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1.Starting program:hologram world

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emotion:\Users\鈴波海人> dir


directory:\Users\鈴波海人


Mode, LastMemoryTime, Percentage,   EmotionName   
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d-----    〟        〟      〟
d-----    〟        〟      〟
d-----    〟        〟      〟
d-----    〟        〟      〟


......................completed?[Y/N]

N

but

I love you



***A

「ねえ、これキレイじゃない?」
 
 女が手持ち無沙汰に声を洩らす。両手には何も持たず身に着けているのは服とアクセサリーに7割のだ。こんな言葉通りの概念が外身で露わになっているのを見ると、やけに内側から何か込み上げてくるモノがある。これがコッケイってやつなのだろうか。腹筋の奥の方に痛みが生まれて口から溢れそうになる。

 黒く錆びたコートのポケットに両手を忍ばせ寒さをしのぐ。

 俺との間にはほんの数センチほどの距離しか無いというのにこの女たちは素通りする。女たちは街の外観でも空でもない方向を見つめているのはもう慣れたが、不自然だと微塵も考えられないことが…………なんだったか。

 思わず、右ポケットの中に入っているナイフの柄を強く握ってしまう。今日は少しばかり感情的なのだろう。普段よりも気を落ち着かせねばと、深く呼吸をする。

 まったく反吐が出てしかたない。

***B

 僕は日本人として生まれた。日本には銃規制もあるし保険も入っていれば裏切られることはない、それに生活補助という制度もあり幾分生活には困らない人生になると確定したものだった。

 中学、高校と主席で卒業し首都圏の中でも上位にランクインする大学に入学し余裕で卒論を発表。それを某大企業の取締役に見られ即選抜。一流企業の会社員となる口火を切ったのだ。一年というブランクを置き課長、部長と難なく昇進し順風満帆な人生を送ることが確定されたものとなった。
 
 恋路の方は痴情の縺れというのもなく一途な女性と結婚することになった。が、しかし結婚して一年が経とうとした時だった。

「これを見てくれる?」

 突然の宣告だった。何の前触れもなく淡々と渡された紙、そこには堂々と「離婚届」と書かれていたのだ。

 離婚書の欄に印を押すように迫られ、隣には僕が汗水垂らして働いた分の給料の半分を妻に引き渡すようにとの誓約が記載されていた。サインをしなければ有らぬ噂を会社中に振り撒くといった脅迫をされ、僕はやむなく手が動いてしまった。

 そうして僕の前から妻は完全に去っていったのだ。

 翌日、会社に出勤すると僕は一躍有名人となっていた。僕が妻が浮気をしたのだと決めつけ、僕から離婚を迫った、そんな噂話が出回っていた。

 当然、上司や部下たちからも卑下され軽蔑され社内の評価はどん底に突き落とされたようなものだった。汚物を見るような目で周囲から睨まれ、そしてついには机上には辞職勧告書が置かれていた。

 僕は辞職勧告書を手に取り、屋上に上った。屋上は会社員の憩の場でもあって誰かがいたら気まずい雰囲気になってしまいそうだったけれど。

 誰もいなかった、ひとまず安心だった。

 片手で握っていた缶コーヒーの中身を一気に飲み干す。苦味のせいで舌が重くのしかかったような感覚に襲われるとともに、勧告書を破り捨てた。

「まったく、、、苦いな」

 そして僕は屋上の柵に手をかけ、身を乗り出した。

 下を向けば行き交う人と車やバスの群れ。ひしめく雑踏音。気持ちの悪いパレードに見を投げ出すだけかと思えば不思議と楽になれた。

 一歩、また一歩と宙に足を投げ出すと一転。気持ちの悪い浮遊感が体中を駆け巡った。

 それもつかの間、いつの間にか歪な視界と感覚に変わり、いつの間にか僕は自分の形を失っていたようだ。

 ああ、ぐちゃぐちゃ、だ。

 まったく、本当にまったく、苦い。

***A

 この世界は狂っている。俺はいつもそう感じている。それは天候をコントロールする万能性を得ていることでも、浮力という概念が覆されたことでもない、それに利便性の追求でもない。それらは全て結果論だ。人間という生命体が、機構体が築き上げたモノでしかない。

