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11 元恋人の本当の姿
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ニルスと別れてから五日が過ぎようとしていた。
墓地に寄って祖母に挨拶を済ませた後、家へと来ていた。少し前にニルスの代理人だという騎士が来てこの家の鍵を渡してくれた。自分が望めばまた昔のようにこの国で、この家で暮らせる手筈をニルスがつけているという申し出を丁重に断り、部屋の片付けを続けていたが、それも今日全てが終わった所だった。あとは鍵を騎士団に持って行き、代理人の騎士に返却すれば全てが終わる。この国に留まるという選択肢は取れなかった。
いずれそう遠くない日にニルスは結婚するだろう。侯爵家の当主がいつまでも独り身など許される訳がない。そしてこの国にいれば必ずその話題は耳に入ってくる。あのまま受け入れていればニルスは変わらずにここに通ってくれたかもしれない。でもそれでは何も変わらない。ニルスに妻が出来、いつか子供だって……。
涙が溢れそうになった時だった。扉が叩かれる。ニルスが来たのかと思い、無意識に勢いよく扉を開けていた。
「あなたがベルタさん?」
そこにはニルスと共に公演を観に来ていた女性が立っていた。
「はい、そうですけど」
心臓が早鐘のように激しく鳴り出す。目の前には艷やかな長い金色の髪に、吸い込まれそうな青い瞳。そこには本物のお姫様が立っていた。
「突然の訪問を許して下さいね。私はベアトリス・パイン・ヘイデンスタムよ。この名をご存知かしら?」
「ニル……ヘイデンスタム侯爵の……」
続きが言葉にならない。ニルスはいつか結婚するかではなく、もうすでに結婚していたのだ。吐きそうになり口を噤むと、後ろからニルスの代理人だと言われ、一度だけ会った事のあるカイという騎士が立っていた。そっけない挨拶をした後、こちらを監視するようにじっと見つめてきていた。
「突然で申し訳ないのだけれど、私と一緒に来てくれるかしら」
「どこにでしょうか? 私これから仕事があるんです」
「我が家門のいち大事なの。悪いけれどあなたに拒否権はなくてよ」
“家門”という言葉に目の前が真っ暗になる。ニルスと家族だと突き付けられたようだった。
「私、行けません。申し訳ありません」
「あなたニルスともう会えなくなってもいいの?」
「その方が好都合なんじゃありませんか?」
吸い込まれそうな青い瞳はこれでもかという程に大きく見開かれた。
「私がニルスとあなたの仲を反対しているとでも? ニルスが悲しむわよ」
「ベアトリス様がいらっしゃるじゃありませんか」
「私とあなたじゃ大切さが違うじゃない!」
「ですからベアトリス様がニルスを大切にして差し上げて下さい!」
「でも恋人と妹じゃ全然違うでしょ」
「そうですよ! 妹と恋人とじゃ……妹!?」
その瞬間、ベアトリスの後ろから笑い声が漏れた。
「いや、失礼。もしかしてニルスとベアトリスが恋人だと思っているんじゃないか?」
「あなたそうなの!? 止めて頂戴! ニルスは私の兄よ!」
「……兄……」
勘違いで一気に顔が熱くなる。するとベアトリスはぐいっと腕を掴んできた。
「とにかくお城に向かうわよ!」
場違いの格好に場違いの豪華なお城。ベルタは連れられるままに一生縁のないはずの場所に立っていた。門の前に立つだけで足が竦んでしまう。そして物々しい雰囲気に満ちた城門が開き出した。
「それじゃあベアトリス、俺も行かないと」
「えぇ、気を付けて」
カイはベアトリスを抱き締めてその額に口づけをした。大きな掛け声と共に中から慌ただしい音が聞こえてくる。前を開ける為に脇にずれたベルタ達の前を騎乗した騎士達が出てくる。その先頭にはニルスの姿があった。
「詳しい事は伏せられているけれど、今から内乱を抑えに行くのよ」
「内乱? この国でですか!?」
「まあ、あなた達平民は知らないでしょうね。何も知らないのが一番だわ」
ベアトリスは小さく息を吐いた。
