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決心
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クリスティーヌが研究所からヌムール城に戻った時、マリアンヌは自室で本を読んでいた。マリアンヌは表情を綻ばせたり、目を潤ませて涙ぐんだりしていた。
(マリアンヌ様、一体何をお読みなのかしら?)
マリアンヌの部屋の扉が開いていたので、彼女の様子は廊下から丸見えだ。部屋に戻る途中のクリスティーヌはマリアンヌの様子に疑問を持った。
クリスティーヌはしばらくマリアンヌを見ていたら、彼女もこちらに気が付き目が合った。マリアンヌは少し慌てた様子で本を閉じ、後ろに隠す。
「クリスティーヌ様、お戻りになられたのでございますね」
「ええ。覗き見をしていたみたいで申し訳ございません」
「あ、いいえ、扉を開けたままにしていたのは私でございますから。少しお部屋を換気しておりましたの」
マリアンヌの部屋から風が吹き抜けた。クリスティーヌの頬をそっとなでるかのように。
「クリスティーヌ様、どうぞお入りになってください。夕食までまだ時間はございますし、少しお茶しませんか?」
ふわりと微笑むマリアンヌ。
「ええ、喜んで」
クリスティーヌは表情を綻ばせた。
マリアンヌはソファからテーブルに移動し、侍女に紅茶を入れるよう手配した。
「ところで、マリアンヌ様は先程何をお読みになられていらしたのですか?」
紅茶を一口飲み、クリスティーヌはそう聞いた。
「それは……」
マリアンヌは口篭り、俯いてしまう。
「申し訳ございません、嫌でしたら無理にお話しにならなくても大丈夫ですよ」
クリスティーヌはハッとしてマリアンヌに優しげな表情を向ける。
「いえ……その……」
マリアンヌはクリスティーヌの表情を見る。優しげな笑みだった。
(クリスティーヌ様になら……お話し出来るかもしれない)
マリアンヌは隠した本を取り出し、糸よりも細い声で話し始める。
「実は、私は昔からロマンス小説が好きなのでございます」
「左様でございましたか。私、小説はあまり読んだことがございませんの。もしよろしければ、ロマンス小説のことを教えてくださいませ」
クリスティーヌは興味ありげな表情をしていた。マリアンヌはそれを見てホッと表情を綻ばせる。
「私が特に気に入っているのはこちらの本でございます」
マリアンヌは大事そうに抱えていた本をクリスティーヌに渡す。
「どういった内容でございますのでしょうか?」
クリスティーヌは首を傾げる。
「敵対する国同士の王子と王女が恋に落ちるお話でございます。ひょんなことから二人は出会い、最初は敵国同士ということで警戒するのでございますが、お互いの中身を知るうちに惹かれ合うのでございます。敵国の人間というレッテルを取り払ってその人の中身を見ると、自分達と変わらないことが分かるのです。それに、何故二つの国が敵対しているのかも面白く書かれておりますの」
最初は弱々しく語るマリアンヌだが、次第に控えめだが弾んだ声で饒舌になっていく。
クリスティーヌは微笑みながら聞いている。
「この本以外にも、敵対する国や家同士の男女のロマンス小説はございますわ。時代に翻弄されたり、駆け落ちを実行したりと色々な展開がございますの。あ……私、喋り過ぎでございますね……」
ハッとして赤くなるマリアンヌ。クリスティーヌはふふっと微笑んで首を横に振る。
「お気になさらないでください。私、マリアンヌ様の好きなものを知ることが出来て嬉しいですわ。研究が終わったら読んでみたいと存じます。今度マリアンヌ様のおすすめのロマンス小説を貸していただけたら嬉しいです」
「クリスティーヌ様……!」
マリアンヌは心からの笑みになる。嬉しさのあまり、ヘーゼルの目からは涙がこぼれ落ちる。クリスティーヌはそっとハンカチを差し出した。マリアンヌはクリスティーヌからハンカチを受け取り、涙を拭く。
「本当に……ありがとうございます。私……十歳の頃、ロマンス小説を読んでいたら意地の悪い令嬢に馬鹿にされて酷い言葉まで浴びせられて……更には嫌がらせまで受けましたの。それ以来、ロマンス小説が好きだということを隠しておりましたの。だから、こうしてクリスティーヌ様にロマンス小説のお話が出来ることが、とても嬉しいのですわ」
