満月の夜、絡み合う視線

宝月 蓮

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調子が狂う

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 ルフィーナの親世代の頃は令嬢が誰にもエスコートされずに夜会の会場入りすることはこの上ない恥とされていた。
 しかし時代は変わり、ルフィーナ達の世代は令嬢が誰にもエスコートされずに会場入りすることに関しては特に恥でも何でもないことになっていた。

 背筋を伸ばし、おっとりと穏やかだが堂々とした様子で宮殿の会場入りするルフィーナ。
 しかし、やはりねっとりとした視線がまとわりつき、ゾクリとした。
(本当にこの視線は何なのかしら……?)
 内心ため息をつきつつも、ルフィーナは不安を表に出さなかった。

 今回の主役である皇太子セルゲイに祝いの言葉を述べ、皇帝アレクセイを始めとするロマノフ家の者達に挨拶をした後、ルフィーナはとある令息から話しかけられる。
 ルフィーナの方が身分が高いので、令息はボウ・アンド・スクレープで礼をっていた。
「タラス・フォミチ様、楽にしてください」
「ありがとうございます、ルフィーナ・ヴァルラモヴナ嬢」
 ルフィーナからタラスと呼ばれた令息はゆっくりと姿勢を戻す。
「早速ですが、我がベスプチン侯爵領の者に対するクラーキン公爵領通行料の件と、我が領で採れる綿花の価格変更の件でお話があります」
「まあ。早速詳細についてお話いただけますかしら?」
 ルフィーナはおっとりとしているが、凛とした様子だ。
「ええ。現在の我が領の者に対する通行料は……」

 要するに、タラスの生家ベスプチン侯爵家や領地の者達への通行料の値下げ、そしてベスプチン侯爵領で採れる綿花の値上げの話だった。
 これがクラーキン公爵家側にも利益のある取引きならルフィーナも快く応じた。
 しかし、タラスからの申し出はあまりにも一方的であり、クラーキン公爵家に全く利益がない。
 おまけにタラスはルフィーナを見下しているような態度だった。

(これは……応じるべきでないわね。取引きはWin-Winの関係が基本。だけど、タラス・フォミチ様はそれが出来ていないわ。ベスプチン侯爵家の次期当主は彼。……今後ベスプチン侯爵家との関係も見直さないといけないわね)
 ルフィーナは個人への好意や悪意に関しては鈍感である。しかし、領民や家族が関わったり、仕事に関する悪意には敏感だった。
 ルフィーナは品良く微笑む。
「お断りしますわ」
 堂々と、毅然とした態度のルフィーナ。
「は……?」
 タラスは露骨に表情を歪めた。
「明らかに一方的ですもの。こちらに利がありません」
 おっとりとしているが、ルフィーナのペリドットの目は力強かった。
「いやいや、今までがクラーキン公爵家側に利益があり過ぎただけですって」
「いいえ。通行料も綿花も適正価格ですわ」
 ルフィーナは断固として譲る気はなかった。
「もしタラス・フォミチ様がそのような態度でそのような要求を通すおつもりでしたら、今後クラーキン公爵家がわたくしに代替わりした際にベスプチン侯爵家との縁を切らせてもらいます」
 穏やかだが、棘がある口調のルフィーナ。
「……調子に乗りやがって!」
 タラスは逆上し、ルフィーナに殴りかかろうとした。
 しかし、背後から何者かに羽交締めにされ動きを封じられた。
「ルフィーナ嬢、大丈夫か?」
 赤茶色の髪にアンバーの目の令息――ドロルコフ公爵家次男マカールである。
 アンバーの目は、心配そうにルフィーナに向けられていた。
「離せ! この……!」
 タラスはマカールの腕から逃れようとするが、マカールの力が強くて身動きが取れなくなっている。
「すみません、彼の隔離をお願いします。このまま野放しにしていると女性に暴行したり、このめでたいセルゲイ・アレクセーヴィチ皇太子殿下の誕生パーティーの場で騒ぎを起こしかねません」
 マカールは近くにいた衛兵に、タラスを連れて行くよう頼んだ。
 それにより、抵抗するタラスは衛兵に連れて行かれた。

「マカール様、ありがとう。助かったわ」
 ルフィーナは困ったように微笑んだ。
「いや、ルフィーナ嬢に怪我がなくて安心したよ」
 マカールのアンバーの目は優しげだった。
「それにしても、少しだけルフィーナ嬢とタラス・フォミチ殿のやり取りを聞いていたけど、やっぱり彼は一方的過ぎるね」
 マカールは呆れたように苦笑していた。
「ええ。明らかにこちらを下に見ていて、自身の利益のみしか考えていなかったわ」
 ルフィーナは肩をすくめた。
「だけど、ルフィーナ嬢にも驚いたよ。いつもと違って結構棘のある態度だったね」
「それは……」
 ルフィーナは困ったように口ごもる。
(最近ずっと嫌な視線を感じていたストレスのせいだわ。タラス・フォミチ様と話している時も、あの視線を感じたもの。きっとそのせいで調子が狂ったのね)
 ルフィーナは内心ため息をついた。
「ルフィーナ嬢、どうしたんだい?」
 マカールは心配そうにルフィーナを覗き込む。
「いいえ、何でもないわ」
 ルフィーナはおっとりと、何もないかのように微笑んだ。
「それなら良いんだけど。ところでルフィーナ嬢、僕と一曲ダンスを願えるかな」
 マカールはルフィーナに自身の手を差し出した。
「そうね。じゃあ一曲だけ」
 ルフィーナは気品ある笑みでマカールの手を取った。

 マカールとダンスをしている最中、ルフィーナは何故か心が騒ついた。
(どうしてこんなにも心が落ち着かないのかしら……?)
 ルフィーナはひたすら平然を装っている。しかし、マカールと目を合わせられずペリドットの目を左斜め上を見ていた。
(だけど、マカール様と一緒にいる時は何故なぜか視線を感じないわね。どうしてかしら?)
 ルフィーナの中に、そんな疑問が生じた。
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