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本編2
モブ令嬢と第二王子は出奔する9
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お部屋からシャルル王子が出て行った後、私ものそのそと服を身に着けた。そして手足がじわじわ痛いことに気づき、そういえば訓練で皮が剥けたのだった……と思い出す。
ベルを鳴らすとドロシアさんが少し青ざめた顔で部屋に入ってきた。だけどシャルル王子がいないことに気づいて、ほっとしたような表情になる。……彼に叱られると思ったんだなぁ。
「ドロシアさん、包帯ってありますか?」
「はいはい、ございますよぉ。訓練のお怪我ですよね? 手当もしますから、寝台に座っててくださいねぇ」
彼女はそう言うとエプロンのポケットから包帯と薬瓶を取り出した。怪我を想定していつも入れているのかな。さすがシャルル王子の『影』である。
「あの、姫様。申し訳ありません。私もコレットもああいうことになると、無駄に熱が入ってしまいましてぇ……」
ドロシアさんは眉を下げてそう言いながら、寝台に腰をかけた私の方へと歩み寄る。そしてそっと私の手を取り丁寧に薬を塗って、器用な手つきで包帯を巻き始めた。
「大丈夫です。私、すごく楽しかったので。また訓練して欲しいくらいです!」
これは本当だ。元来体を動かすのは嫌いじゃないし、スポーツ根性的なシチュエーションは正直燃える。
「まぁ。それは嬉しいですけどぉ。シャルル王子にお仕置きされるのは困るんですよねぇ。あの方可愛い顔してますけど、意外と怖いんですよぉ」
ドロシアさんはそう言うと、ぶるりと身を震わせた。シャルル王子は『影』の方々に一体どんなお仕置きをしているんだろう……。
「じゃあ、こっそりで!」
「……ふふ。じゃあこっそりしちゃいましょうかぁ。立派な戦士になってシャルル王子を驚かせ……るのは、怒られちゃいそうなので、ほどほどに、でぇ」
彼女はそう言いながら今度は足の方に包帯を巻いていく。本当に器用だなぁ。ドロシアさんが、今までの人生でそれだけ怪我をしてきた証なのかもしれないけれど。彼女は『影』だから……危険な目にもたくさん遭ったのだろう。
「……シャルル王子は、昔はもっと……。張りつめたところがある方だったんですけど。たぶん、フィリップ王子と自分を比べて、気を張ってたと言うかぁ」
ドロシアさんの言葉を聞いて、私ははっと彼女の顔を見つめた。私の知らない、昔のシャルル王子の話だ。
……シャルル王子が、フィリップ王子と自分を比べて気を張るのは……。なんとなく、わかる気がした。あの二人は外見も、中身も。そして優秀すぎるところもよく似ている。
「フィリップ王子の方がお年が上なんですから。そんなに気にしなくてもなぁって、思うんですよ? そもそもが別の人間なんですから。でも本人はそうもいかないじゃないですかぁ」
「そう、ですね……」
私はドロシアさんの言葉にこくりと頷いた。
「でも姫様と一緒にいるようになって、シャルル王子はかなり雰囲気が柔らかくなって、以前よりもとても幸せそうで。私も、コレットもほっとしたんです」
そう言ってドロシアさんはその愛らしい童顔に柔らかな笑みを浮かべた。
「姫様はぁ、もしかすると。色々なことに負い目を感じているのかもしれませんけどぉ。姫様がいることでシャルル王子が救われてるんだって、もっと自信を持っていいと思うんですよねぇ」
「ドロシア、さん……」
包帯を巻き終わり、彼女は出来上がりを確かめるように何度か撫でて満足そうに頷く。
……本当に、そう思ってもいいのかな。私は彼の救いや支えに、ちゃんとなれているんだろうか。彼の人生のお荷物じゃないと、そう思っていいいんだろうか。
「ふふ。姫様、難しいこと考えてるぅ」
ドロシアさんはそう言うと私の眉間に寄った皺をつんつんと優しく突いた。
「私、シャルル様のお側にいて、いいんですね……」
じわり、と涙が瞳に滲み、頬を流れる。それをドロシアさんの綺麗な指が何度も掬ってくれた。私と出会わなければ、シャルル王子は今も王宮で暮らし、美しい婚約者を得ていたのだと。もっと平穏に暮らせていたのだろうと。そんな自責に苛まれる時がある。それをドロシアさんは……見透かしていたんだ。
「そりゃそうですよぉ。姫様がいなくなったら、あの方なにをするかわかりませんしぃ。だいじょーぶ、です」
ふわり、とドロシアさんが私を抱きしめて、背中を撫でてくれる。お姉ちゃん、という存在がいたらこんな感じなのだろうか。その温かさに私は深い安堵を覚えた。
……私は、私たちを外側から見ている誰かに……。こんな言葉をかけて欲しかったんだろう。
その時、私を抱きしめているドロシアさんの体がびくりと震えた。彼女は恐る恐る、背後に目を向け……。顔を引き攣らせた。
「シャルル王子、お疲れ様でぇす」
ドロシアさんは焦ったように私から身を離す。
「……どうして、アリエルと抱き合っているんだ? ドロシア」
シャルル王子は、女性にまで焼きもちを焼くのか。そんな彼が可愛いけれど、ドロシアさんは好意で励ましてくれていただけなのに。
「ドロシアさんは、私を元気づけてくれていたんですよ、シャルル様! すごくすごく、嬉しかったです!」
「……むぅ」
私の言葉にシャルル王子は頬を膨らませるとこちらへ向かってくる。そしてドロシアさんを押しのけるようにして、私を抱きしめた。
「ほんと、昔とは変わりましたよねぇ」