「今日は一度だけ警戒レベルが上がったようだけど、何かあったのかな?」

 人らしき人物が訊いてくる。奴らはいつもそうだ、俺の身に何かあるとその途端原因の追究を始めてくる。

「そんなの俺の脳内チップを覗けばいい話だろ、そんなことも分からないのか腰抜けが」

「手間を掛けたくはないんだよ。出来るだけ手短に事を済ませたいんだ」

 そんな無駄口を叩いているものの視線は俺を映してはいない。こいつは自分の目で俺の脳内を覗いているのだ。 

「なるほどねぇ、ククッ。とある女性達による感覚共有が気に入らなかったということか」

「それで、もう出て良いか?今日の俺の役目は終わらせたんだ、早く解放しろ」

 体が疼いて堪らない。全身の筋肉が狂ったように暴れているような感じだ。

「はいはい、分かったよ。だけど君は普通になれはしない、特性の問題だからね。テスト中だと言うことを忘れては困る。もし、万が一その時が起きたら……」

「俺を廃棄だろ。分かってんだよ、んなこと」

「まったく……ククッ……仕組まれたとはいえ荒いな君は」

 白髪に丸眼鏡を身に着けるドクターを背に俺は感情思念センターを後にした。


 俺は感情をコントロールされている。それは全国民も同じだが俺や俺たちエモーショナーは勝手が違う。エモーショナーはとある感情一つだけを常人よりも差異的にされているのだ。言うなら感情の欠落の真逆。意図的に仕組まれた作り物の人形みたいなものだ。

 13943212、122192、21513272、そういった感情を異常に発達させる。

 俺はその中で52233272だっただけのこと。周囲に人間がいるだけで腹の底が煮えかえるような熱さが感じてしまう、それも否応が無しに。

 感情思念センターを背にし街中を歩き続ける。ホログラムで出来た広告、かつて暗黒エネルギーと呼ばれた粒子を利用したホバリング機が俺の頭上を飛び回っている。街でも最大級のモニターに視線を移すと今日は晴天のようだ。

 他人を見るだけで再び煮えかえるような熱さが体中にもたらされる。何もしていないはずの男女がいきなり笑い出したり、泣いたり、はたまた互いを互いに怒りを露わにしている。

 そんな奴らを心底、心底……この手で潰えてしまいたい。そんな欲求にばかり駆られる。

 誰でもいい、誰かをと欲するあまり、脳内に警告が流れる。そこで俺はいつも我に返るのだ。

「ちっ、っざけんなよ」

 自分への戒めとして吐く言葉もあまり重みがないように感じられる。意味もなくただ漏らした言葉みたいだ。

 気を取り直して再び歩き出す。煮えかえった鍋の中に冷たい水を流し込むように俺は自分を落ち着かせる。

 街の中央部、中心に噴水があるような円形の公園に辿り着いた。

 俺は公園内にある今では珍しい木材で出来たベンチに座るのがここのところ心休まる行為だった。

 一人で堂々と座り園内を見渡す。普段通りに公園をうろつく小鳥が視界に入る。地面に転がっている小石を小鳥に投げつけるが、逃げもせず、ただその場で悠々と立っているだけ。ゆえに肝心の小石は小鳥を貫通する。 

「ホログラムばかりだな。事実と仮の現実。どっちが本当にオモシロイのか俺には分からねえ」

 背中に重心を置き、全身を脱力させる。人ひとりとしていないこの場所はまさに憩いの場だ。

 しかし平穏な場は簡単に崩れ去った。

「ねえ、カワイ子ちゃん。俺たちと遊ばない?金なら払うからさ、な?」

「あそぶ、ですか?」

 年はまだ10を満たないほどの少女を3人の男たちが取り囲んでいる。少女はまだ言葉すらあやふやなようでされるがままの状態だった。

「ふざけんなよ。こちとらせっかく人気のない場所を選んだというのによ」

 自分の気を休められる場所を荒らされ、再び腹の中の鍋の温度が上がってしまった。しかし、多くの空気を口から吸いこみ、深く吐くことで急激な温度上昇には至らなかった。

「さっさと帰るか」

 少女のことは気にもせず、公園を後にする。

 そうしたつもりだったが、俺は自分の感情がコントロールできなくなったのか、体が勝手に動いていた。意思と体が乖離されるような感覚。
 
 そのまま俺はコートのポケットの中からナイフを取り出し、次々に男たちの下腹部へと突き刺していく。一人、また一人と奴らは倒れていき、最終的に俺と少女だけが残るような状況になっていた。

「なにしているの……おに、ちゃん」

「俺にだってわからねぇよ。体が勝手に動いていただけだ。それよりお前は平気なのか?」

 「平気……?」と少女は首をかしげる。まだ状況を理解していないのだろう。そのまま無言で突っ立っているだけなので再度問うことにした。

「お前、家はどこなんだ?」

「い……え?」

「ダメだこりゃ、話が通じない奴だ。ったく、どうすりゃいいんだよ」

 それが俺と81313231との数奇な出会いだった。
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