満月の夜、絡み合う視線

宝月 蓮

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誰かに見られている?

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 辻馬車は翌日もまた翌日も、ルフィーナの部屋が見える位置に止まっていた。
 流石におかしいとは思うが、辻馬車の中にいる者は特にルフィーナに何もしてこない。おまけに顔も見えず何者かも分からない。よって決定的な証拠は出ず、訴えるに訴えられないルフィーナ。
 ルフィーナは自室のカーテンを開けずに過ごす日々が続いた。
(いつまでこんな日が続くのかしら……?)
 ルフィーナは暗い表情でため息をついた。
 自室にいると気が休まらないので、書斎などで過ごす日々が増えていた。

 そんなある日、クラーキン公爵家の帝都の屋敷タウンハウスでトラブルが起こる。
「これはどういうことですか!?」
「申し訳ございません。私が見た時にはもう既に倉庫のものが紛失しておりまして……」
 クラーキン公爵家のベテラン使用人である女性が、最近雇われた新人使用人である若い男性に対して叱責している。

 ルフィーナは書斎から自室へ一旦戻ろうとした時、その状況に遭遇したのだ。

 ルフィーナは不思議に思い、二人に声をかける。
「一体何が起こったの?」
「お嬢様……」
 すると、若い男性使用人は気まずそうに俯いた。
「ルフィーナお嬢様、私の監督不行き届きで申し訳ございません。実は、こちらの新人キリルに倉庫の整理をさせていたのです。しかし彼が目を離した隙に、倉庫のものが全て消えていたのでございます。恐らく盗まれたのかと……」
 ベテラン使用人女性は心底申し訳なさげな表情である。
「あらまあ……。それで、倉庫から消えたものは何なのかしら?」
 ルフィーナは冷静な口調である。
 何かトラブルが起こっても取り乱すなと父ヴァルラムから教えられていたのだ。
「……ルフィーナお嬢様が着なくなったドレスやアクセサリーでございます」
 ベテラン使用人女性は言いにくそうに重い口を開くのであった。
「そう……。仮に窃盗だとしても、わたくしが使用しなくなったものだから被害はそこまで大きくはないわね」
 ルフィーナは少し考える素振りをした。

 ロマノフ家主催の夜会で着用した薄紫のドレスやドロルコフ公爵家主催の夜会で着用した濃い青のドレスも倉庫からなくなっていたのだ。いずれも、今後着用予定のないドレスである。

「お嬢様、本当に申し訳ございません。この件はきちんと旦那様にもご報告いたします」
 キリルと呼ばれた若い使用人男性は心底反省している様子だ。
「ミスは誰にでもあること。二度と起こらないようにする為にはまず現在の仕組みを見直す必要があるわ。もし現在の仕事のやり方では隙が生じて倉庫のものが盗まれてしまうようなら、複数人で倉庫の監視体制を強化してみたらどうかしら? もちろん、今の仕事のやり方に支障が出ない程度に」
 ルフィーナは冷静にそう提案した。
「承知いたしました。今後使用人内で相談いたします」
 ベテラン使用人女性は真剣な表情だった。
「今後このようなことがないように私も今まで以上に注意いたします」
 キリルも真剣な表情だった。

 一旦その場が収まったので、ルフィーナは自室へ戻るのであった。





♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔





 何者かが何かしてくることはなく、ただ何となく見られているような気がするだけ。
 それが夜会だったりお茶会の帰りにもあった。
 決定的な証拠を掴むには相手に近付かないといけないのでリスクがある。
 じわじわとストレスがルフィーナを蝕んでいた。

 更に、最近ではクラーキン公爵領でトラブルが発生し、両親は一旦領地に戻っていた。
 だから何者かに見られているような感覚についてルフィーナは誰にも相談出来ない状況に陥っていたのだ。

 よってルフィーナは最近夜会やお茶会に参加せず、クラーキン公爵家の帝都の屋敷タウンハウスに籠りきりの生活になっていた。

 そんなある日。
 アシルス帝国皇太子セルゲイの誕生祭が開催される。
 ロマノフ家主催なので、基本的に特別な事情がない限り、アシルス帝国内の貴族は全員参加の夜会である。
 しかし領地のトラブル対応に追われているルフィーナの両親は、欠席することをアシルス帝国皇帝であるアレクセイから認められていた。

「今日は旦那様も奥様も不在ですが、ルフィーナお嬢様はお一人でもきっと大丈夫でございますよ」
 ルフィーナの身支度をした侍女のオリガは力強い笑みである。
 鮮やかな空色のドレスをまとうルフィーナは、オリガの手により化粧とヘアアレンジを施された。

 誰かに見られているように感じ、ストレスにより顔色が悪かったルフィーナ。しかし化粧を施されたルフィーナの顔色は良く見えた。
 更に真っ直ぐ伸びたダークブロンドの髪は緩く巻かれ、花のような編み込みハーフアップにアレンジされている。
 そのお陰で心なしかルフィーナは少し明るい気分になれた。

「ええ。オリガ、いつもありがとう」
 ルフィーナはふわりと微笑んだ。
 こうして、ルフィーナは一人で夜会に臨むのであった。
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