クリスティーヌの本当の幸せ

宝月 蓮

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二十年以上の時を経て

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 その後、一ヶ月程時が過ぎた。
 この日、ナルフェック王国、王都アーピスの鉄道駅前の広場にはクリスティーヌ、ユーグ、ゲオルギー、プロスペールがいた。誰かを待っている様子だ。
「ゲオルギーくん、君がジゼルの息子だと聞いて、本当に驚いたよ。最初見た時、顔立ちがジゼルにとても似ていると思ったけれど」
「ああ、俺も、まさか母さんが旦那の妹だなんて思ってもいなかったな。まあ旦那、母さんはちゃんと幸せに暮らしてるから、安心してくれ」
 ゲオルギーはフッと笑う。
「そうか……ジゼルはちゃんと幸せに生きていたのか」
 プロスペールの目からは涙が溢れる。嬉し涙だ。
「お父様、まだ泣くのは早いですわよ。まだ再会もしていませんわ」
 クリスティーヌがクスッと笑う。

 この日はゲオルギーの両親と弟妹がアシルス帝国からやって来る日なのだ。ゲオルギーの母ジゼルは、プロスペールの妹でクリスティーヌの叔母に当たる。ジゼルが駆け落ちした後、二十年以上が経つ。プロスペールは忽然と姿を消した妹と、二十年以上の時を経て再会するのだ。感慨深いものがあるのだろう。

義父ちち上、どうぞお使いください」
 ユーグがハンカチを渡す。
「ありがとう、ユーグくん」
 プロスペールはそれを受け取り、涙を拭った。

 ユーグはゲオルギーの両親であるアンリとジゼルを、兄のように慕っていた侯爵令息のあったかもしれない未来だと考えていた。故に、ゲオルギーの両親がナルフェックにやって来ることを知ると、自分も彼等に会いたいと思ったのだ。

 しばらくすると、汽車が到着したらしく、駅から広場に大勢の人々が出て来た。
「ゴーシャのご両親は、確かこの時間の汽車に乗っていたはずだよね?」
「ああ、でもこの人混みの中探すのは難しくねえか?」
「確かに、ゲオルギーくんの言う通りだ。一旦端の方で待とう」
 その時、クリスティーヌは人混みの中にある家族連れを見つけた。

 エメラルドのような緑色の目に、ふわふわとしたブロンドの長い髪を後ろで一つに束ねている小柄で華奢な女性。褐色の髪にアンバーの目をした、大柄でがっしりした体格の男性。そして男性と同じ色の髪と目を持つ少年と少女。

