13 / 25
調子が狂う
しおりを挟む
ルフィーナの親世代の頃は令嬢が誰にもエスコートされずに夜会の会場入りすることはこの上ない恥とされていた。
しかし時代は変わり、ルフィーナ達の世代は令嬢が誰にもエスコートされずに会場入りすることに関しては特に恥でも何でもないことになっていた。
背筋を伸ばし、おっとりと穏やかだが堂々とした様子で宮殿の会場入りするルフィーナ。
しかし、やはりねっとりとした視線がまとわりつき、ゾクリとした。
(本当にこの視線は何なのかしら……?)
内心ため息をつきつつも、ルフィーナは不安を表に出さなかった。
今回の主役である皇太子セルゲイに祝いの言葉を述べ、皇帝アレクセイを始めとするロマノフ家の者達に挨拶をした後、ルフィーナはとある令息から話しかけられる。
ルフィーナの方が身分が高いので、令息はボウ・アンド・スクレープで礼を執っていた。
「タラス・フォミチ様、楽にしてください」
「ありがとうございます、ルフィーナ・ヴァルラモヴナ嬢」
ルフィーナからタラスと呼ばれた令息はゆっくりと姿勢を戻す。
「早速ですが、我がベスプチン侯爵領の者に対するクラーキン公爵領通行料の件と、我が領で採れる綿花の価格変更の件でお話があります」
「まあ。早速詳細についてお話いただけますかしら?」
ルフィーナはおっとりとしているが、凛とした様子だ。
「ええ。現在の我が領の者に対する通行料は……」
要するに、タラスの生家ベスプチン侯爵家や領地の者達への通行料の値下げ、そしてベスプチン侯爵領で採れる綿花の値上げの話だった。
これがクラーキン公爵家側にも利益のある取引きならルフィーナも快く応じた。
しかし、タラスからの申し出はあまりにも一方的であり、クラーキン公爵家に全く利益がない。
おまけにタラスはルフィーナを見下しているような態度だった。
(これは……応じるべきでないわね。取引きはWin-Winの関係が基本。だけど、タラス・フォミチ様はそれが出来ていないわ。ベスプチン侯爵家の次期当主は彼。……今後ベスプチン侯爵家との関係も見直さないといけないわね)
ルフィーナは個人への好意や悪意に関しては鈍感である。しかし、領民や家族が関わったり、仕事に関する悪意には敏感だった。
ルフィーナは品良く微笑む。
「お断りしますわ」
堂々と、毅然とした態度のルフィーナ。
「は……?」
タラスは露骨に表情を歪めた。
「明らかに一方的ですもの。こちらに利がありません」
おっとりとしているが、ルフィーナのペリドットの目は力強かった。
「いやいや、今までがクラーキン公爵家側に利益があり過ぎただけですって」
「いいえ。通行料も綿花も適正価格ですわ」
ルフィーナは断固として譲る気はなかった。
「もしタラス・フォミチ様がそのような態度でそのような要求を通すおつもりでしたら、今後クラーキン公爵家が私に代替わりした際にベスプチン侯爵家との縁を切らせてもらいます」
穏やかだが、棘がある口調のルフィーナ。
「……調子に乗りやがって!」
タラスは逆上し、ルフィーナに殴りかかろうとした。
しかし、背後から何者かに羽交締めにされ動きを封じられた。
「ルフィーナ嬢、大丈夫か?」
赤茶色の髪にアンバーの目の令息――ドロルコフ公爵家次男マカールである。
アンバーの目は、心配そうにルフィーナに向けられていた。
「離せ! この……!」
タラスはマカールの腕から逃れようとするが、マカールの力が強くて身動きが取れなくなっている。
「すみません、彼の隔離をお願いします。このまま野放しにしていると女性に暴行したり、このめでたいセルゲイ・アレクセーヴィチ皇太子殿下の誕生パーティーの場で騒ぎを起こしかねません」
マカールは近くにいた衛兵に、タラスを連れて行くよう頼んだ。
それにより、抵抗するタラスは衛兵に連れて行かれた。
「マカール様、ありがとう。助かったわ」
ルフィーナは困ったように微笑んだ。
「いや、ルフィーナ嬢に怪我がなくて安心したよ」
マカールのアンバーの目は優しげだった。
「それにしても、少しだけルフィーナ嬢とタラス・フォミチ殿のやり取りを聞いていたけど、やっぱり彼は一方的過ぎるね」
マカールは呆れたように苦笑していた。
「ええ。明らかにこちらを下に見ていて、自身の利益のみしか考えていなかったわ」
ルフィーナは肩をすくめた。
「だけど、ルフィーナ嬢にも驚いたよ。いつもと違って結構棘のある態度だったね」
「それは……」
ルフィーナは困ったように口ごもる。
(最近ずっと嫌な視線を感じていたストレスのせいだわ。タラス・フォミチ様と話している時も、あの視線を感じたもの。きっとそのせいで調子が狂ったのね)
ルフィーナは内心ため息をついた。
「ルフィーナ嬢、どうしたんだい?」
マカールは心配そうにルフィーナを覗き込む。
「いいえ、何でもないわ」
ルフィーナはおっとりと、何もないかのように微笑んだ。
「それなら良いんだけど。ところでルフィーナ嬢、僕と一曲ダンスを願えるかな」
マカールはルフィーナに自身の手を差し出した。
「そうね。じゃあ一曲だけ」
ルフィーナは気品ある笑みでマカールの手を取った。
マカールとダンスをしている最中、ルフィーナは何故か心が騒ついた。
(どうしてこんなにも心が落ち着かないのかしら……?)
