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11 再会は突然に

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 王城の門の前には、馬車が何台も停っていた。
 招待客の貴族達が次々に王城の中へと入っていく。コレットは馬車の中で深呼吸をすると差し出された父親の手を取りステップに足を掛けた。父親と母親の後に続いて歩いていくと、次第に視線が集まり出す。その時、風が吹いて薄いレースのショールが肩から外れてしまった。直そうと思い止まったコレットと両親との間に他の者が入ってきてしまう。
「ロシニョール侯爵、並びにロシニョール侯爵夫人のご到着です」
 会場では両親が入場した事を告げる声が高らかに上がった瞬間、コレットは足が竦んでしまった。夜会にたった一人で入場するのは気が引けてしまう。それに今日は自分が主役の夜会なのだ。緊張で頭が真っ白になりかけ、後ろから来た誰かの腕がぶつかりよろけた瞬間、大きな手が肩を支えてくれた。白金の前髪がさらりと揺れ、この一年八ヶ月よく見慣れた顔が覗き込んできた。
「うちのお姫様はこんなにか弱かったかな?」
「シモンお兄様!」
 白いシャツ、白いスラックスに映える金の刺繍が施されたえんじ色のジャケットの胸元には、レア加工が施されたブローチを付いている。眼鏡の奥で涼しい目元がすっと笑った。流れるような手付きでコレットの手を取ったシモンは、そのまま自らの腕にその指先を乗せて微笑んだ。
「寂しく入場する羽目になる所だったから助かったよ」
 そう言うと、当たり前のように入り口へ向かっていく。コレットもごく自然な流れで会場に入る事が出来た。
「ノアイユ伯爵、ロシニョール侯爵ご令嬢コレット様のご到着です」
 会場の視線が一気に集まる。シモンは隣で目をぱちくりとしているコレットに不敵な笑みを浮かべると、そのままロシニョール家当主のいる場所へと進んでいった。
「お久しぶりです、叔父様」
「シモンか! 随分立派な男になったな。ノアイユ領ではコレットが世話になった。そしてこちらでも早速迷惑を掛けてしまったようだな」
「私としても助かりました。それにノアイユ領ではコレットには感謝してもしきれない程助けてもらいましたから」
「待って待って二人共! たった今シモンお兄様が伯爵と呼ばれていたのは気にならないの?」
「父の後を継いだんだよ。驚かせようと思って、コレットが旅立ってからすぐに王都に向かったんだ。叔父様には当主の座を継ぐ事は手紙に書いていたけれど、陛下のお許しを頂きに来ていたからロシニョール家に挨拶にいく時間がなくなってしまったんだ。夜会の後で話そうと思っていたからちょうど良かったよ」
「それよりシモン、例の物は?」
「もちろん手配済みですよ。うちの使用人が厳重に管理していますので、後ほど陛下にお目通りの際にお出し致します」
「シモンお兄様それって、もしかして……」
 するとシモンは満面の笑みをコレットに向けた。
「ココの心配を取り除く事が出来て本当に良かった。お礼は何をしてもらおうかな」
 コレットは思わず添えていたシモンの腕をぎゅっと掴んだ。
「こらこらコレット、シモンを困らせるんじゃない」
「だって……」
 気を抜くと涙が零れそうになってしまう。唇を噛み締めながらシモンを見上げた。
「シモンお兄様がいてくれて本当に良かったわ。本当にありがとう」
「そうだな、お礼なら美女のお友達を何人か紹介してくれたらそれで構わないよ」
「もう! ノアイユ領にも沢山……」
 そう言いかけた所で身体が大きく後ろに傾いた。
「急いで帰って来たが、俺は必要なかったようだな」
 耳元で囁かれた声と、引かれた腕を見て、とっさに顔を上げたコレットは悲鳴にならない声を上げて固まってしまった。
「エスコートは間に合わなかったが、最初のダンスの相手をさせてほしい」
 トリスタンは奪うようにそのまま会場の中心に歩いていくと、コレットの手を取り直した。
 会場内には、夜会の始まりを告げる優雅で軽快な曲が流れ出す。ノアイユ領で適当にダンスを楽しんできたコレットには久しぶりの正確なステップを要求される曲だった。しかし身体が覚えているのか、トリスタンの誘導が上手いのか、不意に始まったダンスにも自然と踊れている自分に驚いていると、上から急に低めの声が振ってきた。
「俺は邪魔をしたか?」
 何を言わているのか分からないのと、身体を動かすので精一杯でいると、トリスタンは僅かに顔を歪めた。気がつくとトリスタンの足を踏んでしまっていた。しかしトリスタンが素早く体制を変えてくれたおかげで他の者達には気づかれていないようだった。
「あの、申し訳ございません。私ダンスは久しぶりで……」
「しばらく会わない間に随分印象が変わったな。何か心境の変化があったのか?」
 そこでノアイユ領に行くきっかけになった事を思い出してしまい、とっさに俯いてしまった。顔を見られたくはない。薄化粧を見たトリスタンの反応が怖かった。
「よく私だとすぐにお分かりになりましたね」
「? 当たり前だろう? 見た目はそう変わっていないと思うが」