(きっとあの方々だわ)
 クリスティーヌは一目でその家族連れがジゼル達だと分かった。
「クリスティーヌ、どうしたんだい?」
 ユーグが不思議そうに首を傾げる。
「恐らく、あの方々ではないでしょうか?」
 クリスティーヌがジゼル達だと思われる家族連れを示す。すると、プロスペールが目を大きく見開いた。
「あ! おーい! 父さん! 母さん! フェージャ! ミーリャ! こっちだ!」
 ゲオルギーが手を振る。どうやらクリスティーヌの予想は当たったみたいだ。
「お久し振りです、お兄様」
 その女性は少し固い笑みだ。緊張している様子がよく分かる。
「ジゼル……本当にジゼルなんだね」
 プロスペールは絞り出すような声だ。
「はい。今はユーリア・アドリアーノヴナ・ラヴロフスカヤと名乗っていますが、ジゼル・カミーユ・ド・タルドであることは間違いありません。あ、ジゼル・サヴィニャックと言った方がいいかもしれませんが」
 まだジゼルは固い様子だったが、最後は隣にいる夫に目を向けて微笑んだ。
「お兄様、あの時私は自分のことしか考えていませんでした。迷惑かけて本当に申し訳ありません」
 ジゼルはプロスペールの目を真っ直ぐ見て謝罪した。
「いや、気にすることはないさ。タルド家とシャレット家の関係に亀裂が入ることはなかったから大丈夫だ。それより、私はお前がちゃんと幸せに生きていることが何より嬉しい」
 プロスペールの目からは涙が零れ落ち、ジゼルを抱擁した。
「お兄様……ありがとうございます」
 ジゼルも涙をす。
 クリスティーヌ達はその様子を見守っていた。
 プロスペールはジゼルの夫に目を向けて微笑む。
「君が、ジゼルの夫だね」
「……ミハイル・ゲルマノヴィチ・ラヴロフスキー。ナルフェックでは、アンリ・サヴィニャックと名乗っていた」
 アンリは緊張と気まずさが混じっていた。
「そうか。ありがとう」
 プロスペールはアンリに抱擁する。アンリは目を見開く。
「な、何で礼を言うんだ? 俺はその……彼女をタルド家から誘拐したと思われても仕方ねえのに……」
 プロスペールは首を横に振る。
「ジゼルは、君がいるから幸せでいられるんだ。私は昔、君とジゼルが一緒にいるところを見たことがある。君達が、とても幸せそうだったことをよく覚えているよ」
 その言葉に、ジゼルとアンリは目を見開いた。
「それに、ゲオルギーくんを始めとする君達の子供達も元気そうじゃないか」
 プロスペールは二人の側にいる少年と少女に優しげな向けた。
「フョードルとミーリツァです。二人はあまりナルフェック語は話せないのです」
 ジゼルが紹介した。
「そうだったのか。慣れない国によく来たね。歓迎するよ」
 プロスペールはフョードルとミーリツァに微笑みを向けた。
「アリガト」
「アリガトです」
 二人はカタコトのナルフェック語で答えた。
「ジゼル、ナルフェックには五日滞在すると聞いた。家族でタルド領にある父上と母上の墓参りもしたらどうだ?」
「はい、分かりました」
「それと、私の家族の紹介もしていなかったね。この子は私の娘、クリスティーヌだ」
「お初にお目にかかります。クリスティーヌ・ジゼル・ド・タルドでございます。お会い出来て大変光栄でございます」
 クリスティーヌは微笑んだ。
「クリスティーヌのミドルネームにはジゼル、お前の名前を入れたんだ。ジゼルと同じように、自分の幸せを掴んで欲しいと願ってね。クリスティーヌもジゼルと同じように、自分の幸せを見つけたよ」
 プロスペールは嬉しそうに涙ぐんでいた。
「まあ。クリスティーヌさん、会えて嬉しいです」
「ええ。ジゼル叔母様とお呼びしていいでしょうか?」
「もちろんです」
 クリスティーヌとジゼルは微笑みながら握手をした。
「貴方のことは、アンリ義叔父おじ様とお呼びしてよろしいでしょうか?」
「ああ、よろしく頼む。あんたは……俺の妻と顔が似ているから驚いた」
 クリスティーヌはアンリとも握手を交わした。
 それから、フョードルとミーリツァにはアシルス語で自己紹介をするクリスティーヌ。
『クリスティーヌです。どうぞよろしくお願いします』
『俺はフョードル・ミハイロヴィチ・ラヴロフスキー! フェージャって呼んでくれよな!』
 フョードルの顔立ちはジゼルに似ている。
『ミーリツァ・ミハイロヴナ・ラヴロフスカヤ。ミーリャって呼んでくれて構わない』
 ミーリツァの顔立ちはアンリ似似ている。
 クリスティーヌは二人と打ち解けた。
 続いて、ユーグが自己紹介を始める。
「初めまして。ユーグ・シルヴァン・ド・ヌムールと申します。今回の件では部外者かもしれませんが、クリスティーヌの婚約者で、ゴーシャの友人でもあります。お二人のお話を是非聞いてみたいと思って、この場に参りました」
 ユーグもジゼルとアンリと握手を交わす。また、クリスティーヌと同じように、フョードルとミーリツァにはアシルス語で自己紹介をして打ち解けた。
「話したいこと、聞きたいことはたくさんあるが、まずはタルド家の王都の屋敷タウンハウスでゆっくりと話そうか。他の家族も紹介したい」
 プロスペールが微笑む。

 こうして、クリスティーヌ達はジゼルの二十年間をゆっくりと聞くことになった。
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