珠玉の欠片 〜塵も積もれば山となる〜

一 千之助

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 ここは僕の家 4

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「ふざけんなっ! トムは俺の嫁だっ!」

「自称だろ? まだ婚約もしていないし、子供の結婚は親が決めるものだ。お前の親父さんはトムとの結婚に反対しているじゃないか」

 カイルは、ぐっと言葉を詰まらせる。

 アトロスでは、子供の結婚は親が決めるのだ。自由恋愛が殆どだが、それに見合う対価と親の許可がなくば結婚は出来ない。
 ゆえに誰もが恋人のために結納金を必死に貯める。カイルが収入の良い兵士に拘ったのも、そのせいだ。

「私は次男坊です。家を手伝い、穏やかな暮らしをトムに与えられます。なんなら、こちらに婿入りしても構わない。どうかな? トム。君だって、私のことを好いてはいるだろう? 今は恋愛でなくても良い。共に過ごして、少しずつ夫婦になっていかないか?」

 カイルより四つも歳上なテオには大人の貫禄があった。全てを受け入れ、包み込むような温かい包容感。
 けれど、それに好感を抱いたとて、トムのカイルに対する愛情は変わらない。
 そう心のなかで一人ごちるトムを余所に、テオは話を進めていく。

「こちらが結納金です。幾久しくお納めください。結婚時の衣装や道具も抜かりなく用意します」

 どさっと置かれた革袋。中身を確認するまでもない。嫁の対価の相場は金貨一袋なのだ。しかも、それが二つ。通常の倍の額を示すほどトムが欲しいとテオは行動で表していた。
 これだけの金額をテオ一人で出せるわけもなく、きっと親である村長が協力してくれているのだろう。トムを嫁にすることをテオの両親も歓迎していると察せられた。

「トム? 私の嫁になってくれるね?」
 
「……そんな風に思われていたとは知らなかったよ」

 いつも親切で優しかったテオ。

 大人っぽい彼に、小さなトムは憧れたこともある。こんな風に穏やかで優しい人になりたいと。けど、そんなテオがトムを嫁に望んでいたとは夢にも思わなかった。

「君は鈍感だったからねぇ…… うん。私が手伝いの仕事を頻繁に回してたのは、君が困窮しないようにだよ? 他にも似たような連中が沢山いたのに。君ったら、見事にスルーしてたもんねぇ?」

 ……そんなん居たっけ?

 トムには全く心当たりがない。

 しかし、カイルは気がついていた。

 トムに手伝いを頼んでは、自らの傍らに置こうとしていたテオや他の男達に。
 肩を抱いたり、腰を引き寄せたりと、あの手この手でトムにモーションをかけていたが、トムは全く気づいておらず、どれだけヤキモキさせられたことか。
 中には抱きしめる強者もいたが、トムは、どうしたの? というあっけらかんとした無邪気な顔でそれを撃沈していた。
 欠片も疑いを持たない無垢な子供の、素直な疑問顔は、邪な下心を持つ男達にとって眩しすぎる。
 思わず怯んだ相手の腕からするりと抜け出し、にこっと笑う天然の小悪魔様。
 結果、誰もトムに手を出せず、トムはのらりくらりと男らの求愛を無意識に退けていたのだ。
 テオも、そんな犠牲者の一人。

「……不発だらけで、もうどうしようもなくて。こうして直接来たんだよ。うん」

 どこか遠くに眼を馳せるテオ。

 その気持ちにカイルは痛いほど共感出来た。

 共感は出来るが、それとこれとは話が別である。

 カイルは踵を返すと、食堂から出ていった。それをにんまり見送り、テオはロイドに真摯な眼差しで話を続ける。

「どうでしょうか? これが今の私の全財産ですが、足りないなら、トムが婚約年齢になるまでに、もっと稼いで来ます」

 提示された破格な結納金。それをさらに上乗せしても良いというテオの真剣さに、ロイドの心も揺らいだ。
 カイルの父親であるドニが、二人の結婚に反対しているのは周知の事実。それを疑い、ロイドは、しばらくカイルを冷たく観察していたこともある。
 他にもトムに色気を出す若者がいたが、テオは己の全財産を差し出すことで、他の不埒者を抑え込んだ。
 テオを押しのけてトムを得るには、テオより高い結納金を示さねばならない。そんな金額を出せる者は居なかったのだ。

 収入=男の価値。ここでも、それが威力を発揮する。

 実に魅力的な提案をされ、思い悩むロイド。

 テオは実直で働き者な青年だ。トムを幸せにしてくれるのは間違いないだろう。しかも入婿でも良いと言ってくれている。カイルのように反対する親もいない。
 トムがカイルのことを好きなのは知っているが、この先を考えたら、ドニの存在がロイドを不安にさせた。

