あなたの瞳に映る花火 〜異世界恋愛短編集〜

宝月 蓮

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大切なのは私が幸せになること、そして私を陥れた者達が不幸のどん底に落ちること

前編

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 アトゥサリ王国オルシーニ侯爵領には、国内最先端の薬学研究所がある。
 今年十八歳を迎える伯爵令嬢アデリンネ・ギルベルタ・フォン・トラウンは、そこで新薬開発に携わっている。

 この日もアデリンネは朝から研究所で実験に励み、気が付いたら窓の外はオレンジの果実を絞ったように染まっていた。
(まあ、もうこんな時間なのね)
 アデリンネはふう、と一息付く。
 艶やかな長いブロンドの髪は、実験の邪魔にならないよう後ろで一つに束ねている。着用中の白衣は薬品の汚れが目立っていた。
(後はこれらのデータを論文にまとめましょう)
 朝からずっと実験していたアデリンネ。疲れているはずだが、そのアメジストのような紫の目は生き生きとしていた。

 その時、実験室の扉が勢いよくバンッと開く。
 実験室の中にいた者達は驚き、扉の方に目を向ける。
 アデリンネもビクリと肩を震わせ、他の者達と同じように扉の方に目を向けた。

 そこにいたのはアデリンネの婚約者オルシーニ侯爵令息ドビアスと、研究所に所属するコルナイ伯爵令嬢キャロライン。
 ドビアスは研究所の所長でもある。
 ドビアスはズカズカとアデリンネの元へやって来る。その後ろを控えめに歩くキャロライン。
「アデリンネ! 今までのお前の論文は全てキャロラインに書かせていたものらしいな! キャロラインの研究成果を全て横取りしていたそうじゃないか!」
「え……?」
 いきなりドビアスからそう言われ、アデリンネは混乱した。

 もちろんアデリンネは論文をキャロラインに書かせたことはなく、キャロラインの研究成果も横取りしていない。

「とぼけても無駄だ! 俺はキャロラインから相談を受けていたんだ! 今までお前に命令されてゴーストライターをさせられて、頑張った研究成果を奪われ続けていたんだと!」
「その、わたくしは決してそんなことはしておりませんわ」
 アデリンネは困惑しつつも否定する。全て身に覚えがないのだ。
「ドビアス様、私、とてもつらかったですわ。全てをアデリンネ様に奪われ続けていたのですから」
 涙を滲ませるキャロライン。庇護欲そそる可憐な姿に夢中になる者もいるだろう。
 現に実験室にいる男性の数人はキャロラインのその様子に同情し、アデリンネに敵意を向けている。
「キャロライン様、そもそもわたくしと貴女はあまり話したことがありません。どうしてそのようなことを言うのです?」
「そんな……アデリンネ様、私から全てを奪っておいてその態度は酷いですわ」
 わあっと泣き出すキャロライン。
「よくもキャロラインに……!」
 ドビアスは目を吊り上げワナワナと肩を震わせる。
「アデリンネ、お前には愛想が尽きた! お前みたいな不正をする奴とは婚約破棄だ! 今すぐ研究所から出ていけ! 金輪際この研究所に立ち入ることを禁ずる!」
「そんな、何度も申し上げますがわたくしはキャロライン様に論文を書かせたことも、彼女の成果を奪ったこともございません」
「うるさい!」
「きゃっ!」
 必死に無実を訴えたアデリンネだが、ドビアスから突き飛ばされて床に倒れてしまった。
 何が起こったか理解するまで数秒かかった。
 ドビアスは近くにあった薬品を手に取る。
「この瓶には皮膚が爛れる劇薬が入っていることは知っているな。今すぐ出て行かないならお前の顔にかけるぞ」
 低い声でそう脅され、アデリンネはひゅっと息を飲んだ。
 アデリンネは俯き、研究所から出ていくしかなかった。





♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔





 放心状態で馬車に乗り、アデリンネはトラウン伯爵城まで向かう。
 突然ドビアスからあのように言われて上手く反論出来なかったが、今になって悔しさが溢れ出た。
(どうして……? わたくしは研究が好きで、最先端の研究所があるオルシーニ侯爵家に嫁げることになって嬉しかったのに……。今までの論文も成果もきちんとわたくしのものなのに……)
 アメジストの目からはポロポロと涙が止まらなかった。

 トラウン伯爵城に帰ると、家族に温かく出迎えられた。
 研究所で起こった一連のことを話すと、家族は全力でアデリンネの味方をしてくれた。ドビアスとの婚約もなくなる方向だ。
 それによりアデリンネの心は少しだけ落ち着いた。

「それとアデリンネ、こんな時間だがお客様がいらしている」
「お客様……? もう夜なのに?」
 アデリンネは父の言葉に首を傾げる。
 すると、隣から優しい声が聞こえた。
「アデリンネ、久し振りだね」
「まあ……!」
 声の主を見たアデリンネはアメジストの目を大きく見開いた。

 そこにいたのは黒褐色の髪にラピスラズリのような青い目の青年。その顔立ちはまるで彫刻のようで、誰もが見惚れてしまう程である。

「ローマン様」
 アデリンネは表情を綻ばせた。
 
 公爵令息ローマン・グレゴール・フォン・アウエルスペルク。年はアデリンネよりも五つ年上の二十三歳。アデリンネの幼馴染である。
 トラウン伯爵領とアウエルスペルク公爵領は隣接しており、二人は幼い頃から交流があった。
 アデリンネは血の繋がった兄と姉がいる。しかし二人共十歳以上歳が離れているので幼い頃はあまり交流がなかった。よって、アデリンネにとって実の兄や姉よりもローマンの方が兄みたいな存在だった。

