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運命の日 4
しおりを挟む「人命には代えられませんっ! わたくしは貴族です、民を慈しみ守る者です。それに優劣はございませんっ!」
顔面蒼白なレオンにそう答えながら、彼女はそこら中の王都貴族達に綿ぽこを投げていく。
「これを、ぎゅっと手の中で握り込んでください。安全地帯に飛べますから。あとは、子爵家の者たちが誘導してくれますわ」
必死に寄り添っていた国王らや貴族達は、渡された綿ぽこを不審げに見つめつつも握りしめた。途端に掻き消える人々を見て、周囲にいた貴族らが眼を見張る。
「ごらんになりまして? さあ、皆様もっ! 急いでお逃げくださいっ!」
何がなにやら皆目見当もつかないが、この凄まじい戦場よりはマシだろうと、次々消える人々。
手渡すうちに空になってしまった籠に気づき、ラナリアは自分用に取っておいた白い綿ぽこを握りしめる。
「奥方様っ! これを!」
巣に戻ったラナリアは、アンナに回収してもらった綿ぽこの籠を受け取り、自分の持つ空の籠を渡した。
繭に飛んできた人々から綿ぽこを集め、繭の外に出すよう予め頼んでいたのだ。
その籠を受け取り、再び消えたラナリアを見て、王都貴族達は、ある予想を脳裏に過ぎらせる。
……サルバトーレ子爵が後天的に《転移》のスキルを覚醒させたとの噂があったが。
……ひょっとして、それを持つのは夫人なのではないか?
……触れてさえいれば、繋がるもの全てを運べる稀有なスキルだ。軍隊すら瞬時に移動可能。なんてこった。
当たらずしも遠からず。
白日の下に晒されてしまったラナリアのスキル。
多くの人々から浴びせられる不躾な視線をものともせず、ラナリアは愛しい旦那様の元へと飛んだ。
「ラナぁぁ~~っ、もう、やめてくれぇぇ~~っ」
「ほらほら、旦那様。手元がお留守でしてよ? しっかり抑えていてくださいませね」
激戦区真っ只中に飛んできては、ちょろちょろ駆け回る奥方様。彼女のおかげで、あらかたの非戦闘員らは安全圏に避難した。
ようよう力を発揮出来ると喜ぶ辺境貴族達。
「王宮、ぶっ壊しても良いよなあ? 非常事態だし?」
「それ、私怨が混じってね? 程々にしとけよ? そのせいで税金上がったら、今後、お前んとこに援軍送ってやらねぇぞ?」
「うひゃ、やぶ蛇っ」
からから笑いつつ、平民のような口調で話す辺境貴族らに、王都の騎士団は眼を皿のようにして驚いていた。
民の暮らしに密着して暮らす人々だ。荒事に身を投じている時に、ご丁寧な言葉など使わない。戦いの中にこそ彼等の本音がまろびでる。
……非常に物騒な本音だが。
「……普段と随分違いますね?」
「我らは滅多に辺境へはゆかぬからな。辺境伯らはよくゆかれるようだが……」
ちらっと各地の辺境伯達に視線を向ける王宮騎士団。それに胡乱な眼差しを返し、辺境伯と呼ばれる人々は弱々しく首を振った。
「……我らとて頭数でしかない。辺境は、獰猛な狂戦士の巣窟だ。ついてゆくだけで精一杯であるよ」
そうでなくては暮らせない過酷な土地。
そこを統治する辺境貴族は人の皮を被った人外だと、彼らをよく知る辺境伯らは宣った。
思わず顎を落として唖然と聞き入る王宮騎士団。そんな猛者共が勢揃いしていたことに、心から感謝しつつ、彼らは未だにわちゃわちゃしているサルバトーレ子爵と夫人を見つめる。
「もう良いっ、もう良いから下がりなさい、ラナリアーっ!!」
レオンと共に巨大な狼を攻撃している奥方様。弓の遠隔攻撃が通るよう、程よく間を空けて戦う姿を、信じられない面持ちで凝視する王国騎士達。
辺境貴族は横の繋がりが強い。共に困難を乗り越えて国境の盾となる一族だ。持ちつ持たれつ、同じ戦場を駆け抜けてきた。
その呼吸を知るラナリアの舞うような攻撃をぬって射かけられる矢は、綺麗なくらい見事に急所を直撃する。
……押せるぞ? このまま終われそうだ。
誰もが、そう思った。
轟く剣撃、吠える魔獣、打ちてしやまんと猛攻撃を続ける辺境貴族や騎士達。それに顔面をズタズタにされながら、巨大な狼が凶暴な口を大きく広げるまでは。
「しまっ……っ!」
切羽詰まった魔獣の叫びが波動となり、周囲の全てを吹き飛ばした。通常サイズの魔獣のそれと違う凄絶な音の攻撃。
これがあると知っていたのに、レオンは失念していた。サイズが違えば、その威力も段違いだということに思い至らなかった。
普段はどんなに大きくても精々身の丈五メートルほどな狼の魔獣。それの咆哮と、この身の丈十メートルを超えるだろうと思うほどの魔獣では、比べ物にならない差があったのに。
空気を激しく震わせる波動を叩きつけられ、見るも無残に吹き飛ぶ人々。その中には当然だが、身体の軽いラナリアも含まれていた。
「ラナあぁぁーーーーっ!!」
まるで紙くずのように宙を舞う最愛。
視界に映るそれが、レオンのスキルのリミッターを外す。どんっと汚泥のような深みが、広間の空気を上から押しつぶすように圧した。
途端に硬直する魔獣と人間達。