「……そうですか」
 コレットからしてみればかなり思い切った変化を付けたつもりだった。それでも男性からしてみればあまり興味のない事なのかもしれない。もしくはトリスタンはあまり自分には興味がないからそんな反応なのだろうか。繋いでいる手は燃えそうな程に熱いのに、向けられている視線は冷えているようで目を見る事が出来なかった。
 逃した視線の先に、少し離れた所で早速女性達に囲まれているシモンが視界に入る。
ーーいつか背後から刺されるわよ、シモンお兄様
内心でそう思いながら見つめていると、ぐいっと反転させられた身体は不意にトリスタンの胸にぶつかってしまった。そして曲が終わる。硬い胸と爽やかなコロンの匂いに一瞬何が起きたのか分からないでいると、すぐに周りが騒がしくなり始めた。
「トリスタン様、お次は私と踊っていただけませんか?」
「私が先です!」
 令嬢達がトリスタンの周りを取り囲み始める。コレットはいてもたってもいられずに、トリスタンから手を離すと足早に歩き出した。
「コレット!」
 ざわめきの中で自分の名が呼ばれても、振り返る事が出来なかった。

 逃げるように辿り着いた飲食スペースで、さり気なく近付いてきたシモンから差し出された飲み物を受け取ると、僅かに匂いを嗅いだ。
「やめないか、侯爵令嬢ともあろう者が」
「シモンお兄様の寄越す物には前科がありますから当然です」
 以前果実水だと言われて飲んだ物が本当はお酒で、気分が悪くなってしまったコレットは商談を一つ潰してしまった事があった。
「今日は大丈夫だよ。まさか陛下との謁見の前にそんないたずらはしないさ。それに、今日はココの婚約者の目もあるしね」
 シモンは楽しそうに自分は酒を口にしながら、ダンスホールを見つめていた。釣られるように視線を移すと、そこにはどこぞの令嬢とダンスをするトリスタンの姿が飛び込んできた。
「もしかして嫉妬している?」
「別に。最初のダンスは私と踊ってくださったのですから、トリスタン様はお役目は果たされています。あとはトリスタン様の自由です」
「その言い方はまた、随分と棘がある言い方だね」
「そうですか? お互い政略結婚なのですから、少しくらい羽根を伸ばしてもいいのではありませんか?」
「ふーん……」
 すると視界を覆われ、シモンが目の前に迫ってきた。持っていたグラスを取られて手袋越しに頬を撫でられる。
「それならココも息抜きしてみるかい」
 綺麗な顔が近付いてくる。何をする気かと呆れていると、僅かに後ろを見て小さく笑った。
「俺の前でそれは宣戦布告と受け取るがいいか? ノアイユ伯爵」
 するとシモンはパッと手を離して後ろを振り返った。
「デュボワ侯爵家に楯突くなど、とんでもございません。それではまた後でね、ココ」
 去り際にトリスタンの視線がシモンをきつく捉える。コレットはどうしていいのか分からずにとっさに頭を下げた。
「あの、シモンお兄様が申し訳ございませんでした」
「なぜコレットが謝るんだ?」
「なぜって、シモンお兄様は親類ですので」
「別に怒っている訳ではないから気にするな」
 恐る恐る見上げたトリスタンは、信じられない程に格好良かった。ダンスの時は緊張でそれどころではなかったが、最後に会った時よりも背は伸び、身体もより逞しくなっているように見える。それに夜会用の濃紺の衣装はキラキラとした糸が編まれており、その輝きも相まって、トリスタンだけが輝いて見えた。ダンスをしている時はいい匂いがしていた事も思い出し、頬が一気に熱くなってしまった。
「コレット? どうかしたか?」
「なんでもありません! お久しぶりでしたので、緊張してしまいました」
「なんだ、そんな事か」
 ふっと笑った表情に心臓がぎゅっと苦しくなってしまう。トリスタンは辺りを見渡しながら少し眉間にしわを寄せた。
「久しぶりだから話をしたいんだが、間もなく陛下がいらっしゃるだろうし会場から出ない方がいいだろうな」
 話をしたいと思ってくれている事が嬉しくて、コレットはただはにかんだ。
「それなら、夜会が終わられてからはいかがでしょうか? 私も今日の内にもっとトリスタン様をお話がしたいと思っておりました」
「そうか、それなら陛下にお目通りした後に二人で抜け出そう」
「そんな事をして大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だ。ちゃんとジャンに言っておくよ」
「ジャンも帰ってきているんですよね? 今どこに?」
 するとトリスタンは壇上を指差した。示し合わせたように国王両陛下とクレマン王太子が入場すると、会場が静まり返る。その後ろに控えている騎士の中にジャンの姿があった。
ーー良かった、ちゃんといるわ
「まずは陛下との謁見を滞りなく終わらせる事だな。待っている」
 トリスタンと離れたコレットは心臓が激しく高鳴るのを止める事が出来なかった。国王との謁見もどうでも良くなってしまう程に、久しぶりに会うトリスタンは今までにない甘い空気を纏っていた。
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