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執事のお嬢様開発日記
執事と王女の被害届1(ミルカ視点)
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私はミルカ。南にある島国、パラディスコ王国の王女であり、リーベッヘ王国の『ルミナティ魔法学園』に留学中の生徒である。
近頃私にはとても綺麗で愛らしい、ビアンカ・シュラット侯爵家ご令嬢というお友達が増えた。
……なんだか恐ろしい執事もセットなのだけれど。
彼……マクシミリアン・セルバンデスはビアンカ嬢の執事、かつ最近身分を得た他国の高位貴族であり、彼女の婚約者である。そして独占欲の化け物だ。
ビアンカ嬢は学園では孤立気味で、その理由は気高く美しい容貌と高い身分にある……と思っていたのだけれど。それは理由の一部でしかなく、セルバンデス卿が意図的に彼女の周囲から人を遠ざけていた、というのが理由の大部分だった。
あれだけ美しく身分の高い女性が婚約者もおらず……という場合、少し無理をしてでも普通はお近づきになりたくなるものよね。あの男はどれだけの人をどんな方法で遠ざけていたのだか。
――ところで、私にも執事がいる。
ハウンド・シュテンヒルズ。
綺麗な金髪を細かく三つ編みしてポニーテールにし、耳にたくさんのピアスを開けた……一見軽そうな美形である。
彼は我がパラディスコ王国の筆頭公爵家シュテンヒルズ家の次男であり、五つ年上の私の従兄だ。
私が留学する、と聞いて彼もついてきてしまったのよね。
……私は、ハウンド……お兄様のことが好きだから。それは嬉しかったのだけど。
「ミルカ! 授業今日は終わりッスよね」
トラウザーズのポケットに片手を突っ込んで、笑みを浮かべてハウンドがこちらへとやってくる。
彼はパラディスコでは『上品な公爵家の次男』として生きてきた。その大きな猫をリーベッヘ王国ではすっかり脱ぎ捨てている。率直に言うと、現在の彼はとても軽薄に見える。
……だから簡単にお付き合いできると勘違いした女どもが寄ってくるのよね。
残念でした、ハウンドお兄様はこう見えて真面目でお堅いの。誰にでも手あたり次第に手を出したりなんてしないわ。
「ハウンド。私のスケジュールくらい頭に入れててよ!」
「はは、そりゃー申し訳ないッスね」
これはただの軽口でハウンドは私のスケジュールをすべて把握している。彼はとても有能なのだ。
彼が笑いながら手を差し出してくるので、私はそれに手を重ねた。
「ハウンド。クラスの女の子からお菓子を頂いたんだ。中庭のベンチで一緒に食べない?」
「おっ、そりゃいいッスね」
片手に持った可愛くラッピングされた包みを見せながら私が言うと、彼は嬉しそうに笑った。
手を引かれながら人気のない中庭に向かって歩く。奇異なものを見る目でこちらを見る生徒たちもいたけれど私たちは気にもしなかった。
侍従と手を繋いで歩く王女なんて、そりゃあ珍しいものね。実際は王女とその従兄なんだけど。
中庭には私たち以外の人はいなかった。放課後生徒たちは、校内のカフェテリアか街へ出て学生街で過ごすことが多い。
けれど私は、この新緑の中にぽつんとあるベンチがお気に入りだった。
私がベンチに腰をかけると、横にハウンドが座る。
……彼にも私にも、まだ婚約者がいない。
ハウンドは……私のことをどう思っているのだろう。好かれてはいるはずなの。だけどそれは……従兄としてなのか、女性としてなのか。
それを訊くにはまだ確信が足りない。
彼の綺麗な横顔を眺めながら、私はそんなことを考えた。
「ミルカ、どうしたんスか?」
きょとん、とした顔でハウンドがこちらを見つめる。そのお顔が可愛くて、けれど憎らしいなぁなんて気持ちになってしまう。
……好きなら好きって言ってくれればいいのに。
膝の上でお菓子の包みを解くと中からは美味しそうなクッキーが現れた。私がそれに手を出す前に、ハウンドが一つ摘まんで口に入れてしまう。
「……うん。毒は入ってないッスね」
彼はしばらくクッキーを咀嚼してから、ゆっくりとそれを飲み込んだ。
……ハウンド、貴方公爵家のご令息でしょう!? 私は呆気に取られてしまう。
「ハウンド……毒が入ってたらどうするつもりだったのよ」
「ミルカが死ぬよりいいッスよ。浄化の効果がある光魔法を込めた魔石も着けてるんで、それを飲んだらギリギリ解毒できると思うし」
そう言いながらハウンドは右耳のピアスを指で触った。……そんなものを身につけていたのね。それにしても万が一ということはあるわ。
「俺のことより、ミルカが大事」
彼は二つ目のクッキーを摘まむと私の口の中に押し込んだ。
……そんなことを言わないでよ! ドキドキしてしまうじゃない!
