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 ここは異世界 6

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『まあ、向き不向きはあるしな。トムは魔術の方が良いかもそれない。筋力と魔力は反比例しているというし…… サマンサ、手解きしてやってくれ』

 魔術師のサマンサは、亜麻色の髪を長く伸ばした女性だ。その彼女がトムに触れた時、カイルは言葉に表せない不快感を覚えた。

『うん、悪くないわ。けっこう魔力もありそうね。魔術の基本からやってみる?』

『弓も良くはないか? トムは農作業の手伝いをよくやってるし、腕は鍛えられているだろう。あとはそのへんの木の枝で懸垂とかして、広背筋を鍛えたら良い射手になれそうだ』

 親身に教えようとする二人。それに心のざわつきが止まらず、カイルは狼狽えた。
 今思えば、嫉妬だったのだろう。さらにサマンサの恋人であるレナが加わり、トムに魔法や弓を教えているのを見て、黒々とした何かが全身を駆け巡っていく。

 ……離れろっ!女のくせに俺のトムに引っ付くなっ! ダレスぅぅ、いらんこと言わんでくれぇーっ!

 和気藹々な中に、一人殺伐とした雰囲気でカイルは稽古に勤しんだ。

 わけも分からず悶々とした、あの日。

 サマンサやレナは綺麗な女性だ。でもカイルは何も感じない。彼女達より、トムの方が何倍も魅力的にカイルは思う。
 その気持ちは今も変わらず、むしろ深く激しくなっていた。四六時中引っ付いていたいし、所構わず抱きしめたい。

 こうしてトムが桃を食べてるだけでも、至極眼福なカイル。

 ……可愛い。すっごい可愛い。天使? 妖精? あああ、これを諦めろとか、父ちゃん馬鹿なんじゃないのっ?!

 恋は盲目。沼った者につける薬はない。

 心の中でだけ悶絶して足を踏み鳴らすカイルだが、視界の中でトムの口の端からも果汁が垂れるのが見えた。
 それをさっと指で掬い取り、カイルは自分の口に運ぶ。なんの気なしにぺろっと舐め取り、ちゅっと指を咥えたカイルは、ふと、隣で真っ赤な顔をするトムに気がついた。
 ん? と首を傾げたカイルに、トムは眼を見開いてふるふる震え、ぷいっとそっぽを向く。
 無言で桃を食べるトムの物言いたげな後ろ姿。

 ……どした?

 ぽんやり疑問顔なカイルだが、さっき自分が何をしたのか思い至り、はっと我に返った。

 ……うっわ? 俺、今なにしたよ?

 思わず、かーっと頬を赤らめ、ちらちらトムの様子を窺っていたカイル。そのトムも耳まで赤くしているのを見て、彼は眼を細める。
 髪を一つ結きにし、丸見えのうなじも真っ赤なトム。それが自分を意識してのことだと思うと、カイルの幼い恋心がムズムズ疼き出した。
 そしてゴクっと唾を呑み込み、その真っ赤な耳を摘んでみる。

「ひゃっ?! 何してっ?」

 ……声も可愛い。もっと聞きたい。

「……耳赤いな? 可愛い。うん」

「え……? ひゃあぁぁっ!」

 夢心地な顔で、カイルがトムの両耳を後ろから摘んで揉む。ぴたりと背中に張り付いたカイルの心音が早鐘のように伝わってきて、トムも恥ずかしくて動けない。

 ……えっ? えっ、なに? 耳? 耳触って?

「ちょ……っ! カイル? やめ……っ! ーーーーっ!」

 力なく動くトムのうなじをカイルが舐める。ちゅっと吸い付いたり、軽く噛んでみたり。

 地味に荒らぐカイルの息遣い。

 ……うあーっ! まって、なんか心臓がバクバクするぅぅっ!!

 カイルは腕をトムの脇に通し、羽交い締めにするよう体勢を変えると、あらためて耳を弄りながらうなじを舐めた。

 ……気持ち悦い。なんか甘い? すげぇ柔らかいし、ずっとこうしてたいな。

 無味無臭なはずの人肌。その温もりと熱さにカイルは酔いしれる。
 身動き出来ない形で抱き込まれ、トムの両手が無意識に宙を搔いた。なんか、舐められている部分に妙な疼きを感じて、慄く八歳様。
 八歳と十一歳の体格差は大きい。同年代と比べても小さく細いトムは、スキル《剛腕》のおかげで、同じく同年代と比べても体格の良いカイルに抗う術がない。

「まって、ひゃあっ! カイル? カイルぅぅ!」

「すげぇ赤くて熱い…… トム、可愛い……」

 首筋からじわりと広がる何か。それに体内の奥底を擽られ、思わずトムは四肢を突っ張った。

 ……うわあぁぁっ! なにこれ、なにこれぇぇっ!

