だから奥方様は巣から出ない 〜出なくて良い〜

一 千之助

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 今日の旦那様 2

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「……どこにいるんだ、ラナリア」

「ひっでぇ顔してんぞ? レオン」

 ぐしゃりと執務机に突っ伏し、しくしく泣きぐずる大の男。鬱陶しいことこの上ないと、ウォルターは顔をしかめる。

「管を巻いたって奥方様は見つからんだろうがっ! 他の者の話を総合すると、この邸のどこかに隠れてるようだし、ちゃんと寝て食べれているなら心配はない」

 そう。早馬で報告を受け、騎士団から飛んで帰ってきたレオンとウォルターは、邸の者から信じられない話を聞かされたのだ。

『こう…… 大きなズタ袋をかかえて、ヨタヨタ歩いておられまして…… 声をかけたら逃げられました』

『後を追ったのですが、追いつく寸前で消えてしまわれたのです。ええ、奥方様の部屋で見失いましたわ』

『……失くなったのは非常食にもなるような食料です。日持ちする…… うん。あとは、携帯用の水樽とナイフと葡萄酒…… けっこうな重さなんですが。あの細くたおやかな奥方様に持っていけるものなのか……』

 最後の料理人の説明に、噴き出さなかった自分を褒めてやりたいウォルター。

 ……えらく堅実的なモンばっか持っていきやがったな? 貴族の御令嬢とは思えんラインナップだぞ?

 それでも小刻みに震える肩までは隠せず、笑いを噛み殺す執事を余所に、レオンは愕然とした顔をする。

「黒パンに干し肉だと……? そんな粗末な物をラナリアは食しているというのか……?」

 黒パンなどカナッペの台座にしか使い道がないようなパンだ。レオンはそのように考えた。干し肉もしかり。ビッツにしてオイルに混ぜたり、薄くスライスして、料理に飾りを添えるためのお粗末な食材としか彼は思わない。
 ……が、平民達は別だ。黒パンに干し肉、チーズを乗せたら大御馳走。そこに葡萄酒などつこうものなら、感涙に咽ぶような食事である。
 しかも果物も消えているらしいし、随分としっかりした食料をラナリアは手に入れていた。

 ……結局、こいつも御貴族様なんだよなあ。

 長年の付き合いな幼馴染みより、ぽっと出の奥方様の方に妙な親近感を覚えてしまうウォルター。
 じっとり呆れ顔な執事の様子に気づきもせず、レオンはあてどもなく邸を彷徨い歩く。



「ラナリア…… ラナ…… 出てきてくれ、頼むから……」

 ……俺が悪かった。気を使ったつもりだったんだ。君が邸で楽しめるよう、カードもボードゲームも沢山揃えてあった。
 ……サンルームも改築して、君が庭に出なくても、季節外れでも、色んな花を楽しめるようにしていた。
 ……食事だって、あらゆる物を用意した。甘味にも抜かりはなかった。後は君の嗜好を探るだけだった。
 ……ドレスや宝飾にも糸目はつけなかった。君に似合いそうな物を選ぶのは、とても楽しかった。

 ……そう。 ……楽しかったんだよ。……なのに。

 ……君は、どんどん生気を失っていった。

 ……ラナリアの笑顔が薄くなり、食も細くなり、言葉数すら減っていった。どうしたら良いのか俺には分からなかった。

 だから手紙も盗み見た。故郷にいた頃が懐かしいと書かれた手紙に、心臓を鷲掴まれた気分だった。
 背骨を冷たいモノが駆け抜け、いてもたってもいられなかった。なんとかせねばと…… ……送られる手紙を差し止め、執務机の引き出しに隠した。

 なのに、男爵家からも頻繁に手紙が来る。

 元気にしているか。不自由はないか。夫は優しいか。困ったり悩んだりした時は、すぐに知らせろと、慈愛に溢れた温かな手紙。

 それをレオンは、心の底から忌々しく思った。

 元気にしていて欲しい。不自由させたくない。優しくありたい。その全てが、レオンと同じ願いである。
 さらには困ったり悩んだりしたら知らせろとの一文に、彼は怒りで頭が沸騰した。

 ……ラナリアに寄り添い、苦楽を共にするのは、俺だ。お前らではない。……と。

 これもまた、ラナリアに見せたくなくてレオンは隠した。

 ……どんどん隠し事が増えていく。

 彼女を誰にも見せたくない。その微笑みを独占したい。少しでも沢山幸せにしてやりたい。面倒なことにかかずらわせたくない。
 だから社交も一切させなかったし、好きに暮らして良いと、遠くから静かに見守っていた。

 この強面顔にも怯えず、幾久しく夫婦でありましょうと結婚式で笑ってくれたラナリア。それに頷き、崩れそうな顔を必死に引き締めた自分。
 
 初夜など気にしなくて良い。子供などオマケだ。夫婦で睦まじくありたいと、レオンは仕事の振りをして毎夜邸を空けた。
 細くて幼いラナリアを怖がらせたくなかったのだ。この無駄にデカい身体で抱きしめたら折れてしまいそうに華奢な妻。
 
 ……幸せだった。この世の春だと思った。側にラナリアが居てくれるだけで良かった。……なのに、なぜ。

 ……こうなった?

 レオンには、どこでボタンがかけ違えられたのか分からない。

 だが、その答えはウォルターがくれた。





「あほぅだろ、お前」

 辛辣に冴えた眼差しで、幼馴染みは容赦ないダメ出しをレオンに叩きつける。

「結婚式でデレないで、どこでデレるんだ、この馬鹿野郎っ! そういった自然な脂下がりは見てて微笑ましいもんだっ! 初っ端からアウトっ!!」

 ……そうなのか?

「次は初夜をすっぽかしたところ。どこの世界に、蜜月を放棄する旦那がいるかっ! むしろ、ウザがられるくらい引っ付きまくれっ! お前は、愛情を示せるチャンスを尽く棒に振ってるわっ!!」

 ……………………。

「後は、自分の気持ちを隠すなっ! 卒直過ぎるくらいで丁度いいわ、お前はっ! ただでさえ強面で口数が少ないんだから、会話出来る時にありったけの愛を囁やけっ! 言語に尽くせっ!! 照れるな、怯むな、逃げ出すなっ! 騎士だろうがっ! 最愛を前にして逃亡すんなっ!!」

 ………………………っ!

「ついでに、姑息な真似もやめろ。招待状潰しとか、家族との交流遮断とかっ! 飼い猫でも、もっとマシな暮らしをしてんぞっ?!」

 ~~~~~~~~~っ!!

「後ぉ………っ!」

 悪し様に罵りまくる幼馴染み。さらに何かいおうとするウォルターを見て、レオンの脳内がぶつりと大きな音をたてて爆ぜた。

「まだ有るのかぁぁぁーーーっ!!」

「言い足りねぇわ、ボケぇぇーっ!!」

 胸倉を掴み合い、鼻先が触れ合うほどの至近距離で睨みつける二人。

 お前が、お前がと、ポコスコ殴り合う馬鹿野郎様な男どもがいるとも知らず、久方ぶりに美味しいご飯を堪能したラナリアは満足気に眠った。

 夢も見ずに深々と。

 ストレスから解放され、至福な妻を今もレオンは知らない。
 
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