ルフィーナはひたすら平然を装っている。しかし、マカールと目を合わせられずペリドットの目を左斜め上を見ていた。
(だけど、マカール様と一緒にいる時は何故か視線を感じないわね。どうしてかしら?)
ルフィーナの中に、そんな疑問が生じた。
しかし時代は変わり、ルフィーナ達の世代は令嬢が誰にもエスコートされずに会場入りすることに関しては特に恥でも何でもないことになっていた。
背筋を伸ばし、おっとりと穏やかだが堂々とした様子で宮殿の会場入りするルフィーナ。
しかし、やはりねっとりとした視線がまとわりつき、ゾクリとした。
(本当にこの視線は何なのかしら……?)
内心ため息をつきつつも、ルフィーナは不安を表に出さなかった。
今回の主役である皇太子セルゲイに祝いの言葉を述べ、皇帝アレクセイを始めとするロマノフ家の者達に挨拶をした後、ルフィーナはとある令息から話しかけられる。
ルフィーナの方が身分が高いので、令息はボウ・アンド・スクレープで礼を執っていた。
「タラス・フォミチ様、楽にしてください」
「ありがとうございます、ルフィーナ・ヴァルラモヴナ嬢」
ルフィーナからタラスと呼ばれた令息はゆっくりと姿勢を戻す。
「早速ですが、我がベスプチン侯爵領の者に対するクラーキン公爵領通行料の件と、我が領で採れる綿花の価格変更の件でお話があります」
「まあ。早速詳細についてお話いただけますかしら?」
ルフィーナはおっとりとしているが、凛とした様子だ。
「ええ。現在の我が領の者に対する通行料は……」
要するに、タラスの生家ベスプチン侯爵家や領地の者達への通行料の値下げ、そしてベスプチン侯爵領で採れる綿花の値上げの話だった。
これがクラーキン公爵家側にも利益のある取引きならルフィーナも快く応じた。
しかし、タラスからの申し出はあまりにも一方的であり、クラーキン公爵家に全く利益がない。
おまけにタラスはルフィーナを見下しているような態度だった。
(これは……応じるべきでないわね。取引きはWin-Winの関係が基本。だけど、タラス・フォミチ様はそれが出来ていないわ。ベスプチン侯爵家の次期当主は彼。……今後ベスプチン侯爵家との関係も見直さないといけないわね)
ルフィーナは個人への好意や悪意に関しては鈍感である。しかし、領民や家族が関わったり、仕事に関する悪意には敏感だった。
ルフィーナは品良く微笑む。
「お断りしますわ」
堂々と、毅然とした態度のルフィーナ。
「は……?」
タラスは露骨に表情を歪めた。
「明らかに一方的ですもの。こちらに利がありません」
おっとりとしているが、ルフィーナのペリドットの目は力強かった。
「いやいや、今までがクラーキン公爵家側に利益があり過ぎただけですって」
「いいえ。通行料も綿花も適正価格ですわ」
ルフィーナは断固として譲る気はなかった。
「もしタラス・フォミチ様がそのような態度でそのような要求を通すおつもりでしたら、今後クラーキン公爵家が私に代替わりした際にベスプチン侯爵家との縁を切らせてもらいます」
穏やかだが、棘がある口調のルフィーナ。
「……調子に乗りやがって!」
タラスは逆上し、ルフィーナに殴りかかろうとした。
しかし、背後から何者かに羽交締めにされ動きを封じられた。
「ルフィーナ嬢、大丈夫か?」
赤茶色の髪にアンバーの目の令息――ドロルコフ公爵家次男マカールである。
アンバーの目は、心配そうにルフィーナに向けられていた。
「離せ! この……!」
タラスはマカールの腕から逃れようとするが、マカールの力が強くて身動きが取れなくなっている。
「すみません、彼の隔離をお願いします。このまま野放しにしていると女性に暴行したり、このめでたいセルゲイ・アレクセーヴィチ皇太子殿下の誕生パーティーの場で騒ぎを起こしかねません」
マカールは近くにいた衛兵に、タラスを連れて行くよう頼んだ。
それにより、抵抗するタラスは衛兵に連れて行かれた。
「マカール様、ありがとう。助かったわ」
ルフィーナは困ったように微笑んだ。
「いや、ルフィーナ嬢に怪我がなくて安心したよ」
マカールのアンバーの目は優しげだった。
「それにしても、少しだけルフィーナ嬢とタラス・フォミチ殿のやり取りを聞いていたけど、やっぱり彼は一方的過ぎるね」
