【完結】俺の顔が良いのが悪い

香澄京耶

文字の大きさ
3 / 10

ep3 向き合えない心

しおりを挟む
 ラウェルと会う事が多くなった。
 人気のない特別棟に響く足音の癖で彼と分かる位には毎日顔を出すものだから、すっかり慣れてしまった。
 ラウェルの靴音は性格に伴っているのか、やけに規律よく響く。

 今までのように研究の邪魔をして構って欲しがると思えば、そうでもない。
 研究の内容を真剣に聞いてくれて、同じ目線で話をしてくれるのが嬉しかった。
 
 あーでもない、こうでもないと話し合いながら魔道具の研究も進んで。
 たまに甘いものをくれたりして。
 傍にいるのが当たり前になるほどに懐かれて正直楽しい。
 
 初めて、常に誰かがいる生活を覚えて、今までが孤独だと感じていたのだと知った。
 
 相手をしてくれる人間がいれば温かい気持ちになれる。
 それが日常になれば、気持ちが浮上するものだと恥ずかしさとともに覚えた。
 もちろん、そんな事をラウェルには言えない。

「お前生徒会もあるんだろ。大丈夫なのか。」
 
 ふと聞いてみると、生意気な表情がこちらを向いた。
 
「僕は優秀なので。」

 なんだか気に食わない心地になる。
 
「そーだろーな。何かこの間も食堂で噂されてた。」

 美貌の王子の噂は事欠かない。
 これだけ懐かれていると、つい噂も耳で拾ってしまう。
 
「だから、何で僕が行けない時に限って行くんですか。」
「お前と一緒に行くとうるさそうで嫌なんだよ。」

「次は必ず僕を連れていってください。」
「やだよ。」

 掛け合いのような会話が好きだ。
 
 ぎゃあぎゃあといつもうるさいラウェルに笑って、好意的に受け止めていたから。
 
 あまりにも、楽しかったから、
 
 だから、きっと油断した。
 

「先輩。」
 
 
 間近に聞こえる声で意識が浮上する。
 
「うーん……」
 正直、寝ていたい。ごろんと寝返りをうつと、温かいものに包まれてなおさら意識が遠のいた。
 
「先輩、起きないなら悪戯しちゃいますよ。」

 耳元で囁かれた言葉にはっと目が醒める。
 そうだ、最近寝不足で、つい仮眠室で寝てしまったのだったと思い出した。
 部屋は薄暗い。もう下校時刻になっているようだった。
 
「なんだ、起きちゃった。……ざんねん。」
「妙な起こし方するなよ……」

 言葉を繋げようとして、視界がぼやけている事に気づいて顔を触る――眼鏡が、ない。

「お前、俺の顔を見たのか。」
 
 咄嗟に、呆然と問いかける。どんな言葉が返ってこようが、無意味な気がした。
 
「先輩の顔なんて、とっくに知ってますよ。……でも。」

 何でもないように笑われて、胸が軋んだ。
 そうか。だから、俺に執着していたのか。
 

 唯一、顔も関係なく自分を見てくれていると思っていたのに。
 

「先輩……?」

 頭に血が昇ったような感覚で、戸惑う声に反応する余裕がなかった。
 
「……お前も、顔か。気づかなかった。」
 
「先輩!違います、」
 
「何が違う。お前も俺の顔が気に入っただけだろう。やめておけ、碌なもんじゃない――もう、俺の前に顔を出すな。」

 発した言葉の冷たさは、どこか冷静な頭の端で理解していた。
 心にもないことも。
 そもそも、そんな事を言いたいわけじゃない。

 ――お前は、俺と対等でいてくれているんじゃなかったのか。
 
 開きかけた唇は声を発さなかった。

 はく、とただ空気だけが漏れて、枕元に常備されている果物ナイフが目に入った。光が、やけに白い。いっそのこと。
 いっそのこと、顔なんかどうにかなれば。
 誰か、本当の自分を見てくれるのだろうか。
 