 未知の何かに侵されかけたトムの身体を、カイルが満足そうに後ろから抱きしめる。

「可愛い……可愛い、俺のトム。絶対に結婚するから。忘れないで? これ、俺のモノだから」

「わかっ……たっ、わかったってぇぇ…… カイル? も、変になりそ…っ! きゃーっ!」

 がり…っと首筋を強く噛まれ、トムが悲鳴をあげた。

 カイルは夢中になってトムのうなじを責め立てる。そして噛み跡や鬱血だらけになった恋人のうなじに満足し、彼はようようトムを解放した。

「俺の印。きれいだ。すごくきれい……」

「はひ……? ……んくっ、印?」

 涙目で真っ赤なトムの顔。それに背筋をゾクゾクさせ、カイルは涙を舐め取ってやる。ちゅっ、ちゅっと軽く吸い、頬にも額にもキスの雨を降らせた。
 ほう……っと熱い息をもらして、カイルはトムの唇を親指でなぞる。甘い香りの漂う真っ赤な唇。

「キスして良い……?」

 幼いながらも醸される雄の欲情。だがトムは眼を据わらせて無慈悲に答えた。

「……だめ」

「なんでっ!!」

「まだ子供だからっ! そういうことは大人になってからだよっ! もうっ!」

 キスより凄いことをやらかしていたくせに、お子様な二人は気づいていない。
 きゃんきゃん吠える二匹の仔犬は、それを見守っていた大人達が安堵したことにも気づいていない。

 ここは外。しかも丘の上。絡まるカイルとトムは周囲から丸見えだったのだ。

「やれやれ、今時の子は……」

「カイルの暴走みたいだな。トムがしっかりしていて良かったよ」

 丘の上でイチャイチャする二人の行為が過ぎるようであれば、仲裁に入ろうと身構えていた大人達。彼らは胸を撫で下ろして畑作業に戻る。

 ある意味、歪んだ性意識だが、同性同士であればそういったことに甘い世界なのだ。むしろ、異性に興味を持たれる方が困る大人事情。

 いくら禁止されているとはいえ、年頃になった男は女に興味を惹かれる。そうして子供が出来た場合、大人達は処分する他なく、中絶、あるいは産まれてすぐに殺すなど無惨なことになるのだ。
 この世界で不特定多数の子供を作るのは第一級犯罪。国に申請された者以外が子供を作ってはならない決まりがある。
 懇ろになった男女が逃避行に挑んでも、戸籍は持てないし子供の申請も出来ない。無国籍で彷徨うか、人しれず隠棲するしか道はなく、結局、日陰暮らしな一生を送るはめに陥る。
 それを小さな頃から教え諭される子供。なので、あえて性的にオープンなのだ。同性同士の睦みを推奨し、あまりに過ぎない限りは誰も邪魔しない。
 むしろ、男女の夫婦の方が大変なアトロスの性事情。
 いたせば子供が出来る。これ当然。当然だが、それを善しとはしない世界観が、彼らを苦しめた。
 ゆえに、二人目を授かったあたりから、夫婦は没性交渉。あるいは妻のお尻で事を行うようになるため、結局は同じじゃね? むしろ、最初から男の伴侶を選んだ方が得じゃね? みたいな風潮が蔓延する。
 特にやりたい盛りな若者にしたら、妊娠の危険を考慮して手を出しにくい女より、好きなだけヤれる男に性的な興味が向くのは当たり前。

 こうした刷り込みや現実を直視し、どこでも性的に大らかな異世界アトロスが出来上がった。

 カイルとて例外ではない。自分の嫁と決めたトムに触れたくて仕方がない。
 


「キスくらい良いじゃんっ! 俺、本気なんだぞっ!」

 年頃になれば誰だってしていると、きゃんきゃん喚くカイル。

「だあーめっ! 僕は安売りしないからっ! カイルは、僕が尻軽だとか思われても良いのっ? 慎みもない男だとかっ!」

 この世界生まれではあっても、地球の常識や概念を持つトムは身持ちが固い。知識先行世代だが、知っているからこそ日本人独特な慎み深さも所持していた。

「う……っ、それは……」

 言い淀むカイルの前で仁王立ちするトム。その背後には《WIN!》の電光掲示板が輝いて見える。カイルの完全敗北。

 惚れた弱みとは地球の言葉。

 己を見失わず、流されず。こうして小さな恋物語を紡ぎながら、トムは異世界を生きてゆく。
 
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