珠玉の欠片 〜塵も積もれば山となる〜

一 千之助

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 ここは僕の家 7

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「こいつを拠点に置くぅぅーっ?!」

 顎を落として絶叫するカイルをまともに見られず、トムは眼を逸らして頷いた。
 
 自宅に戻った三人は、神妙な面持ちでトム達の居住区にこもり、他には聞かせられない話し合いをする。

「……そうしないと、さっきの秋の国とか、僕らだけが行けちゃう場所のことを周りにバラされるかもしれないの」

「なん……っ! ……そういうことか。くそっ!」

 実際に、トムが流通に乗せている高価な作物の大半が奥階層のものだ。
 トムは、ただ嬉しくて、みんなに食べさせてあげたくて、純粋な好意のみで流通に乗せたのだが、それを訝る声があるのも確かだった。
 どこで採集しているのか。なぜに他の者には見つけられないのか。直接、尋ねにくる冒険者らもいた。
 そんな不躾な者達はダレスが追い払ってくれたが、トムと同じ物を収穫したくて、六層や七層に到達した人々もいる。
 下手な言い訳はじきにバレてしまうため、トム達は、収穫場所を仲間内の秘密だと嘯き黙秘を貫いてきた。

 その根底が覆されてしまう。

 テオは、トム達が一層のポータルから秋の国の層まで飛んだのを知っているのだ。
 それを喋られれば、冒険者達も今までのように黙ってはおるまい。自分たちも連れてゆけと押しかけてくるのが目に見えている。
 トム達の採集をつけ狙い、無理やりにでも案内させようとするだろう。そんなことになったら、採集が思うように行かず、流通も滞ってしまう。
 始めたばかりの起業が鎮座するのを恐れ、トムはテオの望む通り、彼を拠点で雇おうと考えていた。
 
 思い悩むトムをにやにやと見つめ、テオはその肩を抱き寄せる。

「大丈夫だよ? 私の可愛いトムのことだもの。黙っていてあげるよ。代わりに私の頼みも聞いてくれるだろう? ……キスさせて?」

 怯えるトムの細い顎を掴み、テオは鼻先が触れ合うような位置から囁いた。
 驚き、動揺して揺れる真っ黒な瞳。ソレに薄く舌舐めずりし、唇を重ねようとしたテオを見たカイルが瞬間沸騰。思わず飛びかかろうとしたその時。
 トムのか細い腕が突っ張り、テオとの距離を必死に広げる。

「……ふっ、……やだぁ……っ、やだよぅぅ……」

「……………そんなに?」

 俯き、ふるふると首を動かす小さな少年。

 丸見えなつむじすら愛おしくて、テオは絶望的な顔で天を仰いだ。その拒絶すら堪らなく彼を興奮させる。一途で健気なトムに、むしろ惚れ直してしまう有り様だ。

 ……こういうところが良いんだよなあ。この眼に私だけを映して欲しい。カイルなんかでなく、私のためにされる、こういう態度を見たい。
 
 ……ここにもつける薬のない熱病患者がいた。

「……無理強いする気はないよ。……はあ。これも惚れた弱みだよねぇ。まったく」

 片手で額を押さえて、テオは忌々しげな眼でカイルを睨む。

「お前さえいなかったらと何度思ったことか。こんな可愛い恋人独り占めしやがって。少しくらい、こっちにもお裾分けしろや」

「ーーーーーっ!! こっちの台詞だわ、馬鹿野郎っ!! 俺のトムは、一欠片たりともお前になんぞやらんっ!!」

 眼を剥いて喚くカイルだが、その眼に滲む悔し涙がまだまだ彼の幼さを物語っていた。
 そんなカイルを無視し、テオは俯いたままなトムの細い肩を優しく掴む。そして春風のように穏やかな声で囁いた。

「無理やりする気はないから。その気になったらキスさせてね? いくらでも待つよ。まだ婚約年齢まで一年以上あるんだし? ……諦め悪いんだよな、俺」

 ……俺?

 いつも礼儀正しくたおやかなテオにしては、珍しく粗野な口調。思わず顔を上げたトムの隙をつき、テオは、ちゅっと柔らかな唇を啄んだ。

 ……あっ

 思うが早いか、咄嗟のことで棒立ちしてしまったカイルが絶叫を上げる。

「あーーーーっ!! てめぇぇーーーっ!!」

「ふん。これぐらいお釣りがくるだろうが。あ~あ、私もお人好しだよねぇ? トムの全部を望んだって許されるのに、こんな御子様なキスだけで我慢してあげてるんだからぁ? 感謝されこそすれ、罵倒されるいわれはないよ」

 確かに…… これからを思えば、黙っていてくれるテオに感謝しかない。万一、脅されたら…… 僕は、どうする?

 ぞわっとトムの肌が毛羽立った。

 カイル以外に触れられるなど考えたこともなく、それを想像しただけで背骨に悪寒が突き抜けてゆく。
 人外らに問答無用で襲われた恐怖が蘇り、カイルよりも身体の大きなテオが、ひたすら恐ろしい生き物に見えてきた。

 完成された大人に近い男性。

 あの淫らな暴力を克服したつもりだったトムは、つもりが、つもりでしかない事実に打ちのめされる。
 こうしたちょっとしたきっかけで、それはぱっくりと口を開け、トムの心を呑み込んでしまう。

 ……怖い。怖い。怖い。

 ガタガタ震えだしたトムを見て、テオは訝しげに頭を傾げ、カイルは慌てて恋人を抱きしめた。

「俺がいる。ここには俺しかいない。な? トム。……テオ。出ていけ」

 ギラリと光るカイルの双眸に凄まれ、テオは知らず知らず息を呑む。

 ……なんだ? こいつ。急に雰囲気が……?

