クリスティーヌの本当の幸せ

宝月 蓮

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女王陛下がやって来た

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 翌朝、クリスティーヌは研究所に向かう前にキトリーに呼び止められた。
「え!? 女王陛下と王配殿下がいらっしゃるのでございますか!?」
 キトリーからそう告げられて仰天したクリスティーヌ。
「一週間後にね。研究所にも来るけど、畏まる必要はないさ。クリスティーヌ嬢は講義や研究に集中していればいい」
 キトリーはハハっと笑った。
「そう仰られましても……」
 困惑した笑みのクリスティーヌ。
「とにかく、いつも通りの君でいたら良い。そう心配することはないさ」
 キトリーは軽くポンッとクリスティーヌの肩を叩き、執務室へ行くのであった。
「とても緊張してしまいますわ」
 クリスティーヌはポツリと呟くのであった。

 そうしているうちに、女王ルナと王配シャルルがやって来る日になった。
 ヌムール邸にて、キトリーが二人を出迎える。
「社交シーズン振りですわね、キトリー」
 神々しい笑みのルナ。
「ええ、この度は、我が領地へお越しいただき大変光栄でございます。ルナ・マリレーヌ・ルイーズ・カトリーヌ女王陛下、シャルル・イヴォン・ピエール王配殿下」
「今回は社交シーズンではないし、一応非公式の訪問よ。わたくし達の仲なのだから、気軽にルナと呼んでちょうだい」
 先程とは打って変わって、ルナは悪戯っぽい笑みになる。口調も砕けている。
「仕方ないね、ルナ」
 キトリーはクスッと笑った。
「ルナ様とキトリー殿は相変わらず仲がよろしいですね」
 シャルルはそんな二人を見守るかのようだった。
 実はキトリーはルナと幼馴染で気心知れた仲だ。
「それでルナ、今日は自分の研究を進めに来たのかな?」
「ええ、そうよ。子供の呼吸器疾患について、患者に負担のない治療法の確立。そして副作用のない呼吸器の薬は研究しておかないといけないわ」
「子供はこの国の宝ですからね、ルナ様」
「ええ、そうですわ、シャルル様」
 ルナとシャルルは手を取り合い微笑み合った。
「相変わらず王配殿下とは仲がいいね」
 キトリーは苦笑した。





♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔




 この日、クリスティーヌはルナとシャルルが来る日で緊張していた。しかし午後になり、論文を前にしてそれは吹き飛んだ。研究所のラウンジで食い入るように論文を読むクリスティーヌ。集中していて誰かが近付いて来ることに気が付かなかった。
「貴女は何を読んいるのですか?」
 華やかで澄んでいて、かつ厳かな声が聞こえたので、クリスティーヌはハッとする。
 そして声の主を見てエメラルドの目を大きく見開き、慌てて立ち上がる。
「ルナ・マリレーヌ・ルイーズ・カトリーヌ女王陛下! タルド男爵家、次女のクリスティーヌ・ジゼル・ド・タルドでございます! ご挨拶が遅くなり誠に申し訳ございません! また、このような服装でのご挨拶をお詫びいたします!」
 クリスティーヌは白衣の裾を持ち上げてカーテシーで礼をる。いつもはドレスなのだが、今は実験の休憩中なので白衣を着ていたクリスティーヌ。
(どうしよう……不敬罪かしら? せめてタルド家と領民には迷惑がかかりませんように……)
 クリスティーヌは完全に青ざめていた。
 するとクスクスと気品ある笑い声が聞こえる。
「クリスティーヌ、おたいらになってちょうだい。そう畏まらなくても良いのよ。今日は非公式の訪問なの。だから気にすることはありませんわ」
 ルナはふふっと気品ある笑みを浮かべている。どことなくミステリアスで、まるで薔薇が咲き誇ったようだ。
 プラチナブロンドの真っ直ぐ伸びた長い髪、アメジストのような紫の目が神秘的だ。そして陶磁器のような白い肌。やはり王族ならではの気品と神々しさを感じる。クリスティーヌは思わず見惚れてしまった。
「それに、わたくしも白衣でございますわ。定期的にヌムール領に研究をしに来ているの。白衣は研究や実験の正装ですから、気にすることはありませんのよ」
 ルナも白衣を纏っていた。しかし、白衣姿でもルナは品がある。おまけに特注の白衣だ。王家の紋章が刺繍されており、素材も上質で丈夫なものだ。更に薬品汚れも付着している。最近付着したものや、何年も前に付着した汚れもある。相当使い込まれているのが分かる。
「それで、クリスティーヌ、貴女は研究者ですの?」
「いえ、わたくしはヌムール領で薬学の勉強をしている身でございます」
「そう。随分と勉強熱心ですこと。貴女の白衣を見ればすぐ分かるわ」
 ルナはクリスティーヌの薬品汚れが付いた白衣を見て気品ある笑みを浮かべている。
「もったいないお言葉、大変恐縮でございます」
 ガチガチになりながら答えるクリスティーヌ。ルナはそんなクリスティーヌに微笑み、テーブルに置いてあった論文を手に取る。
「これは医学分野の、不眠症の研究論文ね。クリスティーヌ、貴女は薬学だけでなく医学も勉強しているのかしら?」
「え?」
 クリスティーヌはキョトンとし、ルナが手に取った論文を見てみる。確かに不眠症の医学的知見からの研究論文だった。
「失礼いたしました。恐らく論文を借りる際に間違えて手に取ってしまったのだと存じます。わたくしは、呼吸器の炎症を抑える薬や胃の粘膜を保護する薬や痛み止めなど、幅広い薬について勉強しております」
「そう。ヌムール領はナルフェックだけでなく、他の国から見ても医学、薬学の研究が進んでいる地域です。この地で学んだことを是非活かしてくださいね。応援しております」
 ルナは神々しく品のある笑みをクリスティーヌに向けた。
「もったいないお言葉、この上ない光栄でございます。これからも日々精進いたします」
 クリスティーヌの表情は少し硬いが、エメラルドの目はキラキラと輝いていた。
 ルナが去った後、クリスティーヌは実験再開時間まで論文を読み進めるのであった。





♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔





 後日。
 クリスティーヌは先日間違えて借りた不眠症の論文を返そうとした。しかし、返却場所が分からなかったので、キトリーに聞くことにした。しかし、キトリーの居場所が分からなかった。そこでヌムール家の使用人に居場所を聞くと、サンルームにいると返事があった。クリスティーヌはそのままサンルームに向かう。しかし、サンルーム直前でクリスティーヌは足を止めた。
(とてもじゃないけれど、入りにくい状況だわ……)
 サンルームではキトリー、ルナ、リシェの三人がお茶会をしながら議論をしていた。
(……また後にしましょう)
 クリスティーヌが引き返そうとした時、サンルームの扉が開く。
「クリスティーヌ嬢、どうかしたのかい?」
 キトリーだ。クリスティーヌの姿に気付いたようだ。
「あ……お取り込み中恐縮でございます。実は、こちらの論文の返却場所が分からないので教えていただきたく存じます」
 クリスティーヌは持っていた論文をキトリーに見せる。
「ああ、それなら私が戻しておこう」
「お手数おかけします。それでは失礼いたします」
「待ってちょうだい、クリスティーヌ」
 クリスティーヌは立ち去ろうとしたが、ルナに呼び止められた。
「アーンストート先生からお聞きしたの。クリスティーヌはとても優秀だと。だから、ご一緒にお茶会がてら、議論をしませんか?」
 薔薇のように気品ある笑みのルナ。服装はもう白衣ではなく、流行に関係なく着ることの出来る紫色のシンプルなドレス。華美に目立とうとしないスタイルが上品に見え、ルナの神々しさを際立たせていた。
(女王陛下と議論……)
 女王陛下直々のお誘いだ。しがない男爵家の娘であるクリスティーヌが断れるわけがない。おまけにクリスティーヌはルナがどのような知識を持っているのかとても気になった。
わたくしでよろしければ、喜んで参加いたします」
 クリスティーヌは淑女の笑みだった。しかしエメラルドの目は輝いていた。

 クリスティーヌは早速議論という名のお茶会に参加すると、ルナの膨大な知見に驚いた。そしてそれを吸収しようと必死になるクリスティーヌ。薬学の第一人者であるリシェは当然ながら、キトリーもかなりの知見を持っていた。流石は近隣諸国で一番医学、薬学が発展したヌムール領の領主だ。クリスティーヌも今まで学んだ知識を基に、自分の考えを述べた。すると、三人から筋が良いと称賛された。クリスティーヌはとても濃い時間を過ごしていた。
 また、キトリーがルナに対して砕けた態度であることにクリスティーヌは大変驚いた。しかし、二人が幼馴染で気心知れた仲だと分かると納得したようだ。
「議論の後の紅茶は格別ですわね。丁度お腹も満たされているので、眠くなってしまうから、紅茶のカフェインが丁度良いわ」
 ルナは上品な笑みで紅茶を飲む。
「そういえば、なぜ食後に眠くなってしまうのでしょうか?」
 クリスティーヌは紅茶を飲み、疑問に思ったことを口にした。
「消化吸収を助ける為に、血液が胃腸へ集まるからだよ」
「脳への血流が一時的に不足するので眠気を引き起こすのですよ」
 キトリーとリシェがクリスティーヌの問いに答えた。
「左様でございましたが。色々勉強になります」
 クリスティーヌは納得したように頷いた。
 その時、ふと間違えて持って来た不眠症の論文が頭をよぎる。
(カフェインが眠気を覚ます。……それなら、その逆の眠気を誘発する物質もあるのかしら? 確か不眠症の治療方法は確立されていなかったわ。不眠症の薬を開発出来たりしないかしら?)
 クリスティーヌはそんなことを思いついた。それを話してみると、ルナもリシェもキトリーも面白そうだと言ってくれた。更に、もし開発出来たら論文を書いてみないかとリシェから提案された。その論文はルナ主催の薬学サロンで発表したらいいと言われたのだ。クリスティーヌはちょっとした思いつきがこんな大事になるとは思ってもいなかった。
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