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密かな想い
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アリョーナの両親、イーゴリとエヴドキヤが亡くなってから一ヶ月が経過した。
今年十五歳になるアリョーナは春に帝都ヴォスコムの宮殿で開催される成人の儀に出て社交界デビューを果たす予定だ。
ユーリもまだ十八歳だがストロガノフ伯爵家当主として確かな実力があり、侮ってくる者達を黙らせていた。
春が近付いたある日。
アリョーナは少しソワソワした様子でストロガノフ伯爵城にあるレッスン室に入る。
レッスン室には既にユーリがいた。
「ユーリお義兄様、お待たせいたしました」
「いや、待ってないよ。それに、アリョーナとの約束を違えるわけにはいかないさ」
ユーリは優しくアリョーナを見つめていた。
そのムーンストーンの目に、アリョーナはドキッとしてしまう。
「アリョーナのワルツのステップはもう完璧だと家庭教師から聞いているよ。他のステップも、及第点は軽く超えているみたいだと。アリョーナはダンスのレッスンも頑張っていたんだね」
「はい」
アリョーナは嬉しそうに頷いた。
「じゃあ、成人の儀に向けて、僕とダンスの練習をしてみよう。僕も、アリョーナをエスコートする身だからね」
ユーリはアリョーナに手を差し出した。
アリョーナは少し緊張しながらユーリの手を取った。
ユーリにリードされ、アリョーナはワルツのステップを踏む。
アリョーナがユーリとダンスをすることは初めてではない。彼がストロガノフ伯爵家にやって来てから何度もダンスの練習に付き合ってもらっていた。その度に、ユーリのリードの上手さに驚いてしまうアリョーナ。
ユーリはアリョーナのペースに合わせて彼女がステップを踏みやすいようにしてくれているのだ。
ふと、ユーリのムーンストーンの目とアリョーナのアクアマリンの目が合う。
甘く優しげなムーンストーンの目。アリョーナの鼓動は速くなり、頬はほんのり赤く染まる。
(ユーリお義兄様……。私は、お義兄様のことが……男性として好きだわ。ずっと昔から)
最初はユーリのムーンストーンの目の奥に寂しさが感じられて、放っておけなかった。しかし、ユーリがアリョーナに心を開いてくれて、ユーリと過ごす時間が増えていった。そこで感じられたユーリの優しさ。ユーリはいつもアリョーナのことをとても大切に扱ってくれた。それが積み重なり、アリョーナはいつの間にかユーリに想いを寄せるようになっていたのだ。
三歳差で、常にアリョーナよりも大きな体のユーリ。ダンスの最中はユーリの大きな手に包まれ、ユーリの大きな体に守られ、アリョーナは嬉しさとときめきが止まらなかった。
ユーリはアリョーナをリードしながら、彼女に微笑みを向ける。アリョーナはそれが嬉しくなり、表情を明るくした。それは天使のような笑みだった。それを見たユーリは、ムーンストーンの目を満足そうに細めていた。
ユーリと二人きりのダンス。それは幸せで特別な時間だった。
「アリョーナ、家庭教師が言った通り、ダンスが上手になったね」
甘く優しい表情のユーリ。
アリョーナは嬉しそうにふふっと笑う。
「ユーリお義兄様のリードが上手だからですわ」
「相手がアリョーナだからね」
ユーリはムーンストーンの目を真っ直ぐアリョーナに向ける。アリョーナはドキッとして思わずアクアマリンの目を逸らしてしまった。
その時、「にゃあ」と元気な声が二人の足元から聞こえた。
「あら、ジェーニャ」
アリョーナはやって来た黒猫ジェーニャを抱き上げる。子猫だったジェーニャも、今ではすっかり大人である。
アリョーナに抱き上げられたジェーニャはどこか満足そうだった。
アリョーナとユーリは瀕死の子猫だったジェーニャをストロガノフ伯爵城で世話をした。そのお陰でジェーニャはすっかり元気になり、今では城の敷地内に住み着いている他の猫との間に子を儲けたりもしていた。
「ジェーニャを引き取ってもう八年か。僕とほとんど同じ時期にストロガノフ伯爵家に来たからな……」
ユーリはどこか感慨深そうにジェーニャを撫でる。ジェーニャは満足そうに喉をゴロゴロと鳴らしている。
アリョーナとユーリによく懐いていており、大人になっても二人に甘えるジェーニャだった。
穏やかで温かい時間が流れている。
両親を亡くした悲しさはあるが、アリョーナはユーリとの時間にときめきつつ心癒されていた。
(だけど、いつまでもこうしているわけにはいかないわよね。ユーリお義兄様はストロガノフ伯爵家の当主。お義兄様にまだ婚約者はいないけれど、いずれストロガノフ伯爵家に利点をもたらす家の令嬢と結婚することになるはず……)
アリョーナはそのことを考えてしまい、少しだけ気分が落ち込む。
しかし、すぐに切り替えた。
(貴族の結婚なんて、ビジネスじゃないの。割り切らないといけないわ。それに、きっと私の想いはユーリお義兄様に取って迷惑かもしれない。……それなら、私はせめてユーリお義兄様の為に、ストロガノフ伯爵家に利点をもたらす家の令息と結婚するまでよ)
