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窮屈さの原因
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研究が上手くいき、後は論文をまとめるだけになったので、クリスティーヌはタルド領へ戻った。
そして時間は過ぎて年が明け、冬の終わりが近付いてきた。この時期に女王ルナの誕生祭が行われる。これをもって社交シーズンが始まるのだ。昨年、クリスティーヌは成人の儀出席前だったので、ルナの誕生祭には参加していない。しかし、今年から参加することになる。
「女王陛下の誕生祭はとても賑やかなのでございますね」
クリスティーヌは馬車から見える景色に、エメラルドの目を大きく見開いた。
街には百を超える屋台が出され、何千人何万人もの人が集まっていた。
「街では毎年盛大に祝われるからね。誕生祭の規模で、その代の国王陛下、女王陛下の力が分かるんだ。今の女王陛下は国を発展させ、民の生活水準を大幅に上げたから、歴代国王の誕生祭の中でも屈指の規模だと思う」
ユーグにとっては見慣れた景色のようだ。あまり驚いた様子はない。
「私も、女王陛下の誕生祭に参加するのは初めてでございますが、この規模には驚きました。それだけ女王陛下は民から慕われていらっしゃるのですね」
マリアンヌは賑わい具合からそう判断した。
クリスティーヌは父親のプロスペール達と一緒に辻馬車で王宮に向かおうとした。しかし、ユーグとマリアンヌに猛烈にアプローチされてヌムール家の馬車で行くことにしたのだ。侍女のファビエンヌと護衛のドミニクはタルド家の他の家族と共に辻馬車で向かっている。
「そういえばクリスティーヌ嬢、もう既にいくつか論文を提出したそうだね」
「ええ、ユーグ様。三つ提出いたしました。睡眠薬の研究の情報量が多過ぎたので、一つにまとめるのではなく、一つ一つ独立した論文を合計四つ提出することにいたしました。今、残り一つを書き上げている最中でございます」
「まあ、もう既に三つも書き上げていらしたのでございますね。もしかしたら、女王陛下から勲章をいただけたりしないでしょうか?」
マリアンヌがヘーゼルの目を輝かせた。
「そんなすぐにいただける物ではございませんわ」
クリスティーヌは苦笑した。
「確かに、簡単にはいかないかもしれないけれど、勲章をいただけたらいいね」
ユーグは優しげに、そして少し期待を込めたように微笑んだ。
「左様でございますわね。私、もう少し頑張りますわ」
クリスティーヌはほんのり頬を赤らめて微笑んだ。自分の気持ちに素直になることで、ユーグに対して少し余裕が出てきた。
王宮の会場も賑わっていた。青、黄色、ピンク……色とりどりのドレスを纏った令嬢や婦人達で、とてもカラフルであった。王族の色である紫の物を身につける者は誰もいなかった。また、王配シャルルが好む赤も、身につけている者は少ない。
クリスティーヌは以前ユーグから貰ったマリンブルーのドレスを着ている。しかしヘーゼルカラーのスフェーンのネックレスとブローチは着けていない。婚約者でもないのに相手の目の色の物を身につけるのはあまり良くないからだ。
クリスティーヌはしばらくユーグとマリアンヌと談笑していた。そこへセルジュがやって来る。
「お久し振りだね、クリスティーヌ嬢」
「セルジュ様、お久し振りでございます」
クリスティーヌは淑女の笑みだ。
「あまり手紙を出せなくてすまないね」
「いえ、お気になさらないでください、セルジュ様」
その後、クリスティーヌはセルジュと一曲ダンスをする。クリスティーヌはセルジュのリードに身を任せ、守られるように舞った。
(……どうしてかしら?少し……踊りにくいわ。セルジュ様のリードはとてもお上手なのに……。私、ダンスが下手になってしまったのかしら?)