 無意識に手を伸ばしかけて――
 
「――ルシエル!」
 
 鋭い声とともに、熱い手のひらがぐっとが頬を掴んだ。
 目線を合わせて――心底驚いた。あの、いつも飄々としたラウェルが泣いている。

「違う。僕はそうじゃない。そうじゃなくて――違う、違うんです。」

 頭の整理がつかずに呆然として見つめた。

「……なんで、泣いてんだ。」
 
「先輩が、自分を傷つけようとした気がして」

 窓から漏れる木漏れ日以外、部屋には色も音もなかった。
 ノイズが走ったようにラウェルの姿が灰色になっていく気がして、それでも、それを止めたい気持ちが湧いた。

 ぱた、と赤い血がシーツに落ちる。

 はっとしてその元を辿ると、ラウェルのもう片方の手が果物ナイフを握っていた。

「おまえ、手、が……」

「大丈夫です、これくらい。
 ……いまは、多分何を言っても聞いてくれないでしょうから……また、会いに行きますね。」

 ラウェルの手がぱたぱたと赤い血を流しながら、いまだ力がこもって白くなっているのを見て、何も言えなくなった。

「先輩、お願いですから、自分を大切にしてください。」

 それは、お前のことだろうと、そう言いたかったのに。
 今の俺では何も言えずに、閉じる扉の音だけが響いて、残された空気が重くまとわりついた。
 
 ナイフがこの部屋から無くなった。
 
 それが、何よりラウェルの気持ちを表している気がして、感情を整理できずに膝に顔を埋めた。

 俺は、何かを間違えたのだろうか。
 居場所がなくなるのは良い。ただ、ラウェルだけは奪わないで欲しかった。
 
 初めて、何の垣根もなく愛情に触れた気がしたのに。
 もしそれを奪うものが顔であるなら、自分を呪うしかない。

 それでも、ラウェルの手から伝った赤い血を思えば、何をする気も起きなかった。
 
 きっとラウェルは優しく言ってくれただけだ。
 顔を除けば、俺には何もないのに。
 きっと完全に嫌われた。

 巡る思考に何の答えも出ないまま、それでも喪失感だけを抱えて静かに息を吸った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王様の恋

うりぼう
BL
「惚れ薬は手に入るか?」 突然王に言われた一言。 王は惚れ薬を使ってでも手に入れたい人間がいるらしい。 ずっと王を見つめてきた幼馴染の側近と王の話。 ※エセ王国 ※エセファンタジー ※惚れ薬 ※異世界トリップ表現が少しあります

春を拒む【完結】

璃々丸
BL
 日本有数の財閥三男でΩの北條院環(ほうじょういん たまき)の目の前には見るからに可憐で儚げなΩの女子大生、桜雛子(さくら ひなこ)が座っていた。 「ケイト君を解放してあげてください!」  大きなおめめをうるうるさせながらそう訴えかけてきた。  ケイト君────諏訪恵都(すわ けいと)は環の婚約者であるαだった。  環とはひとまわり歳の差がある。この女はそんな環の負い目を突いてきたつもりだろうが、『こちとらお前等より人生経験それなりに積んどんねん────!』  そう簡単に譲って堪るか、と大人げない反撃を開始するのであった。  オメガバな設定ですが設定は緩めで独自設定があります、ご注意。 不定期更新になります。   

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

兄弟カフェ 〜僕達の関係は誰にも邪魔できない〜

紅夜チャンプル
BL
ある街にイケメン兄弟が経営するお洒落なカフェ「セプタンブル」がある。真面目で優しい兄の碧人(あおと)、明るく爽やかな弟の健人(けんと)。2人は今日も多くの女性客に素敵なひとときを提供する。 ただし‥‥家に帰った2人の本当の姿はお互いを愛し、甘い時間を過ごす兄弟であった。お店では「兄貴」「健人」と呼び合うのに対し、家では「あお兄」「ケン」と呼んでぎゅっと抱き合って眠りにつく。 そんな2人の前に現れたのは、大学生の幸成(ゆきなり)。純粋そうな彼との出会いにより兄弟の関係は‥‥?

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー AI比較企画作品

手切れ金

のらねことすていぬ
BL
貧乏貴族の息子、ジゼルはある日恋人であるアルバートに振られてしまう。手切れ金を渡されて完全に捨てられたと思っていたが、なぜかアルバートは彼のもとを再び訪れてきて……。 貴族×貧乏貴族

処理中です...