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それからの日々
しおりを挟む「少し時間もらえるか?」
「へ? 俺?」
地元で唯一医学部がある大学。
二流私大だがソレなりの難関を突破し、望月要の入学した学校に、そいつは居た。
経済学部所属の彼は、里中賢。両親を亡くして叔父に引き取られ、名字が変わったとかで、彼の前を知るものは別の名前を呼んだりもした。
人気のないベンチに呼び出された要は、大して話した事もない彼をマジマジと見つめる。
整った顔に高い鼻梁。サラサラな黒髪を後ろでひとつ結わきにし、軽く百八十を越える身長。
女子らから熱い眼差しの絶えない美貌の彼は、学校中の噂の的だった。
数いる美女らに一瞥もくれず、ただひたすら勉学に明け暮れ、飲み会にも遊びにも参加しない。
それどころが、明るい内に講義を終えて、そそくさと帰宅する彼に、噂のタネは尽きなかった。
ほぼ満点に近い首席合格の才人。あからさまに非凡な彼が、なぜこの学校に入学したのかも噂に拍車をかけている。
彼なら地元を離れて、名のある大学にも入学出来ただろうに。……と。
しばしの沈黙の後、賢は伏し目がちにポツリポツリと話した。
なんでも、彼の叔父の体調がよろしくないらしい。
健康診断の結果、身体の病気的なものではなく、どうやら精神的。あるいは心療的な可能性があるとか。
「それで、その..... 君って、そちら系を目指していると聞いて。気休めで構わないんだ。少し叔父と話してみてはくれないか? それで、どちらにかかれば良いか、おおまかでも判断して欲しいんだ」
「ちょっ、俺はまだインターンにもなってない、一般からのぺーぺーだぞ?」
「それでも、ど素人な俺よりはマシだろう? たらい回しは嫌なんだ。医師にかかるなら、一度きり、通院するにしても医師は一人だけにしたい」
つまりはアレか。精神科にかかるか、心療内科にかかるかの判断か欲しいと。
診断結果によって、たらい回しはよくある話だった。
「このセカンド・オピニオン全盛期に、また珍しい事を」
不思議そうな要の視界で、賢はみるみる険しい顔になる。
「睦月を複数に触れさせるなんて、冗談じゃない.....っ! 家から出すだけでも業腹なのにっっ」
忌々しげにすがめられた眼。その瞳には肉食獣を思わせるように獰猛な光が浮かんでいた。
初めて見る学友の剣呑な瞳に怖じ気づき、要は、ひゅっと背筋を凍らせる。
それに気付いた賢は、慌てて人好きする笑みを浮かべ、思案げに呟いた。
「話をしてみてくれるだけでも良い。叔父の気分転換にもなるだろう」
あまりに真摯な賢の眼差しに気圧され、要は話すだけという約束で里中家を訪れる。
要は知らない。賢が睦月を誰かに会わせようとするなど、あり得ないことを。それこそ身を切るような悲壮な覚悟で話しかけたことを。
いざとなれば要を始末してでも三人の秘密を守る。そんな箍の外れたケダモノが横に居ることに、暢気な要は気づいてもいなかった。
当たり障りない説明を交えた会話をしつつ、賢の運転する車に乗り、二人は睦月の下へと向かう。
「ここだ。睦月、俺の大学の友人で、望月要。少し相談してみたら、話を聞いてくれるって」
山奥のこじんまりとした一軒家。木造二階建ての和風建築は、賢のイメージに良く似合う。要は、そう思った。
そして彼に案内されたのは、明るく陽当たりの良い広い部屋。
大きな窓際に据えられたベッドには一人の男性が横たわっていた。
「友人? 賢の? おおう、賢が友達を連れて来るなんて初めてじゃないかい?! .....はじめまして。叔父の睦月です」
いや、単なる顔見知りで、まともな会話をしたのも今日が初めてなんですが…… などとも言えず、愛想笑いで誤魔化す要。
そして、こっそり睦月を観察する。
柔らかく微笑んだ男性は、賢に良く似た面差しの細い人だ。
全体に儚い柔らかな印象の男性は、たしかに賢が言うように生気が薄く、病気的な雰囲気を醸し出していた。
しかし要が何より気になったのは、その身体がベルトで拘束されていた事。
患者が暴れないよう、こういったベルトが使われる事はある。転落防止にも。
だが目の前の男性は、両手足まで枷で拘束され、寝返り一つ打てない状況にされていた。
……そこまで酷い症状なのだろうか。
深刻そうな賢の話から推測しつつ、要は柔らかな笑顔で睦月に話しかけた。
「御話は聞いています。いくつか問診したいのですが、よろしいですか?」
要の言葉に睦月は眼を見張る。
「問診? どういうこと?」
睦月は賢を見上げ、不思議そうに首を傾げた。
……正直に言おう。なに? この可愛い生き物っ!!
