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 ここは異世界 7

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「う……ああっ! 何してくれてんだぁぁっ!」

「……ごめん」

 合わせ鏡で己の首筋を確認したトムは、幾つもついた歯型や鬱血の跡に絶叫する。
 如何にも遊ばれた感満載な艶かしさ。こういったことに比較的オープンなこの世界で育ったトムは、これが何を知らしめるモノか分かっていた。

「父ちゃんに見られたらえらいことだぞっ? まだ子供なのにって……っ、どうしようぅぅっ?」

 ダレスの仲間のサマンサとレナが、たまにつけている印。綺麗な二人の秘密めいた笑みに、幼いながらもドキドキしたものだが、まさかソレを自分がつけられようとは。
 
 ……俺の印って、そういうことかあっ! この馬鹿、レナ達のマネをしたんだなっ?!

 はあっと大仰な溜め息をつき、トムは髪を束ねていた紐を解く。ぱさりと広がる豊かな黒髪。
 背の中ほどもある黒髪は、下ろすことで首周りの破廉恥な跡を隠してくれた。

「んもう……、しゃーない。暑苦しいけど、跡が消えるまで下ろしとくしかないかあ」

「あ……」

 下ろされた黒髪が風をはらんで揺れる様に、カイルは眼を見開く。
 長い黒髪をなびかせるトムは中性感が二割増しし、カイルの邪な欲望を疼かせた。そして、自分がそう思うということは、他の子たちもそう思うということで……

 ……いや、不味いぞ? トムは村でも人気者だ。妙に大人っぽくて何でも受け入れてくれそうな柔らかな包容感があって。憧れている子供も多い。

「あの……な? 髪、邪魔じゃないか? 縛っておいた方が……」

「ああ? 誰のせいだ、誰のっ! こんな恥ずかしい首をさらして歩くわけにいかないでしょっ!」

 ……ごもっとも。

 自分が馬鹿をやったせいで、余計なライバルを増やしそうな予感に一人身悶えるカイルである。





「ぶひゃひゃひゃっ! 馬鹿だろう、おまえっ!」

「子供のくせに盛るからだ。自業自得」

 事の成り行きを聞いたダレスに大笑いされ、ショーンからは蔑んだ目でみられ、カイルは涙目だった。

 あの後、しばらくして跡は消えたものの、カイルはトムに距離を置かれるようなってしまう。
 引っ付かせてくれないし、手も繋がせてくれない。

『二度と同じマネさせないからっ!』

 ……キっと睨みつけてくる顔も可愛いとか反則だ。

 うう……っと悲痛な声をあげて落ち込むカイル。

「……キスすら駄目だっていうし。トムって俺のこと好きじゃないのかなぁ?」

「キスって…… それ以上なことやらかしておいて、言うか、それ?」

「あ~、自覚ないんだな? この猿っ!」

 明後日な世迷い言を呟く愛弟子を呆れたような顔で撫でてやりつつ、ダレスはショーンに視線を振る。
 それを見て、大仰に肩を竦めたショーン。

 恋の病につける薬はない。

「だって、トムはめちゃくちゃ可愛いし、誰にでも優しいし、働き者だしぃぃ。今になって嫁に狙ってる奴も多いんだよぉぉ」

 そう。前は子供だったトムも八歳になり、利発で賢いことや、その思慮深さが周りの目にも見えてきた。
 控えめでよく働くトムは、他の男性から見ても理想の嫁だ。カイルと公然の仲とはいえ、結局は幼馴染みの延長。
 まだまだ御子様な二人につけいる隙はいくらでもあると、トムに色目を使う者が増えてきた。
 大抵の子供達は十代前半で婚約し、十五の成人後に結婚する。暮らしの見通しさえたてば十代でも結婚が許されるのだ。
 だからこそカイルは兵士になりたかった。誰に遠慮もせず、堂々とトムを嫁に迎えるために。この村で兵士以上に実入りの良い職業はない。他の男達も黙らざるをえなくなる。

 収入=男の価値。非常に分かりやすい世界だった。

「早く兵士にならなくちゃ…… 兵士見習いになれる来月が待ち遠しいよぉぉ。……だから。トムに……」

 ……変な虫がつかないよう、印をつけたってか? 丸分かりだわ、お前。

 微笑ましげに弟分を見下ろすダレスだが、その暴走の片棒を、自分達が担いでしまっていたことは微塵も気づいていない。

 カイルやトムは、下手にダレス達と付き合いがあったため、しょっちゅう仲睦まじいサマンサらの愛情表現を目にしていた。
 ちゅっ、ちゅっと頬や額にキスし、その柔らかな首筋に散らされた花びらの正体も知っている。

『……こうして。ほら、ついた』

 サマンサの腕裏に唇を寄せ、レナは眩しそうにソレを見つめる。そこについた真っ赤な跡を見て、カイルは初めてキスマークという単語を教わった。
 少し恥じらうサマンサ。その心地好さ気な頬の赤みをカイルは忘れられない。

