だから奥方様は巣から出ない 〜出なくて良い〜

一 千之助

文字の大きさ
7 / 23

 奇妙な暮らし

しおりを挟む

「ラナリアが見つかったとっ?!」

 知らせを受け、駆けつけたレオン。

 やってきたラナリアの私室には多くの使用人がたむろい、何ともいえぬ複雑な顔でテラスの一角を凝視していた。
 そこでレオンに気付いたウォルターが、歯切れの悪い口調で呟く。

「なんというか…… 見てもらった方が早いな、こっち、こっち」

 幼馴染みに指招きで促され、レオンもテラスに出た。……と、そこには巨大な繭。
 まるで魔物でも出てきそうに大きな繭を見て、レオンは一瞬凍りつく。
 さもありなんと苦笑いし、ウォルターがその繭の天辺を指さした。

「ここにさ。小さな穴があるんだよ。覗いてみ?」

 言われて恐る恐る近づき、レオンは繭の真上にある穴を覗き込む。そして彼は驚愕に眼を見張った。
 そこには大きなクッションで眠る最愛がいたのだ。

「ラナリアっ! なんで、こんなところにっ?!」

「わっかんね。けど、まあ、穏やかに寝てるし、心配はいらなさげだよ?」

「心配いらないわけないだろうっ?! なんだ、これはっ? 魔法かっ? 呪いかっ? あああ、こんなところに閉じ込められていたなんてっ! すぐに出してやるからなぁぁーっ!!」

 うわああぁぁぁーっと雄叫びをあげて繭を取り外そうと暴れるレオンだが、繭は壁に張り付いたままピクリとも動かない。
 人の違ったかのような主を見て、ドン引きな子爵家の人々。そんな中、一人冷静なウォルターがレオンの後頭部を引っぱたく。

「落ち着けっ! 奥方様は、ここから自由に出入りしてっから。さっきも出てきて、ふっと消えたと思ったら、ここで寝てたんだよ」

「へ……?」

 呆れ混じりな溜め息を一つつき、ウォルターは餌付けでラナリアを誘き出そうとしたことから説明した。



「……で、これを見つけたんだ。よく調べてみたら天辺に穴があって中が覗けてな? 中心以外は歪んでっけど、動く奥方様が見えたってわけ」

 レオン達は知らないが、前にラナリアも見た天井の小窓。これは魚眼レンズになっていて、多くを見られるのと同時に中心以外はボヤケてしまう仕様だった。
 大まかに中を確認出来るだけの不便な覗き穴。それでも十分らしいレオンは、食い入るようにラナリアの寝顔を眺めている。

 ……ああ、良かった。思ったより元気そうだ。顔色も悪くないし、唇も前より赤みが増している。肌艶も良くなってないか? ……黒パンや干し肉で? ……なんでだ。

 タンパク質信者の脳筋騎士様は知らない。ストレスに勝る美容の敵はないということを。

 ふぐふぐ嗚咽を漏らしながら、良かった、良かったと呟く大男。しかも繭を抱きしめて、べったりへばりついて。

 ……非常に絵面が悪いんですけど? 

 思わず据わる眼を奮い立たせ、ウォルターは、放っておいたらずっと離れなさそうなレオンの首根っこを掴むと、ずるずるテラスから引きずり出した。

「あああっ、放せ、ウォルターっ! ラナが、ラナぁぁーっ!!」

「うっせぇわ。ある意味、覗きだぞ? 紳士のやるこっちゃねぇだろ」

「夫が妻の寝顔を見ていて何が悪いぃぃーっ! 俺の特権だろぉぉーっ!!」

「そういうことは初夜を済ませてから言いやがれ、このヘタレがっ!」

 あーーーーっ、と情けない叫びをあげつつ引きずられるレオンと、あのガタイを事もなげに引きずっていくウォルターの両方に眼を見張らせながら、唖然とした顔で見送る子爵家の人々。

「……執事さんって何者?」

「平民に珍しく、あの人スキル持ちなんだよ。たしか…… 《剛腕》だったかな?」

 その言葉で合点がいったのか、皆が、あ~、と得心げに頷き合う。

 貴族の半数ほどが所持するスキル。特筆するようなモノは少なく、《剛腕》や《俊足》など、文字通りな能力のモノが多い。他より若干有利になる程度の恩恵だ。
 それとて努力し、磨かなければ錆びつく。通常の力と同じだった。