「……そうだな。それが良いかもしれん。どうだ? トム? テオなら婿として不足はあるまい?」

「父さんっ?」

「親父さんっ! それはないっ!!」

 黙ってやり取りを見守っていたダレスらも、さすがに見過ごせなくなったらしく口を挟む。
 それを据えた眼差しで一瞥し、ロイドは溜め息のように呟いた。

「……俺はトムを幸せにしたい。不安材料を抱えたままなカイルより、テオの方が安心出来るんだよ」

 カイルがどれだけトムを大切にしているかはロイドが一番良く知っていた。しかしそれと同時に、ドニがどれだけロイドを疎ましく思い、トムを嫌っているかも知っている。
 親の許しもない結婚は祝福もされない。教会が認めてくれず、結局、内縁のような形になってしまう。
 どうせ結婚するなら、周りに祝福されて教会に認められる結婚が良い。昔気質なロイドは、そう思っていた。

 ……と、そこにカイルが戻って来る。

「俺だって本気だっ!! ロイドおじさんっ! トムを俺にくれっ!!」

 どんっとテーブルに置かれたのは、革袋三つ。
 テオの眼が驚愕に強張る。中身は当然金貨だろう。カイルの貯め込んでいた結納金に違いないと。
 だが、驚いていたのはテオらのみで、ロイドやダレスらは特に何も言わない。

「おま……っ?! どうやって、こんな大金をっ?!」

 驚愕の面持ちなテオをニヤリと一瞥し、カイルは事もなげに吐き捨てた。

「ばぁぁ~か。お前と違わあ。ちゃんと中身を確認しやがれ」

 そう言われて、はっと袋の口を開けたテオ達は、周りの人々と違い、思わず息を呑む。
 その袋に詰まっていたのは金貨でなく、大金貨だったのだ。

「これだけじゃないからな? 俺のギルドの口座には、この二倍の貯蓄があるぞ? お前なんかに負けてたまるかよ、テオ」

 トムと共に事業を立ち上げ、直接流通に関わってきた関係者達。彼らも同様の収入を得ていた。
 だから、収入=男の価値なアトロスでカイルが負けることはないと知っていたし、ロイドも分かってはいる。
 父親にとって問題なの金ではない。カイルとトムの結婚が祝福もされないことなのだという現実だけだ。

 思い悩む憂い顔のロイドを凝視する周りの人々。

 そこで、すかさずトムの後ろに回り、カイルが胸を張った。

「おじさんの考えてることは分るよ。俺の親父が反対してるからだろ? 親の許可がないと教会は結婚を認めないから」

 その通りとばかりに、ロイドの眼が伏せられる。

 ああ、なるほどと、テオの顔も優越感を滲ませた。

「でもさ、たぶん大丈夫だぜ? うちの親父は俗物だから。金貨の一袋もチラつかせたら、簡単に許可してくれると思うし」

 にっと悪びれた顔のカイル。

 自分の親に対して酷い言いようだが、誰も否定しないあたり、これまたドニという人間の人徳だろう。
 実際、トムの流通業が軌道に乗り始めてから、村を通り過ぎるたびに、何か物言いたげな父親がウロウロしているのをカイルは見ていた。
 一時の感情でトムやロイドを罵ったことを後悔しているのだろう。しかし、素直に謝ることも出来ず、困り果てているらしい姿が滑稽だった。

 そこにダレスも嘴を挟む。

「それに、今回の新事業が上手くいけば、ギルド経由で王宮からお褒めの言葉を頂けるらしいぞ? そうソリュートが言っていたから。そうなれば、トムとカイルには特別令が適用される。結婚に親の許可は必要なくなるな」

 特別令。これは国に大きく貢献した者に与えられる措置だ。あらゆる場所で優遇され、異性婚すらも許されるほど特殊な法令。
 
「あんなクソ親父に銅貨一枚たりとくれてやる必要は無え。待っていたら、勝手に周りが御膳立てしてくれるさ」

 こちらも、にかっと破顔するダレス。

 なんでもソリュートが中心になって、ギルド経由で各地にダンジョン産農作物の直販を広めているらしい。
 前に聞いた、鮮度を保ったまま作物を運べるという魔術師らを雇い、どこのギルドもトムの売る作物を欲しがっているとか。
 王侯貴族が独占していたような果実や野菜らだ。それが低価格で流通され始め、そこらじゅうで嬉しい悲鳴が上がっていた。

 国を駆け巡る恩恵は、きっと王宮から称賛を受けるだろう。そのようにソリュートは言っていたらしい。

 ほけっと話を聞いていたトムやロイド。

「……そうか」

 ロイドの表情がふわりと緩む。それが答えだった。

 満面の笑みで満たされた食堂。そこで苦虫を噛み潰す三人に、至福に酔いしれていたトムは、全く気づかなかった。
 
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