私は口の中のクッキーを咀嚼しつつ、自分の赤い髪を指でくるくると巻きながら気持ちを落ち着けようとした。
「木漏れ日が、気持ちいいッスねぇ」
ハウンドは新緑の色の瞳を細めながら空を見上げた。確かに緑の木々から漏れ出る光が、とても綺麗だ。そして……とても暖かい。
二人でそうやってぼんやりと空を見ていると……。
――にゅるり。
と足元に、冷たく柔らかい妙な感触が走った。
「ひぇえええ!?」
思わず素っ頓狂な悲鳴を上げながら足を見ると。
ピンク色のスライムがなぜか足を這い上がろうとしていた。
近頃私にはとても綺麗で愛らしい、ビアンカ・シュラット侯爵家ご令嬢というお友達が増えた。
……なんだか恐ろしい執事もセットなのだけれど。
彼……マクシミリアン・セルバンデスはビアンカ嬢の執事、かつ最近身分を得た他国の高位貴族であり、彼女の婚約者である。そして独占欲の化け物だ。
ビアンカ嬢は学園では孤立気味で、その理由は気高く美しい容貌と高い身分にある……と思っていたのだけれど。それは理由の一部でしかなく、セルバンデス卿が意図的に彼女の周囲から人を遠ざけていた、というのが理由の大部分だった。
あれだけ美しく身分の高い女性が婚約者もおらず……という場合、少し無理をしてでも普通はお近づきになりたくなるものよね。あの男はどれだけの人をどんな方法で遠ざけていたのだか。
――ところで、私にも執事がいる。
ハウンド・シュテンヒルズ。
綺麗な金髪を細かく三つ編みしてポニーテールにし、耳にたくさんのピアスを開けた……一見軽そうな美形である。
彼は我がパラディスコ王国の筆頭公爵家シュテンヒルズ家の次男であり、五つ年上の私の従兄だ。
私が留学する、と聞いて彼もついてきてしまったのよね。
……私は、ハウンド……お兄様のことが好きだから。それは嬉しかったのだけど。
「ミルカ! 授業今日は終わりッスよね」
トラウザーズのポケットに片手を突っ込んで、笑みを浮かべてハウンドがこちらへとやってくる。
彼はパラディスコでは『上品な公爵家の次男』として生きてきた。その大きな猫をリーベッヘ王国ではすっかり脱ぎ捨てている。率直に言うと、現在の彼はとても軽薄に見える。
……だから簡単にお付き合いできると勘違いした女どもが寄ってくるのよね。
残念でした、ハウンドお兄様はこう見えて真面目でお堅いの。誰にでも手あたり次第に手を出したりなんてしないわ。
「ハウンド。私のスケジュールくらい頭に入れててよ!」
「はは、そりゃー申し訳ないッスね」
これはただの軽口でハウンドは私のスケジュールをすべて把握している。彼はとても有能なのだ。
彼が笑いながら手を差し出してくるので、私はそれに手を重ねた。
「ハウンド。クラスの女の子からお菓子を頂いたんだ。中庭のベンチで一緒に食べない?」
「おっ、そりゃいいッスね」
片手に持った可愛くラッピングされた包みを見せながら私が言うと、彼は嬉しそうに笑った。
手を引かれながら人気のない中庭に向かって歩く。奇異なものを見る目でこちらを見る生徒たちもいたけれど私たちは気にもしなかった。
侍従と手を繋いで歩く王女なんて、そりゃあ珍しいものね。実際は王女とその従兄なんだけど。
中庭には私たち以外の人はいなかった。放課後生徒たちは、校内のカフェテリアか街へ出て学生街で過ごすことが多い。
けれど私は、この新緑の中にぽつんとあるベンチがお気に入りだった。
私がベンチに腰をかけると、横にハウンドが座る。
……彼にも私にも、まだ婚約者がいない。
ハウンドは……私のことをどう思っているのだろう。好かれてはいるはずなの。だけどそれは……従兄としてなのか、女性としてなのか。
それを訊くにはまだ確信が足りない。
彼の綺麗な横顔を眺めながら、私はそんなことを考えた。
「ミルカ、どうしたんスか?」
きょとん、とした顔でハウンドがこちらを見つめる。そのお顔が可愛くて、けれど憎らしいなぁなんて気持ちになってしまう。
……好きなら好きって言ってくれればいいのに。
膝の上でお菓子の包みを解くと中からは美味しそうなクッキーが現れた。私がそれに手を出す前に、ハウンドが一つ摘まんで口に入れてしまう。
「……うん。毒は入ってないッスね」
彼はしばらくクッキーを咀嚼してから、ゆっくりとそれを飲み込んだ。
……ハウンド、貴方公爵家のご令息でしょう!? 私は呆気に取られてしまう。
「ハウンド……毒が入ってたらどうするつもりだったのよ」
「ミルカが死ぬよりいいッスよ。浄化の効果がある光魔法を込めた魔石も着けてるんで、それを飲んだらギリギリ解毒できると思うし」
そう言いながらハウンドは右耳のピアスを指で触った。……そんなものを身につけていたのね。それにしても万が一ということはあるわ。
「俺のことより、ミルカが大事」
彼は二つ目のクッキーを摘まむと私の口の中に押し込んだ。
……そんなことを言わないでよ! ドキドキしてしまうじゃない!
私は口の中のクッキーを咀嚼しつつ、自分の赤い髪を指でくるくると巻きながら気持ちを落ち着けようとした。
「木漏れ日が、気持ちいいッスねぇ」
ハウンドは新緑の色の瞳を細めながら空を見上げた。確かに緑の木々から漏れ出る光が、とても綺麗だ。そして……とても暖かい。
二人でそうやってぼんやりと空を見ていると……。
――にゅるり。
と足元に、冷たく柔らかい妙な感触が走った。
「ひぇえええ!?」
思わず素っ頓狂な悲鳴を上げながら足を見ると。
ピンク色のスライムがなぜか足を這い上がろうとしていた。
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