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桔梗の章
桔梗の花
しおりを挟む彼の身分はしばらくしてすぐわかった
団子屋で働いている時に彼が団子を買いに来たのだ。
あの美しい身なりの佇まい、その姿が
団子屋の傘の下の、赤い椅子に座る様は
まるで絵のようで、私は夢でも見てるのかと思った
イソイソと団子屋の主人が出向き、ぺこぺこと挨拶をしていた。
『近くを通り掛かって、ちょっと食べたくなってね』
主人にそう告げる言葉を耳にした
元気になって良かった、と言う気持ちと
もしかして、思い出して立ち寄ってくれたのかな、
いや。私のことなんて覚えてる訳がないだろう…
諸々…溢れてくるその気持ちが交差して、
どんな顔をしていいか全くわからなくなっていた。
終始主人が応対していた為に、遠くから見ているだけで
その日は全く話は出来なかった
『まさか、清永屋の若旦那様がわざわざ来るなんてなぁ』
主人がホクホクと呟くのが聞こえた
【清永屋の若旦那様】
やっぱり、かなりの商家の人なんだなとわかって、
あの時のあの行動は、かなり失礼ではなかったかと
心の中で仕切りに反省していた。
若旦那様ともあろう人なら
団子なんて、食べたければ下男に買わせればいい話
わざわざ街の団子屋に出向く事はない
しかも清永屋さんは団子を何回か、下男の方が買いに来ている
勢いとは言え、自分のした行動が少し恥ずかしかった
でも、偶然にせよ、そうでないにせよ
また会えて嬉しいと思う自分がいた。
もう、季節は秋になっていた
すこし肌寒くなった頃、彼はまた団子屋にやって来た。
茶屋の傘の下、赤い椅子に座って
みたらし団子を一本だけ、お茶と一緒にゆっくりと食べる
彼の周りだけ、切りとられた空間のように
時間の流れが違う様な気がした
話がしたいと思いながらなかなか声を掛けられない
いや、そもそも何の話をしていいか
それも良くはわからない
その日もやっぱり話をする事が出来なかった
みたらし団子を食べ終えた彼が、主人に代金を払い、
席を立って、帰ろうとしたその時、表に出た私と偶然目があった。
ぶつかった視線を外すことが出来ないでいると
その短いやり取りの中で、彼が微笑んだように見えた。
それも、私のこの目では確信は持てない
ただ、なんとなく。なんとなくなんだけど…
反射的に私も微笑んだ。
切りとられた時間が、ゆっくりとこま送りで動き出すように、
彼はまた涼やかに歩いて行った
彼が店を出て、団子の皿を片付けようとすると
お盆の上に紫色の何かがぼんやりと見えた
(なんだろう…)
近づいてみると、それは
一輪の桔梗の花だった
名前を、覚えていてくれたんだろうか
私の時間は止まってしまったかのように
その場から動けなくなった
頭の中でたくさんの否定が産まれる
(そんなわけない)
(偶然だ、たまたまだ)
それでも、今この時に感じた気持ちは、
否定を覆し、ただ胸の鼓動だけを早めていった…
その日から何度か、彼は団子屋に足を運んでくれた
その度にぺこぺこしていた主人もその頻度に慣れたのか、
次第に付きっ切りで接客する事はなくなり
程なくして私が団子を運ぶ機会が訪れた
『いらっしゃいませ。どうぞ。』
ちょっとドキドキしながら、私は平然を装う
相変わらず美しい着物姿で椅子に座っている彼が、
私を見ていつもの主人ではないと知り、にこやかに告げた
『ありがとう。元気になりたくてね』
『…へ?』
思いもよらない言葉に素っ頓狂な返事が出た
彼はくすりと笑って
『君が言ったんだよ、桔梗。甘いものは元気になるって』
『あ、あ、あれ、覚えてた…、んですか』
やっぱり名前、覚えてくれてたんだという思いと
緊張と、素の言葉と敬語が入り混じって
またしても変な会話になる
『どうかしたのかい?』
あまりにも変な対応の私に、彼が不思議そうに尋ねてきた
『いや、だって清永屋の若旦那様とお話するならちゃんとしないと
…だから、この間は、失礼しました。ごめんなさい』
『…清永屋の若旦那様か…』
ふと、彼の言葉に曇りが出た。
あの時と同じ、心が抜けたような寂しいような、辛いような
そんな顔に見えた
『私はそんな大したものじゃないよ』
蔑みにもにた卑下の言葉を吐き出すように呟いたあと、
『だから、そんなに気を使わないで良いんだよ』
と、私を見つめ、優しく、でもどこか寂しそうに言った
元気になりたくてね…と言う言葉
もしかして、何か、忘れたいような清永屋では晴らせない
何かが有るからだから、ここに来てくれたのかな…と
そう感じた私は、不躾にも
『じゃあ、まあそれはそれって事で、お団子、
もう一本どうですか?二本食べたら元気も二倍!』
まるでさっきの発言を忘れたかのようにあっけらかんと言った
またしても、不思議な顔で私を見つめた後
彼は大声で笑い出した
『ーーっあはははは。ありがとう。桔梗。
じゃあ…みたらしをもう一本貰おうかな』
『わ!毎度ありー!あ、あ、餡子も美味しいよ』
『はは。三本も食べたら夕餉の前に満腹になってしまうよ』
『そっか。じゃあ、次に来た時にね』
『ああ、そうさせてもらうよ』
話して行くうちに次第に緊張は解け
私は自然に話せるようになっていた
日を置かずに、何度か彼は店に来てくれ
その度に団子を運ぶ私と話をした
『いらっしゃい!』
『やあ。今日も元気だね』
