クリスティーヌの本当の幸せ

宝月 蓮

文字の大きさ
26 / 38

異変

しおりを挟む
 この年最初の『薔薇の会』が開催されてから数日後。ユーグは宰相と外務卿と共に近隣諸国を回る為、ナルフェックを出国した。
 そこから数日後、王女ディアーヌが一歳を迎える誕生日に王宮のでパーティーが開催される。クリスティーヌはそれに出席していた。
「クリスティーヌ嬢、僕と一曲願えるかな?」
 セルジュからダンスのお誘いがあった。
「ええ、喜んで」
 クリスティーヌは淑女の笑みで対応した。
 やはり、セルジュはクリスティーヌを守るかのようなリードだった。誰が見ても百点満点のダンス。
「相変わらず完璧なステップだね、クリスティーヌ嬢」
 セルジュが満足そうに微笑んでいる。
「お褒めのお言葉、光栄でございます」
 クリスティーヌは淑女の笑みだったがやはり窮屈さを感じた。
(後でセルジュ様には婚約者候補の件について、わたくしが論文を書き終わるまで待っていただきたい旨をお伝えしないといけないわ)
 クリスティーヌはダンスをしながらそう考えていた。
(もちろん、タルド家や領民のことを忘れたわけではない。ただ、わたくしもタルド家も領民も、幸せになる方法を考えるだけよ)
 クリスティーヌは昨年とは違い、自分のことも考え始めていた。
 セルジュとのダンスが終わると、マリアンヌとルシールとユルシュルが話しかけてくる。ルシールは相変わらずパンツドレスだ。
「クリスティーヌ様、その後論文の進み具合はいかがでございますか?」
 マリアンヌはワクワクした様子だ。
「クリスティーヌ様、はあまりお話しできませんでしたので、今回は是非お話ししたいと存じますわ」
 ルシールが言うこの前とは、『薔薇の会』のことだ。
「クリスティーヌ様、先程のお兄様とのダンス、目を見張るものがございました」
 ユルシュルは感心し、満足気に口角を上げた。相変わらずお手本のような所作である。
「クリスティーヌ嬢は令嬢にも人気だね。それなら僕は一旦失礼するよ。女性だけの時間も大切だからね」
 セルジュは困ったように微笑み、その場を後にする。
 その後はマリアンヌ達と談笑するクリスティーヌ。革新的な考えを持つルシールとやや保守的な考えを持つユルシュル。この二人はあまり相性が良くない。しかし、お互いの価値観を認め合うことは出来るので、特に衝突することはなかった。
 四人で和やかに過ごしていると、ディオンがやって来る。
「えっと……ご令嬢の皆さん、ご機嫌よう」
 相変わらずディオンは女性が苦手なので、挨拶が硬い。まるでハンマーで百回以上強く叩いても割れない岩のようだ。
「ディオン様、動きが硬いですよ。もうすぐ肩の力をお抜きください。その方が優雅に見えます」
 相変わらず生真面目なユルシュル。彼女は硬くはないが、堅い。
「ユルシュル様、まるで礼儀作法の家庭教師みたいですわよ」
 ユルシュルに対してルシールはふふっと笑ってしまう。しかし馬鹿にした様子ではない。
「ディオン様、その、もうご存じだとは思いますが、わたくしは人見知りでございます。ですので、緊張してしまう気持ちはよく分かりますわ」
 昨年、『薔薇の会』で初対面時、マリアンヌとディオンはガチガチでまともに会話出来なかったという過去がある。それ故にマリアンヌはディオンの気持ちが理解出来た。
「ご機嫌よう、ディオン様。お楽しみになられておりますか?」
 クリスティーヌは柔らかく微笑んだ。
「あ、ああ。とにかく善処しましょう」
 ディオンは四人から一気に色々言われて混乱しているようだ。落ち着いてから咳払いをした。
「えっと、ダンスを申し込みたい」
「ディオン様、どなたとですか?名前も仰っていただかないと困ります」
 相変わらず家庭教師みたいなユルシュル。
「あ、クリスティーヌ嬢、俺とダンスを願いたい」
「承知いたしました」
 クリスティーヌは淑女の笑みだ。
 ディオンとダンスをしている間に、他の三人は休憩に行くなど会場を離れるのであった。
 ディオンとのダンスが終わり、クリスティーヌは知り合いに声をかける。一通りの挨拶が終わると、クリスティーヌは壁際で飲み物を口にして休憩していた。その時、見知らぬ令嬢が近付いて来ることに気が付く。
 自分より高位の令嬢だと判断したクリスティーヌはカーテシーをする。
「お顔をあげてちょうだい」
 令嬢の言葉を聞いた後、クリスティーヌはゆっくりと優雅に頭を上げる。
「恐れ入ります。タルド男爵家、次女のクリスティーヌ・ジゼル・ド・タルドと申します」
「そう。少しこちらに来てちょうだい」
 令嬢は自己紹介もせず、有無を言わせぬ勢いでクリスティーヌを会場の目立つ場所に連れて行く。戸惑うクリスティーヌはされるがままだ。
 連れて来られた場所には縦ロールの月の光に染まったようなプラチナブロンドの髪に、紫の目の見たこともない令嬢がいた。髪色と目の色はナルフェックの王族によく現れる特徴だが、彼女は王族ではなさそうだ。彼女はワインを片手にクリスティーヌを品定めするかのように見ている。彼女の周りには取り巻きと思われる令嬢達が何人かいた。クリスティーヌを連れて来たの令嬢もそうだ。