クリスティーヌは少し窮屈さを感じていた。そして再びユーグとマリアンヌの元へ戻る。
「お疲れ様、クリスティーヌ嬢。飲み物をどうぞ」
「ありがとうございます」
クリスティーヌはユーグからシャンパンを受け取った。もちろんノンアルコールのだ。
その時、丁度マリアンヌが他の令息にダンスを申し込まれた。マリアンヌは少しぎこちない様子で令息とダンスをしに行ったので、クリスティーヌとユーグは二人きりになった。
「クリスティーヌ嬢、やはり私とはダンスをしてくれないんだね」
「ええ。私はしがない男爵家の人間でございますので。公の場で身分不相応な振る舞いは出来ませんわ」
拗ねたユーグに対し、クリスティーヌは苦笑した。その後は穏やかな笑みで話をしていた。
その様子を遠目からずっと見ている令嬢がいた。彼女はユーグと仲良さげに話すクリスティーヌを心底気に入らないと言うかのように睨んでいた。クリスティーヌはそのことに全く気が付かなかった。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
数週間程時が過ぎ、今年の成人の儀が終わった頃。『薔薇の会』が開催された。
「ようこそ、『薔薇の会』へ。今年は新しいメンバーを迎え入れた。メルクール公爵家のルシール嬢と、ルテル伯爵家のユルシュル嬢だ」
レミが高らかに新メンバーを紹介する。
ルシールに関しては面識があった。相変わらずパンツドレスを着用している。しかしユルシュルは初対面だ。彼女はセルジュの妹である。今年成人を迎えたのだ。
「ルシール・オルタンス・ド・メルクールでございますわ。どうぞよろしくお願いいたします」
「ユルシュル・ニネット・ド・ルテルと申します。昨年から兄がお世話になっております。皆様、これからどうぞよろしくお願いいたします」
ユルシュルは栗毛色の髪をシニョンに纏めており、ムーンストーンの目だ。そして黒いフォックスフレームの眼鏡をかけている。彼女の所作はきっちりしていて、まるでお手本のようだ。王族の子女や上級貴族の子女に礼儀礼節を教える講師のような生真面目さを感じる。
王宮の侍女から紅茶とお菓子が運ばれて来たので、皆それらを口にしながら話し始める。
「クリスティーヌ、貴女の論文、女王陛下が高く評価していたわ」
イザベルがそう話を切り出した。
「それは大変光栄でございます」
クリスティーヌの表情がパアッと輝く。
「イザベル殿下、女王陛下はクリスティーヌ様の論文をどのくらい高く評価なさっていたのでございますか? 勲章をいただけるレベルでございましょうか?」
マリアンヌが少し食い気味に質問した。まるで自分のことのように。
「そこまでは分からないですわよ、マリアンヌ」
イザベルが苦笑した。
「あ……左様でございますよね。申し訳ございません」
マリアンヌはシュンと肩をすぼめた。
「そういえば、クリスティーヌ嬢は薬学が趣味だと言っていたな」
思い出したかのように笑うディオン。
「もう論文をお書きだなんて、クリスティーヌ様は凄いですね」
アンドレは素直に賞賛の言葉を口にした。
「クリスティーヌ嬢はヌムール領で色々と研究を進めていたからね」
ユーグは満足そうな笑みだった。
セルジュは少し考える素振りをしながらその様子を見ている。
一方、ルシールとユルシュルは別の話題で盛り上がっていた。
「ルシール様のドレスは些か革新的過ぎませんか?」
ユルシュルはルシールの着用しているパンツドレスを見て訝しげな表情をしている。
「そういう意見もございますわね。ですが、私はこのドレスを気に入っておりますの。それに、服装はもっと動きやすく自由になればと存じておりますわ」
凛として自信に溢れた笑みのルシール。
「……なるほど。確かに動きやすいといった魅力はございますね。合理的な部分はあるかと存じました」
ユルシュルは少し納得したような表情で頷く。
「こうして議論をして様々な意見を聞くのはいいことだね。それに、革新的な人の中にも少しは保守的な部分もある。その逆もしかり。保守的な人の中にも少しは革新的な部分があるさ」
レミは高らかに笑っていた。
この日の『薔薇の会』では様々な議論や会話が飛び交って賑わった。
そして、終わりを迎える頃、クリスティーヌはセルジュから声をかけられる。
「クリスティーヌ嬢は僕の婚約者候補であることは忘れていないよね?」
