珠玉の欠片 〜塵も積もれば山となる〜

一 千之助

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 ここは僕の家 6

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「何を採集するんだ?」

「柿だよ。熟したのが欲しいんだって」

 トムは普通にしゃくしゃく食べる柿が好きだが、柿は熟れるとゼリーやジャムみたくユルユルトロトロになる。糖度も上がり、非常に甘い果実だ。
 甘味の少ないアトロスでは稀少な水菓子。ここのダンジョンで取れる果実が人気なのも、人々が糖分に飢えているせいだろう。
 地球産のモノは野菜すら甘いのだ。アトロスの世情を考えたら、人気が出ないわけがない。
 
 ……ダレス達なんて、何でも焼くもんね。バナナやリンゴはともかく、イチゴやサクランボまで焼くなよ。僕は焼かない方が好きなんだから。

 焼くと甘みが増すのは確かだが、果物本来の美味しさが損なわれるとトムは思う。やはり、瑞々しく甘酸っぱいのが果物最大の魅力だろうと。

 そんなこんなの雑談を交え、一層を通り抜けたトムとカイル。見えてきたポータルを見つめつつ、トムは心の中で念じる。

 ……柿のある場所に…… 熟れて柔らかくなった柿があるところへ。

 御客様を待たせているのだ。すぐに採集して戻りたかったトムと、手を繋いでポータルを警戒していたカイルは、音もなく背後にいた者らに気づかない。
 その誰かは、トムがポータルに触れた瞬間、その細い肩に手を置いた。

「トム? 君も採集かい?」

 えっ? と振り返った二人の視界に映るのはテオ。

 どうやら一層の収穫を終え、二層に向かおうとしていたらしい。

 ……しまっ……っ!

 思うが早いか、消え失せる三人。置いていかれたテオの友人達が慌てて二層に飛んだものの、どこを探しても三人は見当たらなかった。



「……ここは?」

 ゆっくり首を回して辺りを確認するテオ。その視界一杯に広がる光景が、彼を狼狽えさせる。
 トムには見慣れた光景。画面の中だけでだが、まさに実りの秋といった黄金色の大地がトムは大好きだった。

「……まあ。ダンジョンの中だよ?」

 言葉少なに眼を逸らすトム。
 ここはトムのお気に入りなエリアで、秋の国とトムは呼んでいる。
 その名の通り、日本の植生の田園風景が一面に広がった空間だ。しゃらしゃらと風に揺れる稲穂も見事に実っていた。

「これは……麦かい? それにしては、やけに穂先が重そうだが」

「……麦とは違うけど穀類かな。米っていうんだ」

「へえ…… コメ? 食べられるのかい?」

「まあ……? 変な匂いと水分が多くて、べしょべしょになるけどね」

 そう。この米を採集して、トムも白米を炊こうと試みたことはある。だが尽く失敗していた。

『なんでご飯にならないのさぁぁーーーっ!!』

 きーっと頭を掻きむしって、何度雄叫びをあげたことか。
 水分量を調節しつつ、一日中頑張ったが、どうやっても前世で食べたような白飯にはならない。カチカチゴワゴワしたうす黄色いご飯が出来上がるばかり。
 匂いも据えたような変な匂いがするし、食感も味も悪く、前世のご飯を食べ慣れているトムにはとても食べられない代物だった。
 逆に、ご飯を食べたことのないカイルやロイドには地味に好評だ。

『たしかに妙な匂いがすっけど。これはこれで美味いと思うなあ。腹持ちも良さそうだし』

『そうだな。臭み消しに生姜やネギを加えてみてはどうだ? トムがよくやってるじゃないか』

 そう言われて試してもみたが、元が変わるわけではないので、大した効果はなかった。

 珍しげに稲穂をいじくるテオ。その稲穂を恨めしげに見つめ、トムは一人不貞腐れている。

 ……何が違うのかなぁ。殻を剥いて水で炊くだけだよね? ネットで見たキャンパーらも、そうやって飯盒で炊いてたし? ここが異世界だからかなあ?

 ブチブチと色々考えるトムだが、彼は基本中の基本、米周りの糠を落とすことを知らなかった。
 店などで売られている米は、精米という工程を経て外殻の糠を落としている。これは栄養価が高く、そのまま食べた方が身体には良い。
 しかし、栄養のあるものは臭みも強いのだ。味も雑味が多いため、日本の先人らはこれを落として炊く、白米という調理法を発見した。
 白飯は素材そのままでは出来ない。そうとは知らないトムは、びっちり糠のついた米を炊いてしまい、連続で失敗しているのである。
 糠を落とすには米つきをして糠の殻を割り、さらに研いで綺麗に落とす必要があるが、それをトムが発見出来るかどうかは、多分に運が作用するだろう。

「食べられるのか。試してみよう」

 そう言いつつ、テオが稲穂のみをナイフで切り落として鞄に詰めている。
 それを横目で見やりながら、トムも目的のモノへと向かった。
 そこには背の高い柿の木が何本も生えている。そのうちの一つ、よく熟れた柿が鈴生りな枝を指差して、トムはカイルを呼んだ。

「あれが良いかも。頼める?」

「おうさ、任せろ」

 にっと快活な笑みを浮かべ、カイルはするすると柿の木に登っていく。それを見上げて少しハラハラしているトムの横にテオがやってきた。
 そしてトムと同じ様に柿の木を見上げ、何気なく疑問を口にする。