 ……俺もトムに。あんな顔させてみてぇ。

 淡い恋心を滾る情欲に変換させ始めたカイルは、ついついトムに悪戯してしまったのだ。そして、夢中になった。

 ……すげぇ興奮したよなぁ。トムもサマンサみたいに真っ赤な顔してたし。……かなり怒ってたけど。

 トムとカイルは三つ違い。早熟なアトロスの子供らは、婚約者を持てる年齢あたりから雄の劣情を抱き始める。
 理性と欲望の狭間で、うああぁぁぁっとゴロゴロのたうつカイルを、生暖かい眼差しで見守る他ないダレス達。

 惚気にしか聞こえない話を、ダレス達が聞いていた頃。

 トムの家には、例の魔石関係の報告が届いていた。





「無属性?」

「聞いたことないな。なんの属性なんだ?」

 惚けたように尋ねるトムと父親。

 それに鷹揚な頷きを見せ、副ギルマスが口を開く。彼はソリュートと名乗り、横で小さく丸まる熊男をギルマスのダンガだと紹介した。
 デカい図体なのに、ちんまりと丸まるその姿は、妙な笑いを誘う。トムは込み上げる笑いを噛み殺し、ソリュートにどういうことかと尋ねた。

「調べてみたところ、《珠玉》のスキルで得られる魔石は無属性。つまり、どこにも属さない物だったようです」

「へぇ……」

 ソリュートの調べによると、この《珠玉》のスキルを得た者は過去に数えるほどしかおらず、魔石についても謎に満ちていた。
 小指の先ほどしかない魔石だ。誰も大して気に留めなかったし、魔力はあったので、普通の魔石と同じ様に取り引きされていた。
 ただ、ある特性が判明してからは、非常に高価取り引きされるようになった経緯がある。

「特性?」

「そう。この無属性の魔力は、染められるのですよ。どの属性にでも」

 驚くトムを余所に、ソリュートは話を続ける。

 魔石はそれを宿した魔物によって属性が決まっていた。それを引き出して使う、地球でいう使い捨ての乾電池のようなモノ。
 地球のラノベのように、魔力を充填して再利用などは出来ないようだ。身体の臓器と同じで、波長の違う魔力には拒絶反応があり、断固として拒まれる。
 あらゆる魔術具に必須とされる魔石だが、その魔術具の用途によって必要な魔石の大きさも変わる。当然、必要な魔力量も。
 《珠玉》のスキルで得る魔石は小指の爪ほどしかないが、その魔力含有量は途方もなく、一部の魔術師の間では伝説にもなる魔石だった。
 しかも、それに何かの属性を注げば、その属性に変わることが判明しているのだ。
 そういった関係から、無色透明な魔石に魔術師らは無属性と名付けた。属性のない純粋な魔力の塊を指す言葉である。

 黙って話を聞いていたトムは、ここにきてチートかと、思わず固唾を呑んだ。

「小指の爪程度の魔石であろうと、途方もない魔力を含み、壊れるまで半永久的に使える。それが《珠玉》のスキルが生み出す魔石です」

 用途によって寿命は違うようだが、《珠玉》で生み出された魔石は百年近く使えるようだ。小さいので大した魔術具は動かせないが、それでも普通の魔石が数ヶ月しか使えないことを思えば規格外な恩恵である。

 呆然とするトム親子に、さもありなんと笑みを深め、ソリュートは持ってきていたカバンから革袋を取り出した。
 テーブルにどかっと置かれた革袋は三つ。

「これが、あの魔石の代金です。お納めください」

 今の話を聞いたトムは、まさかと思いつつも、その袋の中身を確認する。

 ……うわあ。

 中には、金貨のさらに上をいく大金貨が詰まっていた。ざっと見、五十枚ほど。それが三つということは、単純に大金貨百五十枚。
 くらりと目眩を覚えてフラつく息子を、父親が慌てて支える。

「調べたところ、無色透明な魔石の相場は金貨一枚でした。なので金貨✕千と大きさを鑑み、+五十%。これからも、この値段で取り引きいたしたく存じます」

 にっこり笑う副ギルマスが悪魔に見える。

 ……ってことは何か? この世界は月三十日✕十二ヶ月だから……… 僕の年収、金貨三百枚っ?! 大金貨三十枚っ?!

《珠玉》のスキル持ちが現れたのは三百年ぶりで、伝承を知る魔術師らが色めき立っているらしい。
 その記述も古く、今のような技術や知識もなかったためおざなりで、研究職がこぞってトムの魔石を求めているとか、

「これからも納品をよろしくお願いしますね、トム君」

 なんと答えたら良いのか分からず、トムは呆然と空を振り仰いだ。

 それと同時に、うっそり笑った何かがいたのだが、今は誰も知らない。
 
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