クリスティーヌの本当の幸せ

宝月 蓮

文字の大きさ
23 / 38

革新的な公爵令嬢

しおりを挟む
 後日から、また研究に没頭するクリスティーヌ。不眠症を解消する睡眠薬の開発を目指している。ルナがいる間は時々議論を交わしたりしていた。そしてルナとシャルルがヌムール領を去った後は、黙々と研究を進めていた。完成まで後一息といったところだ。
 マリアンヌ、ベアトリス、リーゼロッテとお茶会をしている時も、クリスティーヌは研究のことが頭から離れなかった。
「クリスティーヌ様、今はお茶会なのでございますから論文や実験ノートはおしまいください。薬の研究と休憩をしっかり分けてメリハリをつけるべきでございますわ」
 そんなクリスティーヌに対し、ベアトリスは呆れていた。
「確かに、クリスティーヌ様はここ最近根詰めすぎていらっしゃる気がします。きちんと休憩なさってくださいませ」
 リーゼロッテもクリスティーヌの身を案じている。
「ご心配をおかけして申し訳ございません。あと少しで完成というところなのでどうしても気になってしまうのでございます」
 クリスティーヌは眉を八の字にして微笑んだ。
「確かに、女王陛下のサロンで論文が認められたら箔が付きますからね。それに、もしその薬が国民にとって特に有用と判断されれば、女王陛下から勲章が与えられますわ。勲章は、伯爵家に値する後ろ盾になるみたいでございますから、クリスティーヌ様には是非成し遂げていただきたいと存じます」
 マリアンヌはクリスティーヌが勲章を貰えるように頑張って欲しいと思った。
「ありがとうございます、マリアンヌ様」
 クリスティーヌは淑女の笑みを浮かべた。
(勲章は伯爵家と同等の後ろ盾になる。そうなれば私はユーグ様と……。いいえ、身の程知らずな想いを抱いてはいけないわ)
 クリスティーヌは出てきそうになった自分の気持ちに蓋をした。

 一方ユーグは宰相になる為に、メルクール公爵領へ学びに行っている。現在の宰相はランベール・ブノワ・ド・メルクール。メルクール公爵家の当主だ。メルクール公爵家はナルフェック王国の筆頭公爵家である。また、王家に万が一のことがあった時に限り、王位継承権が与えられる。謂わば、メルクール公爵家は第二の王家だ。ちなみに、ランベールはユーグの義理の叔父に当たる。キトリーの妹がメルクール公爵家に嫁いだからだ。しかし、彼女は病で若くして亡くなっている。
 クリスティーヌはしばらくユーグと顔を合わせずにいられることに少しホッとしていた。しかし、無意識のうちに寂しさも感じるのであった。