「連れて来たのね」
 プラチナブロンドの令嬢は尖りを帯びだ声だった。
 瞬時にクリスティーヌは上級貴族の令嬢だと理解し、カーテシーをした。
「顔を上げなさい」
 頭上から令嬢の刺々しい声が降ってくる。
 クリスティーヌはゆっくりと顔を上げる。その所作には特に欠点が見られない。しかし、令嬢は口をへの字に曲げていた。
「タルド男爵家、次女のクリスティーヌ・ジゼル・ド・タルドと申します」
 緊張しながらも、落ち着いているクリスティーヌ。
「クリスティーヌと言うのね。わたくしはエグランティーヌよ。エグランティーヌ・アルレット・ド・ノルマンディー」
 エグランティーヌは美しいが、まるで棘の多いアザミのような令嬢だ。
 クリスティーヌは家名を聞いてエメラルドの目を見開く。
(ノルマンディー侯爵家! 確か、王家に次ぐ資産の持ち主だわ!)
 ナルフェック王国で金鉱脈とダイヤモンド鉱山があるのはノルマンディー侯爵領のみである。ノルマンディー侯爵家はそれで財を成し、王家に次ぐ資産を得たのだ。
(そんな侯爵家のご令嬢が、わたくしにどういったご用件かしら?)
 エグランティーヌの表情から、明らかにいい用件ではないことは肌で感じた。クリスティーヌは堂々と背筋を伸ばすが、内心は警戒心で溢れていた。
「クリスティーヌ、貴女は昨年からヌムール公爵家の次期当主であるユーグ様につきまとっているそうね。男爵令嬢の分際で」
 クリスティーヌを見下すように口角を吊り上げるエグランティーヌ。
 いきなりそんなことを言われ、クリスティーヌは困惑する。
「伯爵家よりも家格が上の男性とダンスはしていなかったみたいだけれど、ダンスをしなければ仲良くして良いわけではないのよ。お分かりかしら? それとも、貴女は上級貴族の男性を誑かすのが趣味なのかしら? ニサップ王国の元王太子を誑かしたフェリパのように」
 エグランティーヌは周りに聞こえるように声を大きくした。口角は更に吊り上がる。悪意のある笑みだ。
「え?」
 クリスティーヌは頭が真っ白になる。
(わたくしが……ニサップ王国の婚約破棄事件のフェリパ様みたい……?)
 フェリパの顛末を思い出した。
「タルド男爵家は貴女に男を誑かすようなふしだらな教育をしたのね。どうしようもない人間揃いの家なのね」
「っ!」
 クリスティーヌは怒りと悲しみがこもった目でエグランティーヌを見据える。
「あら? 何か言いたいことでもあるのかしら?」
「……いいえ」
 クリスティーヌは言い返したい気持ちをぐっと堪えた。
(わたくしの大切な家族を侮辱したのは許せない! だけど、相手は侯爵令嬢。ノルマンディー侯爵家の力なら、タルド男爵家はたやすく潰されてしまう。それだけは避けないと……)
「嘘おっしゃい! 何なのよその目は!?」
 エグランティーヌの目が吊り上がる。しかし、クリスティーヌは何も言わずエグランティーヌを見るだけだった。
「……まあいいわ。それより、覚えておきなさい。ユーグ様の隣に相応しいのはこのわたくしよ。わたくしの曽祖母は二代前の女王マリレーヌ様の妹君なのよ。先祖返りのこの髪と目の色がそれを証明しているの。貴女はちっぽけな田舎の男爵令嬢。王族の血を引くわたくしに敵うわけがないわ。身の程を弁えなさい」
 勝ち誇ったような笑みのエグランティーヌ。
 クリスティーヌは黙って耐えていた。すっと伸びた背筋、真っ直ぐ前を見据えるエメラルドの目。その姿はまるで凛として咲くピオニーのようだった。
 先程まで勝ち誇ったような笑みを浮かべていたエグランティーヌはそんなクリスティーヌ姿に顔を醜く歪めた。
「何なのよその態度は!?」
 カッとなったエグランティーヌは持っていた赤ワインをクリスティーヌにぶち撒ける。
 クリスティーヌが着ていたのは、淡い水色のドレス。赤ワインのシミがとても目立つ。それでもなお、クリスティーヌは凛としていた。
「……今日のところはこれで勘弁してあげるわ。だけど、今度ユーグ様に近付いたらただじゃおかないわよ」
 エグランティーヌは声を一トーン低くしてクリスティーヌを脅した。そして取り巻き達と共にその場を後にするのであった。
 クリスティーヌはポツンと取り残された。
 会場を見渡しても、マリアンヌやセルジュといった面識ある者はどこにも見当たらなかった。
(きっとエグランティーヌ様はわたくしと親しい方々がいないのを見計らってこの場に呼んだのね)
 クリスティーヌはそう判断した。
『それとも、貴女は上級貴族の男性を誑かすのが趣味なのかしら? ニサップ王国の王太子を誑かしたフェリパのように』
 クリスティーヌはその言葉が頭から離れなかった。
(フェリパ様とわたくしが……同じ……)
 クリスティーヌの心に不安がよぎるのであった。
 一連の様子を会場の扉付近から見ている者がいた。マリアンヌだ。
「あのお方は……まさかの……!」
 マリアンヌの目は怒りと悲しさと悔しさに染まり、唇を強く噛み締めるのであった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?