「極一部の家族にだけ知らされるのよ」
「だから私は何も知らされなかったんですね」
「騎士団の任務は常に極秘よ。国内の状況は他国に漏れれば、攻め込まれる機会を与える事になるもの」
馬達が一斉に駆けていく。一瞬、ニルスの視線がこちらに向いた気がしたが、すぐにその背は見えなくなった。最後に出てきたカイとベアトリスの視線が絡み、そしてカイもあっという間に遠くに行ってしまったのだった。
「さて、見送りにも間に合ったしあなたの事も送って行くわ。公演の日程はまだ残っているみたいだけど、あなたはもうこの国を出るんですってね?」
「友人が出産したのでそばに行こうかと」
「そう、それならもうここでさよならね」
門は残った騎士達が締め始めていく。ベルタはその騎士達に走り寄っていた。
「あの! 騎士団の皆さんはいつ戻られるんですか? 危険な場所に行かれたんですか!?」
「な、何なんだお前は!」
驚いたベアトリスが腕を引いてくる。騎士達は怪訝そうな顔をしながら門を締めた。
「ちょっとあなた! 捕まりたいの!?」
「だって、ニルスにもしもの事があったら私、私……」
「何時戻るかは誰にも分からないわ。でも我が家には連絡が入るはずよ。家族にだけ知らされる事も多いの」
ベアトリスはそれ以上は何も言わない。しかしその体は馬車の方を向いていた。
「もしこのまま劇団に戻るなら、ニルスの事は忘れると誓って頂戴。でももしこの国に留まるとしてもニルスが戻るまでに何年も掛かるかもしれないわよ。決めるのはあなた」
いつ戻るか分からない。それでもニルスの安否が分からないまま何事もなく過ごす事など出来る訳がない。ここでニルスを選べばもう劇団には戻れない。カミラとの約束も守れない。それでも心はニルスが愛しいと告げていた。
「……あの家で待ちます。ですからニルスが戻って来たら教えて頂けますか?」
「それはどういうつもりで待つの? これ以上悪戯にニルスを振り回すのは許さないわよ」
「私はニルスを長い間苦しめてしまいました。でもニルスは一言も私を責めなかったんです。今度は私が待つ番です。どうかお願いします」
ベルタは深く頭を下げた。
墓地に寄って祖母に挨拶を済ませた後、家へと来ていた。少し前にニルスの代理人だという騎士が来てこの家の鍵を渡してくれた。自分が望めばまた昔のようにこの国で、この家で暮らせる手筈をニルスがつけているという申し出を丁重に断り、部屋の片付けを続けていたが、それも今日全てが終わった所だった。あとは鍵を騎士団に持って行き、代理人の騎士に返却すれば全てが終わる。この国に留まるという選択肢は取れなかった。
いずれそう遠くない日にニルスは結婚するだろう。侯爵家の当主がいつまでも独り身など許される訳がない。そしてこの国にいれば必ずその話題は耳に入ってくる。あのまま受け入れていればニルスは変わらずにここに通ってくれたかもしれない。でもそれでは何も変わらない。ニルスに妻が出来、いつか子供だって……。
涙が溢れそうになった時だった。扉が叩かれる。ニルスが来たのかと思い、無意識に勢いよく扉を開けていた。
「あなたがベルタさん?」
そこにはニルスと共に公演を観に来ていた女性が立っていた。
「はい、そうですけど」
心臓が早鐘のように激しく鳴り出す。目の前には艷やかな長い金色の髪に、吸い込まれそうな青い瞳。そこには本物のお姫様が立っていた。
「突然の訪問を許して下さいね。私はベアトリス・パイン・ヘイデンスタムよ。この名をご存知かしら?」
「ニル……ヘイデンスタム侯爵の……」
続きが言葉にならない。ニルスはいつか結婚するかではなく、もうすでに結婚していたのだ。吐きそうになり口を噤むと、後ろからニルスの代理人だと言われ、一度だけ会った事のあるカイという騎士が立っていた。そっけない挨拶をした後、こちらを監視するようにじっと見つめてきていた。
「突然で申し訳ないのだけれど、私と一緒に来てくれるかしら」
「どこにでしょうか? 私これから仕事があるんです」
「我が家門のいち大事なの。悪いけれどあなたに拒否権はなくてよ」
