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ここは僕の家 5
しおりを挟む「ありがとね、カイル」
夕食も話も終わり、意気消沈したテオ達はダレスが母屋の客室に案内していった。それを見送りながら、トムがカイルを見上げる。
少し照れくさげにそっぽを向き、カイルは小さく頷いた。
「……当たり前だから。俺、お前のためにここにいるから。……だから、離れんなよ?」
「うん」
ちゅっと小さく音を鳴らしてカイルの頬に口づけ、トムは彼の腰にぎゅっと抱きつく。そのいじらしい姿が目に痛くて、カイルは思わず軽く仰け反った。
……うっわぁぁぁ。どうすんの、これぇぇ。可愛い。可愛いな? な? 誘ってんの? 誘われてんの?
心臓をバクバクさせ、カイルもトムを頭ごと胸に抱きしめる。その心音を耳にして、トムが心から嬉しそうに破顔した。
……ああ、カイルも僕と同じなんだなあ。嬉しい。
いちゃいちゃと絡まる二人を冷めた眼で一瞥し、ショーンが苦虫を噛み潰す。
「………そういうのは、自分達の家でやれや。なあ?」
思わぬ言葉を耳にして、ぴゃっと飛び上がる御子様達。
そそくさと自分達のスペースへ逃げ出したトムとカイルを横目に、ショーンはサマンサ達を見た。
「どうよ? あいつら、このまま大人しく帰ると思うか?」
その剣呑な呟きに、辛辣な眼を眇める女性陣。
……だよなあ? ああいう手合は、己の負けを認められないタイプだ。温厚な人間の皮をかぶったケダモノ系。己の自尊心を満たすためなら、けっこうなことでもやらかすだろう。結果さえ己の望むものであれば、それで良いという輩である。
しばらくリビングで話し合うサマンサ達。そこに戻ってきたダレスも加わり、突然訪れた来訪者らに振り回された夜は更けていった。
そして翌日。
「トム、君のやってる仕事を見せてくれないか?」
相変わらずの人好きする笑みを浮かべ、テオはトムが始めたというダンジョン産農作物の直販事業を見せて欲しいと頼んでくる。
昨日のことに罪悪感のあったトムは、快く仕事場を案内した。
「ここが倉庫ね。まずは採集してきた作物を、ここで選別してるの」
うず高く積まれた木箱や麻袋の山に、テオ達は眼を見張る。村の収穫期に見るような光景だ。これが日常的なら、カイルがあれだけの金子を持っていることにも頷けた。
「すごいな…… これは……ジャガタラ? ずいぶん大きな芋だね? 皮も薄いし、村で取れるものよりも柔らかそうだ」
……アレは原種系だからね。熟してないのは青みが強いし、本当は口にしたら駄目なんだけどな。
ジャガイモの芽に毒があることは地球でも有名だが、それは緑素そのものに含まれているのだろうとトムは気付いた。
前世でも幼かったトムの知識は浅い。だがアトロスで成長したトムは、その浅い知識を改めて分析し、色々解答を出している。
村でもときおり体調を崩す者が多いのは、たぶん青いジャガタラを食べているせいだ。
小さくて売り物にならない芋は個人で消費していた。そういう残り物は未成熟な実ばかりで、当然、青いジャガタラを食べた者は食中りを起こす。
その関連から、トムはジャガイモの緑素そのものが毒なのではないかと察したのだ。
元になる知識があったから気付いたこと。
トムは、これを広めるかどうか悩んでいた。
……僕は知っているから理解してるけど、突然、今まで食べていたモノを毒だと言われても誰も信じないだろうし。下手に曲解されたらたまったもんじゃないしなあ。
ここは特定の者にだけ知識を学べる未発達な世界。
学ぶには金子や人脈が必要で、一般的には教会の青空教室で文字や計算を教わる。
それぞれ職にまつわる知識を実践で得て、それのみを学んで暮らすだけの世界だ。何かを研究し、極めるような学問は、高尚な上流階級の嗜みでしかない。
平民は日々の生活を営むだけで精一杯。
そんな世界に地球の現代知識をぶち込んでも、頑迷な迷信や風習に左右されて、目も当てられない惨事になることは想像に難くないトム。
……僕だって、そんなに詳しく知ってるわけじゃないしね。追求されても上手く答えられる自信はないし。うん。
こうしてトムは、分かっていても黙っていることしか出来ないことが、どんどん増えていく。
あれやこれやと作物を見て回るテオらに説明しつつ、少年は小さな溜め息をついた。
「いやはや、これをどうやって市場に流しているんだ? すごい量だけど」
「基本は冒険者ギルドに持ち込んでいるね。そこから商業ギルドとかに分配されたり、直売エリアに並べられたり。あとは、遠方の依頼に応えたりとか? あ、ちょうどお客様だ」
倉庫入口にたむろう人々。