『それが取り柄だもん』
もう、緊張することもなくなって
普通に会話もできるようになっていた
その日も、いつもと同じ様に
そのまま会話が進むはずだったのだけど…
『今日はさ、ヨモギ団子があるんだよ』
『ほう、じゃあそれを一本貰うよ』
私は蒸されたてのヨモギ団子を持っていく。
『あ、熱いから気をつけてね』
『ああ』
熱々の団子を口に入れて彼は一瞬、熱さに顔をしかめる
『ーっ!』
声にならない声が飛び出した
いつも涼やかな彼のこんな姿は初めてみた
一度口に入れたモノを出す訳にも行かず
手で口を押さえ、もごもごしている様子が
なんだか可笑しくて笑いが込み上げた
『だから、熱いって言ったのに。』
私は用意していた冷たいお茶を差し出した
ありがとうという事が出来ない状態で、少し頭をさげ、
そのお茶を口に運び、彼はようやく一息ついた。そして
『こんなに熱いとは思わなかったんだよ』
ちょっと恥ずかしそうに、でも、なんだか楽しそうに呟いた
『私は嘘はつかないよ。』
『ふふ。そうか。そうだね』
私の顔をみて、彼が笑みを浮かべた
「そんなことは前から知ってるよ」という様に…
その微笑みに、なんだか恥ずかしくなり、
『ヨモギ団子!どう?美味しい?』 と
咄嗟に脈絡のない会話を始めてしまった。
私のそんな突飛な感じにはもう慣れたのか、
彼は笑いながら、少し意地悪く答える
『まだちゃんと食べてないからね。桔梗』
『ー!?ー あ!、そっかごめんっ』
…確かに、さっきの状態で味などわかるはずがない
『どれ、少し冷めたかな』
と、私に向かって、今から食べるよ、という合図の様に
少し団子を齧った。
『あぁ。あまり甘くなくていいな。これは』
緑の団子をシゲシゲと見つめながら答える
『甘くなくて…?』
私が聞き返した瞬間、彼はこちらに向き直り
しまった!という表情を浮かべた
『いや、その、甘過ぎないから…あ、
食べやすくていいなと…』
好みは千差万別だから、甘味の過ぎる、過ぎないなど
それに関してはなんとも思わないが、
普段は見せないような狼狽振りだ。
『もしかして…甘いもの…得意じゃない…の?』
私の探る様な問い掛けに、彼はまんまと
ーーー図星!ーーー
と言わんばかりの顔をした
『え?ほんとにそうなの!?』
私の驚きの質問にちょっと口ごもりながら、
もう嘘はつけないと、観念した様に彼が話す
『本当は、…そうなんだ。』
『え、だって、清永屋さん、お使いの方が
よく団子買いに来てたじゃない。』
『ああ…あれは、母が、ここの団子が好きでね
だから、買いに行かせていたんだ』
思い込みとは怖いものだなと思うがまさにそれだった。
甘味処へ来るのだから、てっきり好きなんだと
そう思い込んでいて、彼が甘味が苦手だなんて
考えてもいなかった。
『そうだったんだ…なんか、ごめんね』
そうとも知らず、1人浮かれて、
苦手なモノを食べさせていたと思うと
なんだか申し訳なくなる
『いや、なぜ謝るんだい?私はここに来て、団子を食べて、
甘い物は、元気になれるって言うのは
確かにそうだなと思ったんだよ。』
少ししょげた私に、彼はちょっと真剣に
私の方に向き直ってそう告げる
『本当に?苦手なのに、元気になるの?』
『ああ。それに…』
にっこり笑いながら頷いた彼が
『好きに、なったからね。』
誰に言うでもなく、気持ちを確かめるように
そうつぶやいて、私を見つめる
『…え』
なんだかよくわからなくて一言しか返せない私の返答に、
彼は少し笑って
『この店の甘い団子が。』と付け加えた。
『嫌な事があっても元気になれるよ。
桔梗、教えてくれてありがとう。』
『そ、そっか!なら良かった。
これからもじゃんじゃん食べて
元気に商いしなきゃだね!若旦那様!』
『ああ。そうだね』
『じゃあもう一本、いっとく?』
『はは。抜け目がないな。商才があるね桔梗は。』
『そんなこと初めて言われたよ』
『よし。引き抜きをするか』
弾む会話の中で、冗談みたいに彼が言った
咄嗟に否定の言葉が飛び出した
『やめてよ。清永屋さんでなんて、
とてもじゃないけど務まらないよ』
『どうしてだい?』
目が、良くないから…
と、口に仕掛けて止まった…
それを口にしたくなかった。
私を普通に見て欲しいと思った。
『…団子屋の看板娘がいなくなったら
寂しがる人がたくさんいるだろ』
強がりみたいな自身過剰の返しに
『まあ…確かにそうだね。』
と、彼は呑気に答える
『今のは突っ込むところだよ!』
『…?そうなのかい?』
『そうなの!』
必死な私の顔をみて、キョトンとした彼は
そのうちまたケタケタと笑い出す
『面白いなぁ。君は』
そう言って、また団子を少し齧って
いつものように幸せそうに
空を見上げている、そんな彼を見て
このまま時間が止まればいいと、そう思った。
この空間が、この風景が私は何より好きで、
劣等感の塊である自分が、唯一
それを忘れて、救われる時間だった
彼がいる時間は、時間にすればほんの束の間だけど
それでも、それがあるだけで幸せだった
でも幸せな時間は長く続きはしなかった
昼、狭いながらも見えていた目は
次第にその範囲が更に狭まり、
昼の光の中なのに、霞んで行く
私の目は、次第に彼の姿を捉えることが出来なくなっていた…
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