三枚重ねの真実 〜繰り返す後悔〜

一 千之助

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 三枚目のやり直し 5

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「会わせられない?」

「うん。ハルト君は医務室にいるよ。でも、かなり具合が悪そうでね。一晩様子見して、悪化しそうなら帰宅を許すことになってるんだ」

「そんなに悪いんですか? どうして…… 会わせていただけませんか? ハルトは寂しがりやなんです、近くに居させてくださいっ! 一人でいたら、もっと悪くなってしまうかも……」

 必死にオベロンへすがるハウゼン。だが、その真後ろで誰かが声をあげた。

「どいてくれねぇかなぁ? そこ通りたいんだけど?」

 驚き、振り返ったハウゼンの視界には、ふてぶてしい顔のライルが映る。ライルは生意気そうに首を斜に構え、にやにやと卑な笑みを浮かべていた。

「ああ、ライル君。君の食事も医務室に運べば良いかい?」

「お願いします。俺、ハルトに付き添いますから」

「な……っ? なんでお前がっ?!」

 激昂し、目の色を変えたハウゼンを辛辣に睨めつけ、ライルは面倒臭そうに吐き捨てる。

「何でって、俺、弟じゃん。血の繋がったハルトの家族だもの。当たり前だろ?」

 オベロンも、その通りとばかりに頷いていた。

「こういう場合、付き添ったり面会出来るのは家族と担任教諭だけなんだよ。規則だからね」

「俺だって従兄弟ですっ!」

 ……しかも恋人だぞっ!?

 喉元まで迫り上がった言葉を、ハウゼンは何とか呑み込んだ。公然の秘密とはいえ、男色は忍ぶもの。隠すことを美徳とされる。
 実際にはけっこうオープンだが、それでも体裁を取り繕い口をはばかるものだ。こんなところで明言して良いことではない。
 自分を押しのけて悠然と医務室に入る小生意気なライルを忌々しげに睨みつけ、ハウゼンは踵を返した。
 無言で立ち去る彼を見送りながら、オベロンがライルに視線を振る。

「……良いのかい? 彼、かなり御立腹みたいだけど?」

「ハルトは正気に戻ったんですよ。虚しい慰め合いを卒業したんです」

「ふ~ん。まあねぇ。学生時代の熱病は誰でもあるからなぁ。……懐かしいね。うん」

 オベロンもなかなかに整った顔立ちだ。若い頃はさぞかし言い寄られたことだろう。
 そんな益体もないことを考えているライルに気づき、保健医はコツンっと頭を叩いた。

「変な想像すんなよ? 私は熱病に侵されたことはないからね。……ってか、掘るならともかく、掘られる方ばかり望まれたから。片っ端から蹴倒してやったわ」

 ……あ~、女顔ですもんね。お察しします。

 さらに酷いことを脳裏に描かれたとも知らず、オベロンは医務室の個室にライルを案内した。

「ほんとは鍵かけちゃ駄目なんだけど、本物の病人でもないから。プライベート欲しいでしょ? ほい」

 そういってオベロンが渡したのは簡易キー。ドアノブを固定して回せなくするモノだ。気の利く御仁で助かると、ライルはありがたく鍵を受け取った。
 そしてざっと個室を見回す。
 入って最初は応接セットの置かれた部屋で、左の壁の扉はトイレとシャワー。右の扉が寝室のようだ。
 ここは伝染病などの疑いを持たれた生徒を一時的に隔離するための部屋。なので、生活に必要なモノは揃っていた。
 食事や着替えの受け渡し用窓口もあり、一切出なくても暮らせる、至れり尽くせりの個室である。

「一応様子を見ていくね。精神的なモノとは聞いたけど…… びっくりしたよ、真っ青なんだもん」

 軽く唇を噛み、オベロンは何ともいえない切なげな顔をした。
 ハウゼンが怖い。部屋から出たくないと半泣きなハルトを、ライルは無理やり連れ出したのだ。

『……怒られちゃう。駄目だよ、ライル。ハウゼンが悲しむよ』

『ハルト……』

 いやいやと駄々をこねるように後退る兄。

『僕がいなくなったら、ハウゼンは何をするか…… またライル達を狙うかも……っ!』

『ハルトっ!!』

 怯え、狼狽える兄をライルは力任せに抱きしめた。

『大丈夫。大丈夫だから。俺はここにいる。大丈夫』

 ぽやんっと眼を見開き、ハルトもライルを抱き返す。確かめるように忙しく動く指が痛々しい。

『大丈夫……? そう、大丈夫。……僕が守るからね』

 大丈夫…… 大丈夫…… とブツブツ呟くハルト。そんな兄を悔しげに見上げ、ライルはハルトの手を引き、ゆっくりと医務室まで連れていった。

 それを思い出し、ライルは思わず奥歯を噛み締める。ときおり見え隠れする兄の狂気。それはきっと、前回のトラウマが深々と残っているせいだろう。

 ……あのクソ外道が。どんだけハルトを追い詰めやがったんだ。

 オベロンと共に、ライルはそっと寝室を覗く。

 寝台に横たわって、すやすやと眠るハルト。

 それに安堵し、オベロンが脈や熱を診た。寝汗もかいてないし、呼吸も穏やかだ。

「大丈夫そうだね。ゆっくり休ませてあげよう。……あの顔色の原因はハウゼン君かな?」

 ライルは、こっくりと頷いた。

 嘘ではない。それも現在進行系だ。

 大仰に溜め息をつき、オベロンも不敵に嗤う。

「オーケイ、生徒を守るのは教師の義務だ。徹底抗戦と参りましょうか」

 思わぬ言葉を耳にし、ライルはがばっと顔を上げてオベロンを凝視する。それに挑戦的な笑みを浮かべて眉を跳ね上げる保健医。

「理由は話せるかい? 話せなくても良いけどね。これは私の矜持だから。一教諭としてのね」

「……あんた、ちゃんとした先生だったんだな」

 ぽろっと漏れたライルの本音。

「君、失礼過ぎやしないかいっ?! 私のことを何だと思っていたわけっ?!」

「競馬好きな不良教諭」

 またもや漏れる素直な本音。

「~~~~~~っ! 否定はしないけどねっ?!」

「出来ないの間違いだろ?」

 ぽんぽんまろびる子供の本音に苦虫を噛み潰した顔をし、オベロンは片手でがしがしと己の頭を掻きむしった。

「あ~~~~~っ! 普段の行いだなっ! まったくっ! どうせ不良教諭ですよーだっ!!」

「でも、そういう正直なアンタが俺は好きだぜ?」

 これもまた本音。

「………惚れんなよ? お前の年齢は俺のストライクゾーン外だ」

 ふふんっと鼻を鳴らすオベロン。

 ……こいつの、こういうとこが良いんだよなあ。気楽でさ。

 そんな馬鹿話をしつつ、二人は寝室から出ていった。カーテンの引かれた窓の外に、一人佇むハウゼンが居たとも知らずに。



「……ハルト。戻りたいだろう? ごめんよ、助けてあげられなくて。すぐに…… すぐに出してあげるからね?」

 夜半の月明かりを背に受け、逆光により昏くて見えない彼の顔。しかし、その双眸は爛々と輝き、一心不乱に最愛の眠るだろう個室を凝視していた。
 
 ぎしり……と何かが軋む音が聞こえ、運命の歯車が回りだす。
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