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王都に来て二ヶ月が過ぎ、とうとうデビュタントの日が迫っていた。
とは言っても今のモンフォール家には新しい衣装も宝飾品も用意するお金はない。母親の持っていた白っぽいドレスを直しに出し、宝石も母親の手持ちの中から比較的若いデザインの物を付ける事にした。母親はカトリーヌが付ける事になったネックレスを指で弄びながら、深い溜息を吐いた。
「こんな流行遅れのデザインなんて恥ずかしいわね」
興味なさげにトレイの上に放ると、座面に背中を預けた。王都に着いてからというもの、母親は屋敷から出ずに籠もる日々が続いていた。父親も領地と王都の行き来でほとんど家には帰って来ず、この新居にはまだ数えるくらいしか帰って来たことはない。ルイスにもベルトラン家からの紹介で就いた家庭教師が毎日現れ、気が付くとあまり顔を合わす事も会話をする事もなくなっていた。その反面、カトリーヌには友人もいなく、没落寸前の伯爵家の娘を茶会に誘ってくれる貴族家もいない。気がつくとカトリーヌは誰も知り合いのいない中、デビュタントに出席になければならなくなっていた。
大洪水が起きて生活が一変してしまったのは、モンフォール家だけではないと分かっているから我儘は言えない。それにずっと塞ぎ込んでいたルイスが、王都に来て忙しく過ごしている姿を見て良かったと思えた。
「明日はより多くのご子息とご挨拶を交わすのよ。分かったわね?」
「でも私ダンスは踊れないわ。そんな時はどうやって断ったらいいの?」
「そうねぇ……最初のワルツは最低限踊れるとして、その後は緊張で具合いが悪いでも、靴擦れしてしまったとでも何とでも言えるじゃない。それよりも必ず手ぶらでは帰って来ない事! 誰かには良い印象を与えてくるのよ。いいわね?」
「そんなの無理よ、出来る訳ないわ! 私はお母様のように美しくはないもの」
すると母親は身を乗り出してカトリーヌの手を掴んできた。
「確かにあなたはお父様似だけれど、ちゃんと私の美しさも受け継いでいるから大丈夫よ。自身のなさは滲み出てしまうものよ。お願いよカティ! お父様は当てにならないの。私とルイスをこんな場所から救い出して頂戴。それが出来るのはあなただけなのよ! 領地を失ったモンフォール家をルイスに継がせるつもり?」
「それは……」
「大丈夫、あなたなら出来るわ。ルイスに完璧なモンフォール伯爵家の爵位を継がせるのよ。それがあなたの結婚に掛かっているの。分かるわね?」
痛い程に握られた手から母親の思いが伝わってくる。白くなり始めた指先を見ながら、カトリーヌは扉の隙間から部屋を見ているルイスと目が合った。とっさに立ち上がると掴まれていた手が離される。部屋には入らずに立ち去ろうとするルイスの後を追って部屋を出た。
「ルイス! 待って! ルイス!」
しかしルイスは足を止めない。小さな屋敷はすぐに行き止まりになり、ルイスに追いつく。振り向いたルイスは酷く怒っていた。
「何かあったの? ルイス?」
「姉様は嫁がなくていいよ」
カトリーヌは言われた言葉が分からずにぽかんとしていると、ルイスは苛立ったように腕を掴んできた。
「来年の今頃になったら騎士団に入団するんだ。必ず近衛騎士団に入ってみせるから、そうしたらモンフォールの領地だって陛下に取られずに済むよ。だから望まない結婚なんかしなくていいんだ!」
カトリーヌは思わずルイスを抱き締めていた。こんなにはっきりとルイスが意思を示したのは、大洪水の災害以降初めてだった。
「ありがとうルイス。私なら大丈夫よ」
「ちゃんと話を聞いていた? 大丈夫じゃないよ。このままだとすぐにでも売られるように嫁に出されるんだよ?」
「それが長女の使命だもの。お父様も叔父様も今とても大変なのよ。あなただって騎士団に入団するのに、私だけ守られてばかりいられないわ。でも弟に心配されるのは単純に嬉しいものね」
「……それって、結婚するって事?」
「もしそれがやる事ならそうするわ」
「だからそんな事しなくていいって言っているじゃないか!」
「ふふ、あはは」
「何がおかしいの」
不貞腐れたルイスの手を取ると、怒っているのが丸わかりのルイスに向かって微笑んだ。
「でも、私まだ相手すらいないのよ」
「そ、そうだけど! 話しておいた方がいいと思ったんだよ!」
急に顔を真赤にしたルイスは怒りながら通り過ぎていく。カトリーヌは嬉しくてその後をまた追った。