「左様でございましたか。マリアンヌ様、私の前では隠さずに堂々とロマンス小説をお読みください。絶対に馬鹿になどしませんわ」
クリスティーヌはそっと包むようにマリアンヌの手を握った。
「はい、ありがとうございます」
涙の跡が残っているが、マリアンヌは大輪の花が咲いたような笑みになった。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
数日後。クリスティーヌの研究は無事に成功を迎え、後は論文をまとめるだけになった。そんな中、ユーグから息抜きがてらに散歩でもしないかと誘われたクリスティーヌ。最近あまり外を出歩いていなかったので、ユーグと共に歩くことにした。
「クリスティーヌ嬢、毎日研究お疲れ様」
「ありがとうございます。ユーグ様も、宰相の元でお学びになられていましたよね。いかがでございましたか?」
「今の私ではまだ足りない部分があると思い知ったよ。だけど、諦めるつもりはない」
ユーグは力強い笑みだ。ヘーゼルの目からは意志の強さを感じる。
クリスティーヌの表情が綻ぶ。
「さあ、クリスティーヌ嬢、着いたよ」
連れてこられたのは小高い丘。一面に秋の花が咲き誇っている。風が吹くとふわっと花の香りが広がる。そして木々が葉を揺らす音が心地いい。
クリスティーヌは肺にありったけの爽やかな空気を吸い込む。
「とても気持ちがいいですわ」
クリスティーヌは穏やかな笑みを浮かべた。
「よかった。ここはヌムール領の中で一番お気に入りの場所なんだ。何かに行き詰まった時や、一人で考え事をする時によく来るんだよ。クリスティーヌ嬢をもっと早く連れて来られたら良かったんだけどね」
「いえ、そんな。王都の時計塔だけでなく、ヌムール領でのユーグ様のお気に入りの場所まて紹介いただいてとても嬉しく思っております」
クリスティーヌはエメラルドの目を輝かせ、口元を綻ばせたり。するとユーグは少し頬を赤らめてから破顔一笑する。
「クリスティーヌ嬢からのその言葉を聞けただけで、時計塔にもここにも連れて来た価値があった」
地面にユーグが持って来たシートを敷き、二人は座ってしばらく流れる雲を眺めていた。
ユーグは真剣な表情になり、沈黙を破る。
「クリスティーヌ嬢、私は来年の社交シーズンにはあまり出られないと思う」
「まあ、なぜでございますか?」
顔には出していないが、突然のことで驚くクリスティーヌ。
「今の宰相である、メルクール公爵閣下と外務卿と一緒に近隣諸国を回ることになったんだ。他の宰相候補も一緒にね。上手くいけば、メルクール公爵閣下が王室に次期宰相として推薦してくれるかもしれない」
ユーグのヘーゼルの目からは意志の強さが窺える。その表情にドキッとするクリスティーヌ。そしてクリスティーヌはふわりと微笑む。
「ユーグ様にとって絶好の機会なのでございますね」
「ああ、そうだね。社交シーズン始めの方はまだナルフェックにいるから、少しは社交界に顔を出せるけどね」
「応援しております」
「ありがとう、クリスティーヌ嬢。君からの応援があれば、何があっても頑張れそうだ」
ユーグは力強い笑みを浮かべた。
そんなユーグを見て、クリスティーヌもある決心をする。
「ユーグ様、私は宮廷薬剤師を目指そうと存じますわ。まだどうなるかは分かりませんが、挑戦するユーグ様を見て感化されました。私も、挑戦してみますわ」
クリスティーヌはすっきりとした笑みを浮かべている。エメラルドの目からは迷いが消えていた。その表情を見たユーグは小踊りしたくなるような気分になった。
「クリスティーヌ嬢、お互い頑張ろう」
「はい」
二人は握手を交わした。
クリスティーヌは決心と同時に、ずっと胸の奥にしまい込んでいた気持ちにも目を向けることにした。
(私は、ユーグ様に恋をしているわ。今まで見て見ぬふりをしてきたけれど、自分の気持ちは誤魔化せない。この先どうなるかは分からないわ。だけど、睡眠薬の論文が認められて女王陛下から勲章をいただけたら、伯爵家と同等の後ろ盾になる。堂々とユーグ様の隣にいられるようになるわ。力の限りを尽くしましょう)
クリスティーヌのエメラルドの目は力強く輝いていた。
(マリアンヌ様、一体何をお読みなのかしら?)
