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それからの日々 2
しおりを挟む「アホだろうっ!? おまえーっ!!」
聞けば束縛なんで生易しいモノではない。
足腰が立たなくなるほど抱き潰し、精も根も尽き果てるほどイカせ、さらには排泄すら管理してベッドから一歩も動けぬようベルトで固定し、兄妹が外すまで寝たきりにするとか。
しかも外したら外したで、さらに動けぬよう二人が絡まり、悪戯する毎日。
完全に人権無視な、監禁束縛である。
「束縛とおりこして、拷問だぞ、それはーっ!! そりゃ、身体も衰弱するし、精神にも堪えるわっ!!」
「そうなのか? 睦月っ」
「まぁね。愛があるから耐えられるし、嬉しくも思うけど、さすがに重すぎて潰れそうかな。......まあ、潰れても良いかなって思ってた」
潰されても良い?
唖然とする要。
「元々は私の蒔いた種だしね。文字通り。なら刈り取るのも私でしょう? 二人が幸せなら、この命くらいくれてやりますよ」
にっこり微笑む麗人。甘く拗らせ、非常に愛の重い人がここにも居た。
あ~、さすが血縁っすね。別の意味で重いわ、あんたも。
うんざりとした顔を隠しもせず、要は賢を振り返る。
「叔父さんは、こう言ってるけど? 抱き殺したいのか? それとも縛り殺したい? 多分、お前らの愛情で溺死寸前だよ?」
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「そんなつもりじゃ..... ただ逃げられないように。ただ、俺達の傍にいて欲しかったんだ。それだけ…… う……ぅぅ……」
泣き崩れる賢から、要はさらに詳しい話を聞いた。幼少期。記憶にあるあたりから今までを。
そして、聞くんじゃなかったと後悔する。
賢と聡子の兄妹はネグレクトを受けていた。
そればかりではなく、暴力や暴言も。
そんな二人を愛し慈しんでくれた睦月に、彼らの幼い執拗な偏愛が集中したのだ。
虐待の被害者には、ままある事なのだが、彼らは、好きになった相手に、どこまで許されるか試す傾向がある。
それが性的な嗜虐であっても同じ事。相手が全てを許してくれるまで、貪欲に求め続ける。
それを睦月は無条件で許し続けた。彼らが睦月に執着し、溺れるのも仕方のない事だったのだろう。
だが、モノには限度がある。
「おまえが叔父さんを殺すのは自由だけどなっ! 知ったからには黙認出来んっ!!」
これは通報すれば犯罪にカテゴリーされるだろう。睦月を救うには、賢達と離すしかない。
他所様のことだ。本来、深入りは御法度。しかし、将来、医師を目指す要にとって、ここで引き下がるわけにはいかなかった。
眼の前に消えそうな生命があるのに、それを放置は出来ない。いざとなれば通報してでも賢らを止めなくては。
自ら望んで溺れている睦月には、要らんお節介だろう。だが、人間、生きていてこそではないか? お互いに生きていてこそ未来を紡げる。やり直しもきく。死んだら、そこでおしまいなのだ。
切実にそう願う要。これは彼の医師を目指す矜持だ。
しかしそんな真摯な気持ちも、猛獣化した賢には届かない。
賢は要の様子から、彼を敵認定したらしく、その双眸に猛禽のごとき凶暴な光を宿す。
「は? どうするってのさ。黙認出来ない? なら、見なくて良いようにしてやろうか?」
ゆらりと立ち上がった賢は、そのまま要の胸ぐらを掴んだ。
そして力任せにその衿を締め上げる。
殺意のこもった容赦ない締め付けに、要の顔が苦悶で高揚していった。
……殺してやる。こいつは睦月を連れて行くつもりだ。きっと、そう。……話をしたのが間違いだった。
一触即発な空気をまとい、ギリギリ締め上げる賢。
「賢っ?! やめなさいっ!!」
事態を察した睦月の顔が強張り、切迫した声をあげる。
それにニタリとほくそ笑み、賢は地を這うような声で答えた。
「大丈夫だよ、睦月。誰にも触らせない。奪わせない。睦月は俺達のモノだっ!!」
胡乱な微笑みの中に揺らめく、微かな狂気。
