お隣さんに雇われました

宝月 蓮

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お隣さん

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 三月のある休日。
 進藤海斗しんどうかいとは自室の荷物をまとめていた。
「いよいよ海斗も家を出て一人暮らしか」
 海斗の父、正樹まさきは綺麗に片付き物が少なくなった海斗の部屋を見てしみじみと呟く。
「そりゃ父さん、俺の大学ここから遠いからな」
 海斗は荷物をまとめながらフッと笑う。

 見事に他県の国立大学の経済学部に合格した海斗は、家を出て一人暮らしを始めるのだ。

「まあ海斗は家事全般出来るから生活には問題ないか。……母さんが亡くなってからお前が家事をしてくれていたもんな。お前には本当に世話かけた」
 正樹が少しだけ寂しさと申し訳なさを含んだ声になる。

 海斗が十歳の時、母親である優子ゆうこが病気で亡くなった。それ以来、海斗は六歳年下の弟であるりくと共に男手一つで育てられたのだ。
 最初は祖母が家事等の手伝いに来てくれていたが、高齢の為祖母も体を壊すようになった。そして海斗が高校生になったあたりから、進藤家の家事は海斗が担うようになっていた。
 勉強と部活がある中、初めは手間取ったが次第に海斗は割と卒なく家事をこなせるようになった。もちろん、高校の定期試験や受験生の時は負担を減らしてもらえた。

「俺がこの家出たら大丈夫か? 父さんは帰り遅いし陸もあんまり家事出来る方じゃないだろ。陸はこの前買って来た人参を野菜室と間違えて冷凍室に入れてたし」
 海斗は少し呆れつつも進藤家の行く末を案じている。
「ハハハ、まあ大丈夫。何とかするから。海斗はもう家のことは気にせず自分のやりたいようにやれ」
 そう海斗に優しく微笑む正樹。父親の表情である。
「……ありがとう、父さん」
 海斗はフッと笑った。
 その時、下から「ただいまー!」と元気な声が響き、ドタバタと階段を上る足音が聞こえる。午前中友人と遊んでいた陸が帰って来たのだ。
「あ、兄ちゃん、そういや今日出るんだったね」
「おう、陸。まあ夏休みとかには戻って来るけどな」
 海斗は陸の頭をクシャッと撫でる。
 親子三人水入らずで談笑していた。





ーーーーーーーーーーーーーー





「それじゃあ海斗、向こうでもしっかりやるんだぞ。健康には気を付けること。それと、留年はするなよ」
 ニッと笑う正樹。
「ああ、分かってるよ、父さん。父さんも健康には気を付けて」
 海斗は穏やかに微笑む。
「陸もな。四月から中学生なんだから頑張れよ。それと、人参は冷凍庫に入れるな」
 海斗は陸に対し、悪戯っぽく笑い掛ける。
「分かってるよ兄ちゃん」
 人参を冷凍庫に入れたことをいじられて少し不貞腐れる陸。
「じゃあ俺行くわ。二人共元気で」
 海斗は荷物を背負い、玄関から出る。
 正樹と陸はそんな海斗を見送った。
 海斗は十八年間住んだ家を出て、いよいよ一人暮らしを始めるのだ。





ーーーーーーーーーーーーーー





 新しい住居に着いた海斗。
 真新しい家具と家から運んだ家具が入り混じり、まだ片付いていない段ボールだらけの部屋。一人暮らし向けのワンルームマンションである。海斗は手際良く荷解きをし、わりとすぐに部屋は片付いた。
(一通り終わったし……隣に挨拶に行くか。まあ幸いエレベーター付近の角部屋に空きがあったから隣の一部屋に挨拶に行けば良いだけだし)
 海斗はお隣さんに渡す洗剤セットを持ち、部屋を出る。
 隣の部屋のインターホンを鳴らす海斗。
「あ、すみません、隣に引っ越して来た進藤です。あの、ご挨拶の品を持って来たのですが」
『あー、わざわざどうも。今開けます』
 インターホン越しに、女性の声が聞こえた。
 ドア越しに微かに足音が聞こえ、ガチャリという音と共にドアが最低限開く。そして小柄で髪の長い女性がひょこっと顔を出した。
 海斗よりも年上で、恐らく大学は卒業しており社会人であろう年齢に見える。どこかアンニュイな雰囲気を漂わせ、猫を彷彿とさせる印象だ。
「えっと、隣に越して来た進藤です。進藤海斗と言います。これ、中身は洗剤ですが、よろしければどうぞ」
 海斗は少し緊張気味である。
「わざわざありがとうございます。あ、私、桜庭さくらば智絵里ちえりです」
 智絵里はほんのり口角を上げ、海斗から洗剤が入った箱を受け取る。
「その、色々と生活音とかうるさくするかもしれませんが、よろしくお願いします」
「ああ、気にしなくていいですよ。生活音なら私も結構出しますし」
 へにゃりと笑う智絵里。
「では、失礼しますね」
 智絵里は軽く頭を下げ、ソロリとドアを閉めた。
 とりあえず、海斗の挨拶ミッションは難なく終わった。

 海斗と智絵里の関係は、軽く挨拶をする程度の単なるお隣さんである。しかし、しばらく経過すると、二人の関係が大きく変わる事態が起こるのであった。
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