だから奥方様は巣から出ない 〜出なくて良い〜

一 千之助

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 運命の日 5

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《……生まれた》

『え……?』

 気がつくとラナリアは真っ白な空間に座り込んでいる。そこには幾つかの光。
 掌サイズの光は楽しそうに舞い踊り、おしゃべりした。

《生まれたね。揺り籠だ》

《揺り籠だ。立派に成長して飛び立っておくれな》

 その光が与えたものが、文字としてラナリアの目に映る。

『《巣》……? え、どういうこと?』

 真ん丸なポンポンに記された文字。それはふわふわと下に落ちてゆき消え失せた。
 呆然と見送っていた彼女の耳に、どこからか涼やかな声が聞こえる。

《これは自然の摂理。スキルの理ですよ?》

 ……スキルの理。貴方は誰?

《私は人を見守る者。数多の世界の過酷な大地に生きる、か弱い子供達を導く者》

 ……過酷な大地。

 それは物理的なモノだけではない。社会風潮や風刺、その都度訪れる時代の変換。
 人間としての矜持を保ち、健やかに暮らせるよう、この何かは人々にスキルの種を与えてきたという。

 ……スキルの種?

《そう…… それが必要で、真摯に事にあたれる人間を選び、種は芽吹きます。適材適所。スキルは優越感を満たす飾りではないのです》

 ……そうね。分かる気がするわ。……あ、だから、王都貴族よりも辺境貴族の方がスキルを発現させやすいのかしら?

 見えない誰かが微笑んだような気がした。

《幸せで満足のゆく生活をしていたり、窮地を知らぬ者には発現しにくいです。あなたのように》

 ラナリアは厳しくも優しい両親の元、過酷な大地にあって幸せな暮らしをしていた。苦労は沢山あったと思うが、それを苦労とも思わない充実した生活を。

《……でも貴女の人生には深い翳りが見えた。ゆえに残しました。《巣》を……》

 本来、スキルの種を秘めた《巣》を誰もが持っている。それが芽吹くかどうかは賭けだが、芽吹かずに洗礼を受けた時、発現する者は誰かの力を借りて発現し、しない者からは《巣》が回収されるという。
 
 ……そんな仕組みだったのね。

 なるほどと納得するラナリア。

《わたくし達には愛し子の行く末が、ぼんやりとですが見えます。翳りも多少であれば黙認します。人の生き様はその人のモノです。干渉はしません。……ですが。あなたからは、《巣》を回収した場合、恐ろしい惨劇が起きると予想出来る程の翳りが見えたのです。なので残した《巣》を、貴女の窮地で《ホーム》というスキルに変換しました》

 ……ホーム。ジョウの言っていた?

 誰かの頷く気配がする。

『ジョウは、こことは違う別世界の人間。全てを恐れ、己の殻に閉じこもり、世界を拒絶しました。そんな彼に与えられたスキルが《ホーム》です』

 誰かは説明する。

 ジョウという青年の半生を。

 若くして巨万の富を継承した彼の周りには、敵しかいなかった。誰もが彼に媚を売り、少しでもおこぼれにあずかろうとむらがる。
 そんな中でジョウの恋人も変わってゆき、二人は酷い疑心暗鬼に陥った。

 信じられない。騙しているんだろう。寄るな、触るな、顔を見せるな。

 数多の人々らに悪辣な罠を仕掛けられ続けたジョウの心は酷く荒み、最愛だったはずの恋人すら信じられなくなってしまった。

『金が欲しけりゃくれてやるからっ! そんな憐れむような眼で俺を見るなぁぁーっ!!』

 信じては裏切られ、騙され、恐ろしいほどの自己嫌悪と猜疑心に蝕まれるジョウ。それを見ておれなくなり、彼の恋人はジョウの元を去ってしまった。
 独り歩きする妄想を自らの手で大きく育てて、自戒の檻にこもる青年。

 そんな彼が、ふと手に入れた《ホーム》

 ここで周囲と隔絶した暮らしを長く続け、ジョウの精神は回復していく。少しずつ接がれる砕けた心。
 それが、誰かの存在を求めた時、《ホーム》は進化した。絶対遮断の砦から、ジョウが望む者だけを招ける自宅にと。
 
 ……招ける。それが、あのポンポンなの?

