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番外編
君と一緒に7(誠也視点)
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「せ、誠ちゃん! これ本当に似合ってる?」
美咲ちゃんが綺麗に整えた髪や服を小さな手でいじる。ああ、せっかく綺麗にしてもらったのに。そんなにいじると髪が乱れちゃうよ。
今日は美咲ちゃんと祖父の家に行く日である。慣れないだろう格好に着替え、美容室で髪を整えられ、化粧を施された美咲ちゃんは、とても落ち着かない様子だ。
本日の美咲ちゃんは長い髪を編み込みのハーフアップにしている。そしてざっくりと胸元が開き、袖がフリルになったカットソーと、膝丈のペムラムスカートを履いていた。スカートは黒地に白の花が散った可愛らしさと大人っぽさが共存したもので、美咲ちゃんは足が出ていることが落ち着かないらしくしきりにスカートの裾を引っ張っている。
プロによって施された化粧は、美咲ちゃんの可愛らしさを最大限に引き出していた。大学の連中が見たら美咲ちゃんだと気づかないんじゃないかな。……変な虫が付くのは嫌だから、こういう『特別な美咲ちゃん』は僕だけが知っていればいいと思う。
「似合ってるよ、美咲ちゃん」
「だ、だって。こんなの……私っぽくない」
「可愛い、どんな美咲ちゃんも。だから胸を張って」
そう囁いて頬にキスをすると、美咲ちゃんは真っ赤になって下を向いてしまった。
マンションの前に呼んでいたタクシーが来たので、二人で乗り込む。そして今日行く料亭の名前を運転手に告げると、美咲ちゃんの表情はさらに緊張感が滲むものになった。
誰しも知るような高級料亭だからね。だけど美咲ちゃんは食べ方が綺麗だから、そんなに緊張しなくていいと思うんだけどな。
小さな手をぎゅっと握ると、大きな瞳が不安げにこちらを見つめる。
ああ、可愛い。ここで押し倒してしまいたいけれど、タクシーの中だし我慢だな。
「……緊張しないで。僕の祖父ちゃんに会うだけ、それだけの日だから」
「う、うん」
「ご飯もね、マナーを気にせずいっぱい食べて? その方が祖父ちゃんも喜ぶから」
「うん」
繋いだ手を親指で撫でながらゆっくりと言い聞かせるように言うと、美咲ちゃんは何度もこくこくと頷く。そんなやり取りを繰り返しているうちに、タクシーは目的の場所で停まった。
「……ここ?」
「そ、ここ」
老舗旅館のような佇まいの料亭の見た目に気圧されたのか、美咲ちゃんの足は二歩三歩と後ろに下がっていく。それを手を引いて引き止めると、彼女は今にも泣きそうな顔をした。
……可愛い。
一生に何度、美咲ちゃんが可愛いって思うんだろう。たぶん数えるのもバカらしいくらいに思うんだろうな。
美咲ちゃんと手を繋いで店内に入ると、着物姿の仲居が上品な仕草で頭を下げる。それにつられて、美咲ちゃんも頭をぺこりと下げていた。ああ、やっぱり可愛い。
「宮部です。祖父が先に来ているはずなんですが」
「はい、もうおいでです。すぐにご案内いたしますね」
にこりと笑って先導する仲居についていく最中も、美咲ちゃんは不安そうな顔をする。肩も少し震えてるな……はぁ、怯えてる姿もとてもいい。
目的の座敷にたどり着き、仲居が声をかけると「どうぞ」という重々しい祖父ちゃんの声が響いた。それを聞いた美咲ちゃんの肩がびくん! と大きく震えるのを見て、僕は少しだけ笑ってしまった。それに気づいた美咲ちゃんが涙目でこちらを睨む。
「誠ちゃん……」
「大丈夫、大丈夫。ほら、入るよ」
美咲ちゃんの手を引いて座敷に入ると、いつもながらに厳しい表情の祖父ちゃんが座布団に座り、もう熱燗を飲んでいた。……僕らが来るまで待てなかったのかね。
「祖父ちゃん、久しぶり」
「誠也、久しぶりだな。そちらのお嬢さんははじめまして。今日はお呼び立てしてすまなかったね」
祖父ちゃんは僕には無愛想に言うが、美咲ちゃんには対しては優しく言って目元をゆるりと緩ませる。その表情を見て美咲ちゃんは少しほっとしたのか、小さく息を吐いてから祖父ちゃんに頭を下げた。
