聖女だった私

山田ランチ

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15 美しい場所の秘密

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 ネリ―は本当に精霊だった。
 手を引かれて辿り着いたのは小さな可愛らしい家。後ろを振り向くと靄が立ち込めており、来た道が分からない。それでもネリ―はぐいぐいと手を引き家の中へと入って行ってしまった。

「嘘みたい……」

 家の中は実際に暮らしていた家と同じ作りになっていた。それは聖女になる前に暮らしていた施設ではなく、祖母と二人で暮らしていた古い記憶の中にある小さな家だった。
 覚えているのは、入り口を入ってすぐの丸いテ―ブルと少しぐらつく椅子が二脚。その奥に小さな寝台が置いてあり二人身を寄せ合って眠った。カ―テンは薄くて夜明けと共に目が覚めてしまう。でももっと眠っていたくて毛布の中に潜り込んでいたのを覚えていた。しかし祖母は七歳の時に忽然と姿を消した。そして二週間後、神殿から来たと名乗る男達が現れた。祖母が消えた後はなんとか備蓄していた食材もほとんど食べており、七歳の子供には限界があった。神殿から来た人達と対面した時には意識はすでに朦朧としていた。そして気がついた時には施設にいた。それから少し大きくなって知ったのは、その施設は神殿が運営するもので、主に邪気の犠牲になった者の子供達が暮らせる場所だと聞いた時に、初めて祖母の死と理由を知ったのだった。

「懐かしい?」
「……どうしてネリ―が知っているの?」
「どうしてって僕達は二人でよくこの家や周りで遊んだじゃないか」

 突然の言葉に思考が追いつかない。驚いてネリ―を見ると、少し困ったように眉を下げた。

「この家を見たらもしかしたらと思ったんだけれど、やっぱり覚えていないか」
「私達はそんなに昔から会っていたの?」
「そうだよ。僕はまだ生まれたばかりでこの姿じゃなかったけれどね」
「まさか人間の姿じゃなかったっていう事?」
「そうそう! 僕はそりゃもうとっても愛らしい姿をしていたんだよ」

 楽しげに笑うネリ―の肩を掴むと、その顔を覗き込んだ。

「ちゃんと教えて欲しいの! もちろん幼かったというのもあるけれど、ネリ―の事も覚えていないし、祖母がなぜ邪気に飲まれたのかも分からないの!」
「ブリジットのおばあちゃんの事は僕も知っているよ。でも覚えていないなら無理に思い出さない方がいいんじゃないかな」
「もしかして何か知っている? それならちゃんと教えて」
「ごめん、ウンディ―ネ様にきつく言われているから駄目なんだ。話せないんだよ」
「それじゃあウンディ―ネ様にお伺いすればいいのね?」

 するとネリ―は更に困ったように唸った。

「ウンディ―ネ様にお会いするのは、ウンディ―ネ様の意思がないと叶わないよ。今回はたまたまブリジットと交流を持とうとされていたから何度か会えていただけだからね。何年も会えていない妻達もいるくらいだから」
「テスラ様や他の奥様達は何も思わないのかしら」
「夫婦だけれど、相手は精霊なんだよ。妻になるっていうのはね、つまりは水の精霊の生贄になるって事なんだ」

 そこで思考は止まってしまった。言葉の意味を考えた時、体が震え出していた。

「……私、もしかして死んでいるの?」
「ウンディ―ネ様と夫婦になれば生きられるよ」

 満面の笑みとは裏腹にその言葉に選択肢はなかった。
 ウンディ―ネは決定権はこちらにあるかのようは口振だった。夫婦にならなければ死んでしまうとは教えてくれなかった。それはウンディ―ネの優しさだったのだろうか。それとも夫婦にならないのならば死んでも構わないと思っていたのだろうか。

「出来れば話さずにウンディ―ネ様と夫婦になった方がいいと思ったんだけれど、やっぱりそれは難しかったかな。ねえウンディ―ネ様?」 

 とっさに後ろを振り返ると、誰も家に入ってきた気配はなかったのに、ウンディ―ネが立っていた。何を考えているのか分からない双眸が見下ろしてくる。

「今は私に会いに来てくれたという事でいいんですよね? ネリ―の話は本当でしょうか? 私はもう死んでいるのですか?」
「今はまだそのどちらでもない。どうするかはお前次第だ」
「でも、私には死の記憶がありません」
「死の間際の記憶が無い事は別に珍しい事ではない。特に事故に遭った者はその衝撃で記憶を失う事の方が多いからな」
「もしも私が夫婦になる事を拒んだなら、私はどうなるのでしょうか」
「いずれ消えるだろう。ただ消滅の痛みはないと保証しよう」
「駄目だよ! ブリジット死なないでずっと僕と一緒にいてよ!」 

 ネリ―が懇願するように腕に縋り付いてくる。それでも顔を上げる事も声を出す事も出来なかった。

「猶予はある。ここにいる限りは時の流れには乗らないから好きなだけいるといい」

 そういって踵を返すウンディ―ネの後ろ姿に思わず声を掛けていた。

「ずっと決めずにここにいることも出来ますか?」
「それを望むならそうすればいい。でも人間は変化を求める者だ。最初にそう言いながら、今までずっとここにいた者はいない」

 そう言って去っていく背中はどこか寂しげに見えた。
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