《そう。自らこもった者が誰かの存在を求めた時。《巣》は進化を遂げます。繭は守り。中にある者が巣立つまでの揺り籠なのですよ》

 己の行いを恥じて悔い改めたジョウは、恋人に復縁を求め、真摯に謝罪した。大まかな経緯を知る恋人は、自分こそ力になれず申し訳なかったと、二人して号泣する。

『騙されたって良いじゃない。私は、ずっとアンタの側にいるからさ』

 にっと笑う恋人の笑顔におされ、ジョウは社会復帰した。そして、それを待っていたかのように突然起きる前代未聞の大地震。
 焼けつく業火や黒煙に巻かれる人々を、ラナリアと同じ様に救助しまくって、彼は一躍、時の人となったらしい。



『幸せになれたのね。良かったわ』

 穣の顔も知らないラナリアは、最後の一行に込められた万感の想いを理解した。

《君の未来に光射しそむることを切に願う。~穰~》

 これは彼の経験に基づく言葉だったのだろう。

 その後穣のホームが消え去り、残された二つずつの綿ぽこを使って、自身のスキルは《転移》なのだと周りを騙くらかしたとか。

 ……ホームが消える?

《繭は羽化し、子供は巣立つものでしょう? 今の貴女に《巣》が必要ですか?》

 問いかけられて彼女も納得した。

 ……そうね。もう要らないわ。わたくしには旦那様がおりますもの。

《それを聞けて安心いたしました。不断の香を醸す貴女に、私からの贈り物です》

 ラナリアの両手に落ちてきたのは小さな色違いの綿ぽこ。

《今後これを使えるのは、貴女と貴方の番のみ。貴女の人生の終焉には、共に風に通わせましょう。天へとね》

 ……ありがとうございます。え……、そうじゃないっ! ここは? そしてあなたは? わたくし、死んでしまったのですか?

 突然あわあわしだしたラナリアの周りで、ふわりと風が起きた。真っ白な空間と思っていたのは巨大な羽に包まれていたからだったらしい。
 あんぐりと口をあけて見上げた彼女の視界に映るのは大きな蚕。ひるるとも呼ばれる美しい蛾だ。神秘的な純白の肢体に真っ黒な瞳。
 本来、飛べないはずの巨大な蚕は、ばさっと羽を広げて鱗粉を撒き散らしながら空にはばたく。その鱗粉一つ一つが光の玉となり、《巣》の文字を点滅させながら下に零れていった。

《わたくしは泡沫の夢。貴女は死んでなどおりませんよ? ただ、深く眠っているだけ。さあ、お戻りなさい、番の元へ》

 そう言われたラナリアの身体が、すこっと下に落ちていく。声もなく落下した彼女は無窮の星に眼を奪われた。
 美麗な蚕の背後に広がる深く広大な世界。

 ……ああ、そうか。貴女は……

 そこでラナリアの意識が途切れる。

 そして再び眼を覚ました時、彼女は居並ぶ人々の心配げな顔に囲まれていた。



「旦那様…… けふっ!」

 ガラガラに嗄れた喉。思わず咳き込んだラナリアを見て、誰もが喜色満面な笑みで涙した。

 うおおおおおぉぉっと雄叫びのようにあがる大絶叫。

 思わず眼を見張る彼女に説明してくれたのはウォルター。

 彼の話によれば、ラナリアは三日も昏睡状態だったとのこと。



「いや、もうね…… 旦那様は暴れるわ、医師に診せないわ、半狂乱になって繭にこもるわ…… 大変でした」

 胡乱な眼差しを遠くに馳せる執事様。唯一、レオンに対抗出来る彼が、なんとか旦那様を引っ剥がして、ラナリアに医師の治療を受けさせてくれたらしい。

「なんでか分からないんですが、繭が消えてしまったんですよ。それで、まあ、出てきた旦那様を奥方様から引っ剥がせたわけですが。幸い深刻な重傷でもなかったので助かりました…… でも、眠りから覚めなくて、気が気じゃなかったです」

 珍しく、悲痛に歪められる執事様の顔。

 ……そんな顔も出来ますのね。

 ……と、どこかで似たようなことを考えた気がするラナリアに、ずっとへばりついているレオン。

「ラナ…… ラナ……」

 ベッドで横になるラナリアの背中越しにしがみつき、ずびずび鼻をすすって、彼は言葉も紡げないようだ。

 ……怖かった。死んでしまうかと…… もう二度とあの愛らしい瞳を見られないんじゃないかと。ああ、こんなに痩せて。傷も痛むだろう? 二度と外には出さないからな? ずっと、こうして俺の胸に抱かれてろっ!!

 ……あいも変わらずな寡黙っぷり。言いたいことを脳内に飛び回らせ、奥方様から離れない旦那様。

 その背に滲む温みが嬉しくて、ついつい甘やかしてしまうラナリア。

 こうして前代未聞な新年パーティは幕を閉じ、王国は新たな転換期を迎えた。
 当事者でありながら、傷病を理由に長々と引きこもる子爵夫妻。

 焦れた王宮からの招喚状が届くまで、ラナリアとレオンは子爵邸で甘々といちゃついた。

 終わり良ければ、全て善し。喉元を過ぎればを全身で体現する二人である。
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