 ちなみにレオンもスキル持ち。

 彼のは少し特殊で《背水》というスキルである。

 背後に護るべきモノが存在した場合、爆発的に各能力がブーストされる稀有なスキルだ。
 スキルは子供に継承される可能性が高く、スキル持ちはスキル持ちとの婚姻が推奨される。

 ラナリアも《巣》という謎なスキルをもっていた。

 これがどんなスキルなのか知る者はいない。スキルのなかには、勝手に発動するバフ、デバフなどもあるため、そういったスキルは名前で判断出来ない限り、謎なスキルとされる。
 スキル《巣》を持つものは数百年に一人と言われ、レアなスキルに分類され、ゆえに辺境の貧乏男爵の娘なラナリアでも、王都貴族の嫁になれたのだ。
 彼女のスキル《巣》がどんなものかは分からなかったが、これもまた滅多に聞かないスキルだったため、婚姻が許可される。

 ……まあ、そんなモノあろうがなかろうが、恋の病に溺れたレオンがゴリ押しで何とかしたのは明白だが。
 騎士向きなスキル《背水》を所持するレオンを囲っておきたい王宮が、いくらでも協力してくれただろう。

 そんな天下の騎士様を部屋の外まで引きずり出し、ウォルターは忌々しげに吐き捨てた。

「お前も俺も、下手を打ちまくってんだぞ? これ以上、やらかすわけにはいかん。それは分かるな?」

「…………ああ」

 仏頂面で頷くレオン。

 ……俺も人のこたぁ言えねえがな。レオンに嫌われてるからって、あの女を罵って良い理由にはならなかったのに。

 ウォルターは幼馴染みが政略結婚で苦労してると思ったし、社交すらせず家に籠りっぱなしで暗い顔をしたラナリアに腹も立てた。
 
 ……そんなあからさまに仕事放棄すんなよ。誰も招待に応じないって、どんだけ社交が下手なんだよ。あんたのことレオンも嫌ってるみたいだし、いっそ実家に帰れよ、なあ?

 そんな風に思っていた。

 その全ては勘違いだった。

「とにかく、今の奥方様は何も受け入れない。食事すらだ。どうやってあの繭の中で暮らしているのかは分からないが、なんとかあそこから出てきてもらわないとな………」

 ギリ…っと奥歯を噛みしめるウォルター。それをきょとんと見つめながら、レオンは暢気な口を開く。

「え? 別に出なくても良い」

「は……?」

 思わず惚けたウォルターを余所に、レオンはとつとつと語った。

「あそこが安全であるなら…… ラナリアが心安らかに暮らせるなら、それで良い。俺は彼女が側に居てさえくれたら何もいらないんだ」

 信じられない方向に舵を切ったらしい幼馴染みを見て、ウォルターは開いた口が塞がらない。
 いそいそとラナリアの元に戻ろうとする無駄にデカい背中を追いかけ、彼女の私室に入ったウォルターは、ふと自分の隠れていたクローゼットに眼をやる。

「そういや…… このクローゼット、何で空だったんだ?」

 貴族女性の住む部屋の収納が空なわけはない。

 それを聞いた侍女の一人が、不思議そうな顔で答えた。

「え……? そのクローゼットには奥方様の普段着や寝巻きなどが入っていたはずでございます。下着なんかも」

 侍女の答えに眼を見開き、ウォルターは全ての収納を確認する。侍女達が止めるのも聞かず、片っ端から開けまくった彼は、無くなっている物がないか、逆に聞き返した。

「……そういえば、奥方様が実家からお持ちになった物が見当たりません」

「こちらも…… 裁縫道具や日用品が複数消えています」

 狼狽える侍女達の言葉で、ウォルターの顔から血の気が引いていく。

 ……籠城する気満々じゃねぇか、あの女ぁぁーっ!!

 ただでさえいつ出てくるか分からない状態に加え、暮らしの充実をはかって持ち込まれたであろう物品の数々。
 思わず気が遠くなりかけたウォルターと反対に、ようやく最愛を見つけたレオンは超ご機嫌である。