「はじめまして、乙川美咲と申します。本日のお招き、本当にありがとうございます」
震える声で挨拶をする美咲ちゃんを見て、祖父ちゃんはさらに目元をゆるませる。そして僕らに、席に着くよう促した。
「誠也の祖父の宮部忠文だ。美咲さん、あまり緊張しないで欲しい。誠也のところに嫁に来るのだろう? だったらもう、家族同然だからね」
「嫁っ! ?」
祖父ちゃんの言葉に美咲ちゃんは真っ赤になって言葉を詰まらせる。それを見て、僕は拗ねた気持ちになった。
「結婚しようね」って毎日みたいに言ってるのに、美咲ちゃんにはその自覚が足りないみたいだ。帰ったら、お仕置き……いや、たっぷりと「美咲ちゃんは僕のだよ」って体に教え込まないとな。
「あの、まだ大学生ですし。その……」
「大学を卒業したら結婚するよ、祖父ちゃん」
おろおろとしている美咲ちゃんの言葉を遮り、きっぱりと言い切ってしまう。すると美咲ちゃんは困ったようにこちらを見た。
「お、先付が来たようだね」
数人の仲居が先付を持ってきたのを見て、祖父ちゃんは顔を綻ばせる。昔から、食べたり飲んだりが好きな人なのだ。祖母ちゃんの、次の次にくらいだけれど。
「先付?」
「お通しだと思えばいいよ、美咲ちゃん」
「本日の先付は北海道産の雲丹を使った雲丹豆腐でございます」
「お通しで、雲丹……」
上品な椀の中には、手作りの豆腐の上に雲丹がたっぷり乗ったものが入っていた。口に入れてみると山芋が入ってるのか、しっとりとした口当たりだ。豆腐自体にも雲丹が練り込んであり、深いこくのある一品である。
美咲ちゃんは緊張した様子を見せながらも祖父ちゃんに「いただきます」と言ってから椀に箸を付ける。そしてふるりと揺れる雲丹豆腐を口にすると、大きく目を瞠った。どうやら、お口に合ったみたいだ。
「誠也、美咲さん。酒は?」
「未成年だよ、僕たち。孫の年齢くらい覚えておいてよ」
「そうか、そうか」
祖父ちゃんは上機嫌で言うと熱燗をちびりと口にした。
料理が次々と運ばれ、それを口にするたびに美咲ちゃんの表情は柔らかいものになっていく。その様子を見て、僕は内心ほっとした。
美咲ちゃんが綺麗に整えた髪や服を小さな手でいじる。ああ、せっかく綺麗にしてもらったのに。そんなにいじると髪が乱れちゃうよ。
今日は美咲ちゃんと祖父の家に行く日である。慣れないだろう格好に着替え、美容室で髪を整えられ、化粧を施された美咲ちゃんは、とても落ち着かない様子だ。
本日の美咲ちゃんは長い髪を編み込みのハーフアップにしている。そしてざっくりと胸元が開き、袖がフリルになったカットソーと、膝丈のペムラムスカートを履いていた。スカートは黒地に白の花が散った可愛らしさと大人っぽさが共存したもので、美咲ちゃんは足が出ていることが落ち着かないらしくしきりにスカートの裾を引っ張っている。
プロによって施された化粧は、美咲ちゃんの可愛らしさを最大限に引き出していた。大学の連中が見たら美咲ちゃんだと気づかないんじゃないかな。……変な虫が付くのは嫌だから、こういう『特別な美咲ちゃん』は僕だけが知っていればいいと思う。
「似合ってるよ、美咲ちゃん」
「だ、だって。こんなの……私っぽくない」
「可愛い、どんな美咲ちゃんも。だから胸を張って」
そう囁いて頬にキスをすると、美咲ちゃんは真っ赤になって下を向いてしまった。
マンションの前に呼んでいたタクシーが来たので、二人で乗り込む。そして今日行く料亭の名前を運転手に告げると、美咲ちゃんの表情はさらに緊張感が滲むものになった。
誰しも知るような高級料亭だからね。だけど美咲ちゃんは食べ方が綺麗だから、そんなに緊張しなくていいと思うんだけどな。
小さな手をぎゅっと握ると、大きな瞳が不安げにこちらを見つめる。
ああ、可愛い。ここで押し倒してしまいたいけれど、タクシーの中だし我慢だな。
「……緊張しないで。僕の祖父ちゃんに会うだけ、それだけの日だから」
「う、うん」
「ご飯もね、マナーを気にせずいっぱい食べて? その方が祖父ちゃんも喜ぶから」
「うん」