ぽつりと小さく漏れたドロシアさんの呟きは。なんだかとても嬉しそうだった。
……昔のシャルル王子は、どれだけ気を張って生きていたんだろう。……彼の支えになれると、いいな。そんなことを思いながら私は彼の綺麗な髪を梳いた。
ベルを鳴らすとドロシアさんが少し青ざめた顔で部屋に入ってきた。だけどシャルル王子がいないことに気づいて、ほっとしたような表情になる。……彼に叱られると思ったんだなぁ。
「ドロシアさん、包帯ってありますか?」
「はいはい、ございますよぉ。訓練のお怪我ですよね? 手当もしますから、寝台に座っててくださいねぇ」
彼女はそう言うとエプロンのポケットから包帯と薬瓶を取り出した。怪我を想定していつも入れているのかな。さすがシャルル王子の『影』である。
「あの、姫様。申し訳ありません。私もコレットもああいうことになると、無駄に熱が入ってしまいましてぇ……」
ドロシアさんは眉を下げてそう言いながら、寝台に腰をかけた私の方へと歩み寄る。そしてそっと私の手を取り丁寧に薬を塗って、器用な手つきで包帯を巻き始めた。
「大丈夫です。私、すごく楽しかったので。また訓練して欲しいくらいです!」
これは本当だ。元来体を動かすのは嫌いじゃないし、スポーツ根性的なシチュエーションは正直燃える。
「まぁ。それは嬉しいですけどぉ。シャルル王子にお仕置きされるのは困るんですよねぇ。あの方可愛い顔してますけど、意外と怖いんですよぉ」
ドロシアさんはそう言うと、ぶるりと身を震わせた。シャルル王子は『影』の方々に一体どんなお仕置きをしているんだろう……。
「じゃあ、こっそりで!」
「……ふふ。じゃあこっそりしちゃいましょうかぁ。立派な戦士になってシャルル王子を驚かせ……るのは、怒られちゃいそうなので、ほどほどに、でぇ」
彼女はそう言いながら今度は足の方に包帯を巻いていく。本当に器用だなぁ。ドロシアさんが、今までの人生でそれだけ怪我をしてきた証なのかもしれないけれど。彼女は『影』だから……危険な目にもたくさん遭ったのだろう。
「……シャルル王子は、昔はもっと……。張りつめたところがある方だったんですけど。たぶん、フィリップ王子と自分を比べて、気を張ってたと言うかぁ」
ドロシアさんの言葉を聞いて、私ははっと彼女の顔を見つめた。私の知らない、昔のシャルル王子の話だ。
……シャルル王子が、フィリップ王子と自分を比べて気を張るのは……。なんとなく、わかる気がした。あの二人は外見も、中身も。そして優秀すぎるところもよく似ている。
「フィリップ王子の方がお年が上なんですから。そんなに気にしなくてもなぁって、思うんですよ? そもそもが別の人間なんですから。でも本人はそうもいかないじゃないですかぁ」
「そう、ですね……」
私はドロシアさんの言葉にこくりと頷いた。
「でも姫様と一緒にいるようになって、シャルル王子はかなり雰囲気が柔らかくなって、以前よりもとても幸せそうで。私も、コレットもほっとしたんです」
そう言ってドロシアさんはその愛らしい童顔に柔らかな笑みを浮かべた。
「姫様はぁ、もしかすると。色々なことに負い目を感じているのかもしれませんけどぉ。姫様がいることでシャルル王子が救われてるんだって、もっと自信を持っていいと思うんですよねぇ」
「ドロシア、さん……」
包帯を巻き終わり、彼女は出来上がりを確かめるように何度か撫でて満足そうに頷く。
……本当に、そう思ってもいいのかな。私は彼の救いや支えに、ちゃんとなれているんだろうか。彼の人生のお荷物じゃないと、そう思っていいいんだろうか。
「ふふ。姫様、難しいこと考えてるぅ」
ドロシアさんはそう言うと私の眉間に寄った皺をつんつんと優しく突いた。
「私、シャルル様のお側にいて、いいんですね……」
じわり、と涙が瞳に滲み、頬を流れる。それをドロシアさんの綺麗な指が何度も掬ってくれた。私と出会わなければ、シャルル王子は今も王宮で暮らし、美しい婚約者を得ていたのだと。もっと平穏に暮らせていたのだろうと。そんな自責に苛まれる時がある。それをドロシアさんは……見透かしていたんだ。
「そりゃそうですよぉ。姫様がいなくなったら、あの方なにをするかわかりませんしぃ。だいじょーぶ、です」
ふわり、とドロシアさんが私を抱きしめて、背中を撫でてくれる。お姉ちゃん、という存在がいたらこんな感じなのだろうか。その温かさに私は深い安堵を覚えた。
……私は、私たちを外側から見ている誰かに……。こんな言葉をかけて欲しかったんだろう。
その時、私を抱きしめているドロシアさんの体がびくりと震えた。彼女は恐る恐る、背後に目を向け……。顔を引き攣らせた。
「シャルル王子、お疲れ様でぇす」
ドロシアさんは焦ったように私から身を離す。
「……どうして、アリエルと抱き合っているんだ? ドロシア」
シャルル王子は、女性にまで焼きもちを焼くのか。そんな彼が可愛いけれど、ドロシアさんは好意で励ましてくれていただけなのに。
「ドロシアさんは、私を元気づけてくれていたんですよ、シャルル様! すごくすごく、嬉しかったです!」
「……むぅ」
私の言葉にシャルル王子は頬を膨らませるとこちらへ向かってくる。そしてドロシアさんを押しのけるようにして、私を抱きしめた。
「ほんと、昔とは変わりましたよねぇ」
ぽつりと小さく漏れたドロシアさんの呟きは。なんだかとても嬉しそうだった。
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