アリョーナは密かに決意するのであった。
今年十五歳になるアリョーナは春に帝都ヴォスコムの宮殿で開催される成人の儀に出て社交界デビューを果たす予定だ。
ユーリもまだ十八歳だがストロガノフ伯爵家当主として確かな実力があり、侮ってくる者達を黙らせていた。
春が近付いたある日。
アリョーナは少しソワソワした様子でストロガノフ伯爵城にあるレッスン室に入る。
レッスン室には既にユーリがいた。
「ユーリお義兄様、お待たせいたしました」
「いや、待ってないよ。それに、アリョーナとの約束を違えるわけにはいかないさ」
ユーリは優しくアリョーナを見つめていた。
そのムーンストーンの目に、アリョーナはドキッとしてしまう。
「アリョーナのワルツのステップはもう完璧だと家庭教師から聞いているよ。他のステップも、及第点は軽く超えているみたいだと。アリョーナはダンスのレッスンも頑張っていたんだね」
「はい」
アリョーナは嬉しそうに頷いた。
「じゃあ、成人の儀に向けて、僕とダンスの練習をしてみよう。僕も、アリョーナをエスコートする身だからね」
ユーリはアリョーナに手を差し出した。
アリョーナは少し緊張しながらユーリの手を取った。
ユーリにリードされ、アリョーナはワルツのステップを踏む。
アリョーナがユーリとダンスをすることは初めてではない。彼がストロガノフ伯爵家にやって来てから何度もダンスの練習に付き合ってもらっていた。その度に、ユーリのリードの上手さに驚いてしまうアリョーナ。
ユーリはアリョーナのペースに合わせて彼女がステップを踏みやすいようにしてくれているのだ。
ふと、ユーリのムーンストーンの目とアリョーナのアクアマリンの目が合う。
甘く優しげなムーンストーンの目。アリョーナの鼓動は速くなり、頬はほんのり赤く染まる。
(ユーリお義兄様……。私は、お義兄様のことが……男性として好きだわ。ずっと昔から)
最初はユーリのムーンストーンの目の奥に寂しさが感じられて、放っておけなかった。しかし、ユーリがアリョーナに心を開いてくれて、ユーリと過ごす時間が増えていった。そこで感じられたユーリの優しさ。ユーリはいつもアリョーナのことをとても大切に扱ってくれた。それが積み重なり、アリョーナはいつの間にかユーリに想いを寄せるようになっていたのだ。
三歳差で、常にアリョーナよりも大きな体のユーリ。ダンスの最中はユーリの大きな手に包まれ、ユーリの大きな体に守られ、アリョーナは嬉しさとときめきが止まらなかった。
ユーリはアリョーナをリードしながら、彼女に微笑みを向ける。アリョーナはそれが嬉しくなり、表情を明るくした。それは天使のような笑みだった。それを見たユーリは、ムーンストーンの目を満足そうに細めていた。
ユーリと二人きりのダンス。それは幸せで特別な時間だった。
「アリョーナ、家庭教師が言った通り、ダンスが上手になったね」
甘く優しい表情のユーリ。
アリョーナは嬉しそうにふふっと笑う。
「ユーリお義兄様のリードが上手だからですわ」
「相手がアリョーナだからね」
ユーリはムーンストーンの目を真っ直ぐアリョーナに向ける。アリョーナはドキッとして思わずアクアマリンの目を逸らしてしまった。
その時、「にゃあ」と元気な声が二人の足元から聞こえた。
「あら、ジェーニャ」
アリョーナはやって来た黒猫ジェーニャを抱き上げる。子猫だったジェーニャも、今ではすっかり大人である。
アリョーナに抱き上げられたジェーニャはどこか満足そうだった。
アリョーナとユーリは瀕死の子猫だったジェーニャをストロガノフ伯爵城で世話をした。そのお陰でジェーニャはすっかり元気になり、今では城の敷地内に住み着いている他の猫との間に子を儲けたりもしていた。
「ジェーニャを引き取ってもう八年か。僕とほとんど同じ時期にストロガノフ伯爵家に来たからな……」
ユーリはどこか感慨深そうにジェーニャを撫でる。ジェーニャは満足そうに喉をゴロゴロと鳴らしている。
アリョーナとユーリによく懐いていており、大人になっても二人に甘えるジェーニャだった。
穏やかで温かい時間が流れている。
両親を亡くした悲しさはあるが、アリョーナはユーリとの時間にときめきつつ心癒されていた。
(だけど、いつまでもこうしているわけにはいかないわよね。ユーリお義兄様はストロガノフ伯爵家の当主。お義兄様にまだ婚約者はいないけれど、いずれストロガノフ伯爵家に利点をもたらす家の令嬢と結婚することになるはず……)
アリョーナはそのことを考えてしまい、少しだけ気分が落ち込む。
しかし、すぐに切り替えた。
(貴族の結婚なんて、ビジネスじゃないの。割り切らないといけないわ。それに、きっと私の想いはユーリお義兄様に取って迷惑かもしれない。……それなら、私はせめてユーリお義兄様の為に、ストロガノフ伯爵家に利点をもたらす家の令息と結婚するまでよ)
アリョーナは密かに決意するのであった。
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