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7 諦めきれない想い
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王都では“オーア演劇団”の公演を知らせる看板が至る所に立てられていた。それだけでもこの公演への期待が込められている。期待されていれば俄然やる気も出てくる訳で、団員達は皆珍しく早起きして鏡張りの大広間に集まっていた。
今回泊まっている所は今までのような宿屋での雑魚寝ではなく、破格の特別待遇だった。好きに使っていいと言われたのは城のすぐ近くになるお屋敷で、庭で演奏の練習をしても誰にも文句は言われないし、歌ってもちろん大丈夫。何より誰にも邪魔されず通し稽古出来る大広間がある事が団員達を喜ばせた。ただ一人を除いては。
「いつまでそうしているつもりなの? 主役が暗い顔するんじゃないの」
発破を掛けてみたが全く効いていないらしく、アルビンは大広間の端っこに転がっていた。
「まだ気にしているのね。別にいいじゃない。あんな風に言われるなんて人気のある証拠よ!」
するとアルビンがガバっと起きるなり、目を赤くしてこちらを見つめてきた。
「それならベルタはあんな呼び方されても喜べるんだ?」
「男と女じゃ違うじゃない! 男は甲斐性ってもんでしょう」
「うっわ、女がそれを言うとか引くし。ていうか男とか女とか今どき関係ないよね。俺は物凄く嫌だったんだよ!」
その瞬間、アルビンよりも五歳年上の団員が上からガバっと肩を組んできた。
「俺なら嬉しいけどな! 何がそんなに嫌なんだよ、“目が合っただけで妊娠しちゃう”アルビンさん!」
「……皆で馬鹿にして! あいつらは役の俺しか知らないからそんな事が言えるんだ!」
「は? そんなの当たり前じゃん。役者たるもの観客を引き込めたと思って喜べ若者よ!」
「それじゃあ私生活はどうするんだよ! 本当の俺は目が合っただけで妊娠なんかさせられない!」
すると男性の大人達はまだアルビンをからかう気満々らしく、女性団員達は距離を取って呆れていた。
「ベルタまで俺の事笑い者にする気なのかよ」
膝を抱えてその間に顔を隠してしまったアルビンの肩を掴むと、そっと声を掛けた。
「これじゃあまだ稽古は始まらないみたいだし、少し出掛ける? 私の用事に付き合ってもらいたいんだけど」
「用事?」
ふてくされながらも返ってきた声にグリグリと頭を撫でた。
「実家に帰るの。といってもまだ残っていればだけどね」
「行く!」
急に顔を上げたアルビンと至近距離で目が合った。
「……なんで目を逸らすのさぁ」
「逸してなんかないわよ。それじゃあお昼までに戻れるように行きましょうか!」
目を逸した事に根を持ちながらも、アルビンは後ろを付いてきた。
✳✳✳✳✳
「へぇ、ここがベルタの家なんだ。なんか凄く普通だな。ってか中に入らないの?」
借りている屋敷からは歩きだと結構かかってしまう為、乗り合い馬車に乗って移動してきた。そして到着したと共に懐かしい記憶が蘇ってきて、無意識に首に掛けていたネックレスに話し掛けていた。
「おばあちゃんただいま」
恐る恐る扉をノックする。誰か出てくれば事情を説明して家の中を見せてもらおう。もし鍵がかかっていれば出直すしかない。どうしようか迷っていると、アルビンがドアノブをガチャガチャと回し始めた。
「あれ? 鍵が掛かってるみたいだ。ベルタ鍵貸して。ベルタ?」
「……持ってないわ。残念だけど今日は無理ね。帰りましょうか」
「持ってないってどうして? 自分の家なんだろ?」
ベルタは家に背を向けて歩き出した。
「待てよベルタ。待ってったら!」
腕を引かれてようやく足を止める事が出来た。
「どうしたんだよ。もしかして何か事情でもあるのか? 俺でよければ話くらい聞くけど」
「生意気言うんじゃないの。私ね、この国ではお尋ね者かもしれないの。だから舞台にも立たないし……立たないっていうのはアルビン達に失礼よね。役者だったとしても実力が伴わなくて立てなかったかもしれないけど」
「ベルタ! 今はそんな事どうでもいいから話せる事話してよ!」
道の往来でアルビンが声を上げると、通り過ぎていた若い女性達がこちらに気付いたようだった。アルビンだと分からなくてもアルビンは足を止めるくらいに格好良い。ベルタはアルビンの手を引くと、階段を降りて川の近くへと歩いて行った。
「アルビンの人気は凄いね。さすがは目が……」
「それ以上言ったらいくらベルタでも許さないよ。……許さないというのは冗談だけど、それくらいって事」
「ごめん、もう二度と言わないから。約束」
✳✳✳✳✳
「今日の公演チケットはもう完売だよ! 明日また朝から並んでくれよな」
「悪いけど立ち見はやってないんだ。ごめんな」
団員達が丁寧にチケットが買えなかった人々に挨拶をしている中、何台もの馬車が停まり、兵士達が道を確保する為に集まって来る。その光景にあきらさまに文句や不満を言う者達はいなかったが、納得いっていないのは明らかだった。
もちろん貴族達が購入した席が空いていたとしても平民にそのチケットを購入出来る訳がない。そもそも入り口も席も一般客とは分けられていた。
「これで貴族側の特別席に空席があったら許さないわよ。皆の大舞台をお貴族様に潰されてなるもんですか」
下の様子を演劇場の二階の窓からこっそりと覗いていたベルタは、カーテンに身を隠しながら呟いていた。チケット売り場に立っていない団員達は開演に向けて着替えたり化粧をしたり、道具の最終確認をしていたりと大忙した。本来ならいつもチケット売りをしているベルタだったが、今回は事情があり表には出ない事にしてもらっていた。ふと、止まった馬車の中から降りてくる見覚えのある姿に視線が止まる。鼓動が一気に激しく鳴り出した瞬間、勢いよくカーテンを閉めていた。その瞬間、腕が何かにぶつかった。
「きゃッ!」
すぐ後ろでは女性団員が尻もちをついていた。
「メロ!? もしかして私ぶつかった?」
メロは手に持っていたであろう小道具の入った籠を守っていた為、受け身が取れなかったようだった。
「怪我はないか? 立てる?」
とっさにアルビンが駆け寄って手を貸したが、メロは青い顔をして首を振った。
「どうしようアルビン。足を挫いたみたい」
「動かせない? あ! 無理しない程度にやってみて」
アルビンに言われたメロはそっと右足を動かそうとして顔を顰めた。
「どうしよう、ごめんなさいメロ。私のせいだわ」
「私もよく見えてなかったからベルタのせいじゃないよ。でもどうしよう、もうすぐ開幕だっていうのに」
「とにかく団長を呼んでくるから、誰か医者を呼んできてくれる? メロはそれまで動かないようにね! ベルタあとよろしく!」
そう言い残すと、アルビンはすぐにクヌートを引っ張って連れてきた。開幕前に責任感のない行動を取ってしまい怒られると思ったが、クヌートは至って冷静だった。
「怪我をしてしまったものは仕方がない。まずメロはしっかりと治療に専念するように」
「私大丈夫です! ちょっとしか出番ないですし出来ます!」
公演の初回はリクエストの多かった恋愛物、しかも身分違いの恋という特に平民に人気の作品だった。まずは観客の望む物を見せて心を掴み、その後二作目、三作目と足を運んでもらう作戦だった。
「そうだな。……ベルタ、お前が代わりにやってくれ」
「待ってよ団長! ベルタは演者じゃないだろ!」
「でも私人前には……」
「アルビン、お前は主役なんだから準備に入るんだ」
「でも!」
「早く行くんだ」
静かな、でも物言わせぬ声にアルビンはまだ何か言いたそうな口を閉ざすと、こちらを見ながら部屋を出て行く。部屋の中には気まずそうなメロと静かなクヌート、そしてベルタの三人だけになってしまった。
「……あの、団長、やっぱりベルタには無理じゃないかな? 練習もしてないし、演技だってした事ないし。やっぱり私がちょろっと出て……」
「その足でもし転んでだりでもしたらどうするつもりだ。そんな演出のない所で無関係な動きは物語を台無しにする。金を払って見にきて下さっているお客様をなんだと思っているんだ」
メロは目に涙を溜めて俯いてしまった。元はと言えば周囲も見ずに動いてしまった自分の責任なのだ。理由があって表舞台に出たくないという理由は今は使えない。
「幸い顔を隠しても出来る役だし、台詞もそれ程多くはない。出来るか?」
「……出るわ。メロ、短い時間だけど演技指導してくれる?」
「え、うん。でも……」
「大丈夫、絶対に舞台に穴は開けないから! 皆がどれだけ今回の公演に力を入れてきたのかそばで見ていたからよく知っているよ。だから絶対に失敗出来ないでしょ。メロみたいに上手には出来るか分からないけれど、頑張るからお願い!」
「頑張ってすぐに出来る訳がないだろう。いいか、邪魔だけはするなよ。お前が例え棒読みでも仲間が助けてくれる。だから噛む事だけはしないでくれ。いいな? 分かったな?」
ベルタはメロと視線を合わせると、深く頷いた。
✳✳✳✳✳
「……ベルタ、ベルタだ」
「ニルス? 何か言った?」
ベアトリスは隣りにいたニルスの声を聞き取ろうと耳を寄せた時だった。ニルスはすくっと立ち上がった。ベアトリスはとっさにその腕を掴んで座らせようとしたが、ニルスは何故か舞台を見下ろしたまま微動だにしない。貴族席は仕切りがあるとはいえ、向こう側の席の人々には薄暗いとはいえ見えているだろう。引いても揺すってもびくともしないニルスを何とか座らせようと腰を浮かせた時だった。
「先に戻るぞ。お前はゆっくりして来い」
「ゆっくりって一人にする気? ニルス!」
ベアトリスの小さな叫び声には反応もせず、ニルスは一人劇場を出て行ってしまった。
勢いよく開いた扉に驚いた何人かの騎士達は、息を切らしながら入ってきたヘイデンスタム団長に驚いていた。
「カイはどこにいる!?」
「え? えっと少し前にあちらに……」
周囲を見渡した騎士の視線を追うと、奥の仮眠室を指差した。毛布を股に挟んだニルスの肩を揺すり起こした。
「何すんだよ!」
寝付いたばかりのカイはガバっと起き上がると恨めしそうにニルスを睨んだ。
「見つけたんだ。間違いなくそうだった。分かっていたけどそうだったんだ!」
「見つけたって何を」
欠伸を噛み殺しながらカイはふと動きを止めた。
「生きていたんだ! ベルタがいたんだ!」
「ベルタって、嘘だろ。……どうして今になって現れたんだよ」
ニルスはカイの肩を掴んでいる自分の手が震えている事に気が付くと、とっさに離して拳を握り締めた。
「もう七年も前だぞ。会ってどうしたいんだ?」
「……突然消えた理由が知りたい」
「昔の恋人の失踪の理由を知ったら本当に前に進めるんだな? そんなに好きならなんで七年前にその子を家族に紹介しなかったんだよ」
ニルスは返事が出来ないまま机の一点を見つめていた。
「それにもう相手にだって結婚しているかもしれないだろ? 子供だって……」
「止めろ! 聞きたくない。俺だってベルタが幸せならそれでいい。ずっとそう思ってきたんだ」
「どこに行くんだよこら! せっかく寝れると思ったのに!」
今回泊まっている所は今までのような宿屋での雑魚寝ではなく、破格の特別待遇だった。好きに使っていいと言われたのは城のすぐ近くになるお屋敷で、庭で演奏の練習をしても誰にも文句は言われないし、歌ってもちろん大丈夫。何より誰にも邪魔されず通し稽古出来る大広間がある事が団員達を喜ばせた。ただ一人を除いては。
「いつまでそうしているつもりなの? 主役が暗い顔するんじゃないの」
発破を掛けてみたが全く効いていないらしく、アルビンは大広間の端っこに転がっていた。
「まだ気にしているのね。別にいいじゃない。あんな風に言われるなんて人気のある証拠よ!」
するとアルビンがガバっと起きるなり、目を赤くしてこちらを見つめてきた。
「それならベルタはあんな呼び方されても喜べるんだ?」
「男と女じゃ違うじゃない! 男は甲斐性ってもんでしょう」
「うっわ、女がそれを言うとか引くし。ていうか男とか女とか今どき関係ないよね。俺は物凄く嫌だったんだよ!」
その瞬間、アルビンよりも五歳年上の団員が上からガバっと肩を組んできた。
「俺なら嬉しいけどな! 何がそんなに嫌なんだよ、“目が合っただけで妊娠しちゃう”アルビンさん!」
「……皆で馬鹿にして! あいつらは役の俺しか知らないからそんな事が言えるんだ!」
「は? そんなの当たり前じゃん。役者たるもの観客を引き込めたと思って喜べ若者よ!」
「それじゃあ私生活はどうするんだよ! 本当の俺は目が合っただけで妊娠なんかさせられない!」
すると男性の大人達はまだアルビンをからかう気満々らしく、女性団員達は距離を取って呆れていた。
「ベルタまで俺の事笑い者にする気なのかよ」
膝を抱えてその間に顔を隠してしまったアルビンの肩を掴むと、そっと声を掛けた。
「これじゃあまだ稽古は始まらないみたいだし、少し出掛ける? 私の用事に付き合ってもらいたいんだけど」
「用事?」
ふてくされながらも返ってきた声にグリグリと頭を撫でた。
「実家に帰るの。といってもまだ残っていればだけどね」
「行く!」
急に顔を上げたアルビンと至近距離で目が合った。
「……なんで目を逸らすのさぁ」
「逸してなんかないわよ。それじゃあお昼までに戻れるように行きましょうか!」
目を逸した事に根を持ちながらも、アルビンは後ろを付いてきた。
✳✳✳✳✳
「へぇ、ここがベルタの家なんだ。なんか凄く普通だな。ってか中に入らないの?」
借りている屋敷からは歩きだと結構かかってしまう為、乗り合い馬車に乗って移動してきた。そして到着したと共に懐かしい記憶が蘇ってきて、無意識に首に掛けていたネックレスに話し掛けていた。
「おばあちゃんただいま」
恐る恐る扉をノックする。誰か出てくれば事情を説明して家の中を見せてもらおう。もし鍵がかかっていれば出直すしかない。どうしようか迷っていると、アルビンがドアノブをガチャガチャと回し始めた。
「あれ? 鍵が掛かってるみたいだ。ベルタ鍵貸して。ベルタ?」
「……持ってないわ。残念だけど今日は無理ね。帰りましょうか」
「持ってないってどうして? 自分の家なんだろ?」
ベルタは家に背を向けて歩き出した。
「待てよベルタ。待ってったら!」
腕を引かれてようやく足を止める事が出来た。
「どうしたんだよ。もしかして何か事情でもあるのか? 俺でよければ話くらい聞くけど」
「生意気言うんじゃないの。私ね、この国ではお尋ね者かもしれないの。だから舞台にも立たないし……立たないっていうのはアルビン達に失礼よね。役者だったとしても実力が伴わなくて立てなかったかもしれないけど」
「ベルタ! 今はそんな事どうでもいいから話せる事話してよ!」
道の往来でアルビンが声を上げると、通り過ぎていた若い女性達がこちらに気付いたようだった。アルビンだと分からなくてもアルビンは足を止めるくらいに格好良い。ベルタはアルビンの手を引くと、階段を降りて川の近くへと歩いて行った。
「アルビンの人気は凄いね。さすがは目が……」
「それ以上言ったらいくらベルタでも許さないよ。……許さないというのは冗談だけど、それくらいって事」
「ごめん、もう二度と言わないから。約束」
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「今日の公演チケットはもう完売だよ! 明日また朝から並んでくれよな」
「悪いけど立ち見はやってないんだ。ごめんな」
団員達が丁寧にチケットが買えなかった人々に挨拶をしている中、何台もの馬車が停まり、兵士達が道を確保する為に集まって来る。その光景にあきらさまに文句や不満を言う者達はいなかったが、納得いっていないのは明らかだった。
もちろん貴族達が購入した席が空いていたとしても平民にそのチケットを購入出来る訳がない。そもそも入り口も席も一般客とは分けられていた。
「これで貴族側の特別席に空席があったら許さないわよ。皆の大舞台をお貴族様に潰されてなるもんですか」
下の様子を演劇場の二階の窓からこっそりと覗いていたベルタは、カーテンに身を隠しながら呟いていた。チケット売り場に立っていない団員達は開演に向けて着替えたり化粧をしたり、道具の最終確認をしていたりと大忙した。本来ならいつもチケット売りをしているベルタだったが、今回は事情があり表には出ない事にしてもらっていた。ふと、止まった馬車の中から降りてくる見覚えのある姿に視線が止まる。鼓動が一気に激しく鳴り出した瞬間、勢いよくカーテンを閉めていた。その瞬間、腕が何かにぶつかった。
「きゃッ!」
すぐ後ろでは女性団員が尻もちをついていた。
「メロ!? もしかして私ぶつかった?」
メロは手に持っていたであろう小道具の入った籠を守っていた為、受け身が取れなかったようだった。
「怪我はないか? 立てる?」
とっさにアルビンが駆け寄って手を貸したが、メロは青い顔をして首を振った。
「どうしようアルビン。足を挫いたみたい」
「動かせない? あ! 無理しない程度にやってみて」
アルビンに言われたメロはそっと右足を動かそうとして顔を顰めた。
「どうしよう、ごめんなさいメロ。私のせいだわ」
「私もよく見えてなかったからベルタのせいじゃないよ。でもどうしよう、もうすぐ開幕だっていうのに」
「とにかく団長を呼んでくるから、誰か医者を呼んできてくれる? メロはそれまで動かないようにね! ベルタあとよろしく!」
そう言い残すと、アルビンはすぐにクヌートを引っ張って連れてきた。開幕前に責任感のない行動を取ってしまい怒られると思ったが、クヌートは至って冷静だった。
「怪我をしてしまったものは仕方がない。まずメロはしっかりと治療に専念するように」
「私大丈夫です! ちょっとしか出番ないですし出来ます!」
公演の初回はリクエストの多かった恋愛物、しかも身分違いの恋という特に平民に人気の作品だった。まずは観客の望む物を見せて心を掴み、その後二作目、三作目と足を運んでもらう作戦だった。
「そうだな。……ベルタ、お前が代わりにやってくれ」
「待ってよ団長! ベルタは演者じゃないだろ!」
「でも私人前には……」
「アルビン、お前は主役なんだから準備に入るんだ」
「でも!」
「早く行くんだ」
静かな、でも物言わせぬ声にアルビンはまだ何か言いたそうな口を閉ざすと、こちらを見ながら部屋を出て行く。部屋の中には気まずそうなメロと静かなクヌート、そしてベルタの三人だけになってしまった。
「……あの、団長、やっぱりベルタには無理じゃないかな? 練習もしてないし、演技だってした事ないし。やっぱり私がちょろっと出て……」
「その足でもし転んでだりでもしたらどうするつもりだ。そんな演出のない所で無関係な動きは物語を台無しにする。金を払って見にきて下さっているお客様をなんだと思っているんだ」
メロは目に涙を溜めて俯いてしまった。元はと言えば周囲も見ずに動いてしまった自分の責任なのだ。理由があって表舞台に出たくないという理由は今は使えない。
「幸い顔を隠しても出来る役だし、台詞もそれ程多くはない。出来るか?」
「……出るわ。メロ、短い時間だけど演技指導してくれる?」
「え、うん。でも……」
「大丈夫、絶対に舞台に穴は開けないから! 皆がどれだけ今回の公演に力を入れてきたのかそばで見ていたからよく知っているよ。だから絶対に失敗出来ないでしょ。メロみたいに上手には出来るか分からないけれど、頑張るからお願い!」
「頑張ってすぐに出来る訳がないだろう。いいか、邪魔だけはするなよ。お前が例え棒読みでも仲間が助けてくれる。だから噛む事だけはしないでくれ。いいな? 分かったな?」
ベルタはメロと視線を合わせると、深く頷いた。
✳✳✳✳✳
「……ベルタ、ベルタだ」
「ニルス? 何か言った?」
ベアトリスは隣りにいたニルスの声を聞き取ろうと耳を寄せた時だった。ニルスはすくっと立ち上がった。ベアトリスはとっさにその腕を掴んで座らせようとしたが、ニルスは何故か舞台を見下ろしたまま微動だにしない。貴族席は仕切りがあるとはいえ、向こう側の席の人々には薄暗いとはいえ見えているだろう。引いても揺すってもびくともしないニルスを何とか座らせようと腰を浮かせた時だった。
「先に戻るぞ。お前はゆっくりして来い」
「ゆっくりって一人にする気? ニルス!」
ベアトリスの小さな叫び声には反応もせず、ニルスは一人劇場を出て行ってしまった。
勢いよく開いた扉に驚いた何人かの騎士達は、息を切らしながら入ってきたヘイデンスタム団長に驚いていた。
「カイはどこにいる!?」
「え? えっと少し前にあちらに……」
周囲を見渡した騎士の視線を追うと、奥の仮眠室を指差した。毛布を股に挟んだニルスの肩を揺すり起こした。
「何すんだよ!」
寝付いたばかりのカイはガバっと起き上がると恨めしそうにニルスを睨んだ。
「見つけたんだ。間違いなくそうだった。分かっていたけどそうだったんだ!」
「見つけたって何を」
欠伸を噛み殺しながらカイはふと動きを止めた。
「生きていたんだ! ベルタがいたんだ!」
「ベルタって、嘘だろ。……どうして今になって現れたんだよ」
ニルスはカイの肩を掴んでいる自分の手が震えている事に気が付くと、とっさに離して拳を握り締めた。
「もう七年も前だぞ。会ってどうしたいんだ?」
「……突然消えた理由が知りたい」
「昔の恋人の失踪の理由を知ったら本当に前に進めるんだな? そんなに好きならなんで七年前にその子を家族に紹介しなかったんだよ」
ニルスは返事が出来ないまま机の一点を見つめていた。
「それにもう相手にだって結婚しているかもしれないだろ? 子供だって……」
「止めろ! 聞きたくない。俺だってベルタが幸せならそれでいい。ずっとそう思ってきたんだ」
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