か細い肢体にすべらかな肌。何より、その醸し出された小動物的な雰囲気。
賢の叔父というからには四十をこえているだろうに、その姿からは三十そこそこにしか見えない。
固唾を呑んで見守る中、賢がその睦月の細い指を握り締めて、切なげに微笑んだ。
「彼は医学部の学生でね。とりあえず問診だけでもと思って頼んでみたんだ」
「また、めちゃくちゃを。学生に診療する権限はないんだよ? 万一、医療行為的な事をしてしまうと、一生、医師免許がとれなくなったりもする。我が儘はやめなさいね」
諭すような睦月の言葉に、ああ、本当に叔父なんだなぁと妙な感心をしてしまう要。
そしてふと、理知的な睦月に疑問を持つ。
ここまでの時間、彼から精神を病んだもの特有の焦燥感などは見受けられない。
むしろ慈愛に満ちた余裕すら感じる。妙な貫禄もあった。
「だって、睦月! どんどん痩せていくし、心配で.....っ!」
「.....これは自業自得で仕方のない事なの。理解して? 賢」
え?
本人は理由が分かっている?
瞠目する要に眉を寄せ、睦月は賢を見る。
「話しても良いの?」
賢はしばし沈黙し、奥歯を噛み締めて悲痛な顔をするが、それでも小さく頷いた。
その頭を撫でながら、睦月は仕方無さげに苦笑し、要を見上げる。
「なにから御話しましょうか。少し長くなります」
儚げな麗人は、とつとつと自分達の関係を話した。
はっきり言おう。重いわーーーーっ!!
もとペドフィリアのサディストで、賢を幼児愛玩溺愛し、その過去は強姦陵辱調教の被害者。
かたや、そのペドフィリアの恋人で、幼児虐待調教の被害者であり、近親虐待調教の加害者でもある賢。
ついでにその妹も、賢の近親虐待調教の被害者であり、この叔父を調教する加害者でもあるという複雑怪奇な関係。
深刻なトラウマを持つ叔父を救うためとはいえ、それ以上の行為で記憶の上書きしようと、二人して叔父を嗜虐調教してるとか。
盛り盛り過ぎて御腹一杯っす。勘弁してくださいっ!!
さらに困るのは、三人が合意の上、愛情ありありな事。
ただの被害者、加害者ならば引き離して済む話なのだが。この様子だと、そうもいかない。
思わず顔を被い、要は天を仰いだ。
だが、問題はそこじゃない。
どんなに理由が複雑怪奇に絡まっていようとも、二人は成人した大人だ。昔ならばいざ知らず、御互いに愛し合っているなら、今はプレイの範囲内ともいえるだろう。
叔父と甥ってとこがネックではあるが。
問題は、睦月の衰弱と憔悴とその原因だ。たしかに見るからに痩せ細り、儚げな感じがする。
身体的に問題がなかったのなら、あとは生活環境か心の問題だろう。
愛情があって合意なら精神的なものではない。他に理由があるはずだ。
ざっと情報を精査し、要は真剣な面持ちで睦月を見つめる。
「お心当たりがおありなんですよね?」
要の言葉に、睦月は賢をチラ見し、迷った素振りを見せた。
それに気付き、要は賢へ席を外すよう指示する。
「バカをいえっ! おまえと睦月を二人きりになんて出来るかっ!! こうして会話させているだけでも、腸が煮えくり返るのにっ!!」
へー、そうなんだー。ふーん。
悋気丸出しな賢。普段、女どもの騒ぐ、クールビューティーはどこへやら。
思わず乾いた笑いが要の顔に張り付く。
激昂し、捲し立てる賢に溜め息をつき、仕方なしな睦月が口を開いた。
「賢や聡子の束縛が重いだけだよ。それだけ」
「え?」
「は?」
すっとんきょうな顔で振り返った若者二人に苦笑し、睦月は久々に屈託のない笑顔を浮かべた。
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