 そんなある日、ユーグがヌムール領に戻って来た。凛とした美しさを持つ令嬢を連れて。黒褐色の真っ直ぐな髪に、ヘーゼルの目をした令嬢だ。そして貴族令嬢にしては珍しいパンツドレスを着用している。
「全く。相変わらずユーグは真っ直ぐですこと。それだけでは務まりませんわよ」
「分かっているよ。だからこうして色々根回ししようとしているんだよ」
 令嬢はユーグと親しげな様子だ。ユーグも、クリスティーヌといる時とは違った砕けた笑みだ。
(ユーグ様……あんな風な表情もなさるのね)
 クリスティーヌの胸がチクリと痛んだ。クリスティーヌはその場を立ち去ろうとする。
「クリスティーヌ嬢」
 しかし、ユーグに呼び止められてしまった。仕方なく振り向くクリスティーヌ。
「しばらく振りだね」
「お久し振りでございます、ユーグ様」
 クリスティーヌは完璧な淑女の笑みになる。ユーグはそれを見て一瞬寂しそうな表情になるが、すぐに穏やかな笑みに戻る。
「うん。クリスティーヌ嬢の薬の研究があと少しで完成しそうだと聞いたよ」
「ええ。最終局面を迎えております」
 淑女の笑みを崩さないクリスティーヌ。
「ユーグ、こちらのご令嬢が、よく話していたクリスティーヌ様ね?」
 令嬢がクリスティーヌを見てユーグに問いかけた。
「ああ、そうさ」
 ユーグはハハっと笑い、クリスティーヌの方を向く。
「クリスティーヌ嬢、紹介するよ。彼女は私の従姉いとこ。ルシール・オルタンス・ド・メルクール。メルクール公爵のご令嬢で、宰相の娘なんだ。メルクール家の次期当主でもある」
 ユーグに紹介され、クリスティーヌはルシールにカーテシーをする。
「お顔を上げてちょうだい。先程ユーグから紹介に預かった、ルシール・オルタンス・ド・メルクールでございます。貴女のことは、ユーグから聞いておりますわ」
 ルシールは凛として張りがある声で微笑んだ。
「タルド男爵家、クリスティーヌ・ジゼル・ド・タルドでございます。お会い出来て光栄でございます、ルシール様」
 クリスティーヌは淑女の笑みだ。
「ルシールはソンブレイユ侯爵家の次男と婚約が決まって、ここ最近までずっと忙しくしていたんだ。何せ、ルシールは国一番の貴族、メルクール公爵家の次期当主だからね。婚姻に関してのことも、相手に瑕疵はないかとか慎重に調べないといけないんだ。それだけでなく、メルクール家は婚約するに当たって、相手との相性はいいかも重視している。それがようやく落ち着いてね。それで、休息の為にルシールにはヌムール領に来てもらったんだ」
 ユーグは真っ直ぐな目で、クリスティーヌに真摯に説明していた。まるでやましいことは全くないと言うかのように。
「ユーグ、説明し過ぎでございます」
 ルシールは苦笑する。そして、クリスティーヌの方に体を向ける。
「先程も紹介されたように、わたくしはユーグの従姉でございますの。年はユーグの一つ上でございます。マリアンヌとも交流がございますのよ」
 ふふっと口角を上げるルシール。
「左様でございましたが」
 クリスティーヌは最初に感じた胸の痛みはすっかり消えていた。今は第二の王家とも言われる筆頭公爵家の次期当主であるルシールに対して恐縮している。
(ユーグ様と親しげで、羨ましく思ってしまったけど、ルシール様は従姉だったのね。だからユーグ様もあのような表情をなさっていたのね。しかも、メルクール公爵家の方だとは……)
「クリスティーヌ様とは是非仲を深めたいと存じております」
 屈託のない笑みのルシール。その笑みからは公爵令嬢らしい品の良さだけでなく、清々しさも感じられる。
「そう仰っていただけて光栄でございます」
 クリスティーヌは少し緊張しながらも、上品な淑女の笑みを浮かべた。
 それからしばらく談笑し、ルシールとすっかり打ち解けるクリスティーヌであった。