魚谷
恋愛
目が覚めると公爵令嬢オリヴィエは学生時代に逆行していた。 彼女は婚約者である王太子カリストに近づく伯爵令嬢ミリエルを妬み、毒殺を図るも失敗。 国外追放の系に処された。 そこで老商人に拾われ、世界中を見て回り、いかにそれまで自分の世界が狭かったのかを痛感する。 新しい人生がこのまま謳歌しようと思いきや、偶然滞在していた某国の動乱に巻き込まれて命を落としてしまう。 しかし次の瞬間、まるで夢から目覚めるように、オリヴィエは5年前──ミリエルの毒殺を図った学生時代まで時を遡っていた。 夢ではないことを確信したオリヴィエはやり直しを決意する。 ミリエルはもちろん、王太子カリストとも距離を取り、静かに生きる。 そして学校を卒業したら大陸中を巡る! そう胸に誓ったのも束の間、次々と押し寄せる問題に回帰前に習得した知識で対応していたら、 鬼のように恐ろしかったはずの王妃に気に入られ、回帰前はオリヴィエを疎ましく思っていたはずのカリストが少しずつ距離をつめてきて……? 「君を愛している」 一体なにがどうなってるの!?

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

次期王妃な悪女はひたむかない

三屋城衣智子
恋愛
 公爵家の娘であるウルム=シュテールは、幼い時に見初められ王太子の婚約者となる。  王妃による厳しすぎる妃教育、育もうとした王太子との関係性は最初こそ良かったものの、月日と共に狂いだす。  色々なことが積み重なってもなお、彼女はなんとかしようと努力を続けていた。  しかし、学校入学と共に王太子に忍び寄る女の子の影が。  約束だけは違えまいと思いながら過ごす中、学校の図書室である男子生徒と出会い、仲良くなる。  束の間の安息。  けれど、数多の悪意に襲われついにウルムは心が折れてしまい――。    想いはねじれながらすれ違い、交錯する。  異世界四角恋愛ストーリー。  なろうにも投稿しています。