繋いだ手を親指で撫でながらゆっくりと言い聞かせるように言うと、美咲ちゃんは何度もこくこくと頷く。そんなやり取りを繰り返しているうちに、タクシーは目的の場所で停まった。
「……ここ?」
「そ、ここ」
老舗旅館のような佇まいの料亭の見た目に気圧されたのか、美咲ちゃんの足は二歩三歩と後ろに下がっていく。それを手を引いて引き止めると、彼女は今にも泣きそうな顔をした。
……可愛い。
一生に何度、美咲ちゃんが可愛いって思うんだろう。たぶん数えるのもバカらしいくらいに思うんだろうな。
美咲ちゃんと手を繋いで店内に入ると、着物姿の仲居が上品な仕草で頭を下げる。それにつられて、美咲ちゃんも頭をぺこりと下げていた。ああ、やっぱり可愛い。
「宮部です。祖父が先に来ているはずなんですが」
「はい、もうおいでです。すぐにご案内いたしますね」
にこりと笑って先導する仲居についていく最中も、美咲ちゃんは不安そうな顔をする。肩も少し震えてるな……はぁ、怯えてる姿もとてもいい。
目的の座敷にたどり着き、仲居が声をかけると「どうぞ」という重々しい祖父ちゃんの声が響いた。それを聞いた美咲ちゃんの肩がびくん! と大きく震えるのを見て、僕は少しだけ笑ってしまった。それに気づいた美咲ちゃんが涙目でこちらを睨む。
「誠ちゃん……」
「大丈夫、大丈夫。ほら、入るよ」
美咲ちゃんの手を引いて座敷に入ると、いつもながらに厳しい表情の祖父ちゃんが座布団に座り、もう熱燗を飲んでいた。……僕らが来るまで待てなかったのかね。
「祖父ちゃん、久しぶり」
「誠也、久しぶりだな。そちらのお嬢さんははじめまして。今日はお呼び立てしてすまなかったね」
祖父ちゃんは僕には無愛想に言うが、美咲ちゃんには対しては優しく言って目元をゆるりと緩ませる。その表情を見て美咲ちゃんは少しほっとしたのか、小さく息を吐いてから祖父ちゃんに頭を下げた。
「はじめまして、乙川美咲と申します。本日のお招き、本当にありがとうございます」
震える声で挨拶をする美咲ちゃんを見て、祖父ちゃんはさらに目元をゆるませる。そして僕らに、席に着くよう促した。
「誠也の祖父の宮部忠文だ。美咲さん、あまり緊張しないで欲しい。誠也のところに嫁に来るのだろう? だったらもう、家族同然だからね」
「嫁っ! ?」
祖父ちゃんの言葉に美咲ちゃんは真っ赤になって言葉を詰まらせる。それを見て、僕は拗ねた気持ちになった。
「結婚しようね」って毎日みたいに言ってるのに、美咲ちゃんにはその自覚が足りないみたいだ。帰ったら、お仕置き……いや、たっぷりと「美咲ちゃんは僕のだよ」って体に教え込まないとな。
「あの、まだ大学生ですし。その……」
「大学を卒業したら結婚するよ、祖父ちゃん」
おろおろとしている美咲ちゃんの言葉を遮り、きっぱりと言い切ってしまう。すると美咲ちゃんは困ったようにこちらを見た。
「お、先付が来たようだね」
数人の仲居が先付を持ってきたのを見て、祖父ちゃんは顔を綻ばせる。昔から、食べたり飲んだりが好きな人なのだ。祖母ちゃんの、次の次にくらいだけれど。
「先付?」
「お通しだと思えばいいよ、美咲ちゃん」
「本日の先付は北海道産の雲丹を使った雲丹豆腐でございます」
「お通しで、雲丹……」
上品な椀の中には、手作りの豆腐の上に雲丹がたっぷり乗ったものが入っていた。口に入れてみると山芋が入ってるのか、しっとりとした口当たりだ。豆腐自体にも雲丹が練り込んであり、深いこくのある一品である。
美咲ちゃんは緊張した様子を見せながらも祖父ちゃんに「いただきます」と言ってから椀に箸を付ける。そしてふるりと揺れる雲丹豆腐を口にすると、大きく目を瞠った。どうやら、お口に合ったみたいだ。
「誠也、美咲さん。酒は?」
「未成年だよ、僕たち。孫の年齢くらい覚えておいてよ」
「そうか、そうか」
祖父ちゃんは上機嫌で言うと熱燗をちびりと口にした。
料理が次々と運ばれ、それを口にするたびに美咲ちゃんの表情は柔らかいものになっていく。その様子を見て、僕は内心ほっとした。
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