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運命の日 〜後日談〜
しおりを挟む「嫌です。ラナリア、出なくて良い」
「はい、承知しました、旦那様」
並んでソファーに座る子爵夫妻。
テーブルを挟んで対峙する王宮の使者は、あからさまに苦い顔。
……もっと腹芸覚えろや。貴族失格だぞ、おい。
レオンの後ろに控えつつ、ヴォルターは喉の奥で失笑を噛み殺す。
「ですが、今回の事態で王宮は機能不全。修復が成るまで、王族の皆様方は離宮においでです。今なら、仰々しい重鎮もいない。話し合いにはもってこいではありませんか?」
陛下との謁見を必死に勧める使者の無様な姿に、レオンの口角がみるみる上がっていった。
「だから、俺が行くと言っているだろう。ラナリアまで呼びつける必要はないはずだ」
おおかたスキルのことだと目星はついているものの、わざとソレには触れず、話を終わらせることを目論むレオン。
彼らはラナリアのスキルを《転移》だと勘違いしている。実際に今のラナリアはソレしか使えないので間違ってはいない。
だがそれなら、彼女から綿ぽこをもらったレオンにも使えるのだ。このまま、後天的に授かったスキルだと言い張ることも可能だった。
二つずつ残された色違いの綿ぽこ。
ラナリアからソレを受け取り、彼女の見ていた夢の内容を聞いたレオンは、感涙に咽ぶ。
……人ならざるモノに。俺が彼女の伴侶と認めてもらえた? なんと光栄なことか……っ! これは絶対に無くせんっ!! ウォルターかアンナに頼んで、しっかりとした紐でもつけてもらおうっ、そして、ずっと首から下げておくのだっ!!
むふーっと鼻息も荒く、二つの綿ぽこを撫でる旦那様。それを見て、ラナリアはおずおずと何かを差し出してきた。
『これ…… わたくしが作りましたの。お揃いで紐付きの巾着もあります。よろしかったら……』
彼女がテーブルに出したのは鈍色のガウン。黒い糸で繊細な刺繍の施されたそれは、重厚な趣きを醸し、強面なレオンにピッタリのデザインだった。
その上に乗せられた同布の小さな巾着袋。二つの袋が紐に繋がれ、首から下げるのに丁度よい長さである。
それぞれの袋に桃色と白色の刺繍がワンポイントされ、どちらにどちらが入っているか一目瞭然。
気の利く奥方様の贈り物に、レオンは興奮を隠せない。
……あの時の? あああ、あの一刺し一刺しは、俺のためだったのかあぁぁぁーっっ!! こんな小さな手で……っ、くうぅぅっ! なんたる至福っ!!
あまりの感激に彼女の手を取ったレオンだが、そこに走る無数の薔薇色な線を見て、思わず眉をひそめた。
あの戦いの時の傷跡。
『らな…… どこだぁ…… らなぁぁ……』
幽鬼のごとく蠢くレオン。
それに死物狂いでしがみつき、止めようとするウォルター。
彼は、こんな日が来ると覚悟していた。ゆえに毎日の訓練を欠かさず、騎士をも凌駕する体幹を養ってきたはずなのに、リミッターの外れたレオンは、それを簡単に捻じ伏せようとする。
スキル《剛腕》は、文字通り腕のみの筋力を爆上げする力だ。しかし、筋力とは全身満遍なく強化せねば本来の力を発揮出来ない。
レオンが騎士なので、それをよく知るウォルターは、いざという時十全に働けるよう努力してきた。
本職のレオンが呆れるほど訓練を続け、未だに騎士団からラブコールが届くくらいの剛の者。
……なのにこれかよっ! くそっ!
気怠げにウォルターを引きずり、少しずつ瓦礫の山へと近づいていくレオン。それでもウォルターでなくば、レオンの歩みを邪魔は出来なかっただろう。
鬼気迫るケダモノに肉迫され、目の色を変えて被害者等を救助する騎士団の面子。
あれが辿り着く前に夫人を見つけなくてはと、誰もが冷や汗ダラダラでラナリアを捜索していた。
そうこうするうちに奥方様が見つかる。
発見された彼女の息は細く、まるで死人のようにぬるりと青白い顔色だ。そこに滴る一筋の赤い糸が、やけに眼を射る。
それを目にした瞬間、レオンの身体から音をたてて血の気が下がった。瞳に色が宿り、あっという間に正気に返る。
……いや、新たな狂気に沼ったのかもしれない。
「ラナあぁ、ああぁぁーーーーーっ!!」
とうとうウォルターを振り払って、レオンは助け出されたラナリアを抱きしめた。
力なく垂れたか細い四肢。かくんと仰け反る白い喉にも滴る血液を見て、彼の目の前が真っ赤に染まる。
……ラナっ! しっかりしろ、ラナっ! ああ、駄目だ、そんなに血を流しては……っ、止めないと……っ!
無意識にラナリアの持っていた白い綿ぽこを掴み、握り込んだレオンは、亀裂の襲撃で大騒ぎな現場から、ふっと二人で消えた。
ラナリアを診察しようと待ち構えていた医師団の前で。
忽然と消えた二人に阿鼻叫喚な辺境貴族。
「ラナっ? ラナリアをどこへ……っ?」
「おいおい、何だよ今のっ! ラナリアの旦那のスキルかっ?」
「《背水》持ちなくせに、《転移》まで使えるんかよっ!」
「娘を返せぇぇーっ! どこだ、お前、知ってるんだろぅぅーっ!」
必死の形相なラナリアの両親に首根っこを掴まれても何も言えず、そっと眼を逸したウォルターは、脳内だけで絶叫する。
……あの馬鹿野郎様がぁぁーっ!!
