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獣との遭遇
しおりを挟む「だからぁーっ! チイは子供なんだよっ!」
「そうそう。その身体で成人してるって…… 誰も信じないよ?」
「大人ぶりたい年頃なのさ。わかってやりなって」
心配げな狐と狼。そして軽めな口調で諭すように合いの手を入れる虎。
獣がそのまま擬人化したような面子を見上げ、千里はしかめっ面で口をへの字に引き結ぶ。わなわなと震える下唇が決壊し、彼女は泣き叫ぶように声を上げた。
「アタシは、十八歳だぁぁーっ!!」
うわあぁぁんっと雄叫ぶ少女の名前は小日向千里。天の気まぐれか、悪魔の悪戯か。ある日突然、彼女は平謝りする誰かの前に立っていた。
その誰かは謝罪を口にし、千里が死んでしまったことを伝える。そして、身体を再構築するから、自分の世界で余生を送ってほしいと土下座で懇願した。
何が何やら分からない千里が疑問を口にする暇もなく、その誰かは彼女を地球とは別世界へ誘う。
『ちょっ? えっ? やだぁーーーっ!!』
《……申し訳ない》
何の説明もされないまま、どんどん遠のく誰かの姿。チカチカ光る風と渦に巻き込まれ、視界を失った千里は、気づけば森の中にいた。
「……? ええぇぇっ? ここ、どこぉーーーっ?!」
狼狽える千里の絶叫を聞きつけ現れたのが冒頭の獣人達。彼等は商人のキャラバンで、隣国に向かう途中、森で野営していたらしい。
これも天の配剤か。
軽く二メートルを越える獣人らに取り囲まれ、千里は安堵しつつも泣きたくなった。
誰か嘘だと言ってよぉぉぉっ!
こうして理由が分からないまま、千里の異世界ライフが始まったのである。
「チーサァト?」
「千里」
「チッサット?」
「……もう、チイで良い」
「チイな。おけ」
好奇心満載な顔の獣達。
異世界だと聞いてやってきたが、慣れた言葉の数々を耳にして、千里は軽く眼を見張った。
言語は翻訳されているのだろうか。とりあえず、意思の疎通に問題はない。だからといって事態が好転してるとも思えず、げんなりと項垂れた千里は、三人の獣人を見渡した。
狼の獣人はラウルというらしく、鈍色に近い濃い体毛をしている。頬や額に黒の差し色が入った精悍な体躯。長い鼻面は真に狼。五本指を所持しているのが不思議なくらい獣寄りな姿だ。
その隣には虎の獣人。名前はヒュー。真っ白な体毛で赤茶色の縞が特徴的。猫科独特のシュっとした顔立ちは、狼のヒューより親近感が持てる。ひくひく揺れるおヒゲについつい眼がいってしまう千里。
そして最後が狐な獣人のショーン。ラウルと似たようでありつつも、明らかに違う鼻面。ラウルがガッチリ強面タイプなのに対して、ショーンは細く柔らかな顔立ちをしていた。
愛嬌のある大きな耳やクリっと見開いたまん丸目玉。身体も細く、けっこう服が余っている。狼と虎のガタイの良さと比べたら、かなり痩せた感じだった。
彼等はとても紳士的で、千里が森の中に置き去りにされたと勘違いし、保護を申し出てくれる。
「拐かしか? 名前は言えるかな? 住んでいたところは分かるかい?」
「……にしたって、こんな深い森に捨てるとか。無いわー。可哀想に」
「いや、拐った子供を捨てはしないだろう。逃げ出したのか? 運が良かったな」
口々に千里を労う獣人達。
茫然自失のまま、千里は半ば彼らに拉致られ、野営しているというキャンプまで案内された。
そして彼女は再び絶句する。
そこにはありとあらゆる獣人らがたむろしていたからだ。
大きな焚き火を囲んで寛ぐ人々。一見して分かるタイプの獣人もいれば、何の系統だろうと首を傾げるタイプまで。
その多くの人々が、千里をじっと凝視する。
「お頭、それは?」
「猿…… いや違うな。体毛もないし、ぬるっとした肌だ…… 何系?」
「鱗もないな…… うーん?」
ざっと見、三十人くらいか。少し離れた場所には幌のついたクラシカルな馬車が何台も並んでいた。