「ローマン様、いつアトゥサリ王国にお戻りになられたのです?」
「丁度今日の夕方だよ。アデリンネにもお土産を持って来ているんだ」

 ローマンは見聞を広める為、ここ二年諸外国を回っていたのだ。

「これはネンガルド王国の茶葉。僕も現地で飲んでみたけど、香り高くて最高だったよ」
「ありがとうございます。飲むのが楽しみですわ」
「それから、これはナルフェック王国の薬学論文。あの国は医学や薬学だけでなく科学技術関連が発達した国だから、アデリンネも興味あると思って」
「まあ……! ありがとうございます、ローマン様!」
 紅茶の時よりもアメジストの目が輝いていた。
 アデリンネは薬学や科学技術系の学問が好きなのだ。
 その様子を見たローマンはクスッと笑い、アデリンネの頭を優しく撫でる。
「アデリンネ、君は春の女神のようだね。それに少し会わない間にどんどん綺麗になっている」
 ラピスラズリの目が真っ直ぐアデリンネに向けられる。
「もう、ローマン様ったら」
 ローマンの言葉にアデリンネは頬を赤く染めた。
 鼓動も速くなる。
 ずっと兄のように思っていたが、いつしかアデリンネはローマンのことを意識し始めていた。しかしローマンの方はきっとアデリンネのことを妹のような存在としか思っていないだろう。
 アデリンネはその事実がつらかったので、ドビアスと婚約し研究所に籠りローマンへの想いを忘れようとした節があったのだ。

 ローマンがトラウン伯爵城に来ていたことで忘れていたが、今日ドビアスから婚約破棄を突き付けられ研究所を追い出されたことを思い出し、アデリンネは表情を曇らせた。

「アデリンネ? どうしたんだい?」
 ローマンはアデリンネの様子に気付き、心配そうな表情になる。
 研究所であった出来事を思い出し、再びアデリンネの目から涙が溢れ出した。
「ローマン様……実は……」
 アデリンネは研究所での一連の出来事をローマンに話すのであった。

「何だって……!? よくもアデリンネに……!」
 アデリンネの話を聞いたローマンの声は低くなり、ギュッと拳を握り締めていた。
わたくし、ドビアス様との婚約破棄はどうでも良いですわ。でも……冤罪をかけられて成果を認めてもらえないことだけは悔しい……!」
 アデリンネは涙を流し声を震わせていた。
「うん、分かった。僕が協力して必ずアデリンネの名誉を取り戻すよ。アデリンネ、他にはどうしたい?」
「……ドビアス様とキャロライン様に復讐がしたいわ。こういった場合、名誉を取り戻してわたくしが幸せになることが最大の復讐だと言うけれど、そんなのは綺麗事だと思いますの。……わたくしが名誉を取り戻して幸せになるだけでなく……わたくしを陥れたドビアス様とキャロライン様を不幸のどん底に落としてやりだいですわ」
 アデリンネは拳を握り締めていた。
「ローマン様は……こんな考えのわたくしを軽蔑しますか?」
 言っておいてアデリンネは不安になってしまう。
 思わず自分の黒い本音を出してしまったが、ローマンには嫌われたくないと思ってしまった。
「アデリンネ、そう思ってしまうのは仕方ないよ、アデリンネはそれだけのことをされたのだから。僕はどんな君でも受け入れるよ」
「ローマン様……」
 優しげなラピスラズリの目を見て、アデリンネはホッとした。
「アデリンネが酷い目に遭わされて、僕もドビアスとキャロラインには不幸のどん底に落ちろって思ったよ。特にドビアスはアデリンネを突き飛ばして薬品をかけようとしたんだ。到底許せないね」
「ありがとうございます、ローマン様」
 自分以上に怒ってくれるローマンに、アデリンネは嬉しくなった。

「それとさ……アデリンネはドビアスとの婚約がなくなるんだよね?」
 ローマンの声はやや硬くなる。
「ええ」
「じゃあさ、アデリンネ……僕の妻にならないか?」
「え……!?」
 ローマンの言葉に、アデリンネはアメジストの目を大きく見開いた。
 ローマンはラピスラズリの目を真っ直ぐアデリンネに向けている。その表情は真剣だった。
「アデリンネはずっと僕のことを兄みたいに思っていただろう? だから僕もアデリンネの兄みたいな存在でいようと努力したんだ。でも……十五歳で成人デビュタントを迎え、大人になっていく君を見て、いても立ってもいられなくなった。アデリンネはどんどん綺麗になっていくんだから。僕はね、アデリンネが好きなんだ。この手で君を幸せにしたいと思った」
 ローマンの言葉は、アデリンネの胸にスッと染み込んだ。甘い多幸感が、アデリンネの胸の中に広がる。
「ローマン様……わたくしも、ずっとローマン様が好きでしたの。きっと貴方はわたくしのことを妹みたいな存在としか思っていないと思いましたわ」
 アデリンネはアメジストの目を真っ直ぐローマンに向けて自分の気持ちを伝えた。
「アデリンネ……! ああ、もっと早く君に気持ちを伝えておけば良かったよ。そうしたら、君を辛い目に遭わさずに済んだのに」
「ローマン様、ありがとうございます。その気持ちだけで十分じゅうぶん幸せですわ」
 アデリンネはふふっと表情を綻ばせた。
「ありがとう、アデリンネ。後は……君を傷付けた奴らをどん底に落とそう」
「ええ」
 二人は黒い笑みを浮かべていた。
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