もののけ執事の今日のお夜食

夕日(夕日凪)

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旅立ち、夢、祖母の思い出

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 新幹線で長野駅まで、大体一時間と五十分。
 駅弁を食べたりしながら旅を満喫する……のには少し時間が足りないかな。そんなことを思いつつ、窓の景色を楽しむのに留める。お腹は空いていたけれど、慌ただしくしたくもなかったのだ。
 そうして流れる景色を眺めているうちに、意識が少しずつ揺らめき遠のいていく。
 ……自覚はなかったけれど、引っ越しやらで私はかなり疲れていたらしい。

 そして――夢を見た。

『お祖父ちゃん、お祖母ちゃん。遊びに来たよ!』
『いらっしゃい、芽衣ちゃん』

 これは高校生の時の記憶だ。祖母も祖父も存命中で、遊びに行くと二人がにこにこと笑って出迎えてくれていた頃の記憶。祖父母の住む古民家――私がこのたび相続したものだ――は可愛らしい平屋一階建てで、空気がいつも澄んでいた。実際にそうだったのかはわからないけれど……。なぜだか私は、そう感じていたのだ。

『芽衣ちゃん。この世にはね、不思議な者たちがいるのよ』

 祖母はたびたびそんなことを言っていた。
『不思議な者たち』の存在を私に説く時の祖母は、年を取っても美しいその顔になにかを懐かしむような、そして少し翳のある笑みを浮かべていた。大抵の場合は隣で私たちの話を聞いている祖父が、そういう話の時には少し寂しげな様子だったのもうっすらと覚えている。

『お祖母ちゃんまた言ってる。幽霊の話とか、私苦手なんだけどな』
『そうね、幽霊も見えるわね』
『……だから。怖いよ、お祖母ちゃん』
『怖いものもいるわ。だけどきっと芽衣ちゃんは……私に似ているから大丈夫ね』
『なにが大丈夫なのか、ちっともわからないよ!』

 怖がりの私はその手の話を聞くと、夜に眠れなくなったりする。だから恐ろしげな話をしようとする祖母を、時々憎らしく思ったものだ。
 そうだ……遺書の中だけでなく昔から。祖母はたびたび私が『似ている』と口にしていた。
 どうして今まで忘れていたんだろう。

『芽衣ちゃんは、いつか不思議な者たちを見ると思うわ』
『怖いものは見たくないなぁ』
『そうね。でもこの古民家に現れる不思議な者たちは、恐ろしくないわよ。芽衣ちゃんが見た時には、仲良くしてあげてね』
『……わかった。お化けみたいな見た目じゃなければ』
『ふふ。大丈夫だと思うわ』

 祖母の言う『不思議な者たち』というのはなんだったのかな。
『怖い話だ』と反射的に、その手の話の半分以上は聞き流してしまっていた。祖母が亡くなった今、ちゃんと聞いてあげていれば良かったな……なんて思ってしまう。当たり前のことだけれど、その人の話は生きているうちにしか聞けないのだ。
 不思議なことに、祖母は私と祖父以外の人間の前でこの手の話をしなかった。
 実の娘である、母にもである。
 昔母に『お祖母ちゃんって変な話が好きだよね』と言ったことがあるのだけれど、『なにそれ、知らないわ。認知症のはじまりだったら困るわね』と真顔で返されてしまった。
 ……祖母が認知症だという疑惑が深まっても困るので、私はその時以来母の前でその話をしないようにした。
 そのことを祖母に話したら『あの子は私に似ていないから話してないのよ』よ、と笑いながら言われたんだっけ。
 ちなみに祖母は、認知症の気配も見せずに病で亡くなった。

「――ッ」

 ふと眠りから覚め、ぱちりと瞼を開ける。窓の外を見ると、景色は都会のものから長閑な田園風景に変わっていた。
 今見た夢のことは鮮明に覚えている。夢に見たのが過去の思い出だから……こんなに鮮明に思い出せるのかな。

「……似てる、か」

 ぽつりとつぶやいて窓を見る。そこに映っているのは、美しかった祖母とはちっとも似ていない、実に平凡な顔立ちの自分だった。
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