「ええ、忘れてはおりません」
クリスティーヌはセルジュから目を逸らしてしまった。昨年の社交シーズンが終わった後、ユーグと以前より親密になっていたことに少し後ろめたさを感じたからだ。
「ならよかった。本当は正式な婚約者になってからにしようと思っていたけど……うかうかしていられない」
セルジュは苦笑する。そして何かを決意したような笑みになった。
「クリスティーヌ嬢、君にドレスとアクセサリーを贈ろう。ルテル家主催のサロンや男性のエスコートが必要な夜会に着て欲しい」
セルジュのグレーの目は真っ直ぐクリスティーヌを見つめていた。まるで有無を言わせないような感じだった。
「……承知いたしました」
「それと、なるべく領地経営や小麦の栽培の勉強に集中して欲しい気持ちはある。もちろん、薬学をやるなとは言わないけれどね」
セルジュは苦笑した。
その時、クリスティーヌは女王陛下誕生祭でセルジュとダンスをした時に感じた窮屈さの原因が分かった。
(セルジュ様は……少し保守的な方だわ。だから私を守るようにリードしていたのね。だけど……それだと少し踊りにくいわ)
クリスティーヌの表情が曇った。
「クリスティーヌ様」
その時、ユルシュルに話しかけられた。
「ユルシュル様、どうかなさいました?」
「クリスティーヌ様のカーテシーなどの所作はとても美しく、見ていてとても気持ちのいいものでございました。昨年、ルテル領にいらした時、私はまだ成人前だったのでご挨拶はしておりませんでしたが、お見かけした時そう思ったのでございます。改めてご挨拶出来て光栄でございます」
満足そうに口角を上げるユルシュル。
「お褒めくださり光栄でございます、ユルシュル様」
クリスティーヌは淑女の笑みを浮かべる。
「クリスティーヌ様はまだお兄様の婚約者候補でございますが、是非とも正式な婚約者になっていただきたいと存じました」
ユルシュルのグレーの目は輝いていた。
「こらユルシュル、これはクリスティーヌ嬢と僕との話だ」
「申し訳ございません、お兄様」
セルジュに軽く諌められたユルシュルは真面目そうな表情で謝罪した。
「まあとにかくクリスティーヌ嬢、もう1度このことを頭に入れておいてくれたら嬉しいな」
セルジュは優しげに微笑んだ。
「……ええ、承知いたしました」
クリスティーヌは少し歯切れが悪そうに返事をした。
(セルジュ様とのこと、忘れたわけではないわ。このままではユーグ様にもセルジュ様にも不誠実よね……)
クリスティーヌは沈んだ気持ちになった。
そして時間は過ぎて年が明け、冬の終わりが近付いてきた。この時期に女王ルナの誕生祭が行われる。これをもって社交シーズンが始まるのだ。昨年、クリスティーヌは成人の儀出席前だったので、ルナの誕生祭には参加していない。しかし、今年から参加することになる。
「女王陛下の誕生祭はとても賑やかなのでございますね」
クリスティーヌは馬車から見える景色に、エメラルドの目を大きく見開いた。
街には百を超える屋台が出され、何千人何万人もの人が集まっていた。
「街では毎年盛大に祝われるからね。誕生祭の規模で、その代の国王陛下、女王陛下の力が分かるんだ。今の女王陛下は国を発展させ、民の生活水準を大幅に上げたから、歴代国王の誕生祭の中でも屈指の規模だと思う」
ユーグにとっては見慣れた景色のようだ。あまり驚いた様子はない。
「私も、女王陛下の誕生祭に参加するのは初めてでございますが、この規模には驚きました。それだけ女王陛下は民から慕われていらっしゃるのですね」
マリアンヌは賑わい具合からそう判断した。
クリスティーヌは父親のプロスペール達と一緒に辻馬車で王宮に向かおうとした。しかし、ユーグとマリアンヌに猛烈にアプローチされてヌムール家の馬車で行くことにしたのだ。侍女のファビエンヌと護衛のドミニクはタルド家の他の家族と共に辻馬車で向かっている。
「そういえばクリスティーヌ嬢、もう既にいくつか論文を提出したそうだね」
「ええ、ユーグ様。三つ提出いたしました。睡眠薬の研究の情報量が多過ぎたので、一つにまとめるのではなく、一つ一つ独立した論文を合計四つ提出することにいたしました。今、残り一つを書き上げている最中でございます」
「まあ、もう既に三つも書き上げていらしたのでございますね。もしかしたら、女王陛下から勲章をいただけたりしないでしょうか?」