「う……っ、がああぁぁぁーーーーっ!!」
気狂いじみた雄叫びをあげ、ぎろりと眼球だけを動かしてレオンが魔獣を睨めつける。
その目に宿った冷たい焔。それが巨大な魔獣を恐怖に陥れた。切れるように冴え冴えしく揺れる光芒。その不気味な光が、人智を越えた異形さえをも怯えさせる。
「お……まえ…、……がぁぁーっ!!」
残像を残しつつ移動する澱んだ光。それの帯に背筋を震わせた瞬間、狼の頭は真っ二つに割れていた。
その死を実感する暇もなかったのだろう。きょとんと見開かれた眼のまま、左右に割れる巨大な頭。
まるでタイミングを計ってでもいたかのように亀裂が閉じ、ばつんっとけたたましい音をたてて、それは床に転げた。
タイムアップ。人間対魔獣の攻防は人間の勝利で幕を降ろす。
残されたのは夥しい血の海と山のような魔獣達の屍。
ふーっ、ふーっと煙が立つほど呼吸を荒らげ、レオンは吹き飛ばされた最愛を眼で探した。ぎょろりと蠢く血走った眼。
それを見たウォルターが、咄嗟に駆け寄り、レオンの身体を死に物狂いで押さえつける。
「……落ち着けっ! 今、探してるからっ! すぐに見つかるからっ!!」
吹き飛ばされた者の多くは瓦礫の下敷きになっていた。壁や天井が崩れ、追い打ちを食らってしまったのだ。
リミッターの外れたレオンに、悲痛なウォルターの叫びは届かない。
「らな…… らな…… どこだ、らなりあぁぁ……っ」
……やっべっ! 完全に飛んでるぞ、こいつっ!
瞳の色を失い、真っ白なレオンの眼球。ウォルターは過去に一度だけ、この眼を見たことがあった。
『ウォルターを離せぇぇえーっ!!』
当時、十歳だったレオンとウォルター。
生まれ歳も同じで兄弟のように育ってきた二人と、子爵家を襲った悲劇。
《背水》のスキルを持つレオンを手に入れんがため、他国によって送られた刺客が子爵一家の馬車を襲ったのだ。
安全だと思われていた王都で起きた襲撃。不意打ちを食らった護衛達らは尽く斃され、我が子を守ろうと身を挺して庇った子爵夫妻も殺される。
そして思い余ったウォルターは、レオンの身代わりになろうと馬車から飛び出した。
レオンの専属執事として常に一緒だったことが功を奏する。ウォルターはそう思った。
しかしレオンと勘違いされ、ウォルターが連れ去られようとした、その時。
馬車の中のレオンはスキルのリミッターを外す。
スキルで己を壊さないため、誰もが過剰な力を使わぬよう無意識に制限をかけているが、それを意識的に外すなど不可能だ。
だが両親を目の前で殺され、さらには己の半身ともいえる幼馴染みを失うという恐怖が、レオンのリミッターを外した。
……結果、レオンの壮絶な闘気に当てられた賊は失神。駆けつけた騎士団が捕縛したものの、リミッターが外れて狂気に陥るレオンに近づけない。
『……ころす、……ころす、……ころ…… とうさま……? かあさま……? うぉる……? どこ……? ねぇ……』
ふうぅぅっと煙をたてるように獰猛な息を荒らげ、馬車を破壊するレオン。その手が馬に伸びた瞬間、咄嗟に飛びついたウォルターが渾身の力で抱きしめた。
このままではレオンが壊れてしまう。それだけ、《背水》というスキルは凄まじい力を持つ。
『レオンっ! ここだっ! 俺はここにいるっ! ありがとうなっ!!』
『……うぉる? いた…… いたぁ……』
通常であれば、スキル《背水》を発動するレオンを押さえられる者などいない。大人であろうが吹き飛ばされ近づけもしない。
ウォルターの持つスキル《剛腕》が、それを何とか可能とした。
ウォルターの必死の呼びかけで正気に戻ったレオン。お互いに抱き合い、泣き崩れる二人。
ここより、ウォルターはレオンの幸せのみを追求する生き物となる。欠片でも苦労はさせない。全力で守ってみせると誓って生きてきた。
レオンも、唯一の寄す処となったウォルターに深く依存していた。側に居させるため専属執事にし、危険な目に遭わせぬよう騎士団の勧誘を片っ端から握り潰すほど。
超不器用な執着騎士と明後日な方向に狡猾な執事様。未だに癒えぬ傷痕を舐め合うよう、二人は肩を寄せ合って生きてきた。
そんな二人の目の前に現れた少女。その全てを包みこんで、二人の心の傷を理解しなくとも、レオンを抱きしめ温めてくれた。
何よりも大切なウォルターの幼馴染み。その幸福を約束してくれる彼女は、同時に最悪をも約束する存在なことに、ウォルターはやっと気づく。
ラナリアに万一があったら、とてもレオンは正気でおられまい。両親を失った過去の再現だ。いや、それより質が悪い。
……無事でいてくださいよ、奥方様っ! こんなんなったレオンを鎮められるのは、貴女しかいないんですからっ!!
瓦礫を撤去する人々を邪魔させさないよう、レオンを押さえつけるウォルター。今のレオンが突っ込んでいったら新たな瓦礫が量産され、ラナリアにトドメを刺しかねない。
渾身の力でレオンをとどめ、彼女の無事を心の底から神に祈るウォルターだった。
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