それが中にいるトムを見つけて、軽く会釈している。
「お疲れ様です、道中、何もありませんでしたか?」
にこにこと駆け寄ってきたトムに好々爺な笑みを浮かべ、初老の男性は静かに頷いた。
「穏やかなものでしたよ。ここらは辺境なのに獰猛な魔獣もいないし、住み良い土地ですな」
むしろ、王都に向かう行程の方が物騒だと男性は語る。彼は、ここから王都までを担当する冒険者ギルドの魔術師だ。名前をミゲルと言い、スキル《収納》を所持する稀有な魔術師。
トムと同じで、生まれつき身体が丈夫でなかった彼は魔術師の素養を持っていた。それとスキルが上手く噛み合い、こうやって作物の運搬を生業としている。
《収納》は非常に珍しいスキルで、この国にも数えるほどしかいない。大抵は家一軒分くらいの荷物を異空にしまっておけるらしく、商人はもとより、軍事の兵站にも利用される。
魔術師であるミゲルは、その《収納》に冷却魔法をかけられるため、こうして遠方への輸送を請け負っていた。
「王都では引きも切らぬ人気ですよ、ここの作物。私も桃が好物でして。いつも通り、個人的に購入したいです」
ふふっと淡く笑う彼に大きく頷き、トムは準備してあった依頼品を次々と並べていく。それをさらっと収納し、ふとミゲルは、呆然と見つめるテオ達に気がついた。
「新しい従業員の方ですか?」
「あ、いえ。僕の村の人です。ダンジョン探索に来たついでに、ここにも寄ってくれまして」
「ああ、そうなんですね」
ミゲルの他にも何人か来ていた商人達。そんな大人を相手取って商売するトムに、テオらは目を丸くした。
「ありがとうございます。またの御利用、お待ちしてます」
「単価は下がりませんね。ふふっ、じゃあ少し色をつけて、こちらも御購入頂けるなら端数はまけましょうか」
「あ~、ちょうど切れてます。ん~、半日頂けたら御用意出来ますが…… 良いですか? なら、母屋に昼食を用意いたしますので、ごゆっくりなさってください」
次々とやってくる客を捌き、くるくるよく働く少年。その姿は村に居た頃と全く変わらなかった。
そして、その接客の丁寧さにテオ達は驚く。
舐められたら終わりだと、商人に限らず、売り手は横柄になるものだ。ただでさえ食糧の希薄なアトロスは、生産者や販売者に分があった。
なのにトムは柔らかく、とても礼儀正しい。
……こんなに品のある子供だっただろうか? まるで御貴族様みたいじゃないか。
ゆうるりと優雅な物腰。歳を経たトムは、日本人としての思慮深さや礼儀正しさを思い出し、実践する。
少年は、そういった教養を教わらずとも知っていた。前世のテレビやネットで見聞きした知識を如何なく発揮する。
「ありがとうございました。貴方の帰路が穏やかでありますように」
軽く身体強化の祝福をかけて、優しく微笑む少年。
それに満面の笑みを返し、お客達はホクホク顔で帰っていく。トムの祝福のおかげで、その足取りも軽やかだ。
あらかたの客を捌いた頃、サマンサやレナと接客を交代し、トムはテオのところに戻って来る。
「待たせて、ごめんね。そろそろダンジョンに向かうの? 祝福しとこうか?」
幼い頃からを知るテオにとって、この可愛い生き物は弟のようなモノだった。ちまちま働く小さな背中が可愛くて、よくお手伝いをさせてやった。
それが成長し、働き者なことに眼を細めていたテオが、すらりと伸びたトムの四肢や滑らかな黒髪に息を呑むようになったのはいつ頃だったか。
気づけば魔法まで使えるようになって、癒やしや祝福を振りまく妖精様。どんどん付加価値を増していくトムを、若者の誰もが潤み悩ましい眼差しで振り返るようになっていく。
いつしか村中が微笑ましく見守るトムから、テオも眼が離せなくなっていた。
その横に張り付くカイルと、視線だけの攻防をビシバシ交えることもしばしばで。
……ああ。コレが欲しい。働き者だし、可愛いし、祝福や癒やしも出来るし。なんでコレがカイルのモノなんだよっ!!
胸に湧き上がる憤りを上手に隠し、テオはトムから祝福をかけてもらってダンジョンに向かった。
帰りにも寄らせてもらうと宣う強者に、ダレス達すら呆れ返ったのは余談だ。
「……あれ、諦めてねぇな? やっぱ」
「そのようねぇ。トムは終わった気みたいだけど、釘を刺しておかなきゃね」
天然な小悪魔にのめり込むテオ。
トムは暢気な顔でテオを見送っていて、それを母屋から苦々しげな顔で睨みつけるカイルに、ダレスらは同情しか出来ない。
まだまだ不穏な空気はなくならないものの、今のところトムの人生は順風満帆だった。
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