三枚重ねの真実 〜繰り返す後悔〜

一 千之助

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 三枚目のやり直し 4

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「まずは、ハルトが逃げることが先決だな」

「逃げる?」

「ハウゼンはお前を徹底的に貶め、矜持も自尊心も粉々にしようとしてる。そして優しく甘やかし、ハウゼンしか見えない奴隷にしたいんだ。分かるか?」

「……あれは、彼の性癖なんじゃ? 穢された僕でないと欲情しないらしいから」

 ライルの説明に、きょとんと惚けるハルト。

 それも理由の一つだろう。だが、奴がしているのは、そんな温いモノではない。
 ハルトは前回で行為に慣らされすぎて見えていないのだ。己に着けられようしている悍ましい鎖が。

「ハルト。正直に言え? ハウゼンに抱かれて気持ち悦いか?」

「え?」

 どきっとハルトの胸が飛び上がった。

「それは…… まあ。ハウゼン兄様は優しいし? 僕をすごく愛してくれてるし?」

 ……ほら、見たことか。完全な共依存に持ち込まれているじゃねぇか。

 テレテレと惚気のようなことを宣う兄を白けた三白眼で見据え、ライルは矛盾点を指摘していく。

「なんで優しく感じるよ?」

「他の先輩達は…… 怖い……から? 無理やりだし、泣いても叫んでもやめてくれないもの。……すごく痛いこともされるし。…………」

 今にも泣きそうな顔で俯くハルト。

「それ、やらせてんのハウゼンだぞ? お前を恐ろしい目に合わせて愉しんでるのはハウゼンだ。それ分かってるか?」

「それは…… だって、そうしないとハウゼン兄様は興奮出来ないって…… だから……」

 堂々巡りなハルトの思考。これが可怪しいことに、本人は全く気づいていない。

「眼を覚ませ、ハルト。ハウゼンは全然優しくない。鉱山の時を思い出してみろ。それに、前回お前が行方不明になったのもハウゼンの仕業なんじゃないか?」

「あ………」

 ようやく思い当たったかのように、ハルトは再び顔を青ざめた。
 
「今はまだ触りのあたりだから、ハウゼンも無茶はしていないだろう。でもお前は、前回や前々回で奴の本性を見たはずだ。思い出せ。忘れるな」

 鉱山ではハウゼンに殺意を抱くほど蹂躙された。

 前回では、記憶が曖昧になるほどがんじからめに拘束され、大勢に嬲り尽くされた。

「……あ、なんで僕は? ……殺したいほど憎んだ時もあったのに?」

「そう。さっきも殺してやるって言っていたよな? なのに、お前は妙にハウゼンへ理解を示す。奴の行為を黙認する。これは洗脳だ」

「……洗脳?」

「そのようなモノだと思い込ませること。お前はハウゼンを興奮させるために、輪姦されても仕方ないと思ってる。最終的にはハウゼンが助けてくれるからと。でも、よく考えてみろ? 奴は最後にお前に飴を与えているだけで助けたことは一度もないはずだ」

「…………………」

 ……そうだ。最後に優しく抱いてもらっただけ。ハウゼンが僕を他の生徒から守ったことなんて一度もない。むしろ、もっとやってくれと…… 煽っていただけ。

『我慢だ。もっと我慢して……? ああ、奇麗だよ。泣きじゃくるハルトは、凄まじく奇麗で可愛い。もっと泣いてくれ』

 脳裏に過るハウゼンの恍惚とした表情。

 それに背筋をぞわりとさせ、ハルトはライルを見つめた。それに頷き、ライルもハルトを見つめる。

「酷い目に合わせて優しくし、自分に深く依存させ、相手を意のままに操るのはよくある遣り口なんだよ。むしろ使い古されたやり方だ。知っていたら、まず引っかからない程度のな」

 それに見事引っ掛かり、さらにはライル達を守ろうと必死だったハルトは、自分さえ我慢すればという悪循環にはまりこんだ。
 手酷い鞭の嵐に見舞われたあとの飴は格別。天にも上る心地好さに満たされ、手練手管を駆使したハウゼンにより、ハルトは真綿で締めつけるかのようハウゼンに支配されていった。

「僕は……騙されてた? ハウゼンは、すごく優しかったから。……それも嘘?」

「嘘じゃねぇよ? ハウゼンは優しかったんだろうさ。ただ、そうハルトに思わせた元凶、らんちき輪姦パーティーを主催して、それをやらせてたのも奴だって話。そうしないと興奮出来ない変態がね」