おっかなびっくり頭を下げる千里。
「……あの、こんばんは? えっと……その……」
しどろもどろな少女を見かねたのか、ヒューが唸るように片手を真横へ振るう。
「散れっ! 見せモンじゃねぇっ!」
ぐるるっと口角を上げるヒューを見て、騒いでいた人々が蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
そして三人に手招きされるまま、千里は焚き火の前に座り、ポツリポツリと説明する。
誰かによって、この世界に送られたこと。自分の世界には動物の特徴を持った人間はおらず、正直驚いていること。そして行く当ても何もないこと。
説明していくうちに胸をしめつける寂寥感。望郷の念が喉元まで迫り上がり、千里は途切れ途切れに嗚咽を漏らす。
「……アタシが、何した……って……いうのか。……帰りたいよ……」
一度堰を切った感情は止められない。彼女はほたほたと涙を零し、それを無言で見つめながら、ヒューとラウルは複雑そうに顔を見合わせる。
「つまり君は神々の賜り物か……?」
「賜り物?」
きょんっと惚ける少女を神妙な面持ちで眺め、ショーンが説明した。
神々の賜り物とは、極稀に招かれる渡り人を指す。異世界から喚ばれた客人のことだ。これをもてなし、歓迎することは獣人にとって何よりの誉れだとされている。
大仰に額を押さえ、ショーンはまん丸な目玉を限界まで見開いた。
「なんてこった…… これは報告しないと…… いや、どっちに?」
「ウェザー王国か……? ここは中間の森だし、俺らはウェザーの者じゃない。行く先のドミニク王国に預けるべきでは?」
「いや、拾ったのは俺達だろう? なら、俺達の拠点のデセール王国に報告するべきなんじゃ?」
やにわ騒ぎ出した三人の口からまろびる不穏な言葉。それを聞いて、千里は慌てる。
「ちょ…っ、ちょっと待って? 預けるって…… 報告って何?」
あ……っ、とばかりに間の抜けた顔をする三人は、千里にも分かりやすいよう説明を付け足した。
何でも渡り人は、発見ししだい国に報告せねばならないらしい。前述したとおり、神々の賜り物をもてなすのは、この世界で最大の誉れ。どこの国も渡り人の訪れを待ち望んでいる。
ただ、この森は二国の中間地点。どちらに報告すべきか彼らには判断がつかなかった。
さらに、この世界の基本的な常識として、拾い物は拾った人間に所有権がある。それが生き物でもだ。所属が明らかでない物は、無機物有機物問わず、拾得者のモノとなる。
……えええ、ぇ? なにそれ。
「……ってことは?」
ショーンの説明を聞いた千里の胸に、嫌な予感が過った。
「チイが渡り人で、在籍している場所がないということは……… 拾った俺達のモノってことに?」
うわあぁぁぁっ! やっぱりっ?!
おずおず呟くショーンの眼が、一瞬、昏く輝いたのは気のせいだろうか。
狼狽する少女の前で、眼を眇めたショーンの肩を誰が掴んだ。
「それは飛躍し過ぎだぞ? 彼女は賜り物だ。我々がどうこうして良い人間ではない。身の安全のこともある。やはりどこかの王宮に預けるべきだろう」
「でも……っ!」
真摯な眼差しで睨むラウル。それに抗い、彼の手を振り払ったショーンのうなじを別な手が掴んだ。力強い指が急所に食い込み、ショーンの口から、ひゃいんっと情けない悲鳴が溢れる。
「ラウルの言う通り。チイは尊い存在。我々の手には余る。……お前の気持ちは分からんでもないが。それは過ぎた望みというものだよ」
う……っと言葉を詰まらせ、ヒューを見上げるショーン。そして彼は静かに肩を落とした。
何かありげな三人の会話。千里は疑問符全開の顔で彼らに説明を求める。
神妙な面持ちで彼女を見つめる三人。
その謎な雰囲気に悍ける千里は、この後、衝撃の事実を知った。彼女の異世界ライフは、まだ始まったばかりである。
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