そんな謂れなき非難が執事様を襲っていた頃。
レオンは繭に戻り、ラナリアを三階に運んでいた。
既に皆避難したあとらしく、繭の中には誰もいない。
妻の部屋に入ったレオンは、静かに彼女を横たえ、チェストを漁って見つけたタオルを水に濡らして絞り、丁寧に血糊を拭ってやる。
『安心しろ。ここなら誰も来ない。二度と外には出さない。出なくて良い。ずっと…… ここに……っ、うくっ……いろっ!』
溢れる涙を無造作に掌で拭い、最愛を抱きしめながら一人静かに語りかけるレオン。そんなレオンを覗き穴から確認していたアンナは、文字通り顔面蒼白。
……奥方様に何がっっ?! 何してるのですか、旦那様っ!
念の為と用心し、綿ぽこの籠を繭の中に置いてきてしまったことを後悔しつつ、急遽帰宅したウォルターと共にアンナも心底狼狽える。
『今のあいつは正気じゃねえ。スキルとは別の箍が外れてるんだっ! ちくしょう、どうしたら?』
『奥方様は怪我をされているのですよね? ああ、なんとしたことでしょうっ!!』
オロオロする二人の耳に馬の嘶きが聞こえた。駆けつけてくる馬車には騎士団の紋章。血相を変えて飛び出したウォルターを不審に思い、追いかけてきたらしい。
子爵邸の一階や庭は多くの人々で溢れている。彼らも、何がどうなったのか知りたいに違いない。辿り着いた騎士達をつかまえて、すごい剣幕で話しかけていた。
……でも、すぐここにやってくるだろうな。
どう説明したものかと、頭を掻きむしるウォルターの前で、いきなり繭が光りだす。
ぽうん…… ぽうん……っと淡く発光した繭が真っ白に輝き、あまりの眩さで視界を奪われたウォルターの正面で、何かが飛び出すかのような凄まじい風が吹き抜けていった。
……何が起きてっ?!
ばさ…っと聞こえた羽ばたきは空耳だろうか。
恐る恐るウォルターが眼を開けた時、そこにはラナリアを抱えて一人ぐすぐすと泣きじゃくる旦那様。
繭は跡形もなく消え失せ、レオンは外に出されたことにも気づいていないようである。
『ラナぁ…… 眼を開けてくれ…… ラナぁ……』
完べそで洟まで垂らしたレオンの情けない姿に脱力しつつ、ウォルターはガシっと旦那様を羽交い締めにすると全力でアンナに叫んだ。
『今だっ! 奥方様を連れてけっ!!』
それに頷き、ばっと俊敏な動きを見せる侍女長。
『やめろっ! ラナに触れるなっ! ラナぁぁーっ!!』
半狂乱になって暴れるレオンの抵抗で満身創痍なウォルター。
その声を聞きつけたメイドの案内で部屋に飛び込んできた騎士や医師は、あまりの惨状に言葉を失う。
傷だらけで血まみれになりつつもレオンを離さない執事。それから逃げるかのように、奥方様を引きずりながら歩く侍女。周りもぐちゃぐちゃで、ぱっと見カオスな状況だったが、職務に忠実な医師らがすぐ現状を理解して動き出した。
騎士団の後方支援を務める医師達だ。患者がいる現場で彼らが怯むわけはない。
こうして適切な処置を受けて、ラナリアは小康状態を維持する。
むしろ、無意識なレオンの鉄拳に打ちのめされていたウォルターの方が重傷だった。
スキルによる混濁でないため、この時の記憶がしっかりあるレオン。
後日、平謝りする御主人様に、苦笑いしか出来ないウォルターである。
そんな大騒動の名残を見て、レオンは薔薇色の筋を指で撫でつつ、ラナリアに誓った。
『……二度と外に出なくて良い。繭のようにとはいかないかもしれないが、この邸を君の巣にしよう』
心胆暖かしめる旦那様の呟き。それに頬を染め、ラナリアも頷いた。今の彼女の《巣》はレオンである。そのレオンの望みに否やはないし、とても嬉しい。
『お望みのままに…… 愛しておりますわ、旦那様』
テレテレと両手を頬に当てる妻に、レオンこそが狂喜乱舞した。
……あああ、もーっ! そういう可愛いことばかり言うから歯止めが効かないっ! もっともっと幸せにしたくなるっ!! 何が良いかな? 布? 糸? ラナリアは裁縫が好きだしっ? あああ、身体を動かすのも好きだと言っていたなっ? 隣の邸を買い取って馬場でも造るかっ?!
顔を合わせるだけで、勝手に幸せになれる二人。
だから、奥方様は巣から出ない。
溺愛旦那様の拵えてくれる居心地の良い巣で、彼女は最愛に甘えて生きる。
その余波をまともに食らい、瀕死な王宮の使者様。
強面顔で仏頂面なレオンの内心を知るウォルターは、砂糖を吐かないよう一人静かに口を引き結んでいた。
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