 翌日。クリスティーヌが研究所で休憩をしている時に、ルシールがやって来た。やはりパンツドレスを着用している。クリスティーヌは改めてその姿が気になっていた。
「クリスティーヌ様、どうかなさいました?」
「その、ルシール様は珍しいドレスをお召しになられていると感じました」
「あら、そのことでございましたか。他の方にもよく言われますの。それに、保守的な男性からは、女性としてどうなのかと批判が来たりもしますわ。メルクール公爵家の恥ではないかとも。お父様は認めてくださっているけれど」
「……ルシール様自身はどう思われているのでしょうか? メルクール公爵家に傷が付くなどとお考えですか?」
「いいえ」
 ルシールは自信たっぷりな様子で口角を上げる。そして続ける。
「たかが服装でメルクール家に傷は付きませんわ。全裸や過度な露出の服でない限り。それに、メルクール家は筆頭公爵家でございますわ。家の力で服装の自由なら認めさせてればいいのでございます。上の立場にある私が自由な服装をしていたら、他の方々も自由な服装が出来ますわ。それに、この服装は動きやすいのでございますのよ」
 ルシールは楽しそうに語る。
わたくし、自分が楽しいか、ワクワクすると感じるかで物事を判断しますの。もちろん、他の方々を傷付けない前提で。まずは自分を満たすことを優先しますわ。それから他者のことを考える。まずは自分を幸せにしないと他の方々を幸せにすることが出来ませんのよ。もし、わたくしにとっての幸せと他の方にとっての幸せが相反するものなら、自分が我慢したり相手に我慢させたりするのではなく、お互いが幸せになれる道を探ればいいのですわ」
「まあ……左様でございますか」
 ルシールは今まで出会ったことのないタイプの令嬢だった。
「クリスティーヌ様は、自分を幸せにすることを考えておりまして?」
わたくしは……」
 クリスティーヌは口籠もってしまう。
 今は薬学のことを考えているが、基本的にタルド家や領民のことを考えていたクリスティーヌ。
(薬学を学んだり研究するのは楽しいわ。だけど、わたくしはタルド家や領民の為にあるべき。だけど……)
「クリスティーヌ様?」
わたくしは……色々と分からなくなってきてしまいましたわ」
 クリスティーヌは力なく微笑んだ。
「左様でございますか。では、ゆっくりお考えになるとよろしいですわ」
 ルシールは優しげに微笑んだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?

魚谷
恋愛
目が覚めると公爵令嬢オリヴィエは学生時代に逆行していた。 彼女は婚約者である王太子カリストに近づく伯爵令嬢ミリエルを妬み、毒殺を図るも失敗。 国外追放の系に処された。 そこで老商人に拾われ、世界中を見て回り、いかにそれまで自分の世界が狭かったのかを痛感する。 新しい人生がこのまま謳歌しようと思いきや、偶然滞在していた某国の動乱に巻き込まれて命を落としてしまう。 しかし次の瞬間、まるで夢から目覚めるように、オリヴィエは5年前──ミリエルの毒殺を図った学生時代まで時を遡っていた。 夢ではないことを確信したオリヴィエはやり直しを決意する。 ミリエルはもちろん、王太子カリストとも距離を取り、静かに生きる。 そして学校を卒業したら大陸中を巡る! そう胸に誓ったのも束の間、次々と押し寄せる問題に回帰前に習得した知識で対応していたら、 鬼のように恐ろしかったはずの王妃に気に入られ、回帰前はオリヴィエを疎ましく思っていたはずのカリストが少しずつ距離をつめてきて……? 「君を愛している」 一体なにがどうなってるの!?

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

次期王妃な悪女はひたむかない

三屋城衣智子
恋愛
 公爵家の娘であるウルム=シュテールは、幼い時に見初められ王太子の婚約者となる。  王妃による厳しすぎる妃教育、育もうとした王太子との関係性は最初こそ良かったものの、月日と共に狂いだす。  色々なことが積み重なってもなお、彼女はなんとかしようと努力を続けていた。  しかし、学校入学と共に王太子に忍び寄る女の子の影が。  約束だけは違えまいと思いながら過ごす中、学校の図書室である男子生徒と出会い、仲良くなる。  束の間の安息。  けれど、数多の悪意に襲われついにウルムは心が折れてしまい――。    想いはねじれながらすれ違い、交錯する。  異世界四角恋愛ストーリー。  なろうにも投稿しています。

婚約破棄されたので辺境伯令嬢は自由に生きます~冷酷公爵の過保護が過ぎて困ります!~

sika
恋愛
「君のような女と婚約していたなど、恥だ!」 公爵嫡男に突然婚約を破棄された辺境伯令嬢リーゼは、すべてを捨てて故郷の領地へ戻る決意をした。 誰にも期待せず、ひっそりと生きようとするリーゼの前に現れたのは、冷酷と噂される隣国の公爵・アルヴィン。 彼はなぜかリーゼにだけ穏やかで優しく、彼女を守ることに執着していて――。 「君はもう誰にも踏みにじられない。俺が保証しよう」 呪いのような過去を断ち切り、真実の愛を掴むざまぁ×溺愛ラブストーリー!