マカールは呆れたように苦笑していた。
「ええ。明らかにこちらを下に見ていて、自身の利益のみしか考えていなかったわ」
ルフィーナは肩をすくめた。
「だけど、ルフィーナ嬢にも驚いたよ。いつもと違って結構棘のある態度だったね」
「それは……」
ルフィーナは困ったように口ごもる。
(最近ずっと嫌な視線を感じていたストレスのせいだわ。タラス・フォミチ様と話している時も、あの視線を感じたもの。きっとそのせいで調子が狂ったのね)
ルフィーナは内心ため息をついた。
「ルフィーナ嬢、どうしたんだい?」
マカールは心配そうにルフィーナを覗き込む。
「いいえ、何でもないわ」
ルフィーナはおっとりと、何もないかのように微笑んだ。
「それなら良いんだけど。ところでルフィーナ嬢、僕と一曲ダンスを願えるかな」
マカールはルフィーナに自身の手を差し出した。
「そうね。じゃあ一曲だけ」
ルフィーナは気品ある笑みでマカールの手を取った。
マカールとダンスをしている最中、ルフィーナは何故か心が騒ついた。
(どうしてこんなにも心が落ち着かないのかしら……?)
ルフィーナはひたすら平然を装っている。しかし、マカールと目を合わせられずペリドットの目を左斜め上を見ていた。
(だけど、マカール様と一緒にいる時は何故か視線を感じないわね。どうしてかしら?)
ルフィーナの中に、そんな疑問が生じた。
15
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
悪役令嬢のビフォーアフター
すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。
腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ!
とりあえずダイエットしなきゃ!
そんな中、
あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・
そんな私に新たに出会いが!!
婚約者さん何気に嫉妬してない?
悪役令嬢は皇帝の溺愛を受けて宮入りする~夜も放さないなんて言わないで~
sweetheart
恋愛
公爵令嬢のリラ・スフィンクスは、婚約者である第一王子セトから婚約破棄を言い渡される。
ショックを受けたリラだったが、彼女はある夜会に出席した際、皇帝陛下である、に見初められてしまう。
そのまま後宮へと入ることになったリラは、皇帝の寵愛を受けるようになるが……。
王子は婚約破棄を泣いて詫びる
tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。
目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。
「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」
存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。
王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
不実なあなたに感謝を
黒木メイ
恋愛
王太子妃であるベアトリーチェと踊るのは最初のダンスのみ。落ち人のアンナとは望まれるまま何度も踊るのに。王太子であるマルコが誰に好意を寄せているかははたから見れば一目瞭然だ。けれど、マルコが心から愛しているのはベアトリーチェだけだった。そのことに気づいていながらも受け入れられないベアトリーチェ。そんな時、マルコとアンナがとうとう一線を越えたことを知る。――――不実なあなたを恨んだ回数は数知れず。けれど、今では感謝すらしている。愚かなあなたのおかげで『幸せ』を取り戻すことができたのだから。
※異世界転移をしている登場人物がいますが主人公ではないためタグを外しています。
※曖昧設定。
※一旦完結。
※性描写は匂わせ程度。
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載予定。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる