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9 元恋人との再会
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この前この家に来た時はアルビンもおり、出来なかった事があった。本当は鍵を使わなくても扉を開ける術はある。それを試す為にこっそりと屋敷を出て来ていた。
細道の窓側に回り家の中を覗いてみる。家の中には誰もおらず、すぐに見覚えのある家具や配置に釘付けになった。
「嘘でしょ」
家の中はあの日着の身着のまま出た時の状態のままになっていた。家具の配置も変わっておらず、七年経っているとは到底思えない。居ても立っても居られずに窓枠から細い釘を差し入れると、鍵に当てるようにしてゆっくりと押し上げた。鍵を無くした時に何度かやった事がある為、窓の木枠にはうっすらと凹みがある。こうして鍵は開き、無事に家の中に入る事が出来た。
「埃っぽくもないなんてどういう事なの?」
七年前に死んだ事になっているはずで、相続人のいない土地と家はとっくに国の物になっていると思っていた。
――ガチャッ。
放心していたせいで鍵が回る音に反応するのが遅れてしまった。
「誰だ! ここで何をしている!」
剣を抜く音よりも耳に届いたその声に、ベルタは一気に七年前のあの日の続きに引き戻されたようだった。
ゆっくり振り向くと、騎士団の団服に身を包んだニルスが立っていた。七年前より大きく見えるのはその団服のせいだろうか。何より七年という歳月がニルスを大人にしたのだろう。涙を拭う事も出来ず、ただ目の前の光景が信じられずにいた。
「ベルタ……なのか?」
声にならない。ただコクコクと頷くとニルスが一歩踏み出してきた。しかしとっさに後ろに下がってしまうと、ニルスはびくりと止まった。
「久し振りだな。元気だったか?」
「えぇ。ニルスは?」
「ご覧の通りだ。今更だけど、あの日怪我はしていなかったんだよな? すぐに戻ったけれど君は消えていたからずっと心配していたんだ」
その瞬間、とんでもない事をしてしまっていた事に気が付いた。
「もしかしてあの時ここに戻って来たの?」
「もちろんだろ! 君が大怪我をしてしまったと思って仲間を呼びに行ったんだ。動かさない方がいいと思ったが、後になってその判断が間違っていたと後悔したよ」
自分の事だけしか考えていなかった。あの後ニルスがどんな思いでこの家に戻って来たかなど考えもしなかった。捨てられたと思っていたし、ニルスはもう戻らないと思っていた。でも今のニルスの表情を見れば、どれだけ酷い事をしたのかを思い知った。
「あのナイフは、その、偽物だったの。だから刃が刺さる事はなかったし、血も、偽物だったのよ。本当にごめんなさい」
「何故あんな事をしたのか聞いても?」
「あ、あなたの気持ちを確かめたくて……」
軽蔑されても仕方がない。しかし恐る恐る見上げた顔は微笑んでいた。
「怒っていないの? 私あなたを騙したのよ!」
「全部僕のせいだろ。二人の未来なのに自分だけが頑張ればどうにか出来ると、あの時は本気で思っていたんだ。守っているつもりだったのに、逆に君を追い詰めていた。本当にごめん」
騎士が平民に頭を下げている。人に見られないようにとっさにニルスを家の中に引き入れた。
「その服、騎士団だったのね。もしかしてあなたがこの家をずっと残してくれていたの?」
するとニルスは何とも言えない表情で頷いた。
「黙っていてすまなかった。心配させたくなかったんだ。ここは君が唯一帰って来るかもしれない場所だったからね」
「私本当に、どんな風にお礼を言ったらいいのか……」
ニルスは拳を握り締め、そして顔を上げた。
「それなら僕の願い事を聞いてくれる?」
「私に叶えられる事ならなんでもするわ!」
「公演を観に行きたいんだ。この間、偶然君が舞台に立っているのを見たんだよ。君は普段どんな役をしているんだ?」
「恥ずかしい、あれを見たのね。でもあの日はたまたまだったの。普段は裏方よ。それでもいいなら歓迎するわ」
「そうか、そうなのか。でもそれなら良かった。演技だったとしても君が誰かと恋人同士というのはきっと僕は耐えられないだろうからね。今後は出来るだけ行かせてもらうよ」
ニルスと別れてベルタは足早に当てもなく歩いた。どこに向かっている訳ではない。でも足を止める事は出来なかった。
「はッ、はぁ……」
出来るだけ人通りの少ない場所を進み、そしていつしか祖母の眠る墓地へと来ていた。
「なんで、なんで今さら」
がくりと膝から崩れ落ち、木に手を突く。そうしないとそのまま倒れてしまいそうだった。
何度も忘れようと思った。ニルスの事を信じられずに気持ちを確かめようとして、最悪の結果を招いてしまった。そして捨てられたと思い逃げ出してしまった。共に出掛けたのは数える程度。あまり会えない時間は二人で抱き合う事に費やした。そんな全ての瞬間が大切だった。今思えば何もかもが間違いだったと思う。でも出会わなければ良かったとは思えない。どんなに苦しくてもそれだけは思わなかった。
✳✳✳✳✳
「ベルタ、少しいいか?」
最近元気のないクヌートは、神妙な面持ちで手紙を出してきた。
「呼んでいいの?」
手紙に目を通した瞬間、ベルタは飛び上がっていた。
「女の子よ! おめでとう!」
そこには、オーア歌劇団が出発して少しした後、カミラが無事に出産したというものだった。しかし浮かない顔のクヌートは手紙を受け取り、そっとポケットに仕舞った。
「最近変よ。何かあったの?」
すると、ガバッと頭を下げてきた。
「すまんベルタ! 俺は三児の父として情けない!」
「ちょっと本当になんなのよ!」
「俺達を呼んだのは本当は王妃様じゃなくヘイデンスタム侯爵なんだよ」
「そうなの」
「ヘイデスタム侯爵だぞ! 騎士団長でもあるお方だよ!」
「そうなんだ。侯爵と騎士団長もされているお方がうちの劇団を気に入ってくれたなんて凄いじゃない」
「お前の元彼だよ。ニルス・パイン・ヘイデスタム侯爵」
頭が真っ白になったまま動けなかった。
「ニルスが、ヘイデンスタム侯爵?」
「どうするつもりだ? あの様子だとお前の事は全く諦めてなかったぞ」
「会ったわ」
「は?」
「さっき家の様子を見に行った時に会ったわ。ニルスがあの家を管理してくれていたの」
「なんて事だ。早速接触してきたか」
「諦めてないってどういう事なの?」
「俺がとやかく口を挟める事じゃないんだが、随分厄介なお人に捕まったみたいだな。もう逃げられないぞ」
クヌートは意味深な言葉を残して屋敷に入って行ってしまった。
細道の窓側に回り家の中を覗いてみる。家の中には誰もおらず、すぐに見覚えのある家具や配置に釘付けになった。
「嘘でしょ」
家の中はあの日着の身着のまま出た時の状態のままになっていた。家具の配置も変わっておらず、七年経っているとは到底思えない。居ても立っても居られずに窓枠から細い釘を差し入れると、鍵に当てるようにしてゆっくりと押し上げた。鍵を無くした時に何度かやった事がある為、窓の木枠にはうっすらと凹みがある。こうして鍵は開き、無事に家の中に入る事が出来た。
「埃っぽくもないなんてどういう事なの?」
七年前に死んだ事になっているはずで、相続人のいない土地と家はとっくに国の物になっていると思っていた。
――ガチャッ。
放心していたせいで鍵が回る音に反応するのが遅れてしまった。
「誰だ! ここで何をしている!」
剣を抜く音よりも耳に届いたその声に、ベルタは一気に七年前のあの日の続きに引き戻されたようだった。
ゆっくり振り向くと、騎士団の団服に身を包んだニルスが立っていた。七年前より大きく見えるのはその団服のせいだろうか。何より七年という歳月がニルスを大人にしたのだろう。涙を拭う事も出来ず、ただ目の前の光景が信じられずにいた。
「ベルタ……なのか?」
声にならない。ただコクコクと頷くとニルスが一歩踏み出してきた。しかしとっさに後ろに下がってしまうと、ニルスはびくりと止まった。
「久し振りだな。元気だったか?」
「えぇ。ニルスは?」
「ご覧の通りだ。今更だけど、あの日怪我はしていなかったんだよな? すぐに戻ったけれど君は消えていたからずっと心配していたんだ」
その瞬間、とんでもない事をしてしまっていた事に気が付いた。
「もしかしてあの時ここに戻って来たの?」
「もちろんだろ! 君が大怪我をしてしまったと思って仲間を呼びに行ったんだ。動かさない方がいいと思ったが、後になってその判断が間違っていたと後悔したよ」
自分の事だけしか考えていなかった。あの後ニルスがどんな思いでこの家に戻って来たかなど考えもしなかった。捨てられたと思っていたし、ニルスはもう戻らないと思っていた。でも今のニルスの表情を見れば、どれだけ酷い事をしたのかを思い知った。
「あのナイフは、その、偽物だったの。だから刃が刺さる事はなかったし、血も、偽物だったのよ。本当にごめんなさい」
「何故あんな事をしたのか聞いても?」
「あ、あなたの気持ちを確かめたくて……」
軽蔑されても仕方がない。しかし恐る恐る見上げた顔は微笑んでいた。
「怒っていないの? 私あなたを騙したのよ!」
「全部僕のせいだろ。二人の未来なのに自分だけが頑張ればどうにか出来ると、あの時は本気で思っていたんだ。守っているつもりだったのに、逆に君を追い詰めていた。本当にごめん」
騎士が平民に頭を下げている。人に見られないようにとっさにニルスを家の中に引き入れた。
「その服、騎士団だったのね。もしかしてあなたがこの家をずっと残してくれていたの?」
するとニルスは何とも言えない表情で頷いた。
「黙っていてすまなかった。心配させたくなかったんだ。ここは君が唯一帰って来るかもしれない場所だったからね」
「私本当に、どんな風にお礼を言ったらいいのか……」
ニルスは拳を握り締め、そして顔を上げた。
「それなら僕の願い事を聞いてくれる?」
「私に叶えられる事ならなんでもするわ!」
「公演を観に行きたいんだ。この間、偶然君が舞台に立っているのを見たんだよ。君は普段どんな役をしているんだ?」
「恥ずかしい、あれを見たのね。でもあの日はたまたまだったの。普段は裏方よ。それでもいいなら歓迎するわ」
「そうか、そうなのか。でもそれなら良かった。演技だったとしても君が誰かと恋人同士というのはきっと僕は耐えられないだろうからね。今後は出来るだけ行かせてもらうよ」
ニルスと別れてベルタは足早に当てもなく歩いた。どこに向かっている訳ではない。でも足を止める事は出来なかった。
「はッ、はぁ……」
出来るだけ人通りの少ない場所を進み、そしていつしか祖母の眠る墓地へと来ていた。
「なんで、なんで今さら」
がくりと膝から崩れ落ち、木に手を突く。そうしないとそのまま倒れてしまいそうだった。
何度も忘れようと思った。ニルスの事を信じられずに気持ちを確かめようとして、最悪の結果を招いてしまった。そして捨てられたと思い逃げ出してしまった。共に出掛けたのは数える程度。あまり会えない時間は二人で抱き合う事に費やした。そんな全ての瞬間が大切だった。今思えば何もかもが間違いだったと思う。でも出会わなければ良かったとは思えない。どんなに苦しくてもそれだけは思わなかった。
✳✳✳✳✳
「ベルタ、少しいいか?」
最近元気のないクヌートは、神妙な面持ちで手紙を出してきた。
「呼んでいいの?」
手紙に目を通した瞬間、ベルタは飛び上がっていた。
「女の子よ! おめでとう!」
そこには、オーア歌劇団が出発して少しした後、カミラが無事に出産したというものだった。しかし浮かない顔のクヌートは手紙を受け取り、そっとポケットに仕舞った。
「最近変よ。何かあったの?」
すると、ガバッと頭を下げてきた。
「すまんベルタ! 俺は三児の父として情けない!」
「ちょっと本当になんなのよ!」
「俺達を呼んだのは本当は王妃様じゃなくヘイデンスタム侯爵なんだよ」
「そうなの」
「ヘイデスタム侯爵だぞ! 騎士団長でもあるお方だよ!」
「そうなんだ。侯爵と騎士団長もされているお方がうちの劇団を気に入ってくれたなんて凄いじゃない」
「お前の元彼だよ。ニルス・パイン・ヘイデスタム侯爵」
頭が真っ白になったまま動けなかった。
「ニルスが、ヘイデンスタム侯爵?」
「どうするつもりだ? あの様子だとお前の事は全く諦めてなかったぞ」
「会ったわ」
「は?」
「さっき家の様子を見に行った時に会ったわ。ニルスがあの家を管理してくれていたの」
「なんて事だ。早速接触してきたか」
「諦めてないってどういう事なの?」
「俺がとやかく口を挟める事じゃないんだが、随分厄介なお人に捕まったみたいだな。もう逃げられないぞ」
クヌートは意味深な言葉を残して屋敷に入って行ってしまった。
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