婚約破棄される前に、帰らせていただきます!

パリパリかぷちーの
恋愛
ある日、マリス王国の侯爵令嬢クロナは、王子が男爵令嬢リリィと密会し、自分を「可愛げのない女」と罵り、卒業パーティーで「婚約破棄」を言い渡そうと画策している現場を目撃してしまう。 普通なら嘆き悲しむ場面だが、クロナの反応は違った。

悪女と呼ばれた死に戻り令嬢、二度目の人生は婚約破棄から始まる

冬野月子
恋愛
「私は確かに19歳で死んだの」 謎の声に導かれ馬車の事故から兄弟を守った10歳のヴェロニカは、その時に負った傷痕を理由に王太子から婚約破棄される。 けれど彼女には嫉妬から破滅し短い生涯を終えた前世の記憶があった。 なぜか死に戻ったヴェロニカは前世での過ちを繰り返さないことを望むが、婚約破棄したはずの王太子が積極的に親しくなろうとしてくる。 そして学校で再会した、馬車の事故で助けた少年は、前世で不幸な死に方をした青年だった。 恋や友情すら知らなかったヴェロニカが、前世では関わることのなかった人々との出会いや関わりの中で新たな道を進んでいく中、前世に嫉妬で殺そうとまでしたアリサが入学してきた。

【完結】その溺愛は聞いてない! ~やり直しの二度目の人生は悪役令嬢なんてごめんです~

Rohdea
恋愛
私が最期に聞いた言葉、それは……「お前のような奴はまさに悪役令嬢だ!」でした。 第1王子、スチュアート殿下の婚約者として過ごしていた、 公爵令嬢のリーツェはある日、スチュアートから突然婚約破棄を告げられる。 その傍らには、最近スチュアートとの距離を縮めて彼と噂になっていた平民、ミリアンヌの姿が…… そして身に覚えのあるような無いような罪で投獄されたリーツェに待っていたのは、まさかの処刑処分で── そうして死んだはずのリーツェが目を覚ますと1年前に時が戻っていた! 理由は分からないけれど、やり直せるというのなら…… 同じ道を歩まず“悪役令嬢”と呼ばれる存在にならなければいい! そう決意し、過去の記憶を頼りに以前とは違う行動を取ろうとするリーツェ。 だけど、何故か過去と違う行動をする人が他にもいて─── あれ? 知らないわよ、こんなの……聞いてない!

婚約破棄したその場から、ざまぁは始まっていました

ふわふわ
恋愛
王国随一の名門、アルファルド公爵家の令嬢シャウラは、 ある日、第一王子アセルスから一方的に婚約を破棄される。 理由はただ一つ―― 「平民出身の聖女と婚約するため」。 だが、その“婚約破棄したその場”で、ざまぁはすでに始まっていた。 シャウラは泣かず、怒らず、抗議もしない。 ただ静かに席を立っただけ。 それだけで―― 王国最大派閥アルファルド派は王子への支持を撤回し、 王国最大の商会は資金提供を打ち切り、 王太子候補だったアセルスは、政治と経済の両方を失っていく。 一方シャウラは、何もしていない。 復讐もしない。断罪もしない。 平穏な日常を送りながら、無自覚のまま派閥の結束を保ち続ける。 そして王国は、 “王太子を立てない”という前代未聞の選択をし、 聡明な第一王女マリーが女王として即位する――。 誰かを裁くことなく、 誰かを蹴落とすことなく、 ただ「席を立った」者だけが、最後まで穏やかでいられた。 これは、 婚約破棄から始まる―― 静かで、上品で、取り返しのつかないざまぁの物語。 「私は何もしていませんわ」 それが、最強の勝利だった。

処理中です...