 何もせず欠席でいいならそれが一番いい。

「はい。なので、今後運動の時間は僕と散歩しましょうね。」
「は?」
 
「先輩と会ってから、僕も“特別制度”に申し込んでみまして――ついこの間、許可が下りたんですよ。」
「うん?」
 
「これでいつでも一緒に居られますね。」

 にこにこと笑う顔に少しの疑問を持って考える。
 
「……それって、何か変わんの?」
「え?」
「だって、今までお前って、いつも勝手に居たから。」

 首を傾げると、ラウェルは感動したように抱きついてきた。

「ちょ、くるし……」
「そんなに僕を受け入れてくれていたんですね……!」
「え。」
 
 ――そんなことは。
 思いながら、頭をひねる。いや、割と受け入れてるな。
 別に不快じゃなかったから、考えた事もなかった。

「ラウェルは俺の嫌がる事しないだろ。」
「しません、しませんとも……!」
 
 必死に言ってくる姿が可愛い。
 これが美貌のクールな王子様だって?
 校内で何度か見かけたから、一人で居る時の表情筋が死んでいるのは知っている。
 だから、ここまで懐かれると少しばかり絆される気持ちはある。

「お前、意外と可愛いな。」
「……っ!いくらでも、可愛くなります。」

 ぎゅうぎゅうと抱きしめてくるラウェルに笑った。

「はいはい、かわいー、かわいー。」
 ふはは、と笑いながら言うと、拗ねたような顔を向けられた。

「……僕は真剣なのに。」

 ――これは、本当に可愛いかもしれない。

 そう思っても止まらない笑いに、余計に拗ねたような顔をするラウェルの頭を撫でた。
 なんだか、当たり前の人間の日常のように温かかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王様の恋

うりぼう
BL
「惚れ薬は手に入るか?」 突然王に言われた一言。 王は惚れ薬を使ってでも手に入れたい人間がいるらしい。 ずっと王を見つめてきた幼馴染の側近と王の話。 ※エセ王国 ※エセファンタジー ※惚れ薬 ※異世界トリップ表現が少しあります

春を拒む【完結】

璃々丸
BL
 日本有数の財閥三男でΩの北條院環(ほうじょういん たまき)の目の前には見るからに可憐で儚げなΩの女子大生、桜雛子(さくら ひなこ)が座っていた。 「ケイト君を解放してあげてください!」  大きなおめめをうるうるさせながらそう訴えかけてきた。  ケイト君────諏訪恵都(すわ けいと)は環の婚約者であるαだった。  環とはひとまわり歳の差がある。この女はそんな環の負い目を突いてきたつもりだろうが、『こちとらお前等より人生経験それなりに積んどんねん────!』  そう簡単に譲って堪るか、と大人げない反撃を開始するのであった。  オメガバな設定ですが設定は緩めで独自設定があります、ご注意。 不定期更新になります。   

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

兄弟カフェ 〜僕達の関係は誰にも邪魔できない〜

紅夜チャンプル
BL
ある街にイケメン兄弟が経営するお洒落なカフェ「セプタンブル」がある。真面目で優しい兄の碧人(あおと)、明るく爽やかな弟の健人(けんと)。2人は今日も多くの女性客に素敵なひとときを提供する。 ただし‥‥家に帰った2人の本当の姿はお互いを愛し、甘い時間を過ごす兄弟であった。お店では「兄貴」「健人」と呼び合うのに対し、家では「あお兄」「ケン」と呼んでぎゅっと抱き合って眠りにつく。 そんな2人の前に現れたのは、大学生の幸成(ゆきなり)。純粋そうな彼との出会いにより兄弟の関係は‥‥?

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー AI比較企画作品

手切れ金

のらねことすていぬ
BL
貧乏貴族の息子、ジゼルはある日恋人であるアルバートに振られてしまう。手切れ金を渡されて完全に捨てられたと思っていたが、なぜかアルバートは彼のもとを再び訪れてきて……。 貴族×貧乏貴族

処理中です...