聖女だった私

山田ランチ

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32 邪気の気配

 勢いよく開いた扉からズカズカと入ってきたネリー見て、ハイスは目を丸くしていた。バンっと勢いよく手を叩きつけておいきながら痛いと涙目になるネリーを唖然と見ながら、ハイスは溜め息を吐いた。

「今は仕事中なんだが?」
「ハイス様は平気なの? ブリジットが城に行って心配じゃないの?」
「やはり言いたい事はそれか。グレブ、悪いが扉を閉めてくれ」

 開けっ放しにされていた扉を閉めると、グレブは怪訝そうに眉をしかめた。

「ハイス様のお知り合いですか?」
「ブリジット様の侍女だ。ずっと昔からブリジット様がお側に置かれている」
「ずっと昔ですか? 一体何歳から……」

 グレブは信じられないとでもいうように、ネリーの全身をくまなく見てから、あっと大きな声を出した。

「もしかしてあの時食堂で会った使用人か?」

 ネリーは覚えていないのか、どうでもいいのか、しらっとした目でグレブに視線を向けた。

「リアム殿下がまたブリジットを監禁しちゃったらどうするのさ!」
「こらお前! 神官長に向かってその口の利き方はなんだ!」
「いいんだ、この者は昔からこうなんだから今更気にしても仕方ないんだよ」
「昔からと言いましても、子供だった時の事ですよね? 今はもう……」

 そう言いながらマルクは諦めたように頷いた。

「そうでしたね。精霊の住処では年は取らないんでした。ややこしいです」

 グレブは苦笑いしながら手元にあった報告書を裏返した。

「私はブリジット様のお決めになった事なら尊重して差し上げたい。それに昔と違って何かあればすぐに救う事も出来る。……あの頃とは違うんだ」
「ハイス様はブリジットを好きだと思っていたけれど、僕の読み違いみたいだね!」
「す、す、好きとはなんだ! 私はそのような邪な目でブリジット様を見ていた訳じゃないぞ! 敬愛しているだけだ! そう、これは聖女様を尊敬する気持ちなんだ」
「だから僕の勘違いだって言ったでしょ。リアム殿下のところに送り出したのが何よりの答えだよ。やっぱりブリジットは結婚して正解だったな。ハイス様とじゃ幸せになれなかったかも」
「やはりお前はブリジット様の夫となる者を知っているんだよな」
「もちろん」
「どういうお人だ? 神殿に関わる者だという事は聞いたんだが」
「どうって、すっごい美形だよ。それに広い土地を持っているし、それに妻が沢山いるよ」
「妻が沢山? それはどういう事だ? 詳しく話してくれ! まさか愛人ではないだろうな!?」

 するとネリーは心底嫌そうに顔を顰めた。

「れっきとした妻だよ!」
「でもこの国で重婚は認められていない。もしやどこぞの領主が勝手に妻を複数人囲っているという事か!」
「そんな言い方止めてくれる? ブリジットが悲しむよ」
「そうだな、悪かった。決してブリジット様の夫を貶めるつもりはなかったんだ。でもかなり年上という事だろうか」
「年はそうだね。かなり年上だけど精霊の住処にいるから年は取らないかな。もの凄い美形だよ」
「……それはさっきも聞いた」
「顔など関係ありません! ハイス様もとても格好良いですよ! それに鍛錬で培われてきたそのお身体は誰にも引けは取りません! 私が保証致します!」
「お前に保証されてもな。それに美醜で比べていては上には上がいるのだからいつか負けてしまうだろう。いういった価値観で人を見たくはない。ブリジット様もきっとその者の内面を見て夫に選んだのだろう」
「うんん。ブリジットはずっと結婚を拒んでいたんだ。でも仕方なく最近結婚したんだよ。とはいってもきっと仲良くやっていくだろうから問題ないと思うよ」
「ネリーお前、とても重要な事をサラッと言ってのけたな。ブリジット様が結婚を拒んでいたという事は、相手を好いてはいないんじゃないのか?」
「だって結婚なんて好き嫌いでするものじゃないでしょう? それならハイス様は婚約者の事を好きだっていうの?」
「私の事はいいんだ。貴族同士の結婚は恋愛感情ではないんだ」
「それならブリジットもそうだよ。益があると思ったから結婚した。それは誰にも責められないんじゃないかな」

 返す言葉もないハイスは黙るしかなかった。

「とにかくブリジットがお城に住むなら僕も行くから一筆書いてよ! 僕をブリジットの専属侍女にするようにって。そうじゃないとお城の侍女がブリジットに付いちゃう!」

 ハイスは溜息を吐きながらも文をしたためると、神殿の蝋封を押した。

「何かあればすぐに知らせろ。石とやらの話を聞いた時はさすがに驚いたが、私もこちらでその石を探ってみる。何かあったらすぐに知らせるからブリジット様を頼むぞ」

 ネリーは言葉半分にハイスから書状を受け取ると、一目散に部屋を飛び出していった。

「あれで本当にブリジット様のお世話が出来るのでしょうか」
「あれでも八年前からちゃんと仕えていたから心配には及ばない。むしろあれだけブリジット様を敬愛しているのであれば、何があってもしっかりとお守りするだろう」

 二人は裏返しにしていた書類に目を戻した。

「それにしてもこれは本当だろうか」

 先ほどとは打って変わり、不穏な空気が室内に流れる。報告書には遠くの町からの意見書をまとめられたものが書かれていた。

「どちらにしても調査に赴くべきでしょうね」
「もしこの報告が真実で何らかの序章だった場合、事態は最悪な方向に向かうかもしれない。聖女なき今、邪気を祓えるのは聖騎士団だけだ。今一度聖騎士団を発足する」
「……かしこまりました」

 ハイスは頭を抱えた。

「八年足らずでまた邪気が現れるとは……」

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