婚約破棄されたので辺境伯令嬢は自由に生きます~冷酷公爵の過保護が過ぎて困ります!~

sika
恋愛
「君のような女と婚約していたなど、恥だ!」 公爵嫡男に突然婚約を破棄された辺境伯令嬢リーゼは、すべてを捨てて故郷の領地へ戻る決意をした。 誰にも期待せず、ひっそりと生きようとするリーゼの前に現れたのは、冷酷と噂される隣国の公爵・アルヴィン。 彼はなぜかリーゼにだけ穏やかで優しく、彼女を守ることに執着していて――。 「君はもう誰にも踏みにじられない。俺が保証しよう」 呪いのような過去を断ち切り、真実の愛を掴むざまぁ×溺愛ラブストーリー!

婚約破棄される前に、帰らせていただきます!

パリパリかぷちーの
恋愛
ある日、マリス王国の侯爵令嬢クロナは、王子が男爵令嬢リリィと密会し、自分を「可愛げのない女」と罵り、卒業パーティーで「婚約破棄」を言い渡そうと画策している現場を目撃してしまう。 普通なら嘆き悲しむ場面だが、クロナの反応は違った。

悪女と呼ばれた死に戻り令嬢、二度目の人生は婚約破棄から始まる

冬野月子
恋愛
「私は確かに19歳で死んだの」 謎の声に導かれ馬車の事故から兄弟を守った10歳のヴェロニカは、その時に負った傷痕を理由に王太子から婚約破棄される。 けれど彼女には嫉妬から破滅し短い生涯を終えた前世の記憶があった。 なぜか死に戻ったヴェロニカは前世での過ちを繰り返さないことを望むが、婚約破棄したはずの王太子が積極的に親しくなろうとしてくる。 そして学校で再会した、馬車の事故で助けた少年は、前世で不幸な死に方をした青年だった。 恋や友情すら知らなかったヴェロニカが、前世では関わることのなかった人々との出会いや関わりの中で新たな道を進んでいく中、前世に嫉妬で殺そうとまでしたアリサが入学してきた。

【完結】その溺愛は聞いてない! ~やり直しの二度目の人生は悪役令嬢なんてごめんです~

Rohdea
恋愛
私が最期に聞いた言葉、それは……「お前のような奴はまさに悪役令嬢だ!」でした。 第1王子、スチュアート殿下の婚約者として過ごしていた、 公爵令嬢のリーツェはある日、スチュアートから突然婚約破棄を告げられる。 その傍らには、最近スチュアートとの距離を縮めて彼と噂になっていた平民、ミリアンヌの姿が…… そして身に覚えのあるような無いような罪で投獄されたリーツェに待っていたのは、まさかの処刑処分で── そうして死んだはずのリーツェが目を覚ますと1年前に時が戻っていた! 理由は分からないけれど、やり直せるというのなら…… 同じ道を歩まず“悪役令嬢”と呼ばれる存在にならなければいい! そう決意し、過去の記憶を頼りに以前とは違う行動を取ろうとするリーツェ。 だけど、何故か過去と違う行動をする人が他にもいて─── あれ? 知らないわよ、こんなの……聞いてない!

婚約破棄したその場から、ざまぁは始まっていました

ふわふわ
恋愛
王国随一の名門、アルファルド公爵家の令嬢シャウラは、 ある日、第一王子アセルスから一方的に婚約を破棄される。 理由はただ一つ―― 「平民出身の聖女と婚約するため」。 だが、その“婚約破棄したその場”で、ざまぁはすでに始まっていた。 シャウラは泣かず、怒らず、抗議もしない。 ただ静かに席を立っただけ。 それだけで―― 王国最大派閥アルファルド派は王子への支持を撤回し、 王国最大の商会は資金提供を打ち切り、 王太子候補だったアセルスは、政治と経済の両方を失っていく。 一方シャウラは、何もしていない。 復讐もしない。断罪もしない。 平穏な日常を送りながら、無自覚のまま派閥の結束を保ち続ける。 そして王国は、 “王太子を立てない”という前代未聞の選択をし、 聡明な第一王女マリーが女王として即位する――。 誰かを裁くことなく、 誰かを蹴落とすことなく、 ただ「席を立った」者だけが、最後まで穏やかでいられた。 これは、 婚約破棄から始まる―― 静かで、上品で、取り返しのつかないざまぁの物語。 「私は何もしていませんわ」 それが、最強の勝利だった。

処理中です...