まだ一般を履修したばかりとはいえ、こういった専門を目指している要は、的確な言葉で賢の心を抉る。
「そうして..... 拷問の果てに殺すのか?」
締め上げられる苦しい息の下、要が振り絞るように呟いた。
その言葉で、賢の手が凍りつく。
さらには後ろから、賢の耳に睦月の声が聞こえた。
「何処にも行かないよ? ずっと一緒にいるから。殺されても良い。賢の好きにして?」
「睦月.....」
賢は泣き出しそうな顔で要を投げ捨て、睦月のベッドに取りすがる。
「……捨てないで? 良い子にするから。ずっと傍にいて?」
「ずっといるよ。可愛い賢。私は賢のモノだよ?」
ああ、十数年たっても変わらない。
どこまでも、睦月にとって賢は可愛い子供なのだ。
睦月の二倍近いガタイになっても、中見は子供のままな賢。
締め上げられた首をさすりつつ、要は胡乱な眼差しで、ゲロ甘な二人を見つめた。
こ~れは…… 理解の前に脅しがいるな。
そう感じた要は、あえて賢の不安を煽る。
「で? 殺しちまうのか? 大切な叔父さんを」
「.....殺したくない」
「このままじゃ、死んじまうぞ? そんなに痩せ細らせちまって。どうすんだ?」
「.....どうしたら良い? 分からないんだ」
切なげに顔をしかめ、涙でぐしゃぐしゃな賢。
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力なく賢が頷く。
「なら、最低限の行動はさまたげるな。用足しも食事も本人にさせろ。抱き潰すな。このままじゃ、足腰が弱って立てなくなっちまう。早死に一直線だぞ」
聞いた話によれば、すでに三年ほどこの暮らしらしい。睦月の痩せ衰え加減にも頷ける。
……ってか、すでに足腰立ってねぇのかよぉぉーっ!! 重症だぞ、それぇぇーっ!!
人間、骨折で一ヶ月足を使わないだけでも、目に見えて筋力は衰えるのだ。それを三年も…… っと、要の眼が遠くに馳せていく。
「個人の恋愛に文句は言わない。しかしこの先、人の命にかかわる者として、目の前の命を救いたい」
泣き濡れた賢が、軽く眼を見開いた。
「叔父さんは、そんな愛し方を、お前に教えたのか?」
言われて、賢は脳味噌をぶん殴られた気がする。
『煽るんじゃないよ、もーっ』
『叔父さんはいいよ。賢を壊したくないからね』
『まだ、賢には早いかなぁ』
睦月は賢を壊さないよう、大切に扱ってくれた。
全身で溺愛し、これでもかと優しく甘く壊れ物のように扱ってくれたのに。
……その睦月に、自分は一体、何をした?
愕然と顔を凍りつかせ、賢は己のしでかした残忍な過ちに、ようよう気がついた。
気力も体力も奪いつくし、それでも不安で動けぬよう拘束し、指先一つをも自由にさせず、全てを支配しようと躍起になった己の浅ましさを。
これでは蹂躙と同じである。いや、それより残酷だ。
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それを何年も?
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「あ.....っ、叔父さん、ごめん」
「うん?」
「ごめん、ごめ.....っ、んっ、なさいぃぃ」
何を謝っているのか睦月には分からない。
それでも賢が何かを反省した事は分かる。
「やりたい盛りの十代だったもの。過ぎる事もあるさ。気にしないで?」
柔らかな睦月の微笑みに、賢は声をあげて泣いた。
……いや、そう思うんなら自重させろや。
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こうして、賢達の暴走はおさまり、崖っぷちだった睦月を救ってくれた要に一目おくようになった賢は、要の指導の元、新たに発覚した兄妹のトラウマ更正に乗り出す。
暗雲の立ち込めていた病的溺愛家族の関係に、正しくメスの入れられた瞬間だった。
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