マリアンヌがヘーゼルの目を輝かせた。
「そんなすぐにいただける物ではございませんわ」
クリスティーヌは苦笑した。
「確かに、簡単にはいかないかもしれないけれど、勲章をいただけたらいいね」
ユーグは優しげに、そして少し期待を込めたように微笑んだ。
「左様でございますわね。私、もう少し頑張りますわ」
クリスティーヌはほんのり頬を赤らめて微笑んだ。自分の気持ちに素直になることで、ユーグに対して少し余裕が出てきた。
王宮の会場も賑わっていた。青、黄色、ピンク……色とりどりのドレスを纏った令嬢や婦人達で、とてもカラフルであった。王族の色である紫の物を身につける者は誰もいなかった。また、王配シャルルが好む赤も、身につけている者は少ない。
クリスティーヌは以前ユーグから貰ったマリンブルーのドレスを着ている。しかしヘーゼルカラーのスフェーンのネックレスとブローチは着けていない。婚約者でもないのに相手の目の色の物を身につけるのはあまり良くないからだ。
クリスティーヌはしばらくユーグとマリアンヌと談笑していた。そこへセルジュがやって来る。
「お久し振りだね、クリスティーヌ嬢」
「セルジュ様、お久し振りでございます」
クリスティーヌは淑女の笑みだ。
「あまり手紙を出せなくてすまないね」
「いえ、お気になさらないでください、セルジュ様」
その後、クリスティーヌはセルジュと一曲ダンスをする。クリスティーヌはセルジュのリードに身を任せ、守られるように舞った。
(……どうしてかしら?少し……踊りにくいわ。セルジュ様のリードはとてもお上手なのに……。私、ダンスが下手になってしまったのかしら?)
クリスティーヌは少し窮屈さを感じていた。そして再びユーグとマリアンヌの元へ戻る。
「お疲れ様、クリスティーヌ嬢。飲み物をどうぞ」
「ありがとうございます」
クリスティーヌはユーグからシャンパンを受け取った。もちろんノンアルコールのだ。
その時、丁度マリアンヌが他の令息にダンスを申し込まれた。マリアンヌは少しぎこちない様子で令息とダンスをしに行ったので、クリスティーヌとユーグは二人きりになった。
「クリスティーヌ嬢、やはり私とはダンスをしてくれないんだね」
「ええ。私はしがない男爵家の人間でございますので。公の場で身分不相応な振る舞いは出来ませんわ」
拗ねたユーグに対し、クリスティーヌは苦笑した。その後は穏やかな笑みで話をしていた。
その様子を遠目からずっと見ている令嬢がいた。彼女はユーグと仲良さげに話すクリスティーヌを心底気に入らないと言うかのように睨んでいた。クリスティーヌはそのことに全く気が付かなかった。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
数週間程時が過ぎ、今年の成人の儀が終わった頃。『薔薇の会』が開催された。
「ようこそ、『薔薇の会』へ。今年は新しいメンバーを迎え入れた。メルクール公爵家のルシール嬢と、ルテル伯爵家のユルシュル嬢だ」
レミが高らかに新メンバーを紹介する。
ルシールに関しては面識があった。相変わらずパンツドレスを着用している。しかしユルシュルは初対面だ。彼女はセルジュの妹である。今年成人を迎えたのだ。
「ルシール・オルタンス・ド・メルクールでございますわ。どうぞよろしくお願いいたします」
「ユルシュル・ニネット・ド・ルテルと申します。昨年から兄がお世話になっております。皆様、これからどうぞよろしくお願いいたします」
ユルシュルは栗毛色の髪をシニョンに纏めており、ムーンストーンの目だ。そして黒いフォックスフレームの眼鏡をかけている。彼女の所作はきっちりしていて、まるでお手本のようだ。王族の子女や上級貴族の子女に礼儀礼節を教える講師のような生真面目さを感じる。
王宮の侍女から紅茶とお菓子が運ばれて来たので、皆それらを口にしながら話し始める。
「クリスティーヌ、貴女の論文、女王陛下が高く評価していたわ」
イザベルがそう話を切り出した。
「それは大変光栄でございます」
クリスティーヌの表情がパアッと輝く。
「イザベル殿下、女王陛下はクリスティーヌ様の論文をどのくらい高く評価なさっていたのでございますか? 勲章をいただけるレベルでございましょうか?」