マリアンヌの部屋の扉が開いていたので、彼女の様子は廊下から丸見えだ。部屋に戻る途中のクリスティーヌはマリアンヌの様子に疑問を持った。
クリスティーヌはしばらくマリアンヌを見ていたら、彼女もこちらに気が付き目が合った。マリアンヌは少し慌てた様子で本を閉じ、後ろに隠す。
「クリスティーヌ様、お戻りになられたのでございますね」
「ええ。覗き見をしていたみたいで申し訳ございません」
「あ、いいえ、扉を開けたままにしていたのは私でございますから。少しお部屋を換気しておりましたの」
マリアンヌの部屋から風が吹き抜けた。クリスティーヌの頬をそっとなでるかのように。
「クリスティーヌ様、どうぞお入りになってください。夕食までまだ時間はございますし、少しお茶しませんか?」
ふわりと微笑むマリアンヌ。
「ええ、喜んで」
クリスティーヌは表情を綻ばせた。
マリアンヌはソファからテーブルに移動し、侍女に紅茶を入れるよう手配した。
「ところで、マリアンヌ様は先程何をお読みになられていらしたのですか?」
紅茶を一口飲み、クリスティーヌはそう聞いた。
「それは……」
マリアンヌは口篭り、俯いてしまう。
「申し訳ございません、嫌でしたら無理にお話しにならなくても大丈夫ですよ」
クリスティーヌはハッとしてマリアンヌに優しげな表情を向ける。
「いえ……その……」
マリアンヌはクリスティーヌの表情を見る。優しげな笑みだった。
(クリスティーヌ様になら……お話し出来るかもしれない)
マリアンヌは隠した本を取り出し、糸よりも細い声で話し始める。
「実は、私は昔からロマンス小説が好きなのでございます」
「左様でございましたか。私、小説はあまり読んだことがございませんの。もしよろしければ、ロマンス小説のことを教えてくださいませ」
クリスティーヌは興味ありげな表情をしていた。マリアンヌはそれを見てホッと表情を綻ばせる。
「私が特に気に入っているのはこちらの本でございます」
マリアンヌは大事そうに抱えていた本をクリスティーヌに渡す。
「どういった内容でございますのでしょうか?」
クリスティーヌは首を傾げる。
「敵対する国同士の王子と王女が恋に落ちるお話でございます。ひょんなことから二人は出会い、最初は敵国同士ということで警戒するのでございますが、お互いの中身を知るうちに惹かれ合うのでございます。敵国の人間というレッテルを取り払ってその人の中身を見ると、自分達と変わらないことが分かるのです。それに、何故二つの国が敵対しているのかも面白く書かれておりますの」
最初は弱々しく語るマリアンヌだが、次第に控えめだが弾んだ声で饒舌になっていく。
クリスティーヌは微笑みながら聞いている。
「この本以外にも、敵対する国や家同士の男女のロマンス小説はございますわ。時代に翻弄されたり、駆け落ちを実行したりと色々な展開がございますの。あ……私、喋り過ぎでございますね……」
ハッとして赤くなるマリアンヌ。クリスティーヌはふふっと微笑んで首を横に振る。
「お気になさらないでください。私、マリアンヌ様の好きなものを知ることが出来て嬉しいですわ。研究が終わったら読んでみたいと存じます。今度マリアンヌ様のおすすめのロマンス小説を貸していただけたら嬉しいです」
「クリスティーヌ様……!」
マリアンヌは心からの笑みになる。嬉しさのあまり、ヘーゼルの目からは涙がこぼれ落ちる。クリスティーヌはそっとハンカチを差し出した。マリアンヌはクリスティーヌからハンカチを受け取り、涙を拭く。
「本当に……ありがとうございます。私……十歳の頃、ロマンス小説を読んでいたら意地の悪い令嬢に馬鹿にされて酷い言葉まで浴びせられて……更には嫌がらせまで受けましたの。それ以来、ロマンス小説が好きだということを隠しておりましたの。だから、こうしてクリスティーヌ様にロマンス小説のお話が出来ることが、とても嬉しいのですわ」
「左様でございましたか。マリアンヌ様、私の前では隠さずに堂々とロマンス小説をお読みください。絶対に馬鹿になどしませんわ」