「……デカい木だな。一層で見たことない果実だ。これは?」

「柿っていうの。酸味がなくて甘い果実だよ」

「へえ…… ……で、ここはどこなんだい? 二層じゃないよね?」

 何かを含むような鋭い視線で見おろされて、トムはギクリと肩を揺らした。
 ここが何層なのかトムにも分からない。ただ、奥に行くほど植生が日本に偏るダンジョンの構造を考えると、THE日本の秋と言わんばかりなここは、けっこう深い階層だと思う。

「どこかなぁ? はは、適当に飛ばされるし? ポータルしだいなとこあるし?」

「……それにしては、一直線にこの果実のとこ来てたよね? ……アレを目的に来たような?」

 ………っ! 勘が良いなっ?!

 あからさまに眼を泳がせ、ダラダラ冷や汗を垂らすトム。それを微笑ましげに見つめ、テオはトムを抱きしめた。
 ぐいっと腕を引かれ、ぽふんっとテオの胸にトムは抱き込まれる。

「ひょっとしてトムの秘密かい? ふふ、他の人に知られたくない?」

 思わず頷くトムを見て、テオの眼に悪い光が浮かんだ。ちらっと上を見れば、カイルが凄い目つきでテオを睨んでいる。
 今にも降りてきそうなカイルを視界の端に残し、テオはトムの耳に唇を寄せて囁いた。

「黙っててあげるよ。だからさ…… 私を君の拠点で働かせてくれないかな?」

「え……?」

 突然の申し出に困惑する瞳が可愛くて、テオは、ちゅっとその額にキスを落す。
 あーっ!! という絶叫が頭上から聞こえ、けたたましい音をたててカイルが柿の木から降りてきた。
 ざんっと地面に飛び降りた彼の目に浮かぶ獰猛な光。今にもテオに襲い掛からんばかりなカイルを見て、トムも慌ててテオから離れた。

「てめぇ…… 俺の嫁に何してくれてんだぁぁーっ!!」

「まだ婚約もしていないだろう? 自由恋愛だ。でこちゅーくらい何だよ。どうせ、もっと凄いことやってんだろ? お前は」

 つんっとそっぽを向いてからかうテオの視界の中で、みるみる真っ赤に染まる二人の顔。

 ……は? 口から出任せだったのに、マジでっ?!

「おいおいっ! え? 本当にっ?! トム、こいつに襲われたのかっ?!」

 驚きすぎて素が出ているとも知らず、テオはトムの両肩を掴んで揺すぶった。
 そんな噂が村ではまことしやかにながれていたが、トムをよく識るテオは信じていない。それなりに仲が進展はしたかもしれないが、トムが身持ちの固いことを彼は知っていた。

「襲わ……っ? ……れてなんか、ないっ!」

 しどろもどろに答えたトムだが、次に見たテオの反応で絶句する。

「じゃ、合意っ?! かぁぁーっ! そんな尻軽なことやったら駄目じゃんっ! 雰囲気に流された? 全くぅぅっ! これだから眼を離せないんだよなぁっ! これからは俺が見張ってやるから。俺はトムが初物でなくても気にしないんで大丈夫だぞ? 安心して嫁に来い」

 ……は?

 ぱちくりと眼を瞬かせるトムとカイル。そして次には激昂し、二人揃って口を開いた。

「誰が尻軽かぁぁーっ! 僕はまだ未経験だっ!!」

 ……人間とは。人外はノーカンで良いよね?

「まだヤってねぇよっ! とっとと帰れ、お前ぇぇっ!!」

 ……嫁とか、さらっと言いやがってっ! ふざけんなっ!!

 テオの言い様に、一瞬絶句した二人だが、それぞれ思うことを叫び、はたっと視線を見合わせる。

「ヤってない……? え?」

 ……なら、さっきの赤面は? どこまでイってんだ?

 訝しげな目で睨むテオ。そんな彼の前で、御子様二人はわたわたと恥じらっていた。

「まだって…… カイル?」

「いや、言葉のあやっ! いずれって意味っ! 婚約してからなっ? ……婚約したら。……良いよな?」

 後半、窺うように尻すぼみになっていくカイルの口調。
 それがあまりに可愛らしくて、思わず頷こうとしたトムは、背後から突き刺さる冷たい視線に固まり、動けなくなった。

「……婚前交渉なんぞ論外だ。親父さんに言いつけるぞ?」

 辛辣に眼を眇めて吐き捨てるテオ。さすがにカイルも気まずげだ。なんてことを口走ったのかと、羞恥に顔を赤らめていた。

 ……あああ、良いんだよ、カイル。僕だってカイルなら平気だしっ? なんでここにテオがいるんだろう。テオがいなかったら、すぐにでも抱きついてキスしてあげるのにぃぃっ!

 一人脳内でわちゃわちゃするトムは忘れていた。

 テオに、拠点で働かせてくれと頼まれていたことを。そうしないと、トム達がポータルで不思議なエリアに飛んだことがバラされるかもしれない危険があることも。

 こうして未来で小姑化するテオに首根っこを引っ掴まれ、泣く泣く拠点に帰還する御子様達。

 予測不可能なお邪魔虫まで増えて、七転八倒しつつも、トムの異世界生活は続いてゆく。
 
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