「ラナ…… 可愛いラナ。心配はいらないよ? 俺が守るからね」

 ……守れてなかった奴が何をほざくか。

 乾いた笑みを張り付かせて、前途多難間違いなしな未来をどうしようかと真剣に考えるウォルター。
 しかしそれは、反則にも近いレオンのゴリ押しによって解決した。



「奥方様の部屋に住むっ?」 

「そうだ。眼を離すわけにはいかないからな。おい、テラスにガラスでサンルーフを作れ。大急ぎだ。雨の一粒でもラナリアの繭に当ててはならんぞ?」

 あれこれ指示を出すレオン。今朝までの憔悴ぶりが嘘のようである。

 ……おいおい、理解ありすぎだろ? 良いのかよ、このままで。

 良いのである。レオンにとって、ラナリアが人目に触れず、自ら引きこもってくれたのは好都合。自分だけが彼女と共にあれる今を、彼は大歓迎していた。

 ……出てこなくて良いのだよ、ラナ。ちゃんと見てるから。君は好きな暮らしをしてくれたら良い。

 本末転倒大車輪。

 その独占欲が彼女を苦しめ、今の状態にしてしまったことも理解せず、レオンは囲い込みに必死だ。
 嬉々として奥方様包囲網を作る幼馴染みの、斜め上な行動が理解不能なウォルターは、ただただ、その無駄にデカい背中を見守るしかなかった。
 
しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

【完結】無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない

ベル
恋愛
旦那様とは政略結婚。 公爵家の次期当主であった旦那様と、領地の経営が悪化し、没落寸前の伯爵令嬢だった私。 旦那様と結婚したおかげで私の家は安定し、今では昔よりも裕福な暮らしができるようになりました。 そんな私は旦那様に感謝しています。 無口で何を考えているか分かりにくい方ですが、とてもお優しい方なのです。 そんな二人の日常を書いてみました。 お読みいただき本当にありがとうございますm(_ _)m 無事完結しました!

前世で私を捨てた皇太子が、今世ではなぜか執着してきます。でも私は静王妃なので『皇叔母様』と呼ばせます

由香
恋愛
沈薬は前世、皇太子の妃だった。 だが彼の寵愛は側室へ移り、沈薬は罪もなく冷宮へ送られ――孤独の中で死んだ。 そして目を覚ますと、賜婚宴の日に戻っていた。 二度目の人生。 沈薬は迷わず皇太子ではなく、皇帝の弟である静王を選ぶ。 ただしその夫は、戦で重傷を負い昏睡中だった。 「今世は静かに生きられればそれでいい」 そう思っていたのに―― 奇跡的に目覚めた静王は、沈薬を誰よりも大切にしてくれた。 さらにある日。 皇太子が前世の記憶を思い出してしまう。 「沈薬は俺の妃だった」 だが沈薬は微笑んで言う。 「殿下、私は静王妃です」 今の関係は―― 皇叔母様。 前世で捨てた女を取り戻そうとする皇太子。 それを静かに守る静王。 宮廷を揺るがす執着と溺愛の物語。

円満離婚に持ち込むはずが。~『冷酷皇帝の最愛妃』

みこと。
恋愛
「あなたと子を作るつもりはない」 皇帝シュテファンに嫁いだエリザは、初夜に夫から宣言されて首をかしげる。 (これは"愛することのない"の亜種?) 前世を思い出したばかりの彼女は、ここが小説『冷酷皇帝の最愛妃』の中だと気づき、冷静に状況を分析していた。 エリザの役どころは、公爵家が皇帝に押し付けた花嫁で、彼の恋路の邪魔をするモブ皇妃。小説のシュテファンは、最終的には運命の恋人アンネと結ばれる。 それは確かに、子どもが出来たら困るだろう。 速やかな"円満離婚"を前提にシュテファンと契約を結んだエリザだったが、とあるキッカケで彼の子を身ごもることになってしまい──? シュテファンとの契約違反におののき、思わず逃走したエリザに「やっと見つけた」と追いすがる夫。 どうやら彼はエリザ一筋だったらしく。あれ? あなたの恋人アンネはどうしたの? ※小説家になろう様でも掲載しています ※表紙イラスト:あさぎかな先生にコラージュアートをいただきました ※毎朝7時に更新していく予定です→2月15日からはランダム更新となります。ご了承ください

【完結】「政略結婚ですのでお構いなく!」

仙冬可律
恋愛
文官の妹が王子に見初められたことで、派閥間の勢力図が変わった。 「で、政略結婚って言われましてもお父様……」 優秀な兄と妹に挟まれて、何事もほどほどにこなしてきたミランダ。代々優秀な文官を輩出してきたシューゼル伯爵家は良縁に恵まれるそうだ。 適齢期になったら適当に釣り合う方と適当にお付き合いをして適当な時期に結婚したいと思っていた。 それなのに代々武官の家柄で有名なリッキー家と結婚だなんて。 のんびりに見えて豪胆な令嬢と 体力系にしか自信がないワンコ令息 24.4.87 本編完結 以降不定期で番外編予定

処理中です...