クリスティーヌはそっと包むようにマリアンヌの手を握った。
「はい、ありがとうございます」
涙の跡が残っているが、マリアンヌは大輪の花が咲いたような笑みになった。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
数日後。クリスティーヌの研究は無事に成功を迎え、後は論文をまとめるだけになった。そんな中、ユーグから息抜きがてらに散歩でもしないかと誘われたクリスティーヌ。最近あまり外を出歩いていなかったので、ユーグと共に歩くことにした。
「クリスティーヌ嬢、毎日研究お疲れ様」
「ありがとうございます。ユーグ様も、宰相の元でお学びになられていましたよね。いかがでございましたか?」
「今の私ではまだ足りない部分があると思い知ったよ。だけど、諦めるつもりはない」
ユーグは力強い笑みだ。ヘーゼルの目からは意志の強さを感じる。
クリスティーヌの表情が綻ぶ。
「さあ、クリスティーヌ嬢、着いたよ」
連れてこられたのは小高い丘。一面に秋の花が咲き誇っている。風が吹くとふわっと花の香りが広がる。そして木々が葉を揺らす音が心地いい。
クリスティーヌは肺にありったけの爽やかな空気を吸い込む。
「とても気持ちがいいですわ」
クリスティーヌは穏やかな笑みを浮かべた。
「よかった。ここはヌムール領の中で一番お気に入りの場所なんだ。何かに行き詰まった時や、一人で考え事をする時によく来るんだよ。クリスティーヌ嬢をもっと早く連れて来られたら良かったんだけどね」
「いえ、そんな。王都の時計塔だけでなく、ヌムール領でのユーグ様のお気に入りの場所まて紹介いただいてとても嬉しく思っております」
クリスティーヌはエメラルドの目を輝かせ、口元を綻ばせたり。するとユーグは少し頬を赤らめてから破顔一笑する。
「クリスティーヌ嬢からのその言葉を聞けただけで、時計塔にもここにも連れて来た価値があった」
地面にユーグが持って来たシートを敷き、二人は座ってしばらく流れる雲を眺めていた。
ユーグは真剣な表情になり、沈黙を破る。
「クリスティーヌ嬢、私は来年の社交シーズンにはあまり出られないと思う」
「まあ、なぜでございますか?」
顔には出していないが、突然のことで驚くクリスティーヌ。
「今の宰相である、メルクール公爵閣下と外務卿と一緒に近隣諸国を回ることになったんだ。他の宰相候補も一緒にね。上手くいけば、メルクール公爵閣下が王室に次期宰相として推薦してくれるかもしれない」
ユーグのヘーゼルの目からは意志の強さが窺える。その表情にドキッとするクリスティーヌ。そしてクリスティーヌはふわりと微笑む。
「ユーグ様にとって絶好の機会なのでございますね」
「ああ、そうだね。社交シーズン始めの方はまだナルフェックにいるから、少しは社交界に顔を出せるけどね」
「応援しております」
「ありがとう、クリスティーヌ嬢。君からの応援があれば、何があっても頑張れそうだ」
ユーグは力強い笑みを浮かべた。
そんなユーグを見て、クリスティーヌもある決心をする。
「ユーグ様、私は宮廷薬剤師を目指そうと存じますわ。まだどうなるかは分かりませんが、挑戦するユーグ様を見て感化されました。私も、挑戦してみますわ」
クリスティーヌはすっきりとした笑みを浮かべている。エメラルドの目からは迷いが消えていた。その表情を見たユーグは小踊りしたくなるような気分になった。
「クリスティーヌ嬢、お互い頑張ろう」
「はい」
二人は握手を交わした。
クリスティーヌは決心と同時に、ずっと胸の奥にしまい込んでいた気持ちにも目を向けることにした。
(私は、ユーグ様に恋をしているわ。今まで見て見ぬふりをしてきたけれど、自分の気持ちは誤魔化せない。この先どうなるかは分からないわ。だけど、睡眠薬の論文が認められて女王陛下から勲章をいただけたら、伯爵家と同等の後ろ盾になる。堂々とユーグ様の隣にいられるようになるわ。力の限りを尽くしましょう)
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