 切れるように酷薄な光を眼に浮かべ、カイルはトムを横抱きで抱えあげると、リビングの奥へと消えていった。
 それを呆然と見送り、一人取り残されたテオは、母屋へと戻る。
 賑やかに談笑するロイドやダレス達。そこにテオの友人らもいて、トム達の棟から出てきたテオに軽く手を振った。

「よお。いきなりいなくなったから、びっくりしたぞ? 二層にもいなかったし、どこまで潜ったんだ?」

「あ……、まあ。少し深めに?」

 ふうん? と疑問顔な二人。

 その会話を聞いていたダレスが、ふっと眼を眇める。

 ……まさか?

 何かを察した彼は、テオの出てきたトムらの棟の扉を、じっと無言で凝視した。



「良くなったか?」

「うん…… ありがと」

 トムとカイルは温かな湯船に浸かり、ゆったりと寛ぐ。

 あの後、トムの異変を感じたカイルは、思い出した恐怖で強張る恋人を温めるため、慌てて湯を張り、服を着たまま飛び込んだのだ。
 これもまたトムがナタリーに頼んで作ってもらった広い浴室。
 風呂といえば樽風呂しか知らなかったカイルは、この大きな浴室に度肝を抜かれた。
 脚を伸ばして横たわるように浸かれる箱。湯船というのだとトムに説明されたが、こんな大量のお湯を風呂のためだけに沸かすのは贅沢極まりないと思った。
 洗い場と呼ばれた場所も広く、小さな椅子や桶が置かれ、一角に鏡までついている仕様。しかも、そこに鎮座するは見たこともないような色の石鹸。
 村で使っている油臭いモノではなく、オリーブのように清々しい香りのする石鹸は、掌サイズなのにもかかわらず、値段が金貨二枚だというから倍驚いた。

『これだけはね…… うん。僕の唯一の贅沢』

 はにかむような恋人の笑顔に、ぼんっと頭を沸騰させて、カイルは明後日なことを考える。

 ……いや、まあ確かに。贅沢の極みだとは思うさ。けどトムがコレを欲しいなら、俺、頑張って稼ぐから。

 テレテレと頬を掻きつつ、浴室の使い方を知らないカイルに、トムは手取り足取り教えた。そのついでに一緒に入ってしまうのも御約束だ。
 
 そして、悪戯されてしまうのも………

 そんな赤裸々な今の暮らしを思い描きながら、カイルは抱きかかえるように湯船を楽しむ。もうトムも震えてはいない。精神的なモノであれ、溶かし温めてしまうお風呂は偉大だとカイルは一人ごちた。

「俺がいるから…… トムは何も怖がらなくて良いぞ? なんなら、テオだって消してやるし? ダンジョンの奥に連れ込んで始末しちまえば、証拠も残らないしな」

「は……?」

 別の意味で背筋がぞくりとし、思わず振り返ったトムの視界で、にやりとほくそ笑むカイル。

 その昏く淀んだ瞳にトムは覚えがあった。

 ……あの人外達と同じ? ……え? 嘘でしょ?

 種類は違えど、大なり小なり、執着など似たようなもの。特にカイルは年単位の拗らせである。彼は、鈍感なトムに教え、気づかせるより、原因の方を排除する方が簡単だと思った。

 古今東西、戦争と恋愛は手段を選ばないものと相場が決まっている。
 それに目覚めつつあるカイルを正気に戻すため、トムはぺったり甘えて揺さぶった。それとは分からずとも、今のカイルが危険な香りを振りまいていることは理解する。

「二人きりなのに、考えるのはテオのことなのぉ? 僕よりテオが気になるのかなぁ? カイルはぁ?」

 間延びした可愛らしい声で鼓膜をぶち抜かれ、はたっと我に返ったカイルが慌てて答えた。

「ないっ! テオなんか気になるわけないっ!!」

 ぎゅっとトムを抱きしめてくるカイル。

 その瞳の昏さが霧散したのを見て、ようようトムも息を抜いた。

 しかし、そんな風に煽ってしまった恋人の手が、淫猥な動きに変わるのは御約束である。

 きゃーっと恥じらう可愛い声が浴室に響いたのも御愛嬌。

 トムに考える暇も与えず、時は無情に流れてゆく。カイルに唸られながら、拠点のメンバーになったテオ。
 それが落ち着きを見せ始めたあたりで、トムは十一歳の誕生日を迎えていた。

 その誕生日に、見たこともないような魔獣の山がトムの自宅の前に積み上がっていたのは余談だ。
 その山にかけられた一筋の帯。リボンのように結ばれたソレにも、トムは見覚えがある。

「……あいつらか」 

 奥歯を噛み締めたカイルの呟きが、トムの想像を代弁していた。

 ……あいつらしかないよねぇ?

 トムの脳裏に、これと同じ帯を身体にグルグル巻きした三人が過る。
 予想もしなかったプレゼントに頭を抱え、今日も悩みの尽きないトムだった。
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