マリアンヌが少し食い気味に質問した。まるで自分のことのように。
「そこまでは分からないですわよ、マリアンヌ」
イザベルが苦笑した。
「あ……左様でございますよね。申し訳ございません」
マリアンヌはシュンと肩をすぼめた。
「そういえば、クリスティーヌ嬢は薬学が趣味だと言っていたな」
思い出したかのように笑うディオン。
「もう論文をお書きだなんて、クリスティーヌ様は凄いですね」
アンドレは素直に賞賛の言葉を口にした。
「クリスティーヌ嬢はヌムール領で色々と研究を進めていたからね」
ユーグは満足そうな笑みだった。
セルジュは少し考える素振りをしながらその様子を見ている。
一方、ルシールとユルシュルは別の話題で盛り上がっていた。
「ルシール様のドレスは些か革新的過ぎませんか?」
ユルシュルはルシールの着用しているパンツドレスを見て訝しげな表情をしている。
「そういう意見もございますわね。ですが、私はこのドレスを気に入っておりますの。それに、服装はもっと動きやすく自由になればと存じておりますわ」
凛として自信に溢れた笑みのルシール。
「……なるほど。確かに動きやすいといった魅力はございますね。合理的な部分はあるかと存じました」
ユルシュルは少し納得したような表情で頷く。
「こうして議論をして様々な意見を聞くのはいいことだね。それに、革新的な人の中にも少しは保守的な部分もある。その逆もしかり。保守的な人の中にも少しは革新的な部分があるさ」
レミは高らかに笑っていた。
この日の『薔薇の会』では様々な議論や会話が飛び交って賑わった。
そして、終わりを迎える頃、クリスティーヌはセルジュから声をかけられる。
「クリスティーヌ嬢は僕の婚約者候補であることは忘れていないよね?」
「ええ、忘れてはおりません」
クリスティーヌはセルジュから目を逸らしてしまった。昨年の社交シーズンが終わった後、ユーグと以前より親密になっていたことに少し後ろめたさを感じたからだ。
「ならよかった。本当は正式な婚約者になってからにしようと思っていたけど……うかうかしていられない」
セルジュは苦笑する。そして何かを決意したような笑みになった。
「クリスティーヌ嬢、君にドレスとアクセサリーを贈ろう。ルテル家主催のサロンや男性のエスコートが必要な夜会に着て欲しい」
セルジュのグレーの目は真っ直ぐクリスティーヌを見つめていた。まるで有無を言わせないような感じだった。
「……承知いたしました」
「それと、なるべく領地経営や小麦の栽培の勉強に集中して欲しい気持ちはある。もちろん、薬学をやるなとは言わないけれどね」
セルジュは苦笑した。
その時、クリスティーヌは女王陛下誕生祭でセルジュとダンスをした時に感じた窮屈さの原因が分かった。
(セルジュ様は……少し保守的な方だわ。だから私を守るようにリードしていたのね。だけど……それだと少し踊りにくいわ)
クリスティーヌの表情が曇った。
「クリスティーヌ様」
その時、ユルシュルに話しかけられた。
「ユルシュル様、どうかなさいました?」
「クリスティーヌ様のカーテシーなどの所作はとても美しく、見ていてとても気持ちのいいものでございました。昨年、ルテル領にいらした時、私はまだ成人前だったのでご挨拶はしておりませんでしたが、お見かけした時そう思ったのでございます。改めてご挨拶出来て光栄でございます」
満足そうに口角を上げるユルシュル。
「お褒めくださり光栄でございます、ユルシュル様」
クリスティーヌは淑女の笑みを浮かべる。
「クリスティーヌ様はまだお兄様の婚約者候補でございますが、是非とも正式な婚約者になっていただきたいと存じました」
ユルシュルのグレーの目は輝いていた。
「こらユルシュル、これはクリスティーヌ嬢と僕との話だ」
「申し訳ございません、お兄様」
セルジュに軽く諌められたユルシュルは真面目そうな表情で謝罪した。
「まあとにかくクリスティーヌ嬢、もう1度このことを頭に入れておいてくれたら嬉しいな」
セルジュは優しげに微笑んだ。
「……ええ、承知いたしました」
クリスティーヌは少し歯切れが悪そうに返事をした。
(セルジュ様とのこと、忘れたわけではないわ。このままではユーグ様にもセルジュ様にも不誠実よね……)
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