聖女だった私

山田ランチ

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22 貴族というものは

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 神殿の食堂内では、新米神官達が寄り集まって噂話をしていた。その中心にいたのは、ユリウス・ジラール。ユリウスは神殿に来てからというもの、家門を知らしめたいのか、貴族が通う学園のように同期の神官見習い達を引き連れて常に歩いていた。
 ユリウスは髪の間から離れて座るアレクを睨みつけていた。

「まだ出て行かないようですね、あの庶民。ユリウス様と同じお部屋だなんて恐れ多いと言い出せばいいものを」

 ユリウスの次に家柄が高い子爵家の神官見習いは、心底面白くなさそうにユリウスに並んでアレクを睨めつけた。周りにも先輩神官達はいるが誰もそれを咎めようとはしない。遠巻きにしてちらりと視線は送っている者もいるが、初日にユリウスに詰め寄られた神官達はユリウスの姿を見つけるなり、そそくさと長机の端に座っていた。
 神殿での食事は好きな時間に取る事が出来るようになっている。食堂が混み合わないようにというのもあるが、祈りに没頭出来る者もいれば当然そうでない者達もいる。だから食堂では各々が祈りに集中出来るよう常に食事が準備されていた。とはいってもここは聖職者と使用人を合わせたら百人程が暮らしている大きな神殿の為、食事は慎ましいものだった。食料は基本的に寄付で賄われ、調味料や必要な食材を買い足す方法で成り立っていた。そしてここから寄付の少ない地方の神殿へと配布していく。誰からどのくらい何を貰ったのかを記録し、どこへ配布したのかも帳簿に残していく。それらも立派な神官の役目だった。
 今日の献立の主役である鳥肉の燻製は貰わずに、アレクはパンとスープで簡単に食事を済ませると、盆を片付けに狭い食堂内を進んだ時だった。ユリウスの取り巻きの内の一人がおもむろに移動してくると、椅子と椅子の間に足を伸ばしてアレクの行く手を阻んだ。ユリウスは少し離れてその様子をニヤニヤと嫌な笑みを浮かべて見ていた。

「これももう下げていいぞ。使用人」

 乱暴に差し出された半分以上残っている食事をアレクの腹に押し付けた。

「まだ残っている」

 アレクは表情を変えずに道を塞いでいる神官の足を跨ごうとした所で急に膝を立てられ、手に持っている盆が床に落ちてしまった。綺麗に食べていたおかげで食べかすが飛び散る事はなかったが、食堂内はなんとも言えない緊張感に支配された。

「……っさい」

 アレクが小さく漏らした声は聞き逃される事はなく、膝で妨害した神官がぴくりと眉を動かした。

「何か言ったか? はっきり言わないと聞こえないぞ」
「面倒くさいって言ったんだよ」

 今度こそ足を跨いで通り過ぎようとしたアレクの身体が横から思い切り押される。狭い机と机の間で、アレクは思い切り机にぶつかった。

「お前まさか本気に聖職者になったなら身分は関係ないと思っているんじゃないだろうな?」
「貴族も平民も、ちなみに年も関係ない」

 すると足を掛けた神官は頬をひくつかせながら立ち上がった。背はアレクを見下ろす程に高い。アレクは赤い髪の隙間から怒りに満ちて見下ろしてくる顔を見つめた。

「お前年は幾つだ?」
「……十五」
「十五歳ですだろ! それにこの髪! 赤い髪をしているって事はこの国の人間じゃないよな? 隣りの国に多い毛色だ。もしかして流れてきた奴隷の子か? それとも娼館の女が母親じゃないだろな?」
「生まれる前から穢れているから少しでも浄化されたくて神官になったってという訳か。それなら納得だな!」

 もう一人の神官が笑いながら言った。

「止めないか二人共。これだけ大勢の前で辱めたら泣き出してしまうだろ」

 ユリウスは肘を突きながら優越感たっぷりに微笑んでいた。アレクの視線がちらりとユリウスに向く。すると目の前に立っていた神官は、大きな手でアレクの頬を叩き抜いた。大きな音と共にアレクの身体が半回転して机の上に突っ伏す。机の上にあった皿ごと薙ぎ払って止まった。

「その穢れた目にユリウス様を映すな!」

 突っ伏しているアレクの背中がむんずと掴まれた時だった。

「何をしているのですか!」

 その時、食堂にグレブが飛び込んできた。見かねた誰かが呼びに行ったのだろう。グレブは大股で近づくと、食堂の中で騒ぎになっている場所に向かった。集まっていた数人の神官達で隠れていて何が起きているのかは分からない。割って入ると皆無言のまま立っていた。一人頬が赤い神官見習いに、興奮している神官見習い。少し離れた所に座っているユリウスに目を止めた。

「大方把握しましたが何があったのか報告して下さい」
「グレブ様、何もありませんよ。ただこのアレクが転んでこの有様にしたものですから皆で心配していた所です。ほら、床を見て下さい」

 確かに床には皿や盆が落ちている。そして当の転んだというアレクはそっぽを向いていた。
 立ち去っていく神官達と入れ替わるようにアレクと二人残されたグレブは、溜息をつくと落ちている皿を拾い始めた。アレクも無言のまま机の上に散乱した皿や食べ残しを集めていく。

「貴族ってのはどこも同じだ」
「どういう意味です? どこかで貴族の方々と会う機会でもありましたか?」

 しかしそれ以上は返事がなく、答える気もないようだった。

「着替えはありますか?」

 神官の服は一枚しか支給されない。そして一年に一枚支給されていく為、基本的には一枚を大事に着ていくのだった。だから洗濯している間は手持ちの服に着なくてはいけない。とはいってもこのアレクは着替えを何枚も持っているようには到底見えない。

「ばあちゃんが縫ってくれた物があるからそれに着替えてくる」

 勢いよく机の上を片付けアレクは、グレブが集めた皿も掻っ攫うと持って行ってしまった。唖然としているすぐ横に二人の神官達が駆け寄ってくる。そして騒がしく同時に話し始めた。

「新しく入った神官達は我々では手に負えません!」

 半泣きで訴えてくる二人を見ながらグレブは溜息を吐いた。

「お前達が指導係ですね? まだ来たばかりなのですから少し様子を見ましょう。今までの暮らしが抜けなくてあんな風に大きな態度を取ってしまうのでしょう。ここでの暮らしに慣れればきっと良くなるでしょうから心配は無用です」
「本当にあの態度が変化するでしょうか? 私達にはとてもそうは見えません。グレブ様はまだお若いから……」

 そう言った一人の神官の肩をもう一人の神官がすかさず小突く。この二人よりもグレブは年下だった。

「あなた達は何かあればどんな些細な事でも知らせてください。いいですね?」
「はい。何もない事を祈っています」

 ここにいる者達は皆、試験を受けて神官という位についている。だからこそ誰に向けたらいいのか分からない苛立ちが腹の底で蠢いていた。
 神官になれたという事は、祈りが精霊ウンディ―ネに認められたという事。その方法はとても分かりやすいものだった。神殿は大小に関わらず泉を中心として建設される。そこが祈りの場となるからだ。そこへ出向き、試験官となる神官達のいる前で祈る。そして泉の水が波打ち動き出せば精霊がお認めになったという証だった。
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