だから奥方様は巣から出ない 〜出なくて良い〜

一 千之助

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 今日の執事様 2

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「よし、美味そうな食いモンで餌付けだ。罠を張ろう」

「「「「「は……っ?」」」」」

 あまりに憔悴の激しいレオンは、今まで休みも取らずに勤務していたことを鑑みられ、長期休暇を騎士団からもぎ取った。

 毎日のように寝不足で邸中をうろつくレオン。その幽鬼のごとき悲愴な有り様を見かね、知らなかったとはいえ罪悪感全開な子爵家の人々。
 そんな主を気の毒に思っていた発足された、ウォルター筆頭の《何とかし隊》
 各部所の代表が集まり、あーだ、こーだと話し合うなか、ウォルターは、ラナリアが食べ物の補充にだけは出てくることに眼をつけた。

「どうせ食うなら美味いモンの方が良いだろう? もし、自分の部屋に三食置かれてたら? お前らなら、どうするよ?」

「……食べますね。置いた人がハッキリしてるなら、なおさら。 ……そうか」

「そそ。メモでも置いてさ。まずは食べてもらえるよう仕掛けたら良い」

 ……レオンが、めっちゃ心配してっしな。

 寝込みながらも、ラナ…… ラナ…… と呪詛のように呟く幼馴染み。

 デレるのが恥ずかしくて、ことさら固く表情筋を引き締めていた馬鹿は、その口から出る言葉の妙な言い回しも合わさり、とても辛辣な顔になっていた。
 その複雑な内心など誰も理解出来ず、ただでさえ強面なレオンの険しい表情を、嫌悪や唾棄と勘違いしてしまったのだから救えない。

 ……俺ですら、分からなかったしなあ。周りを責められん。

 だが、あんな悪鬼のごとき顔を見て、勘違いするなという方に無理がある。どう考えてもレオンの自業自得だった。

 ……そして、奥方様も。分からなかったはずだ。レオンの切ない胸の内など。

 せめて弁明の余地や機会くらいは与えてやって欲しい。そう考えつつ、ウォルターは餌付け大作戦でラナリアを誘き出そうと思いついた。



「でも、奥方様の好物って分かりますか?」

「そんなん、美味けりゃ何でも良いんじゃないのか?」

 あっけらかんと身も蓋もないことを宣う執事様を、気まずげにチラ見する料理長。

「そりゃそうですが…… これまでのお詫びも込めて、何か喜ぶ物を作ってさしあげたくて……」

 ……欺瞞だぞ? それ。単なる自己満足だ。

 でも、その気持ちも分からないではない。自分が少しでも楽になるために、そういったことをやりたいというのは。
 
 ……それの何が悪い? それで奥方様が喜ぶ料理が出来るなら、御の字だろ?

 斜めった思考を半捻りさせ、ウォルターは、にっと破顔した。

「奥方様の故郷はメイン領だ。たしか、山岳地帯の狭間に位置する土地だから、王都と違って木の実やキノコなんかが豊富なはず。そのへんを、こちらの美味い物に添えたら良いんじゃないかな」

 ぱあっと顔をひらめかせ、コクコク頷き、料理長は足早に厨房へと駆けていく。
 それを見送りながら、憂い顔な侍女長が口を開いた。

「それにしても…… いったい、どこに隠れておられるのでしょう。いなくなってから三日もたつのに、誰も見つけられないなんて……」

 ウォルターもそれは不思議に思う。

 子爵家はさほど広い邸ではない。部屋数も二階、三階に七室ずつ。一階は応接室やホール、厨房や使用人部屋など、人が多く立ち入る場所ばかりだ。
 隠れるとしたら二階か三階。御不浄なども見張らせているが、とんと奥方様が利用した様子はない。

 ……いったい、どうやって暮らしておられるのだ?

 謎めいた隠れんぼ。

 この後、その理由をウォルターは知る。



「俺と侍女長が部屋の中に隠れとくから。廊下の窓も開けておけ。どこに奥方様がおられるか分からない。誰も近づくんじゃないぞ?」

 テラスも扉も開け放ち、ウォルターは料理長が用意した昼食をラナリアの部屋のテーブルにセットした。
 ちゃんと揃ったフルコース。カトラリーにも抜かりはなく、部屋の周辺には良い匂いが漂っている。
 そして侍女長はベッドの天蓋裏に。ウォルターは空のクローゼットへ身を潜めた。

 ……来るだろうか。来なくても、毎日チャレンジする他ない。

 祈るように時を待つ二人。

 ……と、そこに微かな物音がする。

 はっと顔を上げて隙間から覗いた二人の視界には、テラス前で佇むラナリアの姿。彼女は呆然と食事の置かれたテーブルを凝視していた。

「え……? 誰が……?」

 ごくっと固唾を呑み、ウォルターはラナリアの動向を静かに窺う。すると彼女はテーブルに置かれたメモを手に取り、これ以上ないくらい辛辣に眼を眇めた。
 何の温度も感じられぬ冷徹な眼差し。
 これまで見たこともないラナリアの姿に、一瞬、ウォルターは背筋を震わせた。

 ……こんな顔もするんだな。

 まるで野獣のごとく尖った彼女の眼光。
 その一幕を見守る者がいるとも知らず、ラナリアは皮肉げに柳眉を跳ね上げた。

「なにこれ? 今さら何の冗談なの? また何か新しい遊びでも思いついたのかしら」

 そう言うと彼女は、ぴっとメモを縦四つに折り、用意されていた食事のグラスに差し込む。

 ……あれは。……要らない時の意思表示。

 もう十分だと示したい時。貴族はグラスや皿にナフキンなどを置いて不要の意思表示をするのだ。遠目でも分かるソレを知らぬ侍従はいない。

 ああ…… と落胆げに顔を覆う侍女長。

 ……いや、まあな。こっちが悪かったとは思うよ? でもさ。……謝罪のメモがついた食事に、それはないんじゃないかな?

 完全な拒絶。

 悪かったと思う反面、料理人の気持ちを蔑ろにするラナリアに、ウォルターはふつふつと怒りが湧いてきた。
 
 それと同じことを、自分達が彼女にしてきたことも忘れて……

 思わずクローゼットから飛び出そうとしたウォルターだが、それよりも早くラナリアが踵を返す。そしてテラスへと出ていき、部屋は静寂に満たされた。

 ……は? おい、どこ行ったよ。

 憮然とした顔のままクローゼットから出たウォルターは、慌ててテラスに駆け寄る。
 そこにラナリアの姿はなく、ただパノラマに広がる王都の風景に通う風が、彼の髪に絡み優しく揺らした。

 ……ええ? どういうこった?

 慌てて庭に視線を滑らすも、猫の子一匹見当たらない。まるで煙のように彼女は消えてしまった。

 ……ええええぇえーっ?!

 混乱したウォルターだが、ここからラナリアが現れ、消えたのは侍女長も見ている。
 彼らは梯子や抜け道がないかと、徹底的にテラスを探索し、とうとう摩訶不思議な繭を見つけた。
 テラスの片隅の壁に張り付く巨大な繭。

「……なんだ、これ。なんて書いてあるんだ?」

 小さな看板に書かれた文字は、ラナリアにしか読めない。外界を完全に遮断するスキル《巣》。ウォルター達が触れても、それは発動しなかった。

 外のざわめきを知らぬまま、ラナリアは今日も平穏な時間を送る。
 
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