とは言っても今のモンフォール家には新しい衣装も宝飾品も用意するお金はない。母親の持っていた白っぽいドレスを直しに出し、宝石も母親の手持ちの中から比較的若いデザインの物を付ける事にした。母親はカトリーヌが付ける事になったネックレスを指で弄びながら、深い溜息を吐いた。
「こんな流行遅れのデザインなんて恥ずかしいわね」
興味なさげにトレイの上に放ると、座面に背中を預けた。王都に着いてからというもの、母親は屋敷から出ずに籠もる日々が続いていた。父親も領地と王都の行き来でほとんど家には帰って来ず、この新居にはまだ数えるくらいしか帰って来たことはない。ルイスにもベルトラン家からの紹介で就いた家庭教師が毎日現れ、気が付くとあまり顔を合わす事も会話をする事もなくなっていた。その反面、カトリーヌには友人もいなく、没落寸前の伯爵家の娘を茶会に誘ってくれる貴族家もいない。気がつくとカトリーヌは誰も知り合いのいない中、デビュタントに出席になければならなくなっていた。
大洪水が起きて生活が一変してしまったのは、モンフォール家だけではないと分かっているから我儘は言えない。それにずっと塞ぎ込んでいたルイスが、王都に来て忙しく過ごしている姿を見て良かったと思えた。
「明日はより多くのご子息とご挨拶を交わすのよ。分かったわね?」
「でも私ダンスは踊れないわ。そんな時はどうやって断ったらいいの?」
「そうねぇ……最初のワルツは最低限踊れるとして、その後は緊張で具合いが悪いでも、靴擦れしてしまったとでも何とでも言えるじゃない。それよりも必ず手ぶらでは帰って来ない事! 誰かには良い印象を与えてくるのよ。いいわね?」
「そんなの無理よ、出来る訳ないわ! 私はお母様のように美しくはないもの」
すると母親は身を乗り出してカトリーヌの手を掴んできた。
「確かにあなたはお父様似だけれど、ちゃんと私の美しさも受け継いでいるから大丈夫よ。自身のなさは滲み出てしまうものよ。お願いよカティ! お父様は当てにならないの。私とルイスをこんな場所から救い出して頂戴。それが出来るのはあなただけなのよ! 領地を失ったモンフォール家をルイスに継がせるつもり?」
「それは……」
「大丈夫、あなたなら出来るわ。ルイスに完璧なモンフォール伯爵家の爵位を継がせるのよ。それがあなたの結婚に掛かっているの。分かるわね?」
痛い程に握られた手から母親の思いが伝わってくる。白くなり始めた指先を見ながら、カトリーヌは扉の隙間から部屋を見ているルイスと目が合った。とっさに立ち上がると掴まれていた手が離される。部屋には入らずに立ち去ろうとするルイスの後を追って部屋を出た。
「ルイス! 待って! ルイス!」
しかしルイスは足を止めない。小さな屋敷はすぐに行き止まりになり、ルイスに追いつく。振り向いたルイスは酷く怒っていた。
「何かあったの? ルイス?」
「姉様は嫁がなくていいよ」
カトリーヌは言われた言葉が分からずにぽかんとしていると、ルイスは苛立ったように腕を掴んできた。
「来年の今頃になったら騎士団に入団するんだ。必ず近衛騎士団に入ってみせるから、そうしたらモンフォールの領地だって陛下に取られずに済むよ。だから望まない結婚なんかしなくていいんだ!」
カトリーヌは思わずルイスを抱き締めていた。こんなにはっきりとルイスが意思を示したのは、大洪水の災害以降初めてだった。
「ありがとうルイス。私なら大丈夫よ」
「ちゃんと話を聞いていた? 大丈夫じゃないよ。このままだとすぐにでも売られるように嫁に出されるんだよ?」
「それが長女の使命だもの。お父様も叔父様も今とても大変なのよ。あなただって騎士団に入団するのに、私だけ守られてばかりいられないわ。でも弟に心配されるのは単純に嬉しいものね」
「……それって、結婚するって事?」
「もしそれがやる事ならそうするわ」
「だからそんな事しなくていいって言っているじゃないか!」
「ふふ、あはは」
「何がおかしいの」
不貞腐れたルイスの手を取ると、怒っているのが丸わかりのルイスに向かって微笑んだ。
「でも、私まだ相手すらいないのよ」
「そ、そうだけど! 話しておいた方がいいと思ったんだよ!」
急に顔を真赤にしたルイスは怒りながら通り過ぎていく。カトリーヌは嬉しくてその後をまた追った。
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