 それを歓んで引き受けていた生徒もハウゼンの仲間。全てはハウゼンの望みで、ハウゼンの仕組んだこと。

 ……理解していたつもりなのに、つもりでしかなかった。奴がどれだけ残忍で狡猾なのか知っていたのに、そういう性癖だから仕方ないとも思っていた。

 愕然とするハルトを見て、ライルは胸を撫で下ろす。こうして矛盾点を指摘しただけで気付けるあたり、今のハルトの洗脳は浅かったようだ。
 矛盾に矛盾を塗り重ねた支離滅裂な思考。これが洗脳。そうと思い込まされた者は、それを可怪しいとも考えずに行動する。
 単純なものでいえば、言うことを聞かないと殴るぞ? と、脅された者が、殴られないために言うことを聞く。これが高じていくと、殴られないために従うのが当たり前だと思い込む。
 逃げたら良いじゃないかと問えば、逃げたら殴られるという。逃げれば殴られないよ? と矛盾を指摘しても、逆らっちゃ駄目なんだ、殴られるから。と、支離滅裂なことを言い出す。

 洗脳が進むと、分かって良いはずの理屈も分からなくなる。

 前回のハルトは、そこまで進んでしまったのだ。たぶん。ライルは固く眼を閉じて、見逃してしまった過去を深く悔いた。

 ……今なら間に合う。

「良いか? ハウゼンは優しくない。むしろ俺達を殺そうとした敵だ。忘れるなよ? 忘れそうになったら、俺んとこに来い。さっきみたいに上書きしてやるから」

 ぽけっと間の抜けた顔をする兄を見て、ライルは悪戯げに笑った。

「気持ち悦かったろ? ハウゼンにされるよりさ」

 ぼんっとハルトの頭が火を噴く。

「とにかく、ハルトはハウゼンから離れた方が良い。前回は俺が断って寮の部屋を同室にしてもらわなかったけど、今回は申請してみるよ。従兄弟より兄弟のが優先だしな」

「ああ、そういう手があったね」

「うん。でも学校も辞めた方が良いかもな。あの手合いは執念深いから。週末に帰宅したら父上らに相談してみようよ」

「父上…… 懐かしい。僕って何年くらい行方不明になってたの?」

「俺が知っているのは十年。その後は分からない」

「……そっか」

 しんみりとしつつ、二人は週末の計画を練る。

 そしてライルは、ハルトの安全を確保するために医務室へ向かった。



「先生ーっ、いるぅー?」

「おや、ライル君。またサボりかい?」

 ペンを咥えてシニカルに笑う養護教員。名前をオベロンといい、前回の黄泉がえりでかなりライルが世話になった保健医だ。
 正確にはライルが世話をしたのかもしれないが、そこは持ちつ持たれつ。サボりの口実を作ってくれるかわりに、ライルは彼の欲しがる情報を渡していた。

「兄貴がさ。ちょっと精神的に参ってて。少し匿って欲しいんだよ」

「ハルト君が? そりゃ心配だな。彼なら君と違ってサボりではないだろうし。私が話を聞いてみようか?」

「いや、静かに過ごせたら大丈夫だと思うから。ここで休ませてやってよ。……俺以外、誰にも合わせずにさ」

 遠回しな隔離を望むライルの言葉に、オベロンの眼が煌めいた。

「ふ~ん? 何かありそうだね。本当ならそういうのはいけないんだけどぉ? 君と私の仲だしね。……くれるんだろ?」

「週末のレース、四-八が大穴。けっこう稼げると思うよ?」

「助かるぅ、君の予想は外れないからね。担任には、それらしい理由をつけて診断書を出しておくよ」

「ありがと♪」

 にっと意味深な笑いをオベロンと交わし、ライルはハルトを医務室に隠した。

 過去の仲間集めにも使った手だ。未来を知るアドバンテージをライルは如何なく発揮する。




「ハルト?」

 昼食を持って部屋に帰ってきたハウゼンは、恋人の不在を知り、あからさまに眼を泳がせた。

 ……ハルトが俺の命令に背くはずはない。ここでちゃんと待っているはずだ。いったい、どこへ?

 トイレや洗面所、他あちこちを探し回り、人に尋ねて歩くハウゼン。彼の恋人がいなくなったと知り、多くの生徒が心配する。

「体調が悪そうだったんだ。どこかで倒れているのかも……」

「あ、それなら医務室は? 悪化して医務室にいったのかもしれないよ?」
 
 ……なるほど。そうかも。

 礼を言いながら友人と別れて医務室に向かうハウゼンを、二階の自室の窓から見つめ、ライルはにんまりとほくそ笑んだ。
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