“家門”という言葉に目の前が真っ暗になる。ニルスと家族だと突き付けられたようだった。
「私、行けません。申し訳ありません」
「あなたニルスともう会えなくなってもいいの?」
「その方が好都合なんじゃありませんか?」
吸い込まれそうな青い瞳はこれでもかという程に大きく見開かれた。
「私がニルスとあなたの仲を反対しているとでも? ニルスが悲しむわよ」
「ベアトリス様がいらっしゃるじゃありませんか」
「私とあなたじゃ大切さが違うじゃない!」
「ですからベアトリス様がニルスを大切にして差し上げて下さい!」
「でも恋人と妹じゃ全然違うでしょ」
「そうですよ! 妹と恋人とじゃ……妹!?」
その瞬間、ベアトリスの後ろから笑い声が漏れた。
「いや、失礼。もしかしてニルスとベアトリスが恋人だと思っているんじゃないか?」
「あなたそうなの!? 止めて頂戴! ニルスは私の兄よ!」
「……兄……」
勘違いで一気に顔が熱くなる。するとベアトリスはぐいっと腕を掴んできた。
「とにかくお城に向かうわよ!」
場違いの格好に場違いの豪華なお城。ベルタは連れられるままに一生縁のないはずの場所に立っていた。門の前に立つだけで足が竦んでしまう。そして物々しい雰囲気に満ちた城門が開き出した。
「それじゃあベアトリス、俺も行かないと」
「えぇ、気を付けて」
カイはベアトリスを抱き締めてその額に口づけをした。大きな掛け声と共に中から慌ただしい音が聞こえてくる。前を開ける為に脇にずれたベルタ達の前を騎乗した騎士達が出てくる。その先頭にはニルスの姿があった。
「詳しい事は伏せられているけれど、今から内乱を抑えに行くのよ」
「内乱? この国でですか!?」
「まあ、あなた達平民は知らないでしょうね。何も知らないのが一番だわ」
ベアトリスは小さく息を吐いた。
「極一部の家族にだけ知らされるのよ」
「だから私は何も知らされなかったんですね」
「騎士団の任務は常に極秘よ。国内の状況は他国に漏れれば、攻め込まれる機会を与える事になるもの」
馬達が一斉に駆けていく。一瞬、ニルスの視線がこちらに向いた気がしたが、すぐにその背は見えなくなった。最後に出てきたカイとベアトリスの視線が絡み、そしてカイもあっという間に遠くに行ってしまったのだった。
「さて、見送りにも間に合ったしあなたの事も送って行くわ。公演の日程はまだ残っているみたいだけど、あなたはもうこの国を出るんですってね?」
「友人が出産したのでそばに行こうかと」
「そう、それならもうここでさよならね」
門は残った騎士達が締め始めていく。ベルタはその騎士達に走り寄っていた。
「あの! 騎士団の皆さんはいつ戻られるんですか? 危険な場所に行かれたんですか!?」
「な、何なんだお前は!」
驚いたベアトリスが腕を引いてくる。騎士達は怪訝そうな顔をしながら門を締めた。
「ちょっとあなた! 捕まりたいの!?」
「だって、ニルスにもしもの事があったら私、私……」
「何時戻るかは誰にも分からないわ。でも我が家には連絡が入るはずよ。家族にだけ知らされる事も多いの」
ベアトリスはそれ以上は何も言わない。しかしその体は馬車の方を向いていた。
「もしこのまま劇団に戻るなら、ニルスの事は忘れると誓って頂戴。でももしこの国に留まるとしてもニルスが戻るまでに何年も掛かるかもしれないわよ。決めるのはあなた」
いつ戻るか分からない。それでもニルスの安否が分からないまま何事もなく過ごす事など出来る訳がない。ここでニルスを選べばもう劇団には戻れない。カミラとの約束も守れない。それでも心はニルスが愛しいと告げていた。
「……あの家で待ちます。ですからニルスが戻って来たら教えて頂けますか?」
「それはどういうつもりで待つの? これ以上悪戯にニルスを振り回すのは許さないわよ」
「私はニルスを長い間苦しめてしまいました。でもニルスは一言も私を責めなかったんです。今度は私が待つ番です。どうかお願いします」
ベルタは深く頭を下げた。
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