満月の夜、絡み合う視線

宝月 蓮

文字の大きさ
15 / 25

安心感・後編

しおりを挟む
 エヴグラフに連れられた場所は、会場から少し離れた部屋。
 家具などが置かれていない、広い部屋である。
「ここはダンスやマナーなどのレッスン室だ。王太子である兄上や、他国に婿入りした二番目の兄上、同じく他国に嫁いだすぐ上の姉上、それから妹もここで教育係からレッスンを受けていた。俺達五人全員同時にレッスンを受ける時は、とても賑やかだった」
 エヴグラフは懐かしむようにフッと笑った。
「エヴグラフ・アレクセーヴィチ殿下達五人同時に……! 確かにそれは賑やかですわね」
 ルフィーナはふふっと楽しそうに微笑んだ。
「ルフィーナ嬢、護衛や侍女がいるとはいえ、今は休憩中だ。堅苦しい呼び方はやめてくれ」
 エヴグラフは軽くため息をつき、肩をすくめていた。
「グラーファ様」
 ふわりと穏やかに微笑むルフィーナ。
 エヴグラフを愛称で呼ぶことに、ルフィーナは慣れてきた。
 すると、エヴグラフは嬉しそうに微笑む。
「ルフィーナ嬢、この部屋のバルコニーからは、月がよく見える。今日は満月なんだ」
 エヴグラフはゆっくりとバルコニーに出る。
 ルフィーナも、エヴグラフに続いてバルコニーに出た。

 夜空には明るく大きな満月が浮かんでいた。
 柔らかな光が夜の闇を打ち消すようである。

「とても……綺麗ですわね」
 ルフィーナはおっとりと穏やかに表情を綻ばせた。
 ペリドットの目には、大きな満月を映している。満月の光に照らされて、ペリドットの目は輝きが増しているようだ。
「ああ、そうだな」
 エヴグラフも満月に目を向ける。
 ルフィーナと同じように、そのラピスラズリの目には大きな満月はが映る。ラピスラズリの目も、輝きが増していた。

 バルコニーで黙って満月を見上げる二人。
 穏やかな沈黙が流れていた。

 ルフィーナは不意にエヴグラフの横顔を見る。
 月の光に染まったようなプラチナブロンドの髪は、満月の光により更に輝いている。
 ルフィーナは思わずエヴグラフに引き込まれるかのようだ。
 凛々しく、いつもより神々しい雰囲気のエヴグラフにドキリとする。
 しかし、同時に安心感に包まれていた。
「ルフィーナ嬢、どうした?」
 ルフィーナの視線に気付いたエヴグラフは、フッと優しく笑う。
「いえ……何でもありませんわ」
 ルフィーナはほんのりと頬を赤く染め、ゆっくりエヴグラフから満月に視線を移した。
「そうか……」
 エヴグラフも再び満月に目を向けた。

 耳をすませば、会場に流れる音楽が聞こえた。
 ちょうどダンスの曲が切り替わるタイミングである。
「ルフィーナ嬢、ここからでも音楽が聞こえる。せっかくだし、俺と一曲ダンスを願えるか?」
 エヴグラフのラピスラズリの目は、凛々しく真っ直ぐルフィーナに向けられている。
 優しく力強い表情だ。
 ルフィーナは柔らかく表情を綻ばせて頷く。
わたくしでよろしければ、喜んで」
 ルフィーナは差し出されたエヴグラフの手をそっと取った。

 ゆっくりとダンスを始める二人。
 エヴグラフのリードは上手く、ルフィーナは今までの中で一番穏やかに舞うことが出来た。
(ダンスはこんなに楽しいものだったのね。……リュダがサーシャと楽しそうにダンスをする理由が分かったわ)
 ルフィーナの表情は明るくなる。
「楽しそうだな、ルフィーナ嬢」
 エヴグラフは嬉しそうにラピスラズリの目を細める。
「ええ。……グラーファ様とのダンスが、今までのダンスの中で一番楽しいと感じましたわ」
 ルフィーナはペリドットの目を真っ直ぐエヴグラフに向けた。
 ペリドットとラピスラズリの視線が絡み合う。
「それは光栄だな」
 エヴグラフは破顔した。
 それはエヴグラフの心からの笑顔だった。
 ルフィーナはその表情を見て、意外そうにペリドットの目を丸くした。
「グラーファ様、そのような表情もなさるのですね。いつも凛々しい表情ですから、意外ですわ」
 ルフィーナはクスクスと笑う。
「そうか? まあ、この国を治めるロマノフ家に生まれたから、隙を見せるなとは言われていた。でも、ずっと隙を見せずに気を張っていたら疲れるだろう?」
 エヴグラフは悪戯っぽい表情だ。
「確かにそうですわね」
 ルフィーナはエヴグラフにリードされながら、肩の力を抜いて舞っていた。

 ダンスが終わると、二人は再び満月に目を向けた。
「ルフィーナ嬢、気晴らしにはなったか?」
「え……?」
 エヴグラフの言葉に、きょとんと首を傾げるルフィーナ。
「いや、勘違いなら悪いが、今日はルフィーナ嬢の顔色が悪く感じた。どこか無理をしているような、何かに怯えているような感じだった」
 ルフィーナを案ずるような表情のエヴグラフ。
「それは……」
 ルフィーナは先程まですっかり忘れていた、見られているようなねっとりとした視線のことを思い出した。
 ルフィーナの表情は少し暗くなる。
「ルフィーナ嬢、大丈夫か? ……何かあったのなら、俺に話してくれないか? 俺は君の力になりたい」

 ラピスラズリの目が、真っ直ぐルフィーナに向けられる。エヴグラフは真剣な表情だ。本気でルフィーナを心配してくれていることがひしひしと伝わる。
「グラーファ様……」
 ルフィーナはエヴグラフを見て、ホッとするような安心感に包まれた。

「実は……」
 ルフィーナはずっと見られているような気がすること、帝都の屋敷タウンハウスの自室から見える場所にずっと辻馬車が止まっていること、夜会の帰りなどに辻馬車に後をつけられているような気がすることなど、全てエヴグラフに話してみることにした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

悪役令嬢のビフォーアフター

すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。 腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ! とりあえずダイエットしなきゃ! そんな中、 あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・ そんな私に新たに出会いが!! 婚約者さん何気に嫉妬してない?

悪役令嬢は皇帝の溺愛を受けて宮入りする~夜も放さないなんて言わないで~

sweetheart
恋愛
公爵令嬢のリラ・スフィンクスは、婚約者である第一王子セトから婚約破棄を言い渡される。 ショックを受けたリラだったが、彼女はある夜会に出席した際、皇帝陛下である、に見初められてしまう。 そのまま後宮へと入ることになったリラは、皇帝の寵愛を受けるようになるが……。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

不実なあなたに感謝を

黒木メイ
恋愛
王太子妃であるベアトリーチェと踊るのは最初のダンスのみ。落ち人のアンナとは望まれるまま何度も踊るのに。王太子であるマルコが誰に好意を寄せているかははたから見れば一目瞭然だ。けれど、マルコが心から愛しているのはベアトリーチェだけだった。そのことに気づいていながらも受け入れられないベアトリーチェ。そんな時、マルコとアンナがとうとう一線を越えたことを知る。――――不実なあなたを恨んだ回数は数知れず。けれど、今では感謝すらしている。愚かなあなたのおかげで『幸せ』を取り戻すことができたのだから。 ※異世界転移をしている登場人物がいますが主人公ではないためタグを外しています。 ※曖昧設定。 ※一旦完結。 ※性描写